夏場に、前世では絶対に見られなかった「ちょっと日に焼けたむざんさま」を目の当たりにして… 夏特有の集中豪雨で、南方の一部地域が被災し、当時、環境省の副大臣をしていた鬼舞辻は視察に行くことになった。
「はぁ? こんな時に政治家が背広組を引き連れて行っても、邪魔なだけだろう」
「恒例ですので……」
毎度毎度あんなの迷惑なのに、と言っていたが、副大臣という立場上、仕方が無いと黒死牟に説得され出向くこととなった。
が。
「先生、流石にその格好は……」
「お前も動きやすい格好で行け。あと、現地の役人に出迎えは無用だと言っておけ」
確かに彼の言い分は正しい。同行させる人間も黒死牟ひとりで良いと、背広組は霞ヶ関に待機するよう命じている。そして、自分自身はジーンズにスニーカー、Tシャツ姿で、長い前髪を高い位置でマンバンにしている。
黒死牟もワークパンツとTシャツを着せられ、エンジニアブーツを履いた。被災地を物見遊山するくらいなら、瓦礫のひとつでも運んだ方が有難がられるだろうと、スーツは着ずにラフな格好で被災地を訪れるので、好感度上昇に繋がっている。スタンドプレーだとまわりからは良い顔をされなかったが、本人は全く気にしていなかった。
その上、童磨を呼びつけ、万世極楽教の信者を連れて、現地にボランティアに行くよう指示を出していた。
「掛かった費用は全て私が出すから、取り敢えず救護班と炊き出し、あとは風呂やトイレの設置は出来るか?」
「別にそれくらいの費用なら、うちの教団から出しますよ。先生に出して頂いても先生のお名前は出すことが出来ないし、寄付としても受け取れませんし」
「不明金として適当に処理しろ」
童磨と黒死牟はそう言われ、額が額だけに、その処理、逆に大変なんだけどなぁ……と二人で顔を見合わせた。
「悪い政治家を演じてる割に、根はいい人なんだよね、先生って」
童磨は苦笑いすると、黒死牟は少し嬉しそうな笑みを浮かべて目を細める。
「生まれ乍らに人の上に立つお方だからな。ああ見えて、国民のことを第一にお考えなのだろう」
避難所が握手会の会場になるイケメン議員なので、ある意味、お見舞い向きなのかもしれないと二人は笑った。
市長や役所の人間への挨拶を済ませたら、避難所を回り握手会や撮影会をして、炊き出しに参加したり、瓦礫の撤去を手伝ったり、言われないと議員とその秘書だと気付かれないくらい、二人はその場に馴染んで働いており、夕暮れ頃にやっと一息ついたくらいだった。
「はぁ……」
喫煙場で座り込み、鬼舞辻は煙草を咥えた。やっと本日一本目の煙草である。黒死牟も煙草を咥え、火を付けようとした時、ふと鬼舞辻の腕を見て気付く。
「先生……ちょっと日に焼けました?」
「は?」
咥え煙草のまま腕を見て、Tシャツの袖を捲し上げると、くっきりと境目が出来ている。
「あー! 顔はこまめに塗り直していたのだが……しまった……」
首筋も焼けないようにタオルを巻いていたが、腕が焼けることも忘れるくらい被災地で働いていたようだ。本人は「シミになったらどうしよう……」と頭を抱えているが、そんな彼の人柄が愛しくて堪らなかった。
自宅に戻り、シャワーを浴びた鬼舞辻は、顔中ひたひたに化粧水を浸したコットンでパックし、クールダウンのジェルを全身に塗りまくっている。
本人はシミになる、肌が老いると落ち込みながらベッドで横になっているが、日に焼けた鬼舞辻の腕も男らしくて良いと思いながら、黒死牟はそっとその腕にくちづけた。