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    紫蘭(シラン)

    @shiran_wx48

    短編の格納スペースです。

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    紫蘭(シラン)

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    グルアオです。
    2024年のバレンタインデー話。
    終始暗いです。

    オブラートの中身 ナッペ山頂上付近に位置するナッペ山ジムのバトルコートでは、寒さが厳しい中大きな人だかりができていた。わざがぶつかり合う音やその直後にグルーシャさんが手持ちに対して指示を出す声が聞こえたから、おそらくジムの挑戦者と戦っているんだろう。彼が声を発する度に何度も何度も沸く歓声と、挑戦者への応援で正直耳が痛い。
     来るタイミング間違えちゃったな、と気落ちしても来てしまったものはしょうがないので、グルーシャさんの姿だけでも拝もうと人をかき分けて観戦エリアの最前列まで向かおうとした。
     
     ところが――
    「わっ!」
     周りと比べて小柄な私がそんなことができるはずもなく、人の壁に弾かれてしまい尻餅をついた。お尻にじんわりと広がる冷たさと痛みに顔を歪ませながらも、これ以上濡れないために慌てて立ち上がる。そしてもう一度挑もうと前を向いたのだけど、一部の観戦者達が帰っていくのが目に入った。
    「……ちょっと道開けて。通れないから」
     そのグルーシャさんによる注意が聞こえたと同時に群衆が動き始め、その流れに翻弄された私はまたバランスを崩して転びそうになったけど、たまたま近くにいた男の人が支えてくれたから二度目の転倒は回避できた。
    「あ、ありがとうございました!」
    「さっきも転んでたよね? 怪我してない?」
    「大丈夫です!」
     先程の尻餅をついていたところもしっかり見られていたことに赤面しつつも、助けてもらったお礼を伝える。そしてグルーシャさんの声が聞こえた方へ顔を向けたけど、彼は既にバトルコートから離れており、上着ポケットに手をつっこみながらジムの入り口へと歩く後ろ姿しか見えなかった。
     
     そんな姿でさえ絵になる光景に、女性達による黄色い歓声があがった。
    「きゃー、グルーシャさまー」
    「また応援しに来ますからね!」
    「グルーシャさーん、大好きでーす」
     それぞれの声には一切のリアクションを取らないまま、彼は建物の中へと消えてしまった。それでも彼女達は口々に話す。
    「やっぱりクールで素敵!」
    「ジムの休憩スペースで待機していたら、ばったり会えたりしないかな?」
    「えー、それより夜にジムで宿泊する方がよくない? 天気が悪かったら、向こうも泊まるだろうし」
    「一晩同じ建物内に滞在できるってこと!? ヤバっ、存在感じられて最高じゃん!」
     べらべら好き勝手に喋り続けている彼女達の言葉を聞きながら、私は下山の準備を進めた。こんな風に群がってくるので新たな挑戦者がやってこない限りあまり外には出たくないと彼は以前話していたし、今のところ新たなチャレンジャーもいないようなので、いくら待ってもグルーシャさんが姿を現すことなんてしばらくないだろう。
    「はあ……」
     ため息をつくと、ミライドンの背に乗り走らせた。すれ違い様きゃっきゃ楽しそうにグルーシャさんとどうやってお近づきになろうかと話し合っている彼女達を横目で見ながら、私もあんな風に積極的にアプローチできればと考えてしまった。でもそんなのは無意味だ。だって私とグルーシャさんとの間には、時々ポケモン勝負をする関係性以外の接点はない上に――
     
    『ぼくはジムリーダーとしてこのバトルコートに立っているんだから、応援とは別であんな風にワーキャー騒がれるのは正直迷惑なんだよね』
     
     前にお邪魔した際運良く彼のファン達がいないのをいいことにポケモン勝負に挑んだ後、外でベンチに座りながら二人で飲み物を飲んでいるとそう彼がこぼしていたのを思い出す。
     
    『ぼくとポケモン勝負をしにきたわけじゃなきゃ、いちいちこんなところまで来ないでほしい』
     
     それはなによりも私の心に突き刺さった。何度も言うけれど、私とグルーシャさんはたまにポケモン勝負をするという繋がりしかない。そうじゃなければ彼のところへ会いに行く資格もないと言うことで、それは何よりも私への足枷となった。
     
     私があの人のところへ通う目的が、ただ純粋にポケモン勝負をしに来ているだけじゃないと知られてしまったら――
    「もう二度と、会ってくれないだろうな……」
     定期的に私と会ってくれるのは、ただただ勝負をしにやってくるから。だから本心を隠したまま、私はただ無邪気にポケモン勝負を愛するチャンピオンの一人として振る舞わなければならない。それが、それだけが私が唯一取れるグルーシャさんへ許された行為なんだから。だけど、それでも邪な気持ちが心の底から顔を出す。
     
     本当にこのままでいいの? あの人に振り向いてほしくないの? と……。
     
     
     そんな黒い囁きを振り払うかのように頭を左右に振ると、ひたすら雪道を進んでいった。
     
     
     ***
     
     
     ナッペ山から下山してからも、なんとなくこのまま寮に帰るのも嫌だったのであてもなきなチャンプルタウンをうろつく。そうして様々な飲食店が立ち並び美味しそうな匂いを嗅いでいたら、どこからか甘い匂いが鼻を掠めた。
     
     
     ミライドンに乗ったまま匂いがする方へ赴けば、多種多様の甘いスイーツが並ぶ洋菓子店にたどり着いた。外から覗くと店内には多くのお客さんで賑わっていて、なんでだろうと首を傾げる。そして窓に張りついた〈バレンタインデーの日に特別な想いを伝えよう〉という広告が目に入ると、ようやくそのイベントについて思い出した。
    「あ、そっか……。もうすぐバレンタインだった」
     少し前までアカデミーの友達と日頃の感謝を伝えるためにプレゼントを贈り合う日でしかなかったが、今は――
    「いらっしゃいませー」
     入り口のドアを開けたと同時に鳴るベルの音と店員の挨拶を聞くと、恐る恐る店内を回った。どうしよう。今年は思い切ってグルーシャさんに贈ってみる? でも今まで渡してこなかったからなんでって変に思われるかな?
     
     ぐるぐる回る思考回路に、突然割り込んでくるかのような情報が飛び込んできた。
    「今年はグルーシャさんに何贈るー?」
    「どうせ回収ボックスに入れなきゃだし、焼き菓子の方がいいんじゃない? 毎年受付に置かれてるから、チョコレートだと溶けちゃうし」
     回収ボックス……? へぇ、ナッペ山ジムだとそんなの置いてるんだ。あれだけ人気なグルーシャさんだから、きっと当日は大量の贈り物が届けられるんだろうな。
     
     ちくちくとした小さな針が私の胸を執拗に刺してくるけれど、とあることに気づいて足を止める。そうだ。大量に届けられるのなら、そこに私の分が入っていてもきっと彼には気づかれない。これなら、私もこっそりプレゼントを贈ることができていいんじゃないのかな? どうせ私には直接本人に渡すことも、想いを伝える勇気もないんだから。
    「どれにしようかなー」
     さっきまでのどんよりとした気持ちはどこかへ消え、るんるん気分で商品を選び始める。彼女達が言っていた通り、回収ボックスがジムの受付に置かれているのなら、室内の温かさで傷んだり溶けたりしないものがいい。
    「あ……!」
     商品棚から見つけて手に取ったのは、瓶に詰められたたくさんの水色の飴玉。どことなくグルーシャさんの綺麗な瞳の色を連想するし、包装がチルットを模したものなのですっごく可愛い。そしてポップに書かれた飴を贈る意味を見た私は、これを持ってレジへと向かった。
     
     私のグルーシャさんに対する想いは、この飴に全てを託す。元から伝えるつもりなんてなかったんだから、この日だけは自己満足のために許してほしい。
     
     
     
     あくまで私からということを伏せたまま、ひっそりと想いを伝えるつもりだ。その後はまた、結局周りと同じだったんだと軽蔑され嫌われないよう本心を隠しながら、ただのポケモン勝負が大好きなだけのトレーナーとして振る舞うから。
     
     
     だけど私は、とことん運が悪いみたいだった。
     
    「そ、そんなぁ……」
     多くの女性達がしょんぼりしなから帰っていくのが見えたからどうしたんだろうと思っていると、ジムの入り口に貼られた紙を読んで愕然とする。
    「今年からはプレゼント回収ボックスを設置しません……って」
     諸事情によりって書かれているけど、去年は一体何があったんだろう。いや、そうじゃなくて!
    「どうしよう」
     水色の包装紙で綺麗にラッピングされた物を無意識に抱きしめながら、私は途方にくれていた。最悪日頃のお礼と称して本人に直接渡してしまう? いや、でも万が一キャンディーを贈る意味を知られてしまったら……。グルーシャさんはそんなの興味なさそうだけど、周りから指摘される可能性だってあるんだから絶対にダメだ!
    「持って帰るしかないか……」
     さっきまですれ違ってきた人達と同じく肩を下ろしながら、帰ろうと振り向いた時だった。
     
     ふにっとした弾力と共に冷たい感覚。そしてホエーと間の抜けた声に驚きながら前を向ければ、アルクジラが立っていた。
    「ご、ごめんね! 怪我はない?」
     野生か誰かの手持ちかはわからないけれど、ぶつかったことを謝りながら頭を撫でれば、このポケモンはご機嫌な声でホエホエ鳴き続ける。その様子から特に問題はなさそうだと安心して離れようとすれば、突然私の手を掴むととことこ歩き始めた。
    「え、え? 何!? どこ行くの?」
     戸惑いながらも妙に強い力で引っ張られたまま大人しくついていくと、ナッペ山ジムの裏側へ連れて行かれた。もしかしてこの子は、グルーシャさんの手持ちの子なんじゃ……!
    「ごめん! 今日はもう帰るから! グルーシャさんには会わないよ!」
     なんとかして阻止しようとしても、とてもじゃないけれど力じゃアルクジラには敵わない。もう一度止まるように声を張ろうと口を開けば、頭上から大好きな人の声が降ってきた。
    「え、アオイ……? そんなところで何してるの?」
    「グルーシャさん……」
     三階の窓から顔を覗かせる彼を見上げながら、なんと返答すべきか言葉を詰まらせる。勝負をしにきたのならここではなく受付で申し込んでるし、裏口でこんなに騒いだりもしない。だからえっと――
     ポケモン勝負の最中とは違って上手く回らない頭を、言い訳を考えるためにも必死で動かそうとしていると、上からまた声が届いた。
    「それ、何? 何か持ってきたの?」
    「な、なにも! たまたま近くにいただけで……」
    「ちょっと待って。今からそっちに行くから」
     咄嗟に来なくてもいいと叫びそうになったけれど、すでにグルーシャさんは窓を閉めており姿が見えない。だ、ダメだ。このままじゃプレゼントのことがバレちゃう!
    「アルクジラ、また今度遊ぼうね!」
     主の顔を見て笑顔で跳ねているアルクジラの手を解くと、一目散に駆け出した。何度もここには来ているから歩き慣れているはずなのに、雪に足を取られてしまい思ったように前へは進めない。どうしよう、追いつかれる!
     焦りに焦った結果、ミライドンのことを思い出すと急いでボールから出しては乗り、ナッペ山ジムのバトルコートから飛び降りた。
     
     空から降り注ぐ雪が顔に当たって寒いはずなのに、一切の冷たさが感じない。普通ならおかしいのに、それに構わずに私は山の麓を目指して滑空を続けた。
     
     そして雪のない地面に降り立つと、さっきまで持っていたプレゼントが手元にないことに気がついた。慌ててたから、途中どこかで落としてしまったのかもしれない。
    「う、ぅう……」
     きっと罰があたったんだ。私が、自分の気持ちを少しでもあの人に伝えたいだなんて不相当な願いを持ってしまったから。こんな醜態を晒すくらいなら、最初からしなければよかった。
     
     とめどなく溢れてくるものを両手で堰き止めながら、私は様々な感情に押し潰されていた。
     
     
     そこからはどうやって寮の自室前まで帰ってきたのかは全く覚えていない。たまたま近くを通りかかったネモに話しかけられるまで、髪も顔もぐちゃぐちゃの状態で私は呆然と佇んでいた。
     
     
     もう、グルーシャさんのところには会いに行けないな……。
     
     心の中で私はぽつりと呟いた。
     
     
    続く
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    chikiho_s

    PASTTwitterに上げたバレンタインとホワイトデーの連作。
    プレゼントは死ぬほど貰うけど、自分からあげるなんて無いだろうから悩み悶えていればいい
    ココアの件はフォロワーさんのリクエストで。グランブルマウンテン(砂糖たんまり)でもいいね。可愛いね。

    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19706108
    氷の貴公子とチョコレイト今年もこの日がやってきた。一年の中でも憂鬱な日。バレンタインだ。

    ジムの建物内を埋め尽くす勢いでチョコレートやプレゼントが届く。言うまでもなく全部ぼく宛て。わざわざ雪山の山頂にあるジムまで届けにやってくる人もいる。多分明日は本部に届けられた分がやってくる。正直、意味がわからない。
    この日だけ特別に一階のエントランスに設置されるプレゼントボックスは何度回収しても溢れていて、業務に支障が出るレベル。下手にぼくが表に出ようものならパニックが起きて大惨事になるから、貰ったチョコレートを消費しながら上のフロアにある自室に篭もる。ほとぼりが冷めたらプレゼントの山を仕分けして、日持ちしない物から皆で頂いて、残りは皆で手分けして持ち帰る。それでも裁ききれないからポケモン達に食べさせたり、建物の裏にある箱を冷蔵庫代わりにして保管する。これは雪山の小さな特権。
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