(進捗)💧のことをセフレだと思っている👁️と、👁️のことを恋人だと思っている💧のすれ違い「なあ、お前と俺の関係って何なんだろうな」
ぽつり。溢した水木の言葉に、ゲゲ郎はきょとりと男の方を見た。機嫌を損ねるようなことをしたのかとも思ったが、どうもそうではなさそうだ。
酒気を帯びた顔で猪口を揺らしながら薄く微笑む水木は上機嫌そうで、とろりと伏せられた瞳は艶っぽい。
色気のある男だ。こうした酒の席では、なおさらそう感じる。
ちら、とこちらを伺うように寄越された流し目に言葉を促され、ゲゲ郎もまた上機嫌に、酒で口を湿らせながら歌うように言葉を紡いだ。
「そりゃあ、決まっておる。唯一無二の人間の友で、わしの大事な相棒じゃよ」
「んなこたぁわかってるよ。他にもほら……何かさ、……あるだろ?」
どうやら水木の望んだ答えと少しズレたことを言ってしまったらしい。何かを期待されているらしいが、他に思い当たることもないゲゲ郎は首を傾げる。
「他?」
ゲゲ郎の言葉に、水木は先ほどまでの上機嫌そうな様子から一変、動揺したように瞳を揺らした。だが、思い出を噛み締めながら月を見上げたゲゲ郎は、水木の変化に気付かない。
「他に、お主とわしの関係を表せる言葉などあるものか。お主は、わしらと共に暮らし、血も繋がらないわしの倅にも惜しみない愛情をそそいでくれておる。――わしは、良い友をもって幸せじゃよ」
「……そ、れは」
「む、どうした?」
「あっ、……ああ、いや、……何でもない……」
「水木?」
口元に手を当てた水木。漸く水木の様子が変わったことに気付いたゲゲ郎が水木の顔を覗き込んでも、目線を合わせてくれない。
「何でもないんだ、悪い……そうだよな」
ぶつぶつと小さな声で呟く水木は、やはり様子がおかしい。
声をかけるべきか否か。
ゲゲ郎が決めあぐねているうちに猪口を置き水木が立ち去ろうとしたので、咄嗟に水木の肩に手を置き引き留めた。
「水木、何処へ行くつもりじゃ」
「……少し、飲みすぎたから……もう寝ようかと」
「普段の半分も飲んどらんではないか」
「……今日は酔いが回るのが早かったんだ」
嘘だとすぐに分かった。動揺した水木は声色も表情も取り繕うことができなくて、普段よりずっとわかりやすい。
わかりやすい。……が、何が水木を動揺させたのかがゲゲ郎にはわからない。
「何ぞ気に食わんかったか」
「いや、本当に……何でもないんだ」
「何もないようには見えんぞ。わしが何か……」
「いいや、これは俺の問題で……とにかく、お前は悪くないんだ」
手を取り、己の方を向かせるが、水木は顔を背ける。ならばと顎を掴み視線を逸らせないようにしてやると、水木は目を見開き直後に泣きそうな顔をしながら目元を赤く染めた。
「――勘弁してくれ、頼むから」
言いたくない。悟られたくないのだと、目で訴える水木。
「……そうか」
切実な様子に、一つ小さくため息をついたゲゲ郎は水木を解放してやった。水木を理解したいとは思うが、追い詰めるのは本意ではないのだ。
「すまんかったのう」
「いや……」
「…………」
俯いてしまった水木の頭をぽんぽんと軽く撫で付ける。そして、ぐいと残りの酒を飲み干したゲゲ郎は水木の腕を取り立ち上がらせた。
「えっ、おい」
「どうした、寝るのでは無いのか?」
「そうだが別にお前まで……」
狼狽える水木に、ゲゲ郎は何を言っているんだとばかりに眉を上げる。
「ん?――じゃから……寝るんじゃろう?」
ゲゲ郎の言葉に、水木はハッとした。
ゲゲ郎は、今から水木を抱こうというのだ。
――いつも通りに。
様子のおかしい水木がいつもの調子を取り戻すように、いつもと同じようにしてやろう。そう思い、わざと軽い調子で言うゲゲ郎。蹈鞴を踏む水木の腰を支えるように強引に引き寄せれば、慌てた水木の声がした。
「まて、寝る。寝るが、そうではなく……」
「んー?」
振り仰ぐ水木の頬に、ゲゲ郎が唇を落とす。
水木は、少し強引に甘やかされるのが好きなのだ。ぴくっと肩を跳ねさせ、困惑し、顔を赤くする水木の様子に手応えを感じたゲゲ郎は水木に緩く微笑んだ。
「ゲゲ郎、ぁ、今日、は……」
「今日は?」
「ぅ……」
耳元で囁きながらぎゅう、と包み込むように抱きしめ。やんわりと抵抗する水木の頬や目元にゲゲ郎が何度も口付ける。そうする内に水木の声が小さくなり強張った体の緊張が次第に解けていった。
小さく洩れる水木の吐息に、熱が混じる。
「……ぁ」
「――水木……?」
「……げげろう」
そっと呼べば、水木はとろりと溶け出しそうな瞳でゲゲ郎を見上げて甘く名前を呼んだ。
こうなってしまえば、水木はもうゲゲ郎の意のままだ。
(よしよし)
水木が今日は乗り気でないことはわかっていた。ゲゲ郎の何かが、水木の様子をおかしくしてしまったのも。
だからこそ、いつもよりほんの少し強引に甘やかし、水木をその気にさせたのだ。
――ゲゲ郎に抱かれた翌日の水木は、すこぶる機嫌が良いから。
「水木、寝室へ行こうか」
「……」
この場合の水木の無言は肯定である。
ゲゲ郎は、尻を掬い水木の体を持ち上げた。
――この時、話し合わなかったことを、後のゲゲ郎は深く後悔することになるのだが。
先のことなど露知らぬ男は、熱い水木の体を抱きながら『翌朝になれば水木の機嫌も良くなるだろう』と呑気に考えていた。
※
――水木を抱いた翌朝。
中々開かぬ瞼を擦りながら、ゲゲ郎は布団の中でもぞもぞと空いた手を動かした。温もりを求めたゲゲ郎の掌は、しかし冷たい布団の表面を滑るだけで一向に目当ての人物に辿り着かない。
「んん……水木?」
普段であればゲゲ郎よりずっと早く起きる水木も、今日のようにゲゲ郎に抱かれた週末だけは、いつもゲゲ郎より遅くに目を覚ます。
険の取れたあどけない顔で眠る姿を眺められるのも、寝ぼけ眼で「おはよう」と眩しそうに笑う顔が見られるのもこの時だけで、ゲゲ郎はいつもこの時間を一等楽しみにしていた。
それなのに。
ゲゲ郎が身を起こし部屋を見回しても、水木の姿はなかった。
「…………」
昨晩の水木の様子を思い出し、ざらざらとした不安がゲゲ郎の胸中に広がる。
(やはりあの時、無理にでも問い詰めれば良かったか。しかし……)
焦燥感を抑えながらゲゲ郎が雑に着流しを羽織り部屋を出ると。
「うおっ」
廊下に、洗濯物を抱えた水木が立っていた。
「水木」
急に部屋を出てきたゲゲ郎に目を見開いた水木は、ゲゲ郎の姿に気付くと少し呆れたようにため息を吐く。
「おい、だらしない格好でうろつくな」
「……」
「……何だよ?」
下履もなく、肩に着流しをかけた姿を咎められたゲゲ郎。静かに見下ろされた水木は居心地を悪そうにしていたが、しかしゲゲ郎の目から見ても特段、いつもと変わったところは見られなかった。
じっと観察するように、ゲゲ郎はいつまでも黙って水木を見つめる。
「……全く」
そんなゲゲ郎に眉尻を下げて笑った水木は洗濯物の山から帯を引き抜いた。
「仕方ないな。……少しじっとしてろよ」
そう言う水木は、そのまま廊下でゲゲ郎の着付けをしてやることにしたようだった。
スルスルと、布の擦れる音が廊下に響く。
――己の世話を焼く水木はやはりいつもと同じに見えるが、はて。
間近にある水木のつむじを、ゲゲ郎は暫く見つめていた。じいっと見つめ、そして、徐に口を開く。
「……今日」
「ん?」
「目が覚めた時に、お主がおらんくて、わしは寂しかった」
「……」
ぴくり、と一瞬手を止めた水木は、けれどゲゲ郎に応えることなく慣れた手つきでそのままゲゲ郎を着付けた。そんな水木の態度に焦れたゲゲ郎が再び口を開く。
「水――」
「よし出来た」
が、それを遮るように水木は声を張った。
「男前の完成だ」
いつもの調子で言いながら、ぽんとゲゲ郎の胸を叩く水木。その手はすぐに離れ、洗濯物を抱え直す。
「…………」
「……悪かったよ。雨が降りそうだったから、洗濯物を取り込んだんだ」
面白くない、と表情に出ていたのだろう。じとりと睨むゲゲ郎に水木は笑った。ちらりと窓の外を見れば確かに空には厚い雲がかかっている。
水木が言うのならば、そうなのだろう。――そう、納得すればいい筈なのに。どうしても釈然としないのは何故か。
「洗濯物なら、わしが運んでやろう。ほれ」
「いいって」
「しかし、辛くはないのか」
「辛い?」
見上げる水木の目をじっと見ながら、腰をするりと撫でる。その意味を理解しカッと顔に熱を上らせた水木は、しかし咳払いをひとつするとまたすぐにゲゲ郎に笑いかけた。
「……これくらい平気だから。お前はさっさと顔洗ってこい。朝飯にしようぜ」
軽い調子で言い残し、水木は洗濯物を抱えたまま廊下の先へと去っていく。水木の背中を見送りながら、ゲゲ郎はその場に立ち尽くした。
水木の態度は、いつもと変わらないように見える。
いつもの、自然な友としての距離感。だがそれに、得も言われぬ違和感を覚える。
「…………」
そうしているうちに、水木の足音は家の奥へと遠ざかっていった。
「水木……やはり、お主、何かを隠しておるのではないか?」
ぽつりと呟いたゲゲ郎の胸の内に、じわりと不安が広がっていく。
湿った土の匂いが鼻をつく。風が家の戸を叩き、ガタガタと音が鳴るのをやけに煩く感じながらゲゲ郎はゆっくりと瞬きをした。
――じきに、雨が降りそうだ。
※
(俺は、普段通りに振る舞えていただろうか)
取り込んだ洗濯物は部屋の隅に置き、水木は湯気立つ鍋に味噌を溶いていた。
家事はいい。考え事をしながら黙々と作業をすると、落ち着いて頭の中を整理出来る。
「……はあ」
昨夜のことを思い返し、水木はため息を吐いた。
ゲゲ郎は水木のことを『相棒であり友である。それ以外の呼称はない』とはっきり告げたのだ。
(……俺は、何を勘違いしていたんだろうか)
昨日までの自分が、滑稽で仕方ない。
鍋の中の味噌汁の色をぼんやりと眺めながら、水木は自嘲気味に口元を歪めた。
――ゲゲ郎と共に暮らし共に鬼太郎を育てて、ゲゲ郎の隣にいるのが当たり前になった。
あの穏やかな目が、自分を求めて熱を灯す瞬間を何度も見て。触れるのも、触れられるのも自然なことになって。
――それで、まるで恋人にでもなったようだと、勘違いしてしまって……。
(馬鹿だな、俺は)
そもそも、ゲゲ郎は水木に対して愛を囁いたことなんて一度もなかった。
水木もそうだ。ゲゲ郎に、愛していると言葉で伝えたことは無かった。態度で伝わっている、伝えてくれているのだ、とそう思っていたから。
ひやりとしたゲゲ郎の手が、自分と同じ温度になる瞬間を何度も繰り返した。その手を握られながら蕩けそうにとびきり甘い顔で微笑まれ、啄むように優しい口付けを何度も降らされた。
朝、微睡む水木を囲い込むように抱きしめながら、つむじに口付けられた。のんびりと間延びした声で、今日は何をしようか。なんて何気ない会話をした。
きっと、ゲゲ郎にとってそれは、共寝した相手に当たり前にすることなのだろう。
ゲゲ郎のその態度を都合よく解釈し、勝手に愛を見出したのは水木だ。だから、こんなにも惨めな気持ちになるのはお門違いだと分かっている。
わかっているのに、鼻の奥がツンとし、じわりと目頭が熱くなった。
(これからは……)
――これからは、ただの友人として接しよう。
不自然にならないように、ゲゲ郎と距離を置き、体の関係を持つ前の、健全な関係に戻ろう。
愛している男に、愛がないまま抱かれるのは、水木にはきっと耐えられない。
気持ちは行動に引っ張られるものだ。ゲゲ郎への想いも、忘れたように過ごしていれば、いつかきっと、本当に忘れられるだろう。
……だが。
出来るだろうか。
昨夜も、あっけなく男の手管に流されてしまった己に。
「……はあ」
余韻の残る腹を摩り、水木は再度熱の籠もったため息を吐いた。
あれが、ゲゲ郎と褥を共にした、水木の最後の記憶になる。そう、ならなければならない。
忘れなければならないのだ。
友に戻るのならば。
……今は難しいかもしれないが。
「……」
湯気が目に染みるな。と滲む涙を言い訳しながら、水木は窓の向こうの景色を眺める。
――外では、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めていた。
※※※
「最近、水木が変なんじゃ」
鬼太郎を預けにきたゲゲゲの森にて。神妙な面持ちでゲゲ郎は呟いた。砂かけ婆は、そんなゲゲ郎の様子に物珍しそうに片眉を上げる。
「水木殿が?」
「うむ……」
幽霊族の二人と暮らす物珍しい人間、水木。
何度か水木と会ったことがあるが、砂かけ婆から見る水木は見目も良く礼儀正しい、『良い男』であった。確かにこれは親父殿が特別視するだけあると納得したものだ。
「なんじゃ親父殿。さては痴話喧嘩でもしたか?」
「喧嘩なんぞしとらんわ」
心外だ、と憤ってみせるゲゲ郎は、けれどすぐに眉を下げ、「しかし……」と自身なさげに視線を彷徨わせた。
「どうやら水木は、わしを避けておるようでな」
「そりゃまた何故そう思ったんじゃ?」
「それがのう……最近の水木ときたら、やたらと出張やら休日出勤とやらで、家におる時間が極端に減ってしまったのじゃ」
ぼそぼそ語るゲゲ郎の姿に、きょと、と惚けた砂かけ婆は直後に「ワハハ!」と大声で笑った。
「なんじゃあ親父殿!水木殿を仕事に取られていじけておるだけか!」
「笑い事ではないわ!!」
ヒーヒーと腹を抱える砂かけ婆に、眉を吊り上げるゲゲ郎。ひとしきり笑った後に、「すまんすまん」と軽く謝った砂かけ婆は、むくれるゲゲ郎に、話の続きを促した。
「それで、それが何故親父殿を避けていることになるんじゃ?単に仕事が立て込んでおるだけとは思わんのか」
「……夜、酒盛りに誘っても、仕事で疲れているからと乗ってこんようになった」
「それで避けられているなんぞ、親父殿の考えすぎじゃろう」
砂かけ婆の言葉に、ゲゲ郎は力無く首を振った。
「今までは、短い時間でも毎晩のように酒盛りしていたのがもう三週間じゃ。水木のためにと天狗の酒を用意しても乗ってこん。……さすがに、避けられていると思うのが普通じゃろう」
「……ふーむ」
水木は酒と煙草をこよなく愛する男だと、ゲゲ郎から聞いていた。ゲゲ郎の言葉が本当なら、確かに違和感を覚える話である。頷く砂かけ婆に、「それに……」とゲゲ郎は続けた。
「あれ以来、水木と褥を共に出来ておらん」
「………………ん?」
「週末は酒を飲んだあと共寝をするのが常なのじゃが……」
「……………」
「こうも間が開くのは初めてでのう……」
「…………親父殿、ひとつ、確認なのじゃが」
「なんじゃ、おばば」
恐る恐る、震えた声で問う砂かけ婆に、ゲゲ郎は首を傾げる。
「……親父殿は、水木殿を後妻に迎えたのか?」
「まさか!あやつはわしの友じゃぞ!?」
「――――」
砂かけ婆は、ゲゲ郎の言葉に絶句した。
水木を後妻に迎えるつもりもなく、同居人と共寝をするゲゲ郎に。
「……それはまた、何故、友と呼ぶ相手を……」
「水木は人間じゃからなぁ。定期的に性欲を発散せねばならんじゃろう?あやつは仕事や子育てで相手を探す暇がない。なればこそわしが抱いてやっておるのよ」
人嫌い故の、ゲゲ郎の妙に偏った知識。いくら人と妖怪では住む世界や理が違うとはいえ、これはあんまりではないだろうか。砂かけ婆は額に手を当て、天を仰いだ。
「わしのことを信頼して、身を任せてくれておるのじゃ。友としてこれほど嬉しいことは無い」
「親父殿……それは……」
ふふん、と得意げに語る男。
何故水木がゲゲ郎のことを避けるようになってしまったのか。砂かけ婆は凡その事情を察した。
「親父殿。これはいらんお節介かもしれんが……親父殿は水木殿と一度しっかりと話し合うべきじゃと思うぞ」