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    sonogo888

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    sonogo888

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    がとうるカプ要素は薄め 🦁☔️もいます
    なんでもない日の、ある出来事です!

     僕が車でひとつ県境を超えて会議をし、それからまた自分の住む街に帰ってきたのは、翌日の午前1時ごろの事だった。
     タイヤが静かに地面を滑る音を聞きながら、時折り対向車のライトが車内を撫でるように通り過ぎる。帰宅時間は深夜になるだろうと予想はしていたが、思っていたより疲労していて、ここに辿り着くまでに車内でブラックコーヒーをふたつ空けてしまった。
     ようやく、自宅マンション近くの契約している駐車場に車体を納めて、明るい都会の夜空にひとつ伸びをするとスーツがきちきちと鳴る。
     目を上げると、走行中フロントガラスの隅にずっと浮かんでいた、柔らかい輪郭の春の半月。ちゃんとここまでついてきていて、今はビルの谷間からちょうどこちらを覗き込むようにおだやかに照らしている。
    ───さて。
     ふっと脱力し、それから僕は自宅マンションへと戻る前に、ある目的を持ってここからすぐ近くにある馴染みのコンビニへと向かった。
     クリニックやジムの入った雑居ビルの窓は、ほとんどが黒くなっている。その一画にこぼれる黄色い光の自動ドアに足を踏み入れると、夜に馴染んだ目に眩しい店内は、今日もいつも通りコーヒーやホットスナックのにおいで満たされていた。
     うちの冷蔵庫では、今朝作っておいた筑前煮と味噌汁が保存容器の中で冷えている。
     なので、僕が買いにきたのは夜食にするためのお弁当やパスタなどではなく、先日テレビ番組で紹介されていた、話題の新作コンビニスイーツだった。
     僕には、ありとあらゆる人智を結集させ計算されつくしたケーキや和菓子をチェックしては、自宅でじっくりと味わいその分析、再現をするという趣味がある。そして最近はそれが高じて今、ひとつのある任務としての日常の取り組みになっているのだ。
     この店の店員は最初こそ、足繁くここに通い毎回一直線にこのスイーツコーナーに向かう僕を分からないように棚の向こうから好奇の目で見ていたが、今ではそれもじきに入れ変わり今では外国人労働者がレジカウンターで微笑むだけになっていた。
     すると、スマートフォンからポンという通知音。僕は、ポケットの中で目を覚まして明かりを灯すそれを探る。
     画面を見る前から、そんな気がしていた。
     ガッちゃんだ。
    『今どこらへんだよ』
    と、いう文に返信はしないで、今日は遅くなるから先に寝ててくれたらいいと言ったのにと思いつつ直接電話をかける。
    「うん、さっき着いた。うん……うん、そうコンビニ。もう見た?こないだテレビでやってた新作」
     僕は、少しだけ屈んで商品棚を眺める。
     ひとつひとつ規則正しく並んだ美しいそれら。クリームブリュレは攻略済み。マスカットのタルトは残りわずか。一時期話題をさらったロングセラーのチーズ饅頭はすでに世間には飽きられて、販売はあまりもう進んでいない様子。
    「そー……あ、これかあ、苺の。かわいい。うん、カップが凝ってて軽く映える系。パフェっていうか、うーん、ムースケーキだよ」
     僕は新商品のポップがスイングしているコーナーのデザートカップをひとつ手に取り、角度を変えその装飾をまじまじと眺めてみる。
    「へえー強気だな。350円。ハンバーガー変えちゃうな。ボトムはしっとりしたスポンジだから、食べごたえありそう。あ、やっぱりガッちゃんが言ってた洋梨とリキュールも使ってるよ。本格的だ」
     ラベルを読む僕に、ジョイキッチンデザートメニュー開発部での会議でいつも目まぐるしく変化する消費者ニーズに頭を悩ませているガッちゃんは「そうか。とりあえず買ってきてくれ、ふたつ」と、こちらに頼んでため息をついた声で言った。
     うん了解、……と笑って言いかけて、そこで買い物カゴが視界の隅に入る。すぐ横に、客が来ていた。
     なにか商品を取りたそうな気配がして僕は、「すみません」と独り言のように詫び邪魔にならないようすぐに間隔を空ける。
     すると。
    「あ、いえ」
     そのほんの小さい、ほとんど喉から漏れた音のような声に瞬時に瞳孔が開き、僕は凍ったように固まった。
     職業上、僕には被疑者の社会性や虚言傾向を把握する為に、その声の性質で人間を大まかにカテゴライズする癖がある。
     しかし、その声は分類するまでもなくある人間の声の記憶として認識し、同時にそれが強い警戒に当てはまるものと咄嗟に判断して思わず息をのんでしまった。
     ゆっくりと目を上げる。

    ───おどろいた。あの、医者だ。

     まさか、このあたりの近い所に住んでいるのだろうか?
     その姿は、一瞬人違いをしたかと思うほどにあの賭場でガラス越しに向かい合った時とは印象の違う、いささかサイズの合っていない上下スウェットの緩やかな服装に、後ろでひとつに束ねた髪といった風呂上がりのような格好をしていた。
     するとあちらも、こちらに気づいたらしい。
    相変わらず大きな丸眼鏡をしているのはあの時のままで、その光るフレームを指先で支えながら、医者も苺のムースケーキを手に取りこちらを黙って見下ろしている。
     店内では、明るい声の商品紹介アナウンスが空々しく流れている。
     僕は「あの時の神は、相変わらずお元気で……?」、などとあそこを出入りしている博徒相手に当然口にするはずもなく。
    ……………
     もうあれ以来、僕たちは賭場からはすっぱりと離れてしまっていた。
     二人で所属していた班の主任は、大して理由も聞かず僕たちに物々しい内容の誓約書のサインを形ばかり書かせて、まるで使い物にならなくなった不用品にため息をつくようにそこから呆気なく僕たち二人を揃って切り離した。
     ここ最近はもう、あんな異様な場所がこの世界には存在していて、そこに自分たちが日常的に二人で何度も立っていた時期があった事なんて忘れてしまっていた日もあったくらいだ。
     だが、そこにいる男の瞳には、まだあの時と同じ、賭場の火に灼かれた熱く狂った血が生きて通っているように見えた。
     耳から下ろしかけたスマートフォンから「伊月?」と、こちらを呼ぶガッちゃんの声にはっとする。
    「ううん、なんでもないよ」
     なるべく平静を装って返事すると、医者のこちらへの視線はすぐに外され、今度はその横にいる向こう側の男が「お、それ?お前が美味いって言ってたやつ。じゃあオレも今日はそれ食おっと」とその苺のムースケーキを大きな手ですいとひとつ攫った。
    きれいに空いてしまった、その一画。
     すると、その男はその途中こちらの気配に気付いたらしく。
    「あ、これ……すみませんもしかして…」と、即座に僕に遠慮して元の場所へとそれを戻そうとする。
     あれ、おかしいな。
     そんな顔は、微塵もしたつもりは無いのに。
    「あーいえいえ」
     僕は、それを違います違いますといった仕草で小さく手を振って笑った。 
    「でも…」と、青い目が言う。
    「いえ、ほんとに」
     すると男は、このやり取りを終わらせる為にそこを離れようとする僕を初めてしっかり見てハッとしたように「……あ、なあおい……村雨……この人」と、とっくにもう隣で面倒そうな顔をしている医者の腕を揺らしながら目を丸くした。
     どこかで会ったのだろうか、この金髪の男にも。いや、知らないな。すれ違った事もない。
     こちらも笑顔を残したまま、ひとつ瞬きすると。
    「どうも」
     医者が、何かを言いたそうにする男の前に出て、こちらに差し出していたそれをさっさと取り上げると、さらにその男の持つカゴの中に入れ込んでしまう。
    「あっ、おいこら!」
     医者の行動を恥入って眉をひそめるその声は、あまりに自然に出た呆れ声で。
     対して医者は平然とすました顔で僕にニッコリと口で笑うと、金色の髪をした男の腕をほとんど掴むようにして………一度、本当にほんの一瞬、少しだけこちらに鼻っ柱の強い勝気な視線を目尻に残しながらレジへと向かった。
    「いらっしゃいませ〜」
     ぴ、ぴ、ピロンロンと、タッチ決済音。
     会計を済ませると、医者に引っ張られている金髪の男だけが一度こちらを首で振り返り、申し訳なさそうに小さく会釈する。
     それから、その二人はお互いに小言らしきものを言い合いながら、このコンビニの出入り口で流れる独特の気の抜けたチャイムとともに、自動ドアの向こうの夜に消えた。

    「…………」
     ぽかんとしてしまう。

    ───なんだ?、あれ……。変なの










    「ごめんガッちゃん、ケーキひとつしか買えなかったよ」

     僕は小さなレジ袋を片手にぶら下げながら、もう一度ガッちゃんに電話する。
     なんだか、奇妙でおかしなものを見た。
     あの日、あの医者の側にはもうさっきの金髪の男がいたのだろうか。
     どこにもない、危ないバランスの、でもそれでいて完璧な均整のとれた二つのあやしい果実みたいなふたり。
     そして、それは食べてみたらそれぞれ見た目とはまた違う、意外な味がするのかもしれない。
     でも、ガッちゃんにはこの面白さを上手く説明できないような気がして、それを見ていたであろう夜空の月に僕はひとり機嫌よく笑う。
    「だから半分こしよう」
     おう、分かった、と向こう側で思わず笑うガッちゃんの声。それから、「……ちゃんと、気をつけて帰って来いよ」と耳をくすぐる僕を恋しくさせる優しい言葉。
    「うん。もう、すぐそこだから大丈夫」
     自宅マンションまでは、公園の近道を抜ければほんの五分ほどだ。でも、僕たちはまだ電話を切らなかった。
     春の深い夜のにおいは、酔ってしまいそうなほどに木々の芽や土の中の生命の息吹に満ちていて静かに騒がしい。
     良いのだ、これで。
     僕たちは、実は二人の収支合わせて総合的に経営者としての支出が多く、今あまり金がない。
     ガッちゃんはあくせくと全国の店舗を駆け回り、僕は毎日依頼人の罪を一つ一つ秤にかけて、稼いで稼いで……まるで、この手に奇跡的に降って湧いただけのひとときの暮らしの幸福を噛み締めて……二人で生活を共にしている。

    「───……伊月、なんかいい事あったか?」

     極力、声に感情がにじまないよう抑えていたのに、僕が油断してたのか、それともやっぱりガッちゃんが鋭いのか。
    「ん?ううん、別に……」
     でも僕はそれをもう隠さずに、ふふと笑った。電話の向こうから、お茶を沸かしてるガッちゃんのふーん?、と言う規則正しい穏やかな呼吸が聴こえる。ああなんて、この世に二つとない愛おしい音なんだろう。
     滲んだ星たちが、やさしくゆらめく。
     僕は、眠るように目を閉じて微笑んだ。

     光をもらうだけのお月様だって、そこにあるだけでいいのであればきっと楽しく暮らせる。

     そういう風に、暮らしていく。

     僕たちの幸せはいま、満ちても欠けても美しい。



















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