里塚さんの手作り巾着の話楽譜を追っていた目に違和感を感じて、礼音はぱちぱちとまばたきをした。
空調の風で乾燥しているのかもしれない。
目薬を持っていたはず、とカバンからえんじ色の巾着を取り出したところで視線を感じ、そちらに顔を向けた。
今はスタジオ練の休憩中で、那由多と賢汰と涼は外にでている。
そのため、スタジオの中は礼音と深幸だけだ。
「なんだよ?」
「……なんか、礼音くんが巾着使ってるって、ギャップあるね」
「?」
「巾着なんて使ってるんだ、意外~っていう………良い意味だって!」
バカにしてるのか?と礼音の眉間にしわがよったのを見て深幸があわててフォローを入れる。
「巾着なんて久しぶりに見た、買ったの?」
「違う、賢汰さんに貰った。作ったって」
「え!それ賢汰の手作り!?まじか……あいつが裁縫って、想像でき……ないこともないか……?」
礼音が手に持っている巾着を、少し身を乗り出
してまじまじと見つめる。
「賢汰さんてなんでもできるよな」
出した目薬を巾着に戻し、きゅっと紐をひっぱりながら感心している様子の礼音に、深幸はにやっとした笑みを浮かべた。
「手作り巾着、素直に使ってるなんてかわいいねぇ」
「どういう意味だよ?普通に便利だから使ってるだけで…!」
巾着を持つ手に力が入る。
その時、バン!!という乱暴な音と共にスタジオの扉が開いた。
びっ、くりした…那由多のやつ、普通に入って来れないのか?
スタジオに1人戻ってきた那由多は自分の鞄を開くと中からえんじ色の巾着を取り出し…
「あれ、それ…」
深幸が那由多の取り出した巾着を見てつぶやく。
那由多が取り出した巾着は礼音が持っていたものと似ている、というか同じものに見えた。
そう思ったのは礼音も同じで、那由多と巾着を驚いた顔で見ている。
「その巾着、礼音くんのと同じやつ?那由多も賢汰に貰ったの?」
「……………」
那由多は何も答えず、礼音が手に持ったままだった巾着に鋭い眼光を向けるとぎ、と眉間のシワを深くした。
「………………」
「………………」
「……………チッ」
しん…としたスタジオに舌打ちの音が響く。
那由多は巾着をぎゅっと鞄にねじ込むと何ごともなかったようにひろげた楽譜に目を通しはじめた。
礼音はばつの悪そうな顔をしている。
那由多は何も言わなかったが、おそらく那由多が持っている巾着も賢汰に貰ったものだろう。
同じ巾着を使っている那由多と礼音。
しかも賢汰の手作りって……。
「ふ、ふふ…」
「笑うなよ!……那由多も持ってるなんて知らなかったんだ……」
「別にいいじゃん、お揃いで使ったって」
「お揃いって言うな!」
おもしろくなってしまって笑い声をあげる深幸を礼音は睨んだ。
ある日のスタジオ練での話。
「深幸、良かったら使ってくれ」
呼び止められ、差し出されたものを受けとる。
えんじ色の袋に紐が通っていて……見覚えのある巾着。
「なに?」
「巾着だ」
「見たらわかるけど……だからなんで?」
「あると便利だろう。巾着は」
答えになっているような、いないような。
「確かに礼音くんが便利って言って使ってたよ。全員に配ってるわけ?」
「最初は那由多に作ったんだが、思っていたよりも布が余ってな。涼の分もある。……那由多は、使っていないようだが」
「ふうん?」
先日のスタジオ練が頭に思い浮かぶ。
那由多普通に使ってそうだったけどな……。
同じ巾着持って沈黙していた那由多と礼音。
あの時のおもしろさがじわじわとぶり返してきた深幸に賢汰は怪訝な表情を浮かべるのだった。