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    かきょう

    @kuruito

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    かきょう

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    男体妊娠とかの話
    妊娠に気付いた🦁が独断で退学して国に帰った数年後、結婚をして子が生まれたと報道される。それを知ったマレウスは…というお話。
    Twitterにupしたままの、加筆修正してないものになります。

    #マレレオ
    maleLeo

    あいのかたち、あいのありか(男体妊娠の話)「──マレウス! これをみてみよ!」
     それは早朝というには早すぎる時間。
     眠るマレウスの傍に転移してきたリリアは興奮し切った様子で主の身体を思いきり揺すった。
    「……ん、どうしたんだ、リリア……まだ」
    「お主、これについてどう説明する!?」
     覚醒し切らないマレウスの眼前に、リリアはタブレットの画面を突き付けた。


     マレウスには恋人がいた。
     なぜ過去形かと言えば、つい先日フラれてしまったからだ。
     愛し合っていると思っていた。
     自分と同じ想いを返してくれているのだとばかり思っていた。
     愛の言葉も身体も何度も重ねて、将来の約束はまだであったが、ゆくゆくは国に連れて帰るつもりだった。
     けれど、愛する恋人はある日突然別れを告げてきた。
    「国に帰ることになった。学校は辞める。お前とは二度と会わないだろう。じゃあな、マレウス」
     引き止める言葉すら、届かなかった。
     伸ばした手は、無下に払われた。
     そうこうしているうちに、恋人──レオナ・キングスカラーは退学して国へと帰ってしまった。
     それから三年。
     マレウスはNRCを卒業し、国へ戻ったあとは茨の谷の次期当主としての研鑽を積む日々。
     その間、レオナのことを忘れたことはないが、マレウスが他国の情勢を知る術は限られており、国元へ帰った後にどうしているのかを知ることは出来なかった。
     そんなある日の早朝、リリアがタブレットを抱えて叩き起こしてきたのだ。
     どう説明する、と言われても何のことだかわからない。
     ぽかんとした顔のまま突き付けられたタブレットに目をやる。
     そこには、女性とともに並びその腕に赤子を抱えたレオナの写真があった。
    『夕焼けの草原第二王子、レオナ・キングスカラー。ご成婚の後、初の公の場へ』
    『まさに現代のシンデレラストーリー』
    『お二人の間に生まれた王子と共に』
     等々、大きな見出しを目で追うのがやっとだった。
    「……き、キングスカラーが、結婚? こどもまで、生まれたのか!?」
     窓の外が一瞬で暗くなり、ピシャンと雷鳴が轟く。
    「落ち着けマレウス。色々と言いたいことがあるのは分かるが今は抑えてくれんか。わしが言いたいのは結婚の話ではない。子の顔をよく見てみよ!」
     見てみよと言われても、全てが衝撃的すぎてこどもの顔なんてとてもじゃないが見られない。
     写真には、柔らかな笑みを浮かべるレオナと、その隣に立つ大柄な女性。
     身長はレオナと同じくらいであるが、屈強という言葉がそのまま具現化したような、明らかに強そうな女性だ。
     頭には立派な一対の角があり、誇らしげな顔で立っている。
     二人並んで立つと写真からでも女性の逞しさが嫌というほどみてとれる。
     こんな女性、と言っては彼女に失礼であるが、マレウスの目には酷く不釣り合いに見えた。
     だが、レオナが選んだ女性なのだと思えば思うほど……やはりどうしても納得など出来ず、タブレットを持つ手に力が入ってしまう。
     パリ……と帯電する音が鳴り、リリアは慌ててマレウスからタブレットを奪い取った。
    「お主に持たせると五分と持たんな。ほれ、ここじゃ」
     そう言ってリリアが拡大したのは、レオナが抱く赤子の写真。
     見たくない、とマレウスは顔を背けるが、リリアは引かない。
    「ここじゃ! この髪の生え際!!」
     拡大された赤子の写真なんて見たくもなかったが、目元がレオナに似ており母親に似なくて良かったなどと不躾な言葉が心に浮かぶ。
     そして──
    「……っ!?」
     リリアによく見ろと言われた赤子の髪の生え際。
     こんなところによく気付いたなと言いたくなるほどであるが、確かに、その髪の生え際に獣人ではない特徴があった。
    「これは、甲殻……?」
     前髪にほとんど隠れてしまっているが、確かに、髪の生え際、額の部分に、マレウスとよく似た甲殻があるのが見える。
     そして、その頭には小さいながら見覚えのあるツノが生えている。
    「……ツノは、ともかく、額のこれは装飾品では、ないのか?」
    「ううん……、確かにそう見えるし、そう言われて仕舞えばお終いじゃが、これが意味するものは何じゃと思う?」
    「……なに、と……、いや、待ってくれ、頭がおかしくなりそうだ」
     突然別れを告げて国に帰ってしまった恋人が、約三年の月日を経て結婚をして子供が生まれたとニュースになる。
     こどもの額にはツノと甲殻らしきものが。
     レオナとよく似た顔立ち、見覚えのあるツノ。
     そこでようやく、マレウスはニュースの記事を読むことができた。
     内容はこうだ。
    『病床に臥しているのではと囁かれていた夕焼けの草原第二王子、レオナ・キングスカラー殿下が数年ぶりに公の場に姿を現した。その腕には小さな王子を、そして隣にはひとりの女性の姿が。夕焼けの草原王宮の発表によると、レオナ殿下は療養中に出会った女性と恋に落ち、愛を育み王子を授かった。殿下の体調を考慮して結婚と王子の誕生の発表はされておらず、この日が初のお披露目となった。妃となった女性は軍に所属する看護師で、アンテロープの獣人。レオナ殿下の身の回りのお世話をするうちにお二人は恋に落ちたご様子。お二人の間に生まれた王子は、顔立ちはレオナ殿下によく似ており、母親譲りの立派なアンテロープの角がとても愛らしく……──』
     記事をどうにか読み終えたマレウスは、「リリア」と低く呟く。
    「キングスカラーは病に臥していたのか?」
    「わしも詳しいことはわからぬ。じゃが、国に帰ったあと目立った動きが全く無かったのは確かじゃ。夕焼けの草原の地方紙に退学して戻ってきたくらいは書かれておったかのう」
     マレウスはもう一度情報を整理する。
     退学したレオナ。
     病に臥して、公の場に姿を表すのは数年ぶり。
     退学から、約三年。
     こどもが生まれ、角と甲殻らしきものがある。
     そこから考え出される答えはひとつだが、到底信じられるものではない。
    「……ドラゴンの妊娠期間は約一年。卵生で……孵卵するまでに更に一年はかかる。期間が合わない。それに……」
     ドラゴンの卵はそう簡単には宿らない。
     たとえ真実の愛があっても、様々な条件が重なり合わなければならない。
     それに、仮に卵が宿っていたとしてもドラゴンに対する知識がなければ卵を産むことは不可能だ。
     だからあのこどもがドラゴンの……マレウスとレオナのこどもである可能性は、無い。
    「リリア……、キングスカラーに、祝福の言葉を送ってやってくれ」
    「マレウス! 何を言っておるのじゃ」
    「何を、はお前の方だ。こんな小さな写真では甲殻なんて見分けがつかない。たまたまそう見えただけだ。角だって、妃となったアンテロープと同じじゃないか! キングスカラーは国で幸せになった。それだけのことだ」
    「母胎が多種族であれば勝手も変わろう。レオナであればドラゴンの生態くらい簡単に調べがつく。記事には赤子の誕生日は書かれていないし、どう見ても生まれたばかりではない。もしもあの子がお主との子であれば……」
    「やめてくれ!」
     両手で顔を押さえてマレウスは叫んだ。
     自分に都合のいい解釈はどうにでもできる。
     だからこそ、したくない。
    「あのこどもが誰の子であっても、キングスカラーはあの女性と結婚をしたんだ。愛を交わしたんだ! こどもが僕との子であったとして、どうするつもりだ。子を奪うのか!? キングスカラーの幸せを壊すことは、僕には……出来ない」
     何もかもを、信じたくない。
     レオナが自分以外の伴侶を得たこと。
     こどもが生まれたこと。
     レオナが、幸せであること。
     不幸であればいいのかと言えば、そうではないが、レオナを幸せに出来るのは自分ただ一人だと思っていた。
     彼以上に愛する者とはもう一生出会わないだろう。
     そう思うほどに、レオナを愛していた。
     それが崩れて無くなり、マレウスは愛が分からなくなった。
    「マレウス……」
    「金輪際、キングスカラーのことは僕に知らせないでくれ。たとえ死んでも、訃報もなにも、聞きたくはない」
     そう言うと、マレウスは転移魔法でどこかへと消えてしまった。
     室内の残る淡い黄緑のきらめきを、リリアは静かに見つめていた。

    ***

    「──おい、ネットに写真を載せるなっつっただろうが! 広報はなにをしてる! 今すぐ削除させろ!」
     王宮内に響く怒号に、偶然室内に居合わせた使用人はびくりと身体を縮こませ、怒鳴られた事務官は大慌てで部屋を飛び出していった。
    「……レオナさま、そんなに興奮されてはお身体に触ります」
    「……チッ」
    「レオナさま」
    「わかったよ。俺は寝る。三時間後に起こしてくれ」
    「かしこまりました」
     恭しくお辞儀をした女性の頭には、立派な一対の角。
     アンテロープの獣人だ。
     退室したレオナの後を着いて行き、レオナと共に彼の自室へと入る。
     そこには侍女が二人待機しており、ゆりかごですやすやと眠る赤子の様子を彼女に伝えた。
     ベッドに入る前にゆりかごに近付いたレオナは、優しく頬を撫で、豊かな黒髪をかきあげる。
     額には、艶めく甲殻。
     赤子の頭には似つかわしくないゴツゴツとした角をゆっくりと撫で、口元を綻ばせる。
    「俺が寝ている間、コイツを頼んだぞ」
    「はい」
     アンテロープの彼女と二人の侍女は揃って返事をすると、恭しく頭を下げた。
     ベッドに入っても、レオナの口からは溜息が零れた。
     その原因は、先日行われた結婚と王子誕生のお披露目だった。
     お披露目と言っても国民の前に姿を現しただけで、レオナ自身の声で語ることはしていない。
     全ては広報官に委ねられ、限られた情報のみを公開した。
     現在の夕焼けの草原王宮は、重大な秘密を抱えている。
     国民の目に晒されても怪しまれないよう、最小限だけを伝え、真実は伏せてある。
     その真実のひとつが、レオナの結婚だ。
     アンテロープの女性には、気の毒なことをさせてしまった。
     軍に所属する看護師である彼女は、国に帰り床に臥せたレオナの世話を命じられた。
     それは秘匿される任務であり、アンテロープという種族の彼女だからこそ務めることが出来る役割だ。
     自身が置かれることになる状況を受け入れると決めた彼女は、表向きにはレオナの妃となり誰もが羨むシンデレラストーリーの主人公であるが、その裏では常に監視され、王宮内であっても自由に行動することも関係者以外に会う事も許されず、レオナの世話に勤しむ日々。
     それは侍女も同じだが、彼女への制限はことの他多かった。
     そんな彼女にレオナはすまないと言葉を掛けるが、彼女は身に余る光栄だと笑顔を浮かべた。
     そして、最大の秘密。
     それは生まれた王子。
     確かにレオナの子ではあるが、レオナとアンテロープの彼女の子ではない。
     レオナ自身が産んだ子だ。
     男体が妊娠するはずがない。
     口を開けば誰もがそう言うが、相手が妖精であるとなれば話は変わる。
     しかも、ドラゴンだ。
     妊娠に気付いたレオナは何度となく兄と義姉に相談をし、NRCを退学して国に帰った。
     在学中は魔法を使って何でもないふりをしていたが、男体を母胎へ作り替えるという荒業は、とにかくレオナへの負担が大きかった。
     当時付き合っていたマレウスに伝えればどうなるかなんて想像も出来ず、一番頼りたくなかった実家を頼る羽目になってしまった事は少しだけ後悔しているが、レオナ一人では抱えきれなかっただろう。
     それだけのことが、レオナの身体の中で起きていた。
     不思議なことに腹が膨れる事はなかったが、身体中の魔力を腹の一点に奪われる辛さは喩えようがなかった。
     動くことすらままならない状況だったが、気力だけでどうにかドラゴンの生態について調べ上げ、生まれるその日をひたすらに待った。
     通常よりも長く胎の中で眠っていた卵は、魔法によって取り上げられる。
     失敗すればレオナも卵も無事では済まない。
     ファレナ王とその妃によって集められた魔法士達により、無事に卵はとりあげられたが、そこで終わりではない。ドラゴンの卵は、生まれてから更に一年ほど、母体となった者の魔力を与え続けなくてはならない。
     本来であれば父となるドラゴンの魔力も必要であるため、孵卵するまでに余分に半年ほど時間を要してしまったが、無事に赤子が生まれた。
     生まれた赤子は、顔立ちこそレオナに似ているものの、父であるマレウスの特徴を色濃く継いでいた。
     子が成長して大きくなれば、嫌でも人目についてしまう。
     それを避けるために、アンテロープの彼女が必要だった。
     仮に、生まれた子に角があった場合、父親がマレウスであることを悟らせないよう、角のある女性を母であるとして婚姻を結ぶのだ。契約に近いそれは、ひとりの女性の人生を奪う行為であるが、それ以上に、この子の出生については秘密にしておかなくてはならなかった。
     妊娠から孵卵までの間、魔力を使い続けたレオナはすっかり疲弊してしまい、現在も一日の大半をベッドで過ごしている。
     とはいえ、公務もせずに秘密にばかりはしていられない。
     そのため、お披露目が行われたのだ。
     巷ではレオナの子を抱く姿に『子煩悩な父親』として賞賛されているようだが、実際はアンテロープの彼女では子を抱くことが出来ないのだ。
     ドラゴンの血を引く赤子は強力な魔力を有していて、何か起こった時にレオナ以外では対処が出来ない。そのため、アンテロープの彼女も侍女も、世話をする事は出来ても長時間抱いていることが出来なかった。
     レオナの妃と子のお披露目は人々の関心を集めるものであったが、王位継承第二位となれば国外からの関心は薄い。
     それを見越した上で国内向けの新聞への記事や写真の掲載は許可したが、どこまで広まるか分からないネットへの掲載──特に写真の掲載はしないよう広報に伝えたのだが、蓋を開けてみれば幾つかヒットしてしまった。
     国内の新聞が茨の谷へ渡る可能性は低いだろうがネットとなれば話は違う。
     何か気付かれてしまってはここまでの努力が無駄になってしまう。
     気付かれたところで向こうがどんな動きを見せるのか、全く分からない訳ではないが、「ドラゴンの血を引く子をよこせ」と言われるのが一番怖かった。
     例えそれがマレウスの意思ではないとしても、国とはそういうものだと知っている。
     マレウスのことは愛していた。
     信じられないながらも妊娠していると分かった時、嬉しさと同時に恐ろしさに襲われた。
     マレウスは喜んでも、茨の谷は分からない。
     マレウスにまで拒絶されたら生きていけない。
     そうなってはもう、隠すしかなかった。
     たとえマレウスと永久に会うことがなくても、こどもが自分の心の支えになってくれると信じていた。
     マレウスの姿を思い出しながら、レオナは目を閉じる。
     いつか彼がこの子を抱く未来がやって来たら……と有りもしない願望を胸に抱いて。

    ***

     妃と王子のお披露目からわずか数日。
     夕焼けの草原王宮には数え切れないほどの贈り物が届いていた。
     第二王子の結婚は国外からの関心が薄いとはいえ、レオナは現国王の弟。近隣諸国や国交のある国から祝いの言葉や品物が大なり小なり届くのはもはや社交辞令と言ってもいい。
     その中に、個人的なものがいくつか含まれている。
     NRC時代の同級生や後輩からのものがあるのだ。
     突然退学して疎遠になったレオナに、彼らは祝福を送ってきた。
     ラギーのように返礼を期待するものもあれば、ヴィルやアズールのように皮肉を交えたものもある。
     レオナに対して『変わらない』態度を貫く彼らの存在は、態度や言葉には出さないが有難いものだった。
     レオナ直属の事務官達により贈り物への返礼作業が進む中、レオナは思わぬ事態に直面していた。
     それまですくすくと育っていた我が子が突然咳をしたかと思うと、見覚えのある黄緑色の炎をその小さな口から吹いてぐったりしてしまったのだ。
     事情を知るレオナの主治医である医療魔法士によると、著しく体内の魔力量が減っているとのこと。
     ドラゴンと獣人の血を引く赤子はその身体の成長にミルクだけでなく魔力も必要とした。
     当然レオナは母乳など出るはずもなく、王宮御用達の粉ミルクとレオナの魔力を分け与えている。
     人型をしているとはいえ、その小さな身体の半分はドラゴンだ。
     本来であればドラゴンの母から与えられる栄養と魔力が必要な身体は、成長に伴う自然な行為である「炎を吹く」を行ってしまったことにより魔力不足に陥ってしまったのだ。
     ドラゴンが吐き出す炎は魔力そのもの。
     その魔力が枯渇してしまえば命に関わってしまう。
     我が子を守るため、レオナは限界ギリギリまで、下手したらオーバーブロットしてしまうかもしれない、そんな状態に陥るまで、魔力を分け与え続けた。
     けれど、妊娠期から続く日々の子育てで疲弊しているレオナが与えられる魔力には限りがある。
     ぐったりとしたまま、こちらの指を握り返すこともしてくれない我が子を見つめているのはただただ辛く、このまま命を落としてしまったら……と嫌な想像ばかりがレオナの頭を埋め尽くす。
     寝る間も惜しんで我が子を抱くレオナに、アンテロープの女性はとうとう床に頭をつけて懇願した。
    「どうか、どうか、少しで良いのでお休みになられてください。レオナさまに何かあっては、お子様のお命にも関わります」
     けれどレオナでなくては子は救えない。
     レオナ無くしては子は生きられない。
     どちらとも選ぶことができない選択を迫られ、正しい判断すら出来そうもないレオナの元に、他から少し遅れて祝いの品が届いた。
     封蝋印には茨の谷の印璽。
     うっすらとだが魔力を纏う黒い箱。
     今は贈り物など開けている場合ではないのは重々承知であるが、兄王の判断によりレオナの元に直接持って来られた。
     黒い箱を目の前に、レオナは迷っていた。
     こんな時に茨の谷からの贈り物なんて確認したくもない。
     魔力を纏うのなら尚のこと。
     贈り物が届いたということは、茨の谷の王室がレオナの結婚と王子の誕生を知ったことになる。
     マレウスは最新情報に疎いところがあるが、側近のリリアは別だ。彼が何をしているのかまではレオナも把握していないが、目敏いことこの上ない。
     国交のない国からの贈り物。
     この箱が、意味するものは……。
     同じ学び舎で過ごした者としての純粋な祝いならばまだいい。
     箱から感じる魔力も悪いものではないだろう。
     けれどもし……もしも、何かに気付いていたとしたら。
     この箱を開けたらどうなるのか。
     贈り物に呪いの類が込められていることは無いだろうが、人間とは違う次元を生きる妖精だ。こちらが常識ではないとしていることも平気で通り越してくる。
     だが、返礼しないわけにはいかない。
     返礼のためには中身を改めなくてはならない。
     箱の上には手紙が載せられており、そちらからは魔力も何も感じないため、悩んだ挙句にレオナはまずそちらから開封することにした。
     内容は他と同じく結婚と王子の誕生を祝うもの。
     そして最後に、『新しい命に祝福を授けよう』とマレウス直筆のメッセージがあった。
     それをみとめた瞬間、レオナは黒い箱を何の躊躇もなく開けた。
     そこには、赤子に贈るには不釣り合いな装飾品──大振りな首飾りが収められていた。
     金古美のチェーンに下げられた、マレウスの瞳を思わせるペリドットが嵌め込まれたペンダント。
     魔力はペリドットから零れ出ており、その魔力にレオナは覚えがあった。
     箱から取り出したペンダントを祈るような気持ちで我が子の首に掛けてやり、それになけなしの魔力を流し込む。
     するとペンダントは黄緑色の光を放ち、赤子の身体を優しく包み込んだのだ。
     それはまさしく、マレウスからの祝福。
     もう、こどもは大丈夫だろう。
     ほっと安堵したのも束の間。
     藁にも縋る思いで箱を開封してしまったことを後悔した。
     こどもを守るための選択とはいえ、こういった類の贈り物は開けた瞬間に受け取ったことが相手に伝わる。
     そして、この贈り物がレオナにとって必要なものであったことも谷側に知られてしまっただろう。
    「……レオナさま、大丈夫ですか」
     こどもを見つめたまま動かないレオナを心配して、侍女が声を掛けて来た。
     ああ、と短く返事をしたあとで、レオナは我が子を強く抱きしめた。
     小さな頭には、まだ短いドラゴンの角とライオンの耳。
     火を吹いたりとドラゴンの性質が強く出てしまっているが、耳は獣人譲りのもの。
     もしもマレウス譲りの尖った耳であったら、永久に王宮内に閉じ込めておかなくてはならなかったかもしれない。
     そこだけはレオナに似てくれて本当に良かった。
     けれど、この子を育てるためにはレオナ一人ではだめだと突き付けられてしまった。
     こどもを育てるためには、両親の魔力が必要。
     特に、ドラゴンの強い魔力が。
     マレウスからの祝福であるこのペンダントの魔力が尽きてしまう日が来たら、どうなってしまうのか。
     得も言われぬ不安に襲われたレオナの瞳から、ひとすじの雫が落ちた。

    ***

    「……これは?」
     リリアから差し出された箱を、マレウスは一瞥しただけで受け取ろうとはしなかった。
    「夕焼けの草原からの返礼の品じゃ」
    「リリア」
    「これはお主の務めのひとつじゃ。他国からの礼に対して無礼を返すでない」
     そうは言われても、返礼の品なんていちいち自分で確認する主人はいないだろう。
     マレウスが茨の谷の当主となった暁には、そんなものは臣下が確認して精々目録を渡されるくらい。実際、現女王だってそうだ。贈り物のひとつひとつを彼女自身が確認することはない。
     だからその箱をマレウスが受け取らなかったところで無礼ではない。
     リリアが確認してくれればいいのだから。
    「マレウス」
     少し強く名を呼ばれ、マレウスは不承不承といった体で受け取った。
     宝石箱のような装飾が施されたそれは、開けるとまず形式的な感謝の言葉が並んだカードがあり、その下に夕焼けの草原の伝統工芸品のひとつである細かい模様が彫り込まれた銀細工のブレスレットが入っていた。
     装飾品を着ける習慣のないマレウスにとっては、どんな逸品であっても不要の品。
     ぱたん、と箱を閉じてしまうと、執務机の端へと追いやられた。
     そんなマレウスに、リリアは溜息を一つ。
     踵を返しかけて「そうじゃ」と立ち止まる。
    「レオナはペンダントを受け取り『使った』ようじゃ」
    「その名を僕の前で出してくれるな」
    「もって一ヶ月──といったところじゃろうな」
    「リリア」
    「おおこわい。のう、マレウスや。手遅れになる前に、素直になっておくべきだとは思わんか」
    「お前は僕に非があると言いたいのか」
    「良いか悪いかの判断しかつかないのであれば、それまでじゃ。わしは」
    「しつこいぞ」
     窓の外でピシャンと雷鳴が轟く。
     リリアは再び、おおこわい、とわざとらしく肩を竦めて出て行った。
     マレウスの背後──窓の外は暗雲が立ち込めて未だにゴロゴロと嫌な音を立てている。
     ひとつ息を吐き出して、マレウスは机の端の箱に目をやった。
     感謝の言葉が印刷されたカード。
     贈り主の意思を感じない贈り物。
     その他大勢と同じ扱いであることが気に入らないなんて子供の我儘のようなことを言うつもりは無いが、レオナの気配を期待してしまった自分が恨めしい。
     だが、レオナはマレウスからの『贈り物』を受け取り、それを正しく使用した。
     それは即ち、あのこどもがマレウスとレオナの子であることを意味している。
     マレウスは全く気乗りしなかったが、リリアの提案に乗る形で祝福を送った。
     本当にあの王子がレオナと妃の子であれば祝福を込めたペンダントはただの装飾品として扱われるだろうが、もしもそうでないのならば──ドラゴンの血を引く子であるのならば、その子にとってペンダントは必要なものとなる。
     ドラゴンのこどもが成長する為には、ドラゴンの魔力が必要不可欠。
     そのことに、遅かれ早かれレオナは気付くだろう。
     近いうちに必ず、レオナはマレウスを頼らなくてはならない事態に陥る。
     けれどそこに、愛はない。
     こどもの為に自分は利用されるのだろう。
     そう思うと、ひどく胸が痛んだ。

    ***

     マレウスには困ったものじゃ。
     腕を組みながらリリアが城内を浮遊していると、目の前に一輪の白い花が現れた。
     女王からの呼び出しだ。
     その花を手に取ったリリアは更に難しい顔をして、空間転移魔法で姿を消した。

    ***

     マレウスから贈られたペンダントの効果は凄まじく、みるみるうちにこどもは元気を取り戻し、翌日には可愛らしい声を聞かせてくれるようになった。
     この日、レオナの私室をファレナが訪れていた。
     ゆりかごで微笑む甥っ子に、ファレナはふにゃりと表情を溶かす。
    「可愛いなぁ。チェカを思い出すよ。この子を抱いても大丈夫かい?」
    「ああ」
     レオナの了承を得て、ファレナはゆりかごにそっと手を入れて抱き上げた。
     シャラリとペンダントの鎖が音を立てる。
     淡く光を放つそれは、赤子を守るようにその身体の周囲を覆った。
     時折そうなるのだ。
    「触るなと言われているみたいだね」
    「触ってほしくないんだろ」
     言って、レオナはファレナの腕から我が子を抱き上げる。
     ゆりかごに戻してしまうと侍女に世話を任せてファレナと向き合った。
    「──で、わざわざ何の用だ?」
    「体調が優れないと聞いたから心配になって様子を見に来たんだ。お前はすぐに無理をするからな。今日だって、クマがひどいぞ」
    「これくらいどうってことはない。それより、こんなところで油売ってないで広報のやつらをどうにかしろ。茨の谷に知られたじゃねぇか」
    「そうは言っても……おかげでこのペンダントに助けられたのだろう?」
     その一言にレオナは兄を睨むが、それくらいで怯むファレナではない。寧ろ嫌というほど慣れている。
    「レオナ」
     優しくも力強い声に呼ばれ、レオナは舌打ちして外方を向く。
    「あの子は確かにお前の子だ。生まれる瞬間を私も妻も見ていたのだからいくらでも証明してやれる。けれど、獣人ではない部分については未知数だ。出来る限りの手助けはするが、お前でも出来ないことは……どんなに優秀な者を集めても、どうにもならなくなってしまう時が、いずれ来るだろう」
    「……っ」
    「お前は、それでいいのか?」
    「……はっ、今から別れの準備をしておけと言うのか」
    「そうではない」
    「じゃあなんなんだよ!」
    「お前も分かっているだろう。あの子の半分はドラゴンだ。私達では──」
    「黙れ」
    「レオナ、私は」
    「黙れっつってんだろ! テメェに言われなくても分かってんだよ! 出ていけ!」
     怒りに任せてレオナが吠えると、その声にびっくりした赤子が泣き出してしまった。
     慌てて侍女があやすが、すぐには泣き止みそうにない。
     ファレナを睨みつけて耳の先までピンと立ち、すっかり興奮状態となってしまったレオナは肩で息をしている。
     ファレナはそんな弟を宥めようとして、「陛下」と逆に侍女に嗜められてしまった。
     こんな時、ファレナが言葉を重ねてもレオナの機嫌を悪くするだけだと彼女達はよく知っている。
    「……すまない。また来るよ、レオナ」
     余分な一言のおかげでレオナの興奮はしばらくおさまりそうもない。
     そのせいだろうか。ファレナが退室した途端、レオナの身体がぐらりと傾いだ。
    「レオナさま!」
     アンテロープの彼女に支えられてベッドに腰掛けるレオナの顔色は決して良いものではない。
     未だ泣き止まない我が子を侍女から受け取り、胸に抱く。
     けれど座っているのが辛く、そのままベッドの上に仰向けに倒れて心音を聴かせるように胸に乗せておくと赤子は泣き止みレオナの胸の上で手足をぱたぱたと動かし始めた。
     そんな二人の様子を、アンテロープの女性と二人の侍女は微笑ましそうに見つめていた。
     けれどどこか表情が晴れないのは、ファレナと同じように二人が心配で堪らないからだ。
     卵生の王子は生まれた時こそ小さかったが、僅か一ヶ月ほどの間にすくすくと成長して驚くほどあっという間に首もすわり、生後六ヶ月ほどの乳児と変わらない大きさになった──が、そこからはまるで成長が止まってしまったかのように一ミリ、一グラムたりとも変わらなくなってしまった。
     孵化してから約三ヶ月。
     成長が止まった原因は分からないが、もしもこの子が獣人ではなく妖精の時間を生きているのだとしたら。
    『王子』の出自については、王宮内でも上層の限られた者しか知らない。
     そのため、『いつまでも赤子のままの王子』の存在は大変にまずいこととなる。
     どんなにレオナが手を尽くしたところで、『ドラゴンの子育て』を正しく理解することはできない。
     いや、半分は獣人なのだからと子育てについては義姉から聞いているが、獣人の子は成長のために魔力など必要としない。
     もしもレオナが与える魔力が足りなくて育たないのであれば、それは非常に由々しい。
     いつまで魔力を与えなくてはならないのか正確な時期は分からないが、成長につれて飲むミルクが増えるのと同様に与える魔力が多くなるのは必至。
     今でも一杯一杯の状況であるのにこれ以上の魔力をレオナが与えられるはずもなく……。
     左手で胸の上の我が子を支え、右腕で視界を遮ったレオナは大きく息を吸い込んで、吐き出す。
     胸の上に乗せていても大した重さは感じない。
     けれど衣服越しでも伝わる温もりがそこにはある。
     やわらかくて、まるくて、ちいさなからだ。
     とても温かくて、こちらを見つめる緑の瞳は恐ろしいほどに真っ直ぐだ。
     その身体にどんなに強い魔力を秘めていても、守ってやらなければ生きていくことさえできない小さな小さないのち。
     胸の底から湧き出る愛しさに、レオナは鼻の奥がツンと痛むのを感じる。
     再び大きく息を吸い込んで自身の心を誤魔化し、我が子とともに起き上がった。
     幸い、ペンダントのおかげでレオナが与える魔力は僅かで済んでいる。
     それに頼らなければならない現状に苛立ちと焦りを感じながらも、今は少しでも体力と魔力を温存しておくべきだ。
     レオナは我が子を侍女に預けてベッドへと潜り込む。
     自ら休息を選んでくれたことに、三人の女性達は安堵の息をこぼした。

    ***

     ドラゴンと獣人の血を引くこどもは強力な魔力を有して生まれた。
     けれど、最初の一ヶ月の間で著しく成長したかと思えばその身体は育つことをやめてしまい、しかも一度炎を吹いただけで体内の魔力が殆ど無くなってしまった。
     こどもが成長するには魔力が必要。
     レオナの魔力だけでは足りない。
     ずっと、おかしいと思っていた。
     ドラゴンの成長には魔力が必要とはいえ、半分は獣人なのだから獣人としての成長の仕方で補えても良いはずだ。
     とはいえそれは単にこちらに都合の良い考え方なだけで、自分の常識では賄えない存在なのかもしれない。
     王立図書館の地下書庫で調べるのも限界を迎えている。
     そんな時、主治医の魔法医術士との会話の中でレオナはひとつの答えを導き出した。
     魔力を蓄えるための器は大きいが、自分の体内で魔力を作り出す力が弱いのでは、と。
     その理由が『ドラゴンの魔力』を与えられていないことに起因するのであれば、これはもうレオナだけではどうすることも出来なくなってしまう。
     親子二人、王宮で静かに暮らしていければと思っていたが、それすら難しいのだろうか。

    ***

     一日に二回ほど、ペンダントへレオナの魔力を流し込むと、ペリドットの石に含まれているマレウスの魔力と合わさって増幅され、ゆっくり小さな身体へと流れていった。
     やはり足りないのはドラゴンの魔力だったようで、少しずつ成長の兆しが見え始めたことに安堵した反面、不安は日に日に大きくなっていった。
     そしてついに、恐れていた日が訪れてしまったのだ。
     朝、いつものようにレオナがペンダントへ魔力を流すと、ペリドットは光を失いひび割れてしまった。
     ペンダントが贈られてから丁度二週間。
     壊れるのは分かっていたことではあるが、レオナの見立てよりも随分早いことに焦りを感じてしまう。
     今すぐどうにかなってしまう状態では無いが、代わりとなる魔法石の準備が整っていなかった。
     せめて、あと一週間。
     赤子からペンダントを外し、割れてしまったペリドットをそっと撫でる。
     試しに自身のマジカルペンを充てがい修復を試みるがすぐに元に戻ってしまった。
     ペンダントを握りしめたレオナは、子の世話を侍女たちに任せて足早に部屋を出た。

    ***

     ペンダントが壊れた瞬間を、マレウスもリリアも感じ取っていた。
     不意に動きを止めた主人にどうかしたかと侍女は尋ねるが、マレウスは口を閉ざしたままだった。
     もって一ヶ月だろうと言われたペンダントはたったの二週間しか効果を発揮しなかった。
     それほどまでに王子の状態は悪いのだろうか、とマレウスの胸に不安めいたものがよぎる──が、気にしたところでどうすることもできない。
     胸に燻る思いに、マレウスは拳を握りしめた。
     丁度その頃、リリアは朝食後のティータイムを楽しむ女王に付き添い庭園に出ていた。
     感じた気配に思わず反応してしまったリリアを、女王は見逃さなかった。
     そして女王はこう口にした。
    「あの子の好きにさせるといいわ」

    ***

     レオナが用意した魔法石では、我が子に魔力を分け与えることはできてもそれはやはりレオナの魔力のみ。
     茨の谷からのペンダントのように魔力を貯めた魔法石を媒体にすることで効率は上がったが、子の成長のために必要な魔力は賄えない。
     分かっていたことではあるが、突きつけられると余りにも辛い。
     妊娠に気付いた時、何があってもひとりで育てると心に誓った。
     その誓いは実家を頼った時点であっさりと破られてしまったが、王宮で、自分の手の元で大事に育ててあげたかった。
     今はまだ体内にマレウスの魔力が残っているからニコニコと笑い可愛らしい声を聞かせてくれるが、それが後どれだけ続いてくれるのか。
     瞳から輝きが消えて、ぐったりとしてしまったあの姿はもう見たくない。
     けれどこのままでは……。
     レオナ一人ではどうすることもない現実に打ちのめされてしまいそうだ。
     仮にマレウスに助けを求めたとして。
     今更どんな顔をして会えばいいか分からない。
     それ以前に、会えるかも分からない。
     こどもの存在は知られているが、この子がマレウスとレオナの子であると気付かれているという確証は無い。
     こどもを連れて、マレウスに会いに行き、事情を説明して……説明をしても、受け入れてもらえないかもしれない。
     形だけでも妃を娶った自分を、マレウスはどう思っているだろうか。
     それ以前に、一方的に離れた自分をどう思っているのか。
     もしかしたらもう顔も見たくないと思っているのかもしれない。
     祝いの品を贈ってくれたがそんなもの国交の為の社交辞令だろう。
     マレウスのことは好きだった。愛していた。
     いつかは別れを告げて、もしくは告げられて、互いに国へ帰る身だと分かっていてもその気持ちは止められなかった。
     叶うならば卒業してもずっと、彼の傍にいたかった。
     叶わなくても、友人として時折り会うくらいは出来るだろうと思っていた。
     そんな折に体調の変化から気付いた妊娠。
     雄である自分にそんなことが起こるなんて考えもしなかったが、確かに感じたのだ。
     胎の中に、自分のものではない、別の誰かの気配と魔力を。
     レオナが気付いたのだから、マレウスも気付くかもしれない。
     マレウスに気付かれるのは怖かった。
     いずれ一国の王になるマレウスが『こども』の存在を、しかも純血ではないこどもの存在をどう受け止めるのか。
     マレウスに愛されていると感じていたが、マレウスがこどもを望んでいるかなんて分からない。
     マレウスに拒絶されてしまったら……どうしていいかわからない。
    『国』という目線で見た時、未婚である王が子を持つのは喜ばれない。少なくとも夕焼けの草原はそうだ。
     王はライオンでなければならない。
     だからレオナは──自身が王位を望まないことを条件にして、アンテロープの彼女を仮初であっても妃に迎えることが出来た。
     もし仮に茨の谷が純血を求めなかったとしても、『マレウスの子』は望まれてもレオナはどうか分からない。
     マレウスと別れて、こどもとまで別れたら……──と、思考はどんどん飛躍して最悪ばかりを考えしまう。
     こんなのは自分らしくないと思っても、幸せそうに眠る我が子を目にすると息の仕方さえわからなくなりそうなほどに胸が苦しくなる。
     もう、どうしたらいいのか分からない。
     マレウス譲りの艶やかな黒髪を撫で、レオナはふらりと自室から出て行ってしまった。

     どれくらい、そうしていただろう。
     王宮内の敷地の外れ。
     木々に囲まれたガゼボでひとり、レオナはゆっくりと流れる雲と夕焼けに染まりゆく空を眺めていた。
     子の世話は侍女がしてくれる。
     ミルクも彼女達で与えることが出来る。
     ならば自分はこどもにとって本当に必要なのか。
     どんなに魔力を分け与えても子の血肉にもなれないのなら……そこまで考えてしまい、ああ、いけない、とレオナはかぶりを振る。
     そろそろこどもの様子を見て魔力を分け与える時間だろう。
     王宮の自室に戻る足が重い。
     歩みを進めるたびにズキズキと頭が痛む。
     それでも、戻らなければ。
     いつもの倍ほどの時間をかけてようやく王宮まで戻ってきた時だ。
     バタバタと慌てた足音が近付いてきて「レオナさま!」と酷く慌てた様相でレオナ付きの侍女が殆ど叫んでいるのと変わらない声量でレオナを呼びつけた。
    「レオナ、さまっ!! お早く!!」
     王宮内であっても、気安く王子の存在を知らせる言葉は発せない。
     彼女の声に全てを察したレオナは駆け出した。
     重い足も痛む頭も、全て忘れて。
     王宮に仕える侍従達にぶつかりながらも、必死で。
     そうして辿り着いた自室では、アンテロープの彼女が王子を抱き、もうひとりの侍女はスマホを片手にどこかへ連絡している。
     レオナの姿をみとめた瞬間、ふたりは揃って「レオナさま!」と縋るような声と顔でレオナの元に駆け寄ってきた。
    「留守にしてすまない。何があったんだ」
    「王子様がまた炎を」
    「ぐったりしてしまって、呼吸もお辛そうで……」
     アンテロープの彼女の腕から我が子を抱き取り、ペリドットの代わりに身に付けさせた魔法石にマジカルペンを宛てがう。
     小さく呪文を唱えて魔力を流し込むと、魔法石は淡く光ってその光が小さな体を包み込む。
     ペリドットがあったときはその光がゆっくりとこどもの身体に吸収されて行ったのだが、今はそのまま揺蕩っている。
     まるで、これはドラゴンの魔力じゃない、と拒否されているように感じられてレオナはどうしようもない絶望感に襲われる。
     こどもの体内のマレウスの魔力は炎と共に使い切ってしまったようで少しも感じられない。
    「すまない……俺は、親としてお前にしてやれることがもう、何ひとつ……ない……」
     レオナの口から、彼らしくも無い弱々しい声色が零れ落ちる。
    「お前達には無理をさせたな」
     二人の侍女とアンテロープの彼女へ向けて、レオナは静かにそう伝えた。
    「……あ、あの、王子さまは……」
    「すぐにどうにかなりはしないだろうが……このまま俺の魔力を受け入れてくれないままでは、いずれ魔力が枯渇して……衰弱してしまう、だろうな」
    「そんな……」
    「可哀想だが、俺にはもう……なにも……」
     なにも、できない。
     なにか、してやれることがない。
     虚な瞳に光が戻ることなく、この小さな命に終わりがきてしまうのだと思うと、取り乱すどころか心が急速に冷えていった。
     それでも頭の中はぐちゃぐちゃで、今、何を優先すべきかの答えを導き出せない。
     孵化するまでは、マレウスとの愛を形にするため必死だった。
     無事に生まれてからは、その命を守るのに必死だった。
     けれど、自分はこどもにとって必要ではないらしい。
     子のためにできることがない。
     抱きしめて、その頭を、頬を撫でてやることしかできない。
     それだけでは、この命を救うことはできない。
    「……お前も、俺なんかの元に生まれてこなければ」
    「そんなことはありません!」
     声を上げたのはアンテロープの彼女だった。
    「レオナさまが王子さまのためにどれだけ尽くして来たか、愛を注がれたのか、私たちは知っております! ご無礼を承知で申し上げますが、レオナさまが諦めてしまったら王子さまは誰にも救えません!」
    「こいつに俺は、必要とされてな── 」
    「──レオナさま!!」
     アンテロープの彼女に続き、侍女も声をあげた。
    「どうかそのようなことを仰らないでください。王子さまは、レオナさまを求めていらっしゃいます。私たちは王子さまが生まれてから片時も離れずお世話をして参りました。だからこそ分かるのです。王子さまはレオナさまのお側に居られる時が何より心安らぐのだと……!」
     三人がどんなに言葉を重ねても、レオナの心は動かない。
     動きたくても、動けなかった。
     子を抱いたままその場に座り込んでしまったレオナの耳は力なく伏せてしまい、今まで見たこともない彼の様子に、彼女達は動揺を隠せなかった。
     それでも。
     言わずにはいられなかった。
     失礼します、と。
     緊張で強張った声がレオナの頭上で響いたかと思うと、力強い腕に肩を揺すられた。
    「レオナさま!!」
     耳元で名を呼ばれて顔を上げると、目の前にはアンテロープの彼女。
    「──不屈の精神はどこへいった!?」
    「……な、……っ」
    「軽々しく命を諦めるな! 私は……私たちは、守ることが使命だ! それを、貴方自らが放棄するとは生きようとする命への冒涜だ! 貴方には我が子を守る義務がある。例えどんな理由があっても、私は……っ、貴方がそれを放棄することを認めない! 許さないッ!!」
     強い意志を持った瞳に気圧され、レオナは呆気に取られたまま動けなかった。
     その時だ。
     我が子の小さな手が、目の前に垂れ下がったレオナの三つ編みを引っ張った。
     その手を取ると、レオナの指を握り返した。
     自分は、何をしようとしていたのか。
     生きようとする命を救える者が諦めてしまったら、救える者も救えない。
    「レオナさま」
     再び名を呼ばれ、レオナは意志のこもった目でアンテロープの彼女を見遣る。
     さすがは、国軍に所属する者。
     夕焼けの草原の強い女性だ。
     彼女にここまで言わせてしまったことが兄──否、兄嫁に知られたらどうなることか。
     雄のプライドなど木っ端微塵に砕かれるだろう。
     だが今はプライドなんて関係ない。
     身分も体裁も気にしてなんていられない。
     我が子を強く抱きしめて立ち上がったレオナは、すまない、と一言彼女達に告げた。
     その声には、憂いなどなかった。

    ***

     寒くないようおくるみで身体をつつみ、その隙間に割れてしまったペリドットを差し込む。スリングに入れて横抱きで大事にかかえた。本当ならばケープでスリングごと隠したかったが、移動速度と距離を考えて防寒着を羽織る。
     レオナは周囲を警戒しながら王宮の裏側へ回った。
     既に日は落ちて、人目を避けて動くには好機だ。
     不安や戸惑いといった負の感情は拭い切れないが、自室にこもっていては何も解決しない。
     顕現させた愛用の箒にいつものように立つのではなく、高速移動に備えて跨がる。
     風と寒さ、衝撃から守るための魔法をスリングにかけ、胸ポケットの中のマジカルペンとブースターにする為の魔法石を確認する。
     こどもの様子を窺ってから、レオナは箒を握る右手に力を込める。
     闇に紛れるようにしてふわりと浮かび上がると、一気に加速して夜の街を飛び越した。
     レオナが向かうは茨の谷。
     夕焼けの草原との国交は結ばれていないが、近年茨の谷側は他国との交流を盛んに行なっており、他国からの入国を歓迎している。
     草原側も谷との交流を望んでいるようだが、レオナの一件のこともあり、積極的には動きにくい状態だ。
     レオナが「夕焼けの草原の第二王子」としてマレウスに会うためには正式な手順を踏まなければならないが事情を説明したところで会える確証などなく寧ろ拒絶されるだろう。
     そうとわかっているのだから取れる手段はひとつだけ。
     強行するしかない。
     国際問題に発展するのは承知の上。
     今は兎にも角にも時間が惜しい。
     小さな命を守るためなら、手段など選んでいられないのだ。
     夕焼けの草原から茨の谷までは通常の公共交通手段を使うと約十時間ほどを要する。
     といっても、茨の谷には公共の交通機関が整備されていないため、近隣の国までだ。
     箒で飛べば直線距離を行けるうえに、レオナの技量であればかなりの時間短縮が期待できる。しかもブースター用の魔法石で魔力をコントロールすれば長時間に渡り一定の速度を保てる。こどもの様子を窺いつつの移動であるため、読めない部分も多々あるだろうが夜のうちに、人目につかないうちに移動出来ればそれでいい。

     こどものための休憩を挟みながらも、どうにか夜明け前に茨の谷付近までやってくる事が出来た。
     一昔前までは茨の谷へ辿り着くことは非常に困難であったが、他国の者を歓迎している昨今では旅行者が迷わないように案内板を設置しているとか。
     高度はそれほどでもないがいくつかの山を飛び越えて山間の谷に見えてきた集落が茨の谷のようだ。
     城を中心に広がる集落の周りには深い森。
     入国を歓迎しているとはいえ、妖精の住まう土地にはどんな魔法が仕掛けられているかわからない。集落の手前までひとっ飛びに箒で行くのは避けるべきだ。
     森へ続く一本の道を見つけたレオナは箒の高度を下げて開けた場所へと降り立った。
     魔法石を用意したとはいえ、長時間の飛行は本調子ではないレオナに相当の負担を強いている。
     ここからは歩いて入国しなければならないのはかなりの負担となるが用心するに越したことはない。
     夕焼けの草原の気候とは違い、吐く息が白い。
     魔法を掛けたスリングの中で、子は眠っている。
     相変わらずレオナの魔力は殆ど受け入れてもらえなかったが、ミルクを飲んで空腹が満たされたからか状態は少し落ち着いている。
     ほっとしたのも束の間。
     闇に紛れてこちらを伺う気配がひとつふたつ。
     徐々に増えて、スリングを支える左腕、箒を持つ右手に力を込めた時、チリン、と聞き覚えのある音がそこかしこから聞こえてきた。
     どうやら森に住まう小さな妖精達に囲まれてしまったらしい。
     敵意がないのかそれともこちらを怪しんでいるのか。
     小さな妖精達は一定の距離を保ったままレオナの周りを飛んでいる。
     ──チリン。
     一際高くその音が鳴ると、妖精達は一斉に列を成し、浮かんだままその動きを止めた。
     闇に浮かび上がるひときわ明るい光がゆっくりとレオナに近付き、パンと割れる。
     光の中から現れたのは周囲を取り囲んでいた妖精達よりもひと回りほど大きな身体を持った妖精。
     美しい髪をなびかせ、光り輝く羽からはキラキラと鱗粉が舞い落ちる。
    『どこへ向かうのだ』
     森に住まう妖精で人の言葉を操る者は厄介だ。
     いたずら好きの妖精、などと巷では可愛らしく紹介されることもあるが、実際は言葉巧みにひとの心を惑わせて弄ぶのだ。
     警戒したまま口を閉ざしていると、再び同じことを問われた。
    「茨の谷だ」
    『ならばそのこどもは置いてゆけ。我らが代わりに育てよう』
    「断る」
    『従わぬのなら去ね』
     その言葉とともに、光を纏う妖精が手を振る。
     瞬間、レオナの身体は衝撃波のようなものに吹き飛ばされ、大木へと打ち付けられた。
     スリングはどうにか護ったが、今の一撃で魔法に綻びが生じている。
     意識を失ってしまえば最後、こどもは奪われてしまう。
     妖精達の住処を荒らしたわけでもないというのに襲われるだなんて思いもしなかった。
     妖精達はこどもの半分が『妖精』であると気付いているのだろう。
     連れて行かれてしまえば、どうなるかなんて想像もつかない。
     大木に背を預けながら立ち上がり、レオナはスリングを強く抱きしめてマジカルペンを握りしめる。
     ポケットの中にはブースターの魔法石。
     呼吸をするのも辛いが、それがあればまだ動くことは出来るはずだ。
     吹き飛ばされた時に離してしまった箒は、レオナを取り囲む妖精たちの後ろ。
     魔法で呼び寄せるよりも、攻撃しながらそこまで走った方が退路を確保出来そうだ。
     そう判断したレオナは攻撃を仕掛けてくる妖精たちを蹴散らすために風を起こして吹き飛ばす。
     同時に魔法障壁を展開して攻撃を防ぎつつ、目の前を飛び回る小さな妖精を、彼ら森の妖精が嫌がる火属性の攻撃魔法で退けた。
     あと少しで箒に手が届く──というところで、光を纏う妖精の攻撃がレオナを襲った。
    「……っぐ、あぁっ!!」
     こどもが放り出されるのはどうにか回避したが、スリングのベルトは焼き切れてしまった。と、同時に魔法の効果も完全に消え去り、子を守れるのはレオナのみ。
     おくるみに包まれた小さな身体を抱きしめて、レオナは這うようにして妖精たちと距離を取ろうとするがすぐに囲まれてしまった。
    『強情な男だ。早くその子を渡せばよいものを』
     近付いてくる妖精に向けてマジカルペンを構えるが、痛みのせいで照準が合わない。
     思い通りに魔力を練り上げることが出来ず、どうにか発動した火の魔法は呆気なく相殺されてしまった。
     このままでは守りきれない。
     それでも、この子だけは……。
     子を抱く腕に力を込めたその時、それまで大人しかったこどもが暴れ出し、大きな泣き声をあげた。
     おくるみが崩れて手足が飛び出ると、レオナの傍にペリドットが転がり落ちた。
     そんなに泣いたら、とレオナの視線がこどもを捉えた刹那──泣き声を上げる唇から、わずかながらも黄緑色の炎がこぼれ出た。
    『その炎、まさか……っ』
     こどもの身体に流れるドラゴンの血に気付いた妖精は色めき立ち、歓喜の声をあげる。
     寄越せ。ドラゴンの子を寄越せ、と。
     だがレオナにその声は届いていなかった。
     炎を吐くと同時に、以前のように子がぐったりとしてしまったのだ。
     ただでさえ残っていなかったマレウスの魔力。
     その欠片までをも吐き出してしまったのだろうか。
     レオナの手から、マジカルペンが落ちる。
     切れた額から滴る血が子の頬に垂れてしまい、慌ててその頬を拭うが閉ざされた瞳は睫毛すら震えない。
     魔力が枯渇した身体が辿る道はひとつ。
     レオナの耳は鼓動を掴むが、緩やかにその生は冥界へと堕ちていってしまうだろう。
    「……おい、嘘だろ……」
     なけなしの魔力で子の身体を包んでも、レオナの魔力は浸透してゆかない。
    「なんで、だめなんだ。どうして……」
     悔しくて悔しくて堪らない。
     なぜ自分は我が子を救えないのか。
     全てを砂にする渇きの魔法を持つ自分では、大切なものすら指の隙間から零れ落ちていってしまうのか。
     砂となって崩れてしまえば、風にさえ攫われてしまう。
     そこにあったことすら、わからなくなってしまう。
    『──手負の獣など取るに足らぬ。子を奪え!』
     欲望に満ちた醜い声が響いた。
     小さな妖精たちが一斉にレオナ目掛けて飛びかかるのとほぼ同時。地面に落ちたままのペリドットが音を立てて割れた。
     ────!!
     聴覚を奪う激しい雷鳴が轟き、雷光に視界が奪われる。
     その音に、魔力を纏う黄緑の閃光に、レオナは覚えがあった。
     苛烈を孕む凶暴な魔力に、小さな妖精たちは散り散りに逃げてゆく──が、周囲に張り巡らされた黒い茨が彼らの行手を阻み逃げることを許さない。
    「──これはこれは」
    『……マレウス・ドラコニア!!』
    「小物風情が。僕のものを奪おうとするその罪の重さ、身をもって思い知るがいい」
     一際大きく、雷鳴が轟いた。
     その音は大地を揺らし、森をざわつかせる。
     深傷を負ったレオナがそれに耐えられるはずもなく……。
     意識を失い地に伏した身体を抱き起こす腕が震えていることに、気付くことは出来なかった。

    ***

    「──!」
     すぐ隣から聞こえる泣き声に、レオナの意識は急速に覚醒した。
     身体中が痛くて起き上がることは叶わなかったが、隣で泣き声をあげる我が子の姿をその目で捉える事は出来た。
     そして、その身体を優しく抱き上げる腕。
     その先にある、戸惑いに満ちた表情も。
    「……マレウス?」
     子を抱き、レオナを見下ろすマレウスは何とも筆舌し難い表情を浮かべ、何かを言おうと開かれた唇は閉じては開きを繰り返すものの結局言葉は発さず、子へレオナへと、視線までもが忙しない。
     その間にもこどもは泣き声をあげてマレウスの腕でジタバタと暴れている。
     その様子に、レオナは鼻の奥がツンと痛くなる。
     言われずとも、わかる。
     マレウスが救ってくれた。
     意識を手放す前に感じた魔力は間違いなくマレウスのもので。まさか助けに来るなんて思いもしなかったが、レオナの前に降り立った黒い背中にひどく安堵したのを覚えている。
     何もかもが奪われるその瞬間に、マレウスが駆け付けてくれた。
     それだけでも僥倖だというのに、今も目の前にいるだなんて。
     子を抱く姿を見られるだなんて。
     溢れ出る涙を堪える事が出来ず、レオナの瞳が濡れていく。
     まさかレオナにまで泣かれると思わなかったマレウスは、子を抱いたままその場で固まってしまった。
    「これマレウス!」
     泣き続ける子供をその腕からヒョイと奪い、慣れたようにあやし始めたのはリリアだった。
    「何をしておる。あやしてやらんと……、おお、気付いたのかレオナ! お主ほどの者が満身創痍で運ばれてくるものだから心配しておったのだぞ。マレウスもいつまで黙っておるんじゃ。お主がしっかりせんでどうする!」
    「……き、キングスカラー……」
    「──頼む、マレウス」
     強張ったまま言葉を紡ぐマレウスを遮って、レオナは痛む身体を引き摺るように起き上がる。
    「俺は、どうなっても構わない。けど、ソイツだけは……許して……助けて、やって、欲しい。俺じゃ、だめなんだ。ソイツが生きていくには、お前の……ドラゴンの魔力が、必要で……。本当は、お前の……俺と、お前の子なんだ。卵から生まれた、ドラゴンの子だ。証拠なら、兄……夕焼けの草原の国王と王妃が証明してくれる。だから……っ」
     頬を伝って、ぽたりと雫が落ちた。
     一度流れ出した涙は止まらず、シーツを濡らしていく。
     傍に膝をついたマレウスは、その雫ごと大きな両手でレオナの頬を包み込んだ。
     震える唇にやさしくくちづけを送り、「キングスカラー」と呼びかける。
    「僕も、茨の谷も、お前とそのこどもを歓迎する。だから今は、休んでくれ」
     マレウスのくちびるが額に押し当てられたと思うと、不思議な温かさがレオナの身体を包み込み、意識は眠りへと沈んでいった。
    「マレウス」
     レオナを眠らせてしまったことをリリアは咎めたいようだが、あんなボロボロの状態でする話ではない。
    「大丈夫だリリア。キングスカラーが目覚めたら、きちんと向き合う」
     マレウスはレオナを横たわらせてその手を握りしめる。
     涙で濡れた睫毛すら美しいと思えるほど、マレウスの中でレオナへの想いは膨れ上がっていた。

    ***

    「──正直なところ。僕は少し怒っている」
    「少し、じゃねえだろ」
    「いいや、少しだ。お前が一言、あの時のことを謝罪してくれれば丸く収まるんだ。一言だぞ。たったの四文字じゃないか」
    「そいつはどうも、誠に、大変、申し訳ございませんでした!!」
    「……っ!!」
    「はっ、これで満足かよ、ツノ野郎」
    「相変わらず口の減らない男だな。こどもが生まれて丸くなったかと思えば」
    「子が生まれたくらいでこの俺様が変わるわけねえだろ。ひとをなんだと思っていやがる。これだから妖精さまの考えてることは……」
     ああ言えばこう言う、売り言葉に買い言葉。
     相変わらずのやり取りに、久しぶりの子守がすっかり楽しくなってしまったリリアは子を抱いたままその様子を眺めていた。
    「夫婦喧嘩は犬も食わぬとはまさにこのことじゃな」
    「誰が夫婦だ!」
    「まだ結婚はしていないぞ!」
    「うむ。じゃが、準備が整い次第婚儀を執り行うことになったのでな」
    「な……っ、勝手に話を進めるな! 俺は国に」
    「妃がいるのだろう? さあ、そのことも説明してもらおうか。僕はそれが一番気に入らない。例え仮であっても僕以外を選ぶだなんて」
    「うるせえな。テメェはさっきから自分のことばかりじゃねえかよ。クッソ、腹立つ」
    「そうじゃぞ、マレウス。お主も少しは自分を反省した方がよい。というか、わしにはお主ら二人どっちもどっちじゃな。良い悪いではなく、互いに歩み寄らねば。ほれ、お主らの真実の愛の証拠がここにおるではないか。それに……マレウス、お主はレオナを謝らせたかった訳ではなかろう」
    「リリア」
    「くふふ。わしはお主らの子が抱けて嬉しいんじゃ。こぉ〜んなに可愛い王子さまじゃぞ。もうメロメロじゃよ」
    「メロメロ言うな、気色わりぃ」
    「ま、お主ら二人とも頑固じゃからのう。過ぎ去ってしまった時間のことよりもこれからを考えたらどうじゃ。レオナを迎えるためにはちと骨が折れるぞ」
     リリアの言うように、婚儀を行うといってもそれは茨の谷側の希望だ。
     正式には結婚していないとはいえ、国で発表してしまったものをどうするのか。
     それよりもまず、こどもが無事であること、回復したことを夕焼けの草原に伝えなくてはならない。
     今頃国王夫妻もレオナの侍女たちも心配で心配で堪らないだろう。
    「──それにしても、じゃ。レオナ。お主よく生きておったのう」
    「あ? どういうことだ」
    「ドラゴンの卵を胎から取り出すのは、本来母胎となるドラゴンの役目じゃ。ドラゴンでもない、ドラゴンの子育ての知識もないお主がそれを果たすのはとてつもなく難儀なことで、ともすれば失敗して死んでおったじゃろう。それがどうじゃ。お主も子もピンピンしておるではないか。それにそもそもドラゴンの妊娠なんて非常に稀なことじゃ。それを多種族であるレオナがやってのけたのだからこれを奇跡と言わんでどうする、ということじゃ」
    「そんな話、僕は知らなかったぞ!」
    「なに? 不勉強ではないか。まあ、適齢期はこれからで妃選びすらまだじゃったから……」
     などとリリアは口を濁すが、改めてサラリと知らされた事実に、レオナもマレウスも背筋が寒くなる。
     今日に至るまでの幾つもの奇跡の上にある命。一時は何もかもを諦めてしまいそうになったが、これからはマレウスと共に見守っていけるならばレオナにとってこれ以上の幸せはない。
     不意に、マレウスと目線が絡み合い微笑まれる。
    「……っ、なんだよ」
    「つい文句が先に出てしまったが。お前のことを思わない日は一日だってなかった。お前と会えない日々はとても辛くて、生きた心地がしなかった」
    「……マレウス」
    「ここに再び、お前への愛を誓おう」
     手を取られ、唇を落とされる。
    「このくちづけをもって、永遠の愛を」
     そう言うと、マレウスはレオナを抱き寄せてその唇にキスをひとつ。
     リリアが見てる!と叫ぶ声すら奪い取って交わされる誓いに、健やかなる未来を。

    end

    ***

    「のうレオナ。この子は腹が空いたようじゃ」
    「……ああ、俺の荷物……は」
    「すまない、箒は無事だったが、鞄の類は僕の雷で焼けてしまったようだ」
    「だろうな。茨の谷にも粉ミルクくらいあるだろ?」
    「何を言っておる。お主が与えれば済むじゃろう」
    「だから粉ミルク」
    「粉ミルク?」
    「固形でも液体でも構わないが。あと哺乳瓶な」
    「……もしやお主、出ておらんのか?」
    「だからなにが」
    「母乳じゃよ」
    「はぁ? んなもん出るわけねえだろ」
    「卵を身籠ったのじゃから出るはずじゃ。胸が張って痛いことがあったじゃろう?」
    「そんなのあってたまるか!」
    「ふむ……。産後どれくらい経っておる?」
    「三ヶ月……くらいは……」
    「衰弱の原因はそれじゃな」
    「……っ!?」
    「分からなくとも仕方ない。この子はドラゴンの性質が強いようじゃな。お主も知っておるように、ドラゴンの子が育つには両親の魔力が必要じゃ」
     両親の、とはいえ、レオナ一人ではマレウスの魔力を与える事が出来ない。その代わりにとミルクとレオナの魔力を分け与えていたが、炎を吹いてから、マレウスの魔力を与えてからはレオナの魔力を一切受け付けなくなってしまっていた。
     それをリリアに伝えると、くすりと笑ってリリアは人差し指を立てた。
    「与え方が違うのじゃ。母胎側は母乳を与えることで魔力を分ける事が出来る。魔力を直接流し込むのは父親側の仕事じゃ。ドラゴンであるマレウスの魔力と獣人であるレオナの魔力は例えるなら味が違う。お主の魔力を受け付けなくなったのは、マレウスの魔力に味を占めたからじゃな。赤子とはそういうものじゃ」
    「そんな……」
    「勿論お主の魔力が必要無くなったわけではない。今後は母乳を与えることでお主の魔力をしっかり蓄えていくじゃろ」
    「いや、だから出ねえよ」
    「強情じゃな〜。茨の谷式おっぱいマッサージを受ければよい」
    「それは誰が施術するんだ?」
    「さすがにわしがレオナの胸を揉みしだくわけにはいかぬからな。マレウスに講習を受けてもらうのが良かろう」
    「おい。俺は受けるなんて言ってねえぞ」
    「大丈夫じゃ。ちぃと痛いがしっかり出るようになるから安心せい」
     安心とかの問題じゃねえ!と叫んだレオナは部屋から飛び出し、道すがら捕まえたセベクを連れて城下へ行ったとか行けなかったとか。

    happy end
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