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    いちとせ

    @ichitose_dangan

    @ichitose_dangan ししさめを書きます。

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    いちとせ

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    ししさめ 水族館デートをする話

    #ししさめ
    lionTurtledove

    水底の幸福を拾う「村雨、その……明日水族館に行かないか?」
    「問題ない。元々あなたと過ごすために空けた日だ」
     どこか不安げな様子で尋ねた獅子神は、村雨の了承の返事を得て相好を崩した。
     明日は休みという夜には村雨は獅子神の家を訪れる。2人が交際を開始してから新しく加わったルーティンだ。夕飯を共に食べながら明日の予定を話し合う。家でゆっくり過ごす場合もあれば、どちらかの希望の場所へ連れ立って出かけることもあるが、今回は獅子神の希望で水族館へ赴くこととなり、村雨は昼食に獅子神の弁当(甘い卵焼き入り)を所望した。
     
     翌朝、村雨はいつもの休みより1時間ほど早く目が覚めた。この時間であれば隣で寝ているはずの男は既に寝床から這い出しており、その分布団の中が寂しくて起きてしまったようだ。寝起きで回らない頭を左右に揺らめかせながらリビングへと廊下を進む。扉を開けると獅子神がキッチンで調理をしているところだった。香ばしい匂いに引き寄せられた村雨は調理中の獅子神の背中に軽い頭突きをしてぐりぐりと額を擦り付けた。
    「おはよう、今日は早いな」
    「あなたこそ、楽しみで早く目が覚めてしまったのか?」
     獅子神の脈拍がわずかに速まる。図星のようだ。村雨は手を伸ばし、獅子神のまだセットされていないやわらかな髪の感触を確かめる様に撫でた。しなやかで上質な絹のような手触りを楽しむ。少し体をずらして見ると、フライパンでは目玉焼きとベーコンがジュウジュウと音を立てていて、もうすぐ出来上がりそうだった。皿を出してキッチンに置いて、村雨はダイニングテーブルへついた。
     朝のひかりがまだ眠い目には眩しい。目を細めてふわっと小さくあくびをした。
     トースターが焼き上がりを告げる。獅子神は村雨の皿にトーストと目玉焼き、ベーコン、サラダを盛りつけてテーブルへと運んだ。自分の皿には目玉焼きとサラダのみを乗せる。
     2人で向かい合って手を合わせ朝食を食べた。休みの日の定番の光景で、それが定番であること自体がこの朝の白いひかりのように暖かかった。特に何か話すわけではないが時折獅子神と視線が合うと口元が緩んでしまう自分に気づいて村雨は、もうどうしようもないなと思った。それを隠す必要もない。自分が笑うと獅子神は眦を下げて嬉しそうにする。獅子神は自分が締まりのない顔になるのを嫌がって隠そうとするが村雨の目には瞭然だった。そして、獅子神の幸福に繋がるのであれば自分の表情をコントロールしないことも当然村雨にはできるのだった。

     朝食を終え、身支度を済ませて2人は近隣の水族館へ赴いた。人はそれなりにいるが混雑しているというほどでもない。それほど並ばずに入館チケットをおとな2人分購入することができた。
     入場口の前に立って獅子神が所在なさげに言う。
    「実はオレ水族館来たことねえんだ。だから誘った。来てくれるかは半々だと思ってた」
    「そうか。私はよく家族と来ていた」
    「うん……」
     分かってはいたがどうしても自分の過去と比べてしまう。獅子神の視線が下がり、アスファルトが目に映る。
    「なので、あなたに完璧な水族館の回り方を教えることが出来る」
     村雨は自信満々というような声色で獅子神に向かって口角を上げて見せた。
    「完璧と言ってもあなたは水族館初心者なのだから、そうだな、まずはパンフレットのショーの時間をチェックしよう」
     近くのスタンドにあるパンフレットを広げて2人で見る。
    「構造は…なるほどな。獅子神、この中で気になるものはあるか?1つか2つでいい」
    「……これと、あと……」
     イルカショーを指し示した後言い淀む獅子神に、遠慮するなと村雨が視線を送る。
    「……ふれあいコーナーってやっぱオレみたいなのが行ったらダメだよな…?」
    「ダメなわけがあるか、マヌケ。まあ、自分の行きたいところが言えて及第点だ」
     鋭い視線で獅子神を一瞥するとすたすた館内へ入っていく。獅子神はちょっとの間立ち尽くしたがじわじわと嬉しさが湧き出てくるのを感じた。あの村雨礼二がオレのために水族館を案内してくれるらしい。獅子神は急いで村雨の後を追った。

    「この辺りは淡水魚の水槽だな」
     どてっとした体躯の黒く扁平な魚を凝視しながら村雨が言う。獅子神は説明文と実物を見比べて確かめる。ナマズだな、うん。
    「これはよく見る魚だろう、アユとサクラマス」
     村雨が水槽の中の魚を指さしつつ教えてくれる。どことなく楽しそうなのは気のせいだろうか。獅子神はやはり説明文と実物を見比べてその通りの見た目の生物が泳いでいることを確認して首を捻った。
    「村雨、オレ、水族館の楽しみ方がわかんねぇかも」
    「ふむ、楽しみ方は人それぞれだが。魚の見た目が好きなものもいるし、照明の雰囲気が好きだというものもいる。ぼんやり眺めていても集中してみてもいい」
    「村雨は?」
    「私は名称と実物の姿を照らし合わせて記憶し、その後脳内で解剖図を作っている」
    「大体一緒になんねえ?それ」
    「あなたが思うより種毎の差異は大きい。言いたいのは自分の興味のある分野へ引き寄せるのが手っ取り早いということだ。あなたの場合は……料理とかな」
     村雨の言わんとしていることは分かったのでひとまず考えてみることにする。シンプルな塩焼き、パスタに入れてもマリネにしてもいいかな。どんな料理を思い浮かべても最後に村雨が全部食べてしまうイメージが浮かぶ。小さめの一口を口に運んでよくよく咀嚼し飲み下す。そしてまた口に運ぶ。気に入るとじっとこちらを見てくるのだ。
     料理して村雨に食べさせる、その過程を遡っていくと今ここで泳いでいる魚も自分の興味の対象内だ。ここにいる大量の魚たちが村雨の腹の中に収まる想像をしてなんだか可笑しかった。
     村雨がふん、と鼻を鳴らす。獅子神の考えていることはお見通しらしい。この辺りの水槽の魚は全て解剖が済んだと言って、獅子神をより奥の展示へと手招きする。
    「ここからは海水魚の水槽が続くな」
     通路の両側の壁に水槽が埋め込まれている。先ほどのエリアよりこの通路は青く、暗い。深く静かな海を模した展示のようだった。人の話し声も騒々しさは鳴りを潜め、遠くの潮騒のように波打っている。
     ここであれば許してくれるかな。肩を触れ合わせるほど近く寄り添って、村雨のひんやりとした薄い掌に自分の掌をそっと合わせた。細い指に自分の指を絡ませる。村雨は少し逡巡し、獅子神に伝わるか伝わらないかの弱い力で握り返した。
     そのまま2人は手を繋ぎながら、通り過ぎる水槽を眺め時々はじっと足を止めて魚の形や味についてとりとめのないことを話しながら進んでいった。

     暗い通路を抜けると一気に明るく開けたホールに出る。出口が近づくと村雨はすっと手を引いて歩幅も変えず何事もないかのように歩いて行った。名残惜しくはあるが引き際を間違えた時の村雨と言ったら鬼神もかくやという怖さであるから、獅子神も深追いはしなかった。
     ホールには自由に座れるプラスチックのテーブルセットがぽつぽつと置かれていて3分の2ほどは席が埋まっていた。子供連れの家族が多く賑やかな喧騒に満ちている。2人は空いた席に座り、持ってきた弁当を広げた。村雨のリクエスト通り卵焼きが多めに詰められた弁当だ。村雨に渡された弁当の下の段には大きめのおにぎりが入っている。獅子神の弁当箱には代わりにサラダとささみが詰められていた。
     村雨は両手でおにぎりを持って一心に咀嚼し始める。それを見ると、ずっとずっと昔から心の真ん中に鎮座している癒えない渇きが少しずつ満たされる。自分の心ごと大事に受け取ってもらえているような気持ちになるから。村雨を親や誰かの代わりになんてしないけど、欠けて空虚ながらんどうでもまだどうとでもなるのだと教えてくれた。明日、明後日に2人とも生きている保証は無くて、ましてや1年後なんて遠い未来に思えるけれどそれでもこういう時間を何度も繰り返したい。
     僅かに頭を傾けて村雨が視線を上げる。
    「また益体もないことを考えているな」
    「いや、幸せだなーって噛み締めてただけだぜ」
    「だから益体がないと言っている。当たり前だろう」
     それってさあ、お前も今幸せだなーって思ってたってことだよな。愛おしくてテーブル越しに抱きしめたいけれど、それは絶対許してくれないのは分かってる。机の下でぎゅっと拳を握りこんで平静を装った。この愛おしさは夜に取っておこう。
     ごくん、と最後の一口を飲み込んで、村雨は弁当箱を空にした。きっちり空の容器を片づけて立ち上がる。
    「獅子神、ついてこい。時間だ」
     ホールの順路と書かれた矢印とは異なる方向、先ほど来た通路の正面に外へとつながる自動ドアがある。2人はそちらのドアから外に出た。パンフレットによればそろそろイルカショーの時間だったと獅子神は思い出した。
     青空に白い羊のようにふわふわとした雲が浮かんでいる。太陽の光は暖かく、少し暑いぐらいだが涼しい風が吹いていて過ごしやすい気候だった。
     ほかの人々も徐々に外へ出てきて、2人と同じ方向へ歩いていく。水族館の中でもやはり目玉であるようだ。イルカショーの舞台は半円形に並ぶ座席とそれに沿うように大きなプールがある建物だ。
     村雨は建物の構造をスキャンするように視線を巡らした後、獅子神を前から4列目の空いている座席へと導いた。
    「この辺りが水に濡れずに最も近くでショーを鑑賞できるラインだ」
    「水が飛んでくるのか?」
    「演出によるが、この形状のプールなら間違いなくやる。子供は喜ぶぞ。あなたももっと前に行きたいのであれば止めないが。犬は水遊びではしゃぐものだしな、ふふ」
     はしゃいでねぇし、と獅子神は頬杖をついてむくれてみせると村雨は愉しそうに笑った。
     
     賑やかで軽快な音楽でショーが始まった。4頭のイルカがぐるぐるとプールを回り、揃って高くジャンプする。いや、1頭は体が小さくてジャンプの高さも低めだ。まだ子供なのだろうか。
     獅子神は初めて見る実物のイルカが思っていたよりも大きいこと、その質量に目を見張る。それでいてあれほど高く水面から跳び上がる筋肉量も凄まじい。
     オープニングのパフォーマンスを終えたイルカ達は2人の飼育員に餌を貰いに集まった。
    「こんにちはー!○○水族館へようこそ!」
     元気いっぱいの声で飼育員が挨拶をする。そしてイルカ達の紹介。やはりあの小さな1頭はまだ成体になりたてのようだ。名前に年齢、性別……村雨がにやっと笑う。
    「オークションのようだな」
    「不謹慎だぞ」
     軽く窘める。紹介を終えたイルカ達は次々に芸を披露した。きゅいきゅいと歌を歌い、水面のボールを尾鰭で弾き飛ばし、手前の台でくるくると器用に自身の身体を回転させる。イルカの声の意外な大きさ、ボールまで泳ぐ速さ、命令をしっかりと理解する賢さを見る度に獅子神の目が僅かに見開かれるのを村雨もまた新鮮な気持ちで堪能した。
     そしてショーの終わりが近づく。最後にイルカ達が全力でプールの外周を泳ぎ、客席の間近でジャンプした。着水で大きな水柱が上がり客席に水飛沫が降り注いだ。きらきらと陽光をはじいて光る水滴は世界への祝福のようだった。きゃあきゃあとはしゃぐ歓声が子供たちから挙がる。隣にいる親は困ったように笑いながらタオルで子供の髪を拭いてやっていた。
    「なんか、いいな。こういうのって」
     目の前の光景を噛みしめる様に獅子神が言う。取り戻せない過去への羨望は拭えないけれど、それでも今ここに来れてよかった。
     獅子神の横顔に少年の面影が束の間差し込んで、消えていった。
    「ありがとな。一緒に来てくれて」
    「何を言う。まだまだ見ていないところがある。行くぞ」
     村雨は既に頭の中に完璧に地図が入っているようで、獅子神を先導して歩き出した。
     アザラシやオットセイの海獣ゾーン、クラゲの特別展示、小さめの熱帯魚の水槽の群れを抜けると、ガラス張りで日当たりの良い温室のような建物に行きつく。入り口にはでかでかとポップな字体で「ふれあいコーナー」と書かれている。中にいるのはやはり子供連れの家族が多い。成人男性2人だけで入っていくのはちょっと気まずいと考える獅子神をよそに、村雨は何も頓着することなく足を踏み入れた。
     中に入ると真ん中に丸い石造りの水場と外周に沿うようにいくつか青い水槽、それらの水場や水槽の近くには生物の名前や触り方、注意点を示す看板が置かれている。「やさしくさわりましょう」「水から出さないようにしましょう」「さわったあとは手をあらいましょう」と2人は注意点を確認した。
    「オレ、こいつら潰しちまうかもしれねえ……」
     水槽の中のヒトデやナマコを見て自分の手と比較した獅子神はいきものの小ささを改めて実感した。身を守る殻も棘も無いか弱い生き物。力を入れたらこれらは為す術なく潰れてしまうだろう。
     躊躇う獅子神を見て村雨が呆れたように背中を軽く叩いた。
    「あなたはそんなことはしない。力加減も分かる、大丈夫だ」
     手本を見せる様に自分の袖を捲り、村雨が水に手をつける。そっとヒトデを触り、獅子神を促した。
    「ほら、大丈夫」
     促されるまま手を水につけ人差し指で撫でてみた。柔らかいが思っていたより外皮はしっかりしている。軽く押すとぷに、という感触がした。水の中の生物だから当たり前だが冷たい。
     隣で村雨はウニの棘を摘まみながら獅子神に解説する。
    「こっちのウニもそのヒトデもそこにいるナマコも生物の中では棘皮動物という同じ分類で括られる。皆5つの同じ構造の繰り返しで出来ている仲間だ。見えるか?」
     村雨がウニをひっくり返すと5本の放射状の線がある。線で区切られている部分も5つ。横のヒトデと確かに似ている。
    「でもナマコはなんかちがくねえか?」
     頭っぽいところもあるし筒っぽいし。
     村雨が僅かに嬉しそうにするのが分かり獅子神はおや、と思った。特別好きなのだろうか、これらの生き物が。これまでそんな素振りは見せたことがなかった。
    「断面図にすると筋肉が5本頭側から尾側まで走っている」
    「へえー解剖したことあんのか?」
    「ある。構造は単純でやや面白みには欠けたが確かに5つの同構造の繰り返しで構成されていた」
     こんなに見た目が違うのに同じ生き物の仲間なのかと思うと不思議だ。そう伝えるとやっぱり村雨は少し嬉しそうな顔をした。生物そのものが好きというのとは違う感じがする。なぜだろう。
    「理解が早く適切な質問が出来る人間は珍しい。あなたは未熟だが……まあ能力はある」
     獅子神が疑問を発する前に応答があるのはよくあることだったが、村雨が人を褒めるのは中々無いことでかなり貴重だった。素直に嬉しい。獅子神は口元を緩ませた。
     村雨はそれを言ったきり、ぷいとそっぽを向いて流し場へ向かい手を洗った。職業柄ルーティンとなっている慣れた手つきだった。
     
     残る展示もあとわずか、水族館巡りもそろそろ終わり。
     2人は午後の気怠くも穏やかな日光が水面の紋様を浮かばせる水中通路を抜けて、この水族館一の大水槽へ辿り着いた。
     あまりにも巨大で、水槽というよりは海そのものを切り出してきた水塊がそこにあった。サメやエイなど大型の魚類はもちろんイワシなどの小型の魚は数えることも馬鹿馬鹿しくなるほど多い。自然光が上から差してはいるが分厚い水の壁に阻まれて赤色光が吸収され深い青だけ残っていた。
     圧倒的な質量をもって鑑賞者をねじ伏せるような美しさだった。
     獅子神は自身の何倍も高い水槽の天辺を見上げて感嘆の溜息をついた。
    「スゲーな……」
     誰に宛てるでもない呟きも空気に飲まれて静寂の一部になる。2人はただ黙って水槽の前に佇んでいた。 
     ぽつりと口火を切ったのは村雨だった。
    「どうだった、初めての水族館は。……ふふ、訊くまでもないか」
    「まあ、悪くなかったぜ。案内もしてもらえたし。お前も楽しそうだったし」
    「……そうか、楽しそうだったか」
     笑みを浮かべる村雨の横顔が何故だかとても寂しく泣き出しそうな子供のように見えて、獅子神は狼狽えた。こんなに強くて自信があって尊大な男なのに。迷子の子供のように見えた。
    「私と周りの世界には見えない壁があった。ちょうどこのガラスのように透明で分厚くて頑丈な壁が。私と私の家族の関係は客観的に見て良好だった。けれど私は異物だ。どうあっても真に分かり合うことはできなかった。このような場所に来るとより一層それを思い知らされた。だが今日あなたとここに来て、初めて疎外感を感じなかった」
     移ろい揺らめく光が2人の間を流れている。
    「それはきっとあなたも此方側の人間だからなのだろうな」
     視線を上げて微笑んだ。もう悲しい子供の面影は無くなっていた。
    「また来ようぜ。他に行きたいところがあったらオレも言うから、お前も教えろよ」
    「そうさせてもらおう」
     不確定な未来だが、獅子神も村雨も「次」の約束は躊躇わなかった。未来のためではなく今の自分達のために約束が欲しかった。
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    いちとせ

    DONEししさめ 無自覚に獅子神さんのことが大好きな村雨さんが告白する話。
    誓いは突然に 一日の業務の終わり、カルテの記載をまとめているときに端末が震えた。グループチャットで獅子神が「真経津に頼まれてローストビーフ作ったから食いたい奴は来い」と送ってきていた。「私の分は取り分けておいてくれ」と返信した。
     大学病院の業務量は定時に終わるようにはできていない。そもそも定時まで手術が入っており、その後から病棟業務が始まる。今日も2時間ほどの残業を行う予定だったが、そこから獅子神宅に向かったのではローストビーフは跡形も残っていないだろう。取り分けを頼んではいるが、あの面子の手練手管に獅子神が対抗しきれるかというと恐らく不可能だろう。少なくとも今のところは、だが。幸い病棟患者に大きなトラブルはなくカルテ記載さえ終わればよい。少し急げば予定を繰り上げることができそうだ。一段階情報処理のギアを上げて30分ほど巻いて業務を終えた。後日職場では村雨先生が何らかの連絡を受けた途端、鬼気迫る様子になりタイピング速度も倍になった、もしや彼女ではとやや尾鰭のついた噂が流れたが、誰も真相を確かめようとはしなかった。
    2306

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    いちとせ

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