ある日、礼音が住む屋敷から姿を消した執事里塚。家族のように慕っていた里塚が急にいなくなり、礼音は捨てられたという悲しみを抱えて生きていくことになる。それから数年後、嵐の夜。海賊那由多が礼音の前にあらわれる。抵抗むなしく那由多の船に囚われる礼音。そこには那由多の右腕となった里塚の姿が……。
「里塚、なのか……?」
「…お久しぶりです。礼音様」
◆◆◆
鍵が開いた音がして、反射的に顔をあげる。
「腹が空かないか?」
扉から顔を覗かせた里塚にのどが詰まり、目をそらす。
「………空いてないならいいんだ」
何も答えない礼音をしばらく見つめていた里塚が扉をしめようとした時、ぐうと礼音の腹の音がなった。
余計里塚の方を見られなくなった礼音に
ふっと表情を緩めた里塚が少し待っていろと声をかけ扉を閉めた。
「ほら」
ドンと礼音の前に置かれた器。
黄金のつゆがキラキラとひかり、そばの上にはコロッケがのせられている。
礼音の大好物であるコロッケそばだった。
里塚がまだ屋敷に居た時、食べたいとねだっても健康に悪いとなかなか食べさせてもらえなかったコロッケそば。
「………なんで……」
思わずつぶやいた礼音にドアの方に向かっていた里塚が立ち止まる。
「もう、お前の執事じゃないからな」
那由多が礼音様……礼音を船にのせて数時間たつ、入れられた部屋の中で礼音はおとなしくしているようだった。
礼音に食事を用意するため船の調理場に行き、何を作ろうかとまず食料庫を覗く。
じゃがいも、にんじん……これは、そば?
誰がそばなんて……と手に取ったところでふと思い出す。
そういえば礼音はコロッケそばが好きだったな。
もっとジャンクなものが食べたいとぼやきながらも里塚が作ったものを残さず食べていた礼音。
礼音の好物を作ってだしていたら、どんな顔をして食べたのだろうか。
執事として礼音に仕えていた頃は、不摂生は良くないと食べさせなかったが、今はもう礼音の執事ではないしそんな事気にしなくてもいいだろう。
そんなに凝ったものを作るつもりではなかったのに、気づくとコロッケそばを作るために必要な他の材料を探していた。
あの頃はただ執事として、するべきことをしていたが、自分は……礼音にコロッケそばを作ってやりたかったのかもしれない。
材料を揃えて調理にとりかかる。
いきなり海賊船に連れて来られて、さすがにコロッケそばなんて食べる気分ではないかもしれないが、じゃがいもの皮を剥くのを止めようとは思わなかった。