秘書のサングラスからチラッと覗く切れ長の目にイライラムラムラする無惨様 人前で絶対にサングラスを外すな。
それは鬼舞辻からの一番初めに出された命令だった。勿論、理由など尋ねるわけもなく「御意」の一言で終わり、黒死牟は何の疑問も抱かず実行している。
黒死牟という名前も鬼舞辻が名付けた偽名で、彼の素性の解るものは全て隠されている。
秘密主義の鬼舞辻らしいと思い、黙って従っているのだが、夜間のサングラスだけは実に鬱陶しいこと、この上ない。
しかし、鬼舞辻の許可なく外せず、目上の人間相手でもサングラス姿なので無礼だと叱られることもあるが、鬼舞辻が睥睨することで黙らせることが出来てしまうので、サングラスを外す理由がどんどん減ってしまい、四六時中サングラスをするはめになってしまった。
「先生」
黒死牟はつい癖で、鬼舞辻と話す時にサングラスの僅かな隙間から、裸眼で様子を窺ってしまう。その時に、何を尋ねても鬼舞辻の返事が、いつもよりワンテンポ遅れることがあった。
「……どうかなさいましたか?」
「何もない。続けろ」
そう言われ、話を続けるが、じっとサングラス越しに目を見つめられ、今度は黒死牟が動揺してしまう。その動揺は、サングラスで隠せるので助かったと思っていた。
二人きりになった時、鬼舞辻はキスをする前に黒死牟のサングラスを取り上げる。急に明るくなった視界に目を細めると、瞼にそっとくちづけてくる。
「あの……先生……」
鬼舞辻の白く滑らかな頬に触れて、くちづけることを止めた。
「どうして、人前でサングラスを外してはいけないのですか?」
上目遣いで恥ずかしそうに尋ねてくる仕草を見て、鬼舞辻はチッと舌打ちをする。
「そういうところだ」
「え?」
「解らないならいい」
がばっと押し倒され、黒死牟の体がベッドに沈む。
「ちょっと、先生!」
理由を聞きたくて、黒死牟は必死に抵抗するが、どうも教えてくれそうにない。それどころか、下手に抵抗したことで変なスイッチが入ってしまい、あれやこれやと、いつもとは違うことが繰り広げられる。
理由が解らず、サングラスという不便さを押し付けられている気分になり、デスクで大きな溜息を吐いていると、偶然、鳴女が通りかかった。
「鳴女」
「はい、壱様」
「先生は何故に、私にサングラスを掛けるよう強要なさるのだ?」
鳴女に尋ねても詮無いことだと解っているが、ついぼやいてしまった。
「……壱様の美しいお顔を他人に見せたくないからでございましょう」
「えっ!?」
思いも寄らない返答に黒死牟は真っ赤になる。「おい、マジかよ」と呆れた様子で、鳴女は何も言わず去って行った。