しらないきみ 落とし物をした。有り体に言えばそれだけの話だ。
それも高級品だとか身分証だとかの重要な価値を有するものでも誰かの手作りでオンリーワンだということもなくて、百均で売ってそうなチープなキーホルダーのぬいぐるみ。人によってはそんなものくらいでと笑い飛ばすに違いない。実際、全く同じものが近所のショップで売られているのを見た。でもそれじゃあダメなのだ。
「見つからない……」
誰もいない西日が差し込む教室で漏れ出た声は実に情けなかった。我ながらこんなに途方に暮れた声音を出せるとは思いもしなかった。それだけ思い入れがあるのだと間接的に理解したし、それ故に失くしたという現実が重く圧し掛かる。唇が震える。鼻がツンとして痛い。じわじわと視界が滲んでいく。
「あ、いたいた! よかった、まだ帰ってなかったんだね」
ガラリと教室の扉が開いたと思えば、クラスメイトの快活な笑顔が飛び込んできた。お日様みたいな人だな、と思った。「春原くん?」と呼んだ声は涙で潤んでいて、春原くんの顔が曇ってしまった。それなのに「大丈夫?」と聞く声の優しさに砕け散りそうな涙腺をどうにか必死にとどめて用件を聞けば「うん」と掌をこちらに向けた。
「この子を探してるんじゃないかと思って」
大事そうに抱えていた掌の上にはまさに私が半泣きで探していたぬいぐるみだった。耳のぼろきれみたいなくたびれたリボンは紛れもなく私のぬいぐるみだろう。
「あ、ありがとう、ありがとう春原くん……!」
思わず駆け寄れば、春原くんは「よかった、迷子は悲しいもんね」と笑って私の手の上に乗せてくれた。泣きながらぎゅうと抱きしめる。「よくわかったね」なんて涙でぐちゃぐちゃの顔で聞けば。
「耳のリボンを付けてるチャーミングな子の親御さんは一人しかいないからね!」
にぱっと明るい笑顔で自信満々に言う春原くんに私は泣き笑いするしかなかった。
ああ、みんなが春原くんを好きになる理由が痛い程わかった。わかってしまった。こんなに優しくて素敵な人を好きにならないわけがない。そしてこの優しさは分け隔てなく向けられている。たった一人のものになんてならない。だからみんな春原くんを安心して好きでいられるのだろう。
――数年後、Re:Valeとして画面の向こうで見るまで、私はずっとそう思っていたのだ。