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    アロマきかく

    @armk3

    普段絵とか描かないのに極稀に描くから常にリハビリ状態
    最近のトレンド:プロムンというかろぼとみというかろぼとみ

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    アロマきかく

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    クソ樹液飲んで爆死したやつは特に関係ないけどやっぱりクソ樹液で爆死したやつの話。

    確かに見た。ティファレトくんがウランランスの死亡アナウンスをするのを。
    確かに見た。丁度ジョシュアが退室したタイミングで胸を掻き毟るウランランスの姿を。

    幕の裏側で密かに死にゆく彼に花束を。
    R.I.P. Uraenseu

    #ろぼとみ他支部職員
    #クソ樹液
    sap

    A.T.N.G. secret Side : Uraenseu その日も、いつも通りの流れだった。そのまま何事もなく終わってほしいと思った。
     ツール型のアブノーマリティ収容日。いつも通り、ダフネ先輩は率先して使いに行った。

     いつも通り。あの細長い鳥が収容された日以来、俺はこの『いつも通り』が怖い。
     先輩が真っ先に作業に行く度、死に急いでいるんじゃないか。そんな不安が拭いきれないから。
     だが、先輩が何かを覚悟しているときに薄っすら視える気迫のようなものが、今日は視えない。少しほっとした。このまま観測が済んでくれれば何よりだと。



     4回目の使用後のことだった。一瞬ノイズが乗ったのかと思った。
     監視カメラのモニターに映っていたのは数秒前の先輩ではない。
     目の前に迫る死と対峙する際に垣間見える危うい気配。自分の命ならいくらでもくれてやる、そう言わんばかりの恐怖さえ覚える気迫。
    ――『いつも通り』にはいかないかもしれない。そんな予感……いや、ほぼ確信に近いものを感じた。
     細長い鳥のときと同じ。背筋に寒気を感じる。
     先輩は死ぬつもりで……違う、死を確信して、作業に臨んでいる。

     慌てて情報確認のため端末に目を落とす。一瞬にして血の気が引いた。
    「そ、んな……」
     爆死。その2文字がずっと離れない。――爆死。
     細長い鳥のPALEダメージで生命力を吸い付くされたこともあった。ツール型のでかいゼンマイを巻いた結果、それとともに消えてしまったこともあった。全身が溶けて絵具のようになってしまったこともあった。3つ目のやつは……結構キツかったけど。それでも、きっと爆死よりはまだ。
     まだ、マシ?
     死に方にマシもクソも無いじゃないか。このままじゃ、確実に先輩は爆死する。でも……止められない。止めてはいけない。止めたら覚悟が無駄になる。止めても、先輩は死ぬまでツールを使い続ける。使い続けるしかないから。
     頭が上手く回らない。視線はモニターの向こうの先輩と手元の端末に表示されるアブノーマリティ情報をひたすら往復している。
     先輩の挙動がわずかに変化した。一歩一歩を踏みしめるように歩く姿。きっと今にもふらつきそうなのを何とか堪えているのか。カメラに顔が映らないようやや角度を変えている。つまり顔が映ると一目瞭然な状態になっている。
     去り際、何かが床で光った。
     気の所為か?もう一度よく見てみる。
     それはきっと、流れ落ちた汗の雫。そういえばさっき一瞬映った頬がかなり赤みを帯びていた。相当な熱を持っているのだろうか。一体何が、先輩の身体の中で何が起きているんだ。
     爆死の2文字が、ずっと思考を占領している。そんなクソッタレな副作用があってたまるかよ……!

     5回目の使用後。まずい。即座にそう思った。
     先輩が、自分で2つ目の情報が開いたことを報告した。情報の確認を怠っていた職員も皆この事実に気がつくだろう。それもまずいが、本当にまずいのは先輩自身だ。
     『もう隠す必要がない』から、バラした。つまり、そういうこと。
     もうあと30秒も経たないうちに先輩の爆死が確定してしまったということ。止める術はない。でも。それならせめて。
     跳ねるように立ち上がり、その勢いのまま全力で駆ける。行き交うオフィサーをすり抜けて、一瞬迷った。どっちへ行く?
     懲戒チームの下層メインルームから入れば圧倒的に近い。だがそれだと、恐らくグレゴリー先輩とカチ合う。俺の身勝手な我儘で、グレゴリー先輩を巻き込みたくはない。ならば上だ。直接収容室前へ。
     ヒールつきの靴で全力疾走するのもだいぶ慣れてきた。あるいは身体がE.G.Oに馴染んできたのかもしれない。

     あぁもう、広すぎるんだよ、中央本部……!

     もう30秒もない。あの報告からおよそ20秒かそこらで先輩が爆死してしまう。そんなもん、直接カメラに映しちゃ駄目だ。カメラの前で、爆死なんて……先輩が、ダフネ先輩が、爆死する様なんて……見せちゃいけない。先輩は、いつも真っ先に未知へと挑む勇者か英雄か、って。ダフネ先輩は、後輩からそう慕われてるのを聞いたことがないのか。
     管理人のことと、他の職員たちを危険から遠ざけることで手一杯で、自分のことはどうでもいいってのか。ダフネ先輩が死んだら一番後悔するのは管理人だ。俺たち職員だ。皆が皆、ダフネ先輩を一番大切にしてるんすよッ……!

     懲戒チーム上層に繋がるシャッター。開けば、もう収容室は目の前だから。
    「せ、ん――」

     先輩は一瞬胸の辺りを掻き毟るように背を丸めて、直後、ほんの少し背中が膨れ上がったように見えた。
     背中と胸が、次いで肩口、脇腹、腿、脹脛、張り裂けて飛び散る水風船が大小いくつも。水風船の中身はどす黒く真っ紅な血液。ぱん、と喉元から、頸動脈から同時に血が吹き出して、その勢いで首がふわりと紅い弧を描いて、あるべき場所から離れた。勢いよく飛んできた雫が、俺の頬に一筋の紅を差した。
     ゆっくり、見せつけるように、視界だけやたらと遅くなって、右手を必死に伸ばす俺の目の前で、もう足が言うことを聞かなくなって、――
     これ以上近づくな。そう聞こえた気がした。

     ダフネ先輩が。
     爆死……し、た?

     足が動かない。前へ進みたい。先輩を、看取って、先輩、の……
     動かない足がもつれる。前へ進みたいという意思だけが身体を引っ張り、前のめりに。そのまま両の膝をついた。一面にはただ先輩の血液……と、わずかに残る肉片と、黄金狂の装甲の破片と、ずたずたになったインナーと、皮膚と、あぁ、あそこにあるの、腕か。脚はどうなったんだろう。さっき先輩の頭、吹っ飛んでったよな。ちゃんと形留めてるかな。……
     後ろからコービン先輩の声が聞こえる。頭がぼんやりして何を言っているかわからないけど、なんだか無性に同意したくなった。
     視界はやけに鮮明で、それ以外に靄がかかっている。一面の紅。息が上がって、頭がふらついて、
     俺は、何をしにここまで走ってきたんだ。何も出来るわけがなかった。手遅れだと知ってから走ったって、手遅れの末の結末を見るだけじゃないか。
     無力感に苛まれる。いつの間にか涙が流れていた。先輩の血が差したチークが溶け合って流される。指でなぞった。感情の奔流が一気に湧き上がる。服が汚れるのも構わず、一面の血溜まりに両手をついて、

    「ぅ、……ぁぁあああ、ッ、――あ、うぁ……ああぁぁぁぁぁーーッ!!」
     喉の奥の奥から全てを振り絞って哭いた。
     誰が見ていようが、ダフネ先輩に笑われようが、今の気持ちを全て押し流すにはこうする他無かった。

     ここには、英雄も勇者もヒーローも、居ない。



     命の価値に、差異なんて無い。



     ダフネ先輩が文字通り命を賭して開示した3つ目の情報。そこにはこう書かれていた。
    『使用するごとに回復量・爆発する確率が増していく』と。
     ならば、一人1回であれば確率を抑えつつ使用回数を稼げるのでは。
     グレゴリー先輩が提案した案。TT2プロトコルで1日を巻き戻す直前、その旨が管理人経由で職員全員に通達された。ただしそれでも危険性がゼロではない以上、強制はしない。あくまで立候補した者のみで行う。そう付け加えて。
    「俺、行きます。行かせてください」
     真っ先に名乗りを上げたつもりだった。
     だが同じことを考えていたのはどうも俺だけじゃなかったらしく、それどころか管理職全員が集まる異例の事態となった。あの樹液の収容室前に、管理職全員が集って行列をなす。まさかここまでとは。発案者当人であるグレゴリー先輩もちょっと困った顔をしていた。
     結局懲戒チームから、近い部門の職員が一人ずつ順番に、ということになった。行列をなしているのはその名残というか、次が誰なのかわかりやすくするためと、通路を通る人の邪魔にならないようにってだけ。どうしてもこれだけの人数が集まると収拾がつかなくなるものだが、コービン先輩とグレゴリー先輩がなんとか取りまとめていた。
     そのなかで、クアン氏が行列整理の中心となっていたのは意外だった。後で聞いてみたところ、
    「私は将来もっと多くの人間を指揮する立場になる身なのだ。このぐらいの人数、まとめることが出来て当然。出来なければ所詮はその程度ということだよ」
     当然のような顔つきで堂々と言ってくれる。はぁそっすか、と適当に相槌を打っておいた。「流石の統率力であります師匠!」幹細胞が尊敬の眼差しでクアン氏を輝く眼で見つめている。幹細胞がクアン氏について回るさまもすっかり日常風景になった。

     クアン氏はどこぞの翼の重役を両親に持つらしく、その育ち故に言動やちょっとした行動が少々浮世離れ気味な男だ。
     入社初っ端、
    「親しみを込めて皆も私のことをクアン氏と呼んで欲しい」
     とまで言い放つような男だ。最初はその奇怪にも思えた言動の一つ一つにしかし悪意は一切なく、それこそ浮世離れしているがゆえの彼なりの「当たり前」を行っているに過ぎないとわかってからは、そういうものなのだと割り切って同期のいち職員として絡むようになった。
     段々と皆がそれに慣れるにつれ、クアン氏本人の、ただの親の七光ではない実力が見えてきた。ある程度は才能もあったかもしれないが、彼は努力の男だった。権力を笠に着るでもなく(まぁその権力も他の翼のものであってL社ここじゃ通用するわけもないのだが)、真面目に実直に、作業をこなしていた。鎮圧においてもそうだ。冷静に相手を見て、対処の方法を適切に選び、迅速に実行しつつそれを他の職員にも簡潔に伝える。
     作業のためのマニュアルを読み込み、新たなアブノーマリティの特徴に関しても細かにメモを取り、想定しうる様々な事態を避けるにはどうすればいいか考える。普段からそれを積み重ねている。トレーニングジムにも頻繁に通っているようで、共同浴場で見たら、絵に描いたような見事な細マッチョ体型だった。正直羨ましかった。
     俺は入社したての頃は……入社から結構経っても、作業でもちょっとしたミスが多かったり、鎮圧にしても我武者羅に走って殴るくらいしか出来ない、そんな不器用な人間だ。俺とは間逆なクアン氏の器用な立ち居振る舞いに少しだけ、ほんの少しだけ、嫉妬を覚えたこともあった。勿論今は微塵もそんなつもりはない。
     将来あいつは相当な大者になるだろうな。結構本気でそう思っている。

    ――

     休憩時間、メインルームに姿が見えないので喫煙所を覗いてみたら案の定そこに居た。管理職で喫煙者は非常に少ない。というか管理職ではクアン氏しか吸ってるのを見たことがない。オフィサーは結構たむろしていたりするのだが。
     普段は『彼女』の服に臭いがつくことを気にしてあまり喫煙所には近づかないのだが、今日はそのまま喫煙所のベンチに腰掛ける。

    「なぁクアン氏、あんたもちゃんと言葉選ぶんだな」
     副流煙を吸わせないようにとの配慮だろう、いつもついてくる幹細胞はメインルームに待機させ、万一こちらを覗きに来たとして煙草そのものは見せないような角度で。ふーっ、と吐き出す煙もじっくりと味わうように、時間を掛けて。その一連の仕草や佇まいを見ていると、この空間に流れる時間が、揺蕩う煙のように緩やかに感じた。
    「うん?……あぁ、あの時の事か。当然だろう。伝えるべき用件が伝わらなかったら意味があるまい。それに『適材適所』という言葉は君も知っているだろう。何、大したことではない。ただ伝えるべきことを伝わり易いように言っただけのことさ」
     成る程ね。器用な奴だ、本当に。純粋無垢の塊みたいな幹細胞がクアン氏あいつの影響を受けたのは――言動や細かい挙動はともかく――結果として良かったと思う。幹細胞は飲み込みが早いから、クアン氏が教えるあらゆる事柄をすぐに吸収して自分のものにする。最初は大丈夫かと思ったものだが、なかなかどうして、あいつも教え方が上手いのだろう。人にものを教える事自体を自身の成長の一環として見ているフシもある。そもそも自分自身が理解しきっていなければ、教えることなんて出来ないから。

     わざわざ喫煙所に来てまで言いたかった用件を伝える。
    「あん時ゃ、ありがとな」
     詳細に言うのが気恥ずかしくて、曖昧に伝えることしか出来ない自分に若干嫌気が差した。
    「礼を言う程のことでもあるまい。あれは私自身が最善だと思うことをしたまでだよ。それに、……」
     曖昧な言葉の中に潜んだ真意を汲んで、クアン氏が即座に反応を返してくる。取り出した携帯灰皿にまだ大して減っていない手元の煙草を押し込みながら、クアン氏がこちらへ向き直った。
     言う事言う事いちいち長い台詞を一旦区切り、携帯灰皿を懐に戻して少し思案するような素振りを見せる。殆ど見たことがない表情。へぇ、クアン氏もこんな顔するのか。物珍しさからそのまま黙って、続きの言葉が出てくるまで待った。
    「……君の行動の勇敢さに、私は敬意を表しているのだよ、ウランランス君」
    「へ?」
     予想外の言葉が続いて、思わず間抜けな声を上げた。俺なにか勇敢なことしたっけか。あの時のことだとしたら、別に勇敢なんて言われるようなことでも何でもなくって、単に……。
    「君自身がどう思おうが、私は君のことを勇敢だと思った。卑屈にならず、誇りに思い給え」
     気まずさから口に出せなかった俺の考えをも言い当てて、
    「直、休憩時間も終わる。君も早く戻ったほうが良いと思うぞ。なにせ中央本部は大層広いのだからね」
     尊大な物言いの男は尊大な態度のまま、仄かに漂う煙草の匂いを振り払うように胞子のE.G.Oを翻して、やや広めの歩幅で喫煙所を去った。

     あの行動を勇敢だと評されたことと、およそクアン氏の口から殆ど出てこないだろう台詞が自分に対して向けられていたことに、少し頭が混乱していた。
     しかしああまで臆面もなく堂々と勇敢だと言われてしまうと、あの瞬間の自分の感情に、余計に嘘が吐けなくなる。行動そのものは他人から見れば勇敢……だったかもしれない。でも、内心は。
     あの瞬間がフラッシュバックしてしまい、喫煙所のベンチに腰掛けたまま頭を抱え、蹲る。震えが襲ってきて、呼吸が荒くなる。流石に喫煙所こんなところで呼吸が荒くなるのは良くないと思い、立ち上がった瞬間がくがくと笑う膝に鞭打って壁に手をつきつつ半ば無理矢理に歩を進める。足を動かしていたら少し落ち着いたのだろうか、それとも再生リアクターの精神安定効果だろうか。喫煙所を出る頃には震えはかろうじて収まっていた。そのまま情報チームのメインルーム出口まで真っ直ぐ進む。メインルームの出口付近で、
    「自分は、もっと胸を張っても良いと思います、ウランランス殿っ」
     幹細胞が追い打ちのように声をかけてきた。幹細胞が誰に言われるでもなく自分から声をかけてくるのはかなり珍しい。今日は珍しい事がたくさん起きる日なのか。クアン氏の姿が見えないがあいつ何処行ったんだ、幹細胞ずっと待たせて……

     そういうことか。湧き上がる恥ずかしさを押し殺す。照れ隠しに幹細胞の脳天からぴんと飛び出る毛束を指で弾きながら。
    「立ち聞きは良くないっすよ、幹細胞」
    「は!す、すいません、でありますっ、師匠のことが気になって、つい……」
     やっぱりか。こんなに慕ってるんだ、素直にメインルームの真ん中で待ってるわけがないだろうとは思っていた。
    「全部聞かれてたかぁ。自分が情けねえや」
    「じ、自分は、自分も、ウランランス殿は勇敢だと、そう思っていますっ」
     情けないという俺自身の評価を否定しようと、少し必死な様子で喋る幹細胞。こんなに主張してくる子だったか。いつもクアン氏のあとを追いかけて師匠師匠、と必死に学ぼうとする様子ばかり印象に残っている。そもそも中央第2と情報チームじゃだいぶ距離があるからそこまでじっくり見てるわけでもなかったが。
    「んー、ちょっと難しいかもしれないけど。幹細胞は、勇敢ってどういうことだと思う?」
     訊いたあとに後悔した。今こんな話題出したら、休憩時間終わるんじゃないか。

    ――

     一人1回ずつの使用。それで爆発のリスクを抑えながら観測を進める。
     成る程、文面通り捉えるならそれで一気に13回、全情報開示のための使用回数を稼げるかもしれない。
     懲戒チームから順番で、ってことは次は中央第2か。ログン、アラさん、そんで俺、と。

     今のところ使用者に異常は見られない。順番はもう決まっているから、テンポ良く進む。ログンの台車がキュッと直角に曲がれるのは全くどういう作りしてるんだよありゃぁ。
     実物を目にして、手が震える。これが、ダフネ先輩をあんな、……にした、原因。
     振り払う。とっとと使って、ジョシュアに順番回さないとな。ごくり、と喉を鳴らして一口。味がしない。緊張のせいか、もともと味なんて殆どない代物なのか。やや拍子抜けした。

     効果はすぐ現れた。仄かな温かさが全身を包むような感覚。回復効果って多分このことか。凄いな、銀河の子のギフトよりも即効性が高いんじゃないか。流石はツール型アブノーマリティといったところか。銀河の子のギフトも、無いなら無いで『アイツ』の作業のときに結構困るんだけど。
     この服さえあれば今なら作業自体は出来るのだが、如何せん収容室に一歩踏み入った瞬間、息の詰まる絶望に似た感覚――あれは目を逸らしていても毎回起きるから、多分そういう性質なのだろう――あの感覚だけはどうにも防げない。作業している間に削られた精神力を補ってくれる銀河の子のギフトにはえらく助けられている。再生リアクターの効果が通路だろうがエレベーターだろうが、どこにいても微細ながら適用されるようになったのも大きい。本当ネツァク様々……
     あれ?

     心臓が跳ねた。
    「――え?……ぁ、嘘、だろ……?」
     いくらでも力が湧いてくる感覚と、湧いてきたそばから全て奪われる感覚が同時に襲う。
     なんだよ。なんだよこれ。え、これって、
     ……まずい……!
     左右の通路をさっと見る。人がいるのは中央本部に続く通路だから――エレベーターしかない。
     皆に向かって渾身の力を振り絞って叫んだ。

    「俺から離れろぉぉぉぉッ!!」
     言い終わらないうちにエレベーターの方へ走り始める。「皆、中央本部へ!早く!」後ろからクアン氏のよく通る声が聞こえた。
     E.G.Oを取り出し、エレベーターホールのシャッターに向けて走りながら全力で投擲する。弾けて飛び散る四色の光と共にシャッターが歪み、人一人通れる程度の隙間ができた。これで自動開閉されないはず、あそこの影で……!
     影で、独り、
     涙が視界を塞ぐ。心の中で謝りながら左手の甲で涙を拭う。怖い。嫌だ。怖い。

    ――脱走した貪欲の王に食われる瞬間が過った。まるで深淵が迫ってくるかのような恐怖と、噛み砕かれる瞬間の激痛と呼ぶのも憚られる、全身を襲った悍ましいあの感触。
    ――試練ロボのノコギリで逆袈裟にぶった切られたときもあった。あのとき初めて死んだんだっけか。試練ロボが突然ノコギリを取り出して、その勢いのまま下から上へ、斜めに――

     ちょ、え、これ、もしかして……走馬灯?もうちょっとロクな記憶出てきてくれよ、もうあと何秒かで死ぬってのが解るのに死ぬ瞬間の記憶ばかりって何なんだよ、畜生、怖ぇんだよ、畜生……!
     全身が焼けそうなほどに熱い。嫌だ、もう少し、エレベーターホールのシャッターの、怖い、こわい、影に、早く、飛び込んで、あつい、もう

    ――まにあわない――

    「皆伏せろォッ!」
     耳鳴り。涙が溢れる。クアン氏のよく通る声が遠くに聞こえる。……こわい。あつい。からだが、っ……

    ……ごめん……



    「……ん、あれ、――そっか」
     気づいたら中央本部救護室のベッドの上。一瞬夢かと思いそうになった。全身の血液が焼けて、身体の中が弾け飛ぶあの感覚は。あれは夢じゃない。まだ混乱が抜けきってない状態で身を起こしても余計悪化することは以前一度やって思い知った。
     だから、ベッドに横になったまま、ゆっくりと深呼吸。ショックと興奮で温まった脳みそを冷ましながら思い出す。
     俺と同じ感覚をダフネ先輩も……いや、先輩は樹液を飲み続けた。何度も飲むと回復量が増す、確かにそう書いてあった。たった1回飲んだだけであれほどのエネルギーだったんだ、なら7回も飲んだ先輩は。
     異常なほどの発汗、そしてふらつく足元。確かに見た。俺の時とは全く違う。最後の方なんて、隠しきれないほどに呼吸も浅く荒くなってて、声を出すのもやっとという有様だった。それでも……自分の身体を動かすことすらままならなくなっても、先輩の最期の声は、例え作り物だったとしても、明るかった。その気力は一体どこから――

    「師匠!師匠!ウランランス殿が目を覚ましたのであります!」
     幹細胞?珍しいな、ここ中央第2だぞ。またえらく出張してきたな。幹細胞がいるってことは……
    「随分な寝坊ではないか。ようやくお目覚めですかな、眠れる魔法王子様、ってところか」
     やっぱり居るよな。よく通る声による尊大な物言い。……眠れる魔法王子様って、属性詰め込みすぎだろ。
    「TT2プロトコル発動後に気絶したまましばらく反応がないと聞いたものだからこうしてはるばる情報チームから様子を見に来たというわけだ。あまり優れた顔色ではないようだが、一応訊いておこうか。調子は如何かな?」
    「最悪」
    ……というわけでもない。
     死ぬ瞬間の精神負荷が大きすぎた場合、TT2プロトコルで巻き戻しても引きずった負荷に脳が耐えきれず気を失う事があると聞いた。俺の場合は多分それだろう。
     そもそもクアン氏(と幹細胞)が、俺のことを心配してわざわざ情報チームから中央第2まで見舞いに来たという事実がむしろ結構嬉しくて、それと同時に驚いてもいる。
    「嘘を吐くような場面でもなかろう、満更でもないという顔をしているぞ。ひとまず何事もないようで何よりだ。何と言っても君の役目が役目だからね、体調は良いに越したことはない。充分に養生し給え」
     相変わらずの調子で長々とまぁ。要約すると二文節で済むってのに。安心した、ゆっくり休め。つまりそういうこったろ。
    「しばらく安静にしていれば再生リアクターの効果で体調も戻るだろう。君が倒れてしまうと『あのALEPHクラス』にクリフォト暴走が起きた時、対処が大変なのでね。では、友人の無事を確認できたところで、我々は情報チームに戻るとしよう」
     友人の無事ねぇ。そういえば脱毛器借りたときそんな事言ってたな。俺、あいつの友人枠だったわ。
     クアン氏も俺も、大概ベクトルは違えど『変な奴』のカテゴリに入ってるだろうが、幹細胞だって性別不詳だし年齢も不詳だし、経歴だって不詳だ。わかっているのは履歴書に書いてあったらしいフルネーム『幹細胞-642』のみ。しかも入社直後なんて生まれたての赤子が言葉を喋るような純粋無垢オブ純粋無垢だったらしいし。物理的に相当変な奴なのは確かだわ。
     共同浴場でクアン氏についてきた幹細胞を見たときは何かの見間違いかと思ったもんだ。

    「そうそう、私としたことが。無事を確認できたことに安堵して危うく忘れるところだった」
     戻ろうとしたクアン氏がさっと踵を返す。動く度にE.G.O『胞子』のコートの裾がふわりと翻り、それがまた一挙手一投足を優雅に映えさせるのが微妙に小憎らしい。
     どうしたんだよ、と表情で応え、続きを促す。
    「君が爆発してから少し間を置いて、ジョシュアも爆発したのだよ」
     おいおいマジかよ。……いやどっちのジョシュアだよ。一人死んだという事実には変わりがないから、それはとりあえず置いておくか。
    「君が予めスペースを確保してくれていたからね、被害は最小限に食い止められた。君の機転のお陰だよ。その件について礼を言っておこうと思ってね」
     最後の二言で、一瞬思考が止まるほどの衝撃を受けた。
    「では改めて。養生し給えよ」
     クアン氏が幹細胞を伴って救護室を出ていく。二人の姿が見えなくなるまで見送って、一度端末を確認する。 気絶していたといっても、どのくらい時間が経っているんだ。クリフォト暴走レベルが上がるなら、備えておかないと。

     幸い、まだ業務開始してから間もないようで、暴走ゲージは2割か3割かといったところだった。これは……違うな。業務開始を遅らせたんだ。時刻と作業の進捗が噛み合っていない。俺のせいか。一番デカいヤマ抱えてんの、俺だもんなぁ。管理人にも気使わせちまったか。もう少し休んでおこう。時間があるなら、それこそ体調を極力戻しておくべきだ。せっかくの気遣いだ、享受していけ。
     俺が動けないとなると、『アイツ』の暴走対処を誰が行うか。……ダフネ先輩だ。銀河の子のギフトを持っているのが現状俺とダフネ先輩しかいない関係上、ある程度のBLACK耐性を持ち銀河の子のギフトもあるダフネ先輩しか、まともに『アイツ』の作業をこなせる人間が居ない。
     きっと業務開始を遅らせるよう管理人に提言したのもダフネ先輩だろう。時刻を見るに、結構ギリギリまで待ってくれたに違いない。そして、俺が目を覚ます気配がないなら最悪自分が暴走対処するからと。ダフネ先輩のことだ、きっとそう言ったに違いない。
     実際懲戒チームから中央第2に来るぶんにはそこまで時間もかからないのだが、懲戒チームのほうにクリフォト暴走が集中したらまずいだろう。中央本部もアラさんが来てくれてなおカツカツだし、これ以上ダフネ先輩に迷惑かけるわけにもいかない。
     だからこそ、俺がちゃんと動けるようにしておかないと。黄金狂のBLACK耐性では不安が残る。現状最もBLACK耐性の高い俺が適任なんだ。

     このE.G.Oを抽出した時点で、PALE属性以外の3属性全てに耐性を持つ防具はこの服しか無かった。それを俺が、管理人に我儘言って、半ば強引に譲ってもらった形だ。せっかく使う権利を譲ってもらったんだ、装備の強さに見合った働きができるようにならないと。まだまだ未熟な俺が、『彼女』の正義を受け止めるには力不足にも程がある。
     そもそもの話、見た目でも能力でも、パウシー先輩やアーニャ先輩(いまだにあの子を先輩と呼んで良いのか迷っている)に託すほうが余程戦力として役に立つに決まっているのだ。それなのに管理人は、俺に託してくれた。たっての願いでもあったが、管理人が俺のことを認めてくれたように思えて、一層気が引き締まった。
     また『彼女』に会う時が来たら、その時は、この服に相応しい力と正義を持って、『彼女』の正義を真正面から受け止める。俺が、そう決めた。

     だいぶ落ち着いてきたので、今一度さっき――俺が爆死する寸前――のことを思い返す。
     今思い返すと悪影響が出そうな気もするが、どうしても気になった。
     エレベーターホールのシャッターをひしゃげさせてシャッターの裏側へ滑り込み、少しでも爆発の余波を抑えるように、……そして誰にも見られることのないように、そこで死ぬつもりでいた。あのE.G.Oは本来投げる用途でないのはわかっているのだが、あのときは無我夢中で、ただ「突き破れ」という想いのたけを武器の先端ただ一点に絞って投げつけた。
     まぁ……結局間に合わなかったけど。

    ――『皆伏せろォッ!』
     そう。間に合わない、と悟った瞬間。爆発する寸前耳鳴りが頭を貫いてほとんど周囲の音が聞こえなくなったのに、それでも聞こえた。クアン氏の簡潔な指示。いつも休憩時間や共同浴場などで尊大な物言いばかりするクアン氏ばかり見ていたせいか、実際に現場で指揮を取る姿を見るのはあのときが実質初めてだった。中央本部が開放される前はクアン氏もまだ現場指揮を取れるほどの能力ではなかったし、先輩たちが率先して行動していたから。
     先輩たちの背中は実に頼もしく思えた。あいつは先輩たちを頼りにするだけではなく、そこから僅かでも学ぼうとしていたのだろう。
     今なら言える。必死に努力し、学び取ろうとするあいつの姿勢は、ちゃんと実を結んでいる。
     あれから少しして中央本部が開放され、俺がそちらに異動することになり、中央第2に『アイツ』が収容されて一騒動あってからは俺自身が対応に追われて余裕がなくなり、休憩時間に情報チームまで出向く機会がめっきり減っていった。そのあとは上層セフィラたちの様子がおかしくなって、セフィラコアの抑制でてんやわんやだったせいもある。少し見ない間に幹細胞があいつを師匠呼ばわりして、あいつも満更でもないと言う顔で世話を焼いていたのは意外だった。
    「たった一人の後輩もまともに教育できないでは将来人の上に立つ人間として失格も良いところだからな」
     とかなんとか。もっともらしく言っているが、なんだかんだ個人的に頼られることが嬉しいんじゃないのか。あいつだって人間なんだ。将来が云々の前に、自身を慕ってくれる人がいることは、自身を信頼してくれているということは。
     嬉しいだろ、そりゃぁ。幹細胞の教育にも熱が入るってもんだ。あとは幹細胞にあの尊大な言葉遣いが伝染らないといいのだが。そこは半分諦めている。
     言葉遣い。耳鳴りの奥で聞こえた台詞がリフレインする。
     クアン氏あいつの咄嗟の判断。そのまま出力した、的確で簡潔な指示。
     ああいう言い方も出来るのか。全部それでいいじゃないかよ。いちいち回りくどい言い回ししやがって。

     思い出す。
     俺が叫んだ瞬間に皆を逆側へ誘導した。殆ど反射的な判断の速さだった。そこまではまだわからないでもない。
     間に合わないかもしれないことを想定していたんじゃない。
     およそ間に合わないだろうと予想していたんじゃないのか。樹液を使ったタイミングから逆算して。
     使ってからおよそ何秒経ったか全部数えていた、まである。あいつならやりかねない。
     俺自身ですら正確にいつ『来る』かなんてわからなかったのに。

     俺が離れろと叫ぶ。あいつは俺が爆発すると確信する。樹液を使ってから既に何秒経ったか数えて、走る速度と残り時間を加味して、間に合わない、という結論にたどり着いた。
     本当にギリギリだった。あのタイミングで、伏せろだなんて。確信が持てなきゃ言えない。
    「……そんなんアリかよ……」
     これが人間性能の差ってやつなのか。発想がとんでもねぇよ。マジで全部数えてたなら……
     あ。ジョシュア。どっちだったか聞きそびれたけど、ジョシュアも爆発したって言ってたな。
     俺が使ってからジョシュアが使うタイムラグまで全部計算してた?それしか考えられない。

    ――『君が予めスペースを確保してくれていたからね、被害は最小限に食い止められた。君の機転のお陰だよ。その件について礼を言っておこうと思ってね』
     多分マジだ。思わず深々とため息をつく。お手上げだ。
     ……それよりも、さっき衝撃を受けた、最後の二言。

     俺は機転なんて利かせてない。俺はただ逃げたかっただけ。誰かを俺なんかの巻き添えにするのなんて嫌だったから逆方向に逃げた。誰にも死ぬ瞬間なんて見せたくなかったから、シャッターの影に隠れようとした。
     あれは完全に死刑宣告だ。副作用に気づくまでにも時間がかかるから、余命せいぜい20秒かそこら。ただ目の前の死が怖い、それだけしか覚えていない。確実な死が熱を帯びて身体を駆け巡るあの恐怖は、……
     駄目だ。呼吸が荒くなる。震えが戻ってくる。今は駄目だ。

     端末を見る。そろそろクリフォト暴走が起きる頃合いだ。メインルームで頭冷やすか。
     礼の方に関しては、後で休憩時間にでもこっちから出向こう。むしろ礼を言いたいのは俺の方だ。あいつに礼なんて滅茶苦茶小っ恥ずかしいんだが、ちゃんと言えるだろうか。まぁどうせ休憩時間なら喫煙所に一人だろ。タイマンならいけるいける。……たぶん。

     クリフォト暴走アラートが鳴る。さてと、メンタルガッツリ減らしてきますかね。



     俺が爆発する際に、確実に裂けてしまっただろう『彼女』の服。黄金狂の装甲だって破損していたんだ、間違いなく、――
    ……ごめん。

     『彼女』の服を傷つけてしまう。最期には、恐怖よりもその申し訳無さのほうが先に立っていた。
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    MOURNINGコービン君から見た緑の話。
    と見せかけて8割位ワシから見た緑の話。未完。
    書き始めたらえらい量になり力尽きて改めて緑視点でさらっと書き直したのが先のアレ。
    コービン君視点、というかワシ視点なのでどうしても逆行時計がなぁ。
    そして33あたりから詰まって放置している。書こうにもまた見直さないといかんし。

    緑の死体の横で回想してるうちに緑の死体と語らうようになって精神汚染判定です。
     管理人の様子がおかしくなってから、もう四日が経つ。



     おかしくなったというよりは……”人格が変わった”。その表現が一番相応しい。むしろそのまま当てはまる。
     Xから、Aへと。

    「記憶貯蔵庫が更新されたらまずい……それまでになんとかしないと……」
     思い詰めた様子でダフネが呟く。続くだろう言葉はおおよそ察しがついていたが、念のため聞いてみる。
    「記憶貯蔵庫の更新をまたぐと、取り返しがつかないんですか?」
    「……多分」
    「多分、とは」
    「似た状況は何回かあった。ただし今回のような人格同居じゃなしに、普段はXが表に出ていてAは眠っている状態に近い……っつってた、管理人は。相変わらず夢は覚えてないし、記憶同期の際に呼び起こされるAの記憶は、Aが勝手に喋ってるのを傍観しているような感じだったらしい」
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