リオヌヴィのヌが自殺未遂する話 ぽつり。
ぽつり、ぽつり。
静かに地面に打ち付けられるその音は、酷く冷たく、重たく、それでいて嫌に優しかった。
黒い雲が空を覆い尽くし、陽の光すら届かない。雨足が強くなり、空模様が怪しくも審判を観劇しに来ていた人の姿も今やどこにも見当たらなかった。
ぴかり。遠くで空が裂けた。またたきの後、フォンテーヌ全土に聞こえるほどの轟音が鳴り響いく。ざぁざぁ、体にあたる雨粒が胸を貫き、心を穿つ。こんなにも溢れているのに、自身の頬には雫があたるだけ。
地面に水が跳ねる音が大きくなる。ごろごろ、ばちばち、ざらざらざら。自然の喧騒の中、目を閉じて空を見上げた。晴れる様子はない。この空も、気持ちも。
私は、エピクレシス歌劇場から少し進んで、橋まで歩いた。噴水は止まっており、木々が風に揺れてがさがさと音を鳴らしている。その様子はさながら楽器のようであった。
巡水船も、今日は休止している。大雨の中ではメリュジーヌ達に危害が及ぶ可能性があるので、私が直々に命を下した。
つまり、今ここには私以外誰も居ない。誰かに見られることへの心配も、これで杞憂のこととなったのだ。
巡水船専用水路の塀の上に登る。ふわり、雨の匂いが強く香った。下をちらりと覗くと、風により荒れた海が白泡と音を立ててぐらぐらと揺れている。
ふぅ。私は息を吐いた。そしてしばらくの間目を閉じて、ゆっくり、噛み締めるように瞼を開く。景色は変わらない。決断も、揺るぎはしない。確かめるように両の手をぎゅっと握る。生きている。
足を一歩、一歩、進める。荒れ狂う波に身を任せ、肉体からこの魂を解放させようと、最後の一歩を踏み出した。
体が宙に舞って、雫と共に落下する。と、その瞬間に、手首にばちりと感覚を覚えた。
「……っは、ん、……っぐうぅ……!!」
聞き馴染みのある声が聞こえた、気が、した。でもここには誰も居ないはずで。
その男は歯を食いしばりながら、私の手首を思い切り引っ張って、体の全てを再び石造りの橋の上へ戻してしまった。
彼は乱れた息を整えながら、私のことを睨んだ。そして、何も言わずに乱雑に私の手を引いて、鋭槍の届かないところへと向かった。
「なぁあんた、さっき何してたんだよ」
上着を脱いだ彼は、ベンチに座ってそう私に聞いてきた。顔は、見れない。彼がどんな目で私を見ているのか、怖くて仕方がないからだ。
俯いたまま黙りこくる私に痺れを切らしたのか、チッと舌を鳴らして立ち上がり、私に近づいてきた。そして肩を押して、地面に押し倒される。
こんな体勢では、どうやったって彼が見えてしまう。彼は今までに見たことのない無表情な顔で、私の目をじいっと見つめる。そろりと目線を逸らすと、拳が振り上がり、あともう少しずれていたら当たっていたというくらい顔の真横をぶん殴った。
「なぁ、ヌヴィレットさん?」