嘘だっていいじゃない。「前立腺の反抗期ですね」
「ぜんりつせんのはんこうき」
あのマレレオが完璧に声をハモらせた。学園の人間が見れば仰天するだろう。驚きすぎて、内容は忘れてくれるかもしれない。死ぬか、忘れるか、どちらかは絶対にして欲しい。
若い医師はマジカル内視鏡検査の結果をふたりに見せて、丁寧に説明した。
「撫でても突いてもうんともすんとも感じなくなったとのことですが、原因は前立腺の反抗期です」
丁寧だが、その実情報量は増えていない。引き続き意味がわからなかった。
島で唯一の獣人専門医がいる病院だった。
強引にレオナを連れてきたマレウスは、眉間に皺を寄せて唸る。病院の機器を壊すまいと自ら封じた魔力がつい乱れそうになる。
「キングスカラーは病なのか?」
「この程度なら自然に元に戻るでしょう。しばらくの間、前立腺と距離をとって過ごすようにしてください。まず一カ月、」
「いっかげつ!?」
マレレオ、二度目のハモりである。
「マレウス、てめえ、何かって言うと瞬き瞬きうるせえのに、一カ月ごときで動揺かよ。だっせえ」
「ど、動揺などしていない」
「そうかよ」
「そうだとも。僕にとって一カ月ごとき、おまえの前立腺と距離を置く一カ月ごとき、ごとき……………」
「いや、泣くのかよ……」
「反応を無理に引き出そうと刺激を与えると、反抗期がこじれますよ」
反抗期ならそうかもしれない。
カード背景を宇宙にしていたレオナは思わず納得に流され掛け、いやいやと踏みとどまった。
「前立腺の反抗期だと!? ふざけるな、そんな話聞いたことがない」
「今回のこれは珍しい症例ですからね。しかし、あなたも魔法士の卵ならわかるのでは? 魔力の非常に強い生物が、特定の生物の特定の場所を短期間に頻繁に刺激するとどうなるか、想像できるでしょう。その場所に魔法的な変化が生じるのは自然なことです。たとえば前立腺が疑似的な人格を持ち、かまわれ過ぎにストレスを感じて反抗期を迎えるわけです。いや、しかし、本当に珍しいですよ。ドラゴンに前立腺を攻められまくったライオンの獣人なんて、有史で初めてかもしれない。あっ、カルテが砂に!?」
「うるせえ、こんなことで歴史に名を刻んでたまるか!」
「患者のプライバシーは守ります!まあちょっと匿名で学会に報告するかも」
ドラゴンとライオンの獣人、それぞれに珍しい。揃って並ぶ場所なんて普通に賢者の島のNRCのマレレオしかいない。匿名、無理が過ぎる。
「ちっ、これ以上付き合っていられるか!」
「待て、キングスカラー! 医師の説明をきちんと聞かないか。おまえの前立腺の反抗期だぞ。おまえ自身が向き合わなくてどうする」
「は? 反抗期の原因がえらそうに!」
「う、すまない。嬉しくて……。おまえが気持ちよさそうなことが可愛らしくて、つい」
「か……!? あ、あんなのサービスだろうが。ふりだよ、感じてるふり。のぼせ上がりやがって、これだから童貞は」
「何だと? もう一度言ってくれ、キングスカラー」
ずいと覗き込まれて、レオナは尾を膨らませた。
「おまえが僕に密かな『奉仕』をしてくれていたとは。……嬉しく思う」
「………………………………は?」
「祝福を授けよう、キングスカラー。おまえの前立腺は反抗期によって、いわば眠りについたのだ。だが死んだわけではない」
「人の前立腺を勝手に殺すな」
「殺してない。最後まで聞け。一カ月が過ぎた暁には前立腺は目覚め、感度百倍となって僕たちは幸せに、」
「やめろ、馬鹿野郎! 今でもやばいのに百倍だと? 殺す気か!」
「え?」
「あ」
パプーと、間抜けが音が鳴った。医師がおもちゃのラッパを吹いて、二人の注意を取り戻す。
「ラッパではありません。マジカル感度計MSー2です。キングスカラーさん。おめでとうございます。感度計の数字が動きました。前立腺の反抗期が終わったみたいですよ」
「なんて?」
「さあ? 感度百倍に改造されるくらいなら元の方がマシだから、ですかね。まあ、再発もあり得ますから、お大事になさってください。肛門性交はそもそもリスクが高いので、おすすめはできませんよ。セーフセックスを忘れずに! ……それでは次の方~」
待合室にぽいぽいと出される間、マレレオは無言であった。無言のまま会計を済ませ、外に出る。
四月一日、金曜日の午後。エイプリルフール。元々は春の到来を祝う祝祭に端を発するという。
何を嘘にしてもいい日。何でも嘘になってしまう日。
こんないい加減な日は、言わなくてもわかることだけしたらいい。
通りの最初にあったホテル、回転するベッドの回転スイッチも押し忘れたまま、感度一倍の前立腺が休ませてもらえたのは、日付が変わった後だったという。ハッピー・エイプリルフール。どっとはらい。