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    紫蘭(シラン)

    @shiran_wx48

    短編の格納スペースです。

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    紫蘭(シラン)

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    グルアオです。
    2024年ホワイトデーのお話。
    『オブラートの中身』の続きです。

    言葉で伝えて「エクスレッグ! かかとおと……」
    「させないよ。ツンベアー、じしん!」
     モスノウが発生させたおいかぜによってすばやさが上がっているツンベアーに対し、技の指示を出す。じめんタイプの技はこうかはいまひとつだろうけど、今は相手にダメージを与えることが狙いじゃない。
    「ああっ、エクスレッグ! そこから頑張って体勢を立て直すんだ!」
     技を繰り出そうとする前に揺れるバトルコート上でバランスを崩したエクスレッグは、なんとか飛び上がって技を出そうと試みたけど、それがツンベアーに当たることなく地面へと落ちていく。かかとおとしは強力なかくとう技だけど、外した時の反動も大きい。そんな様々なダメージが蓄積され上手く動けない挑戦者のポケモンをさらに追い込むため、ツンベアーへアクアジェットを指示しようとしたが――
    「やっちゃえ、グルーシャ様ぁ!!」
     耳をつんざくほど大きな声援が直撃し、あまりのうるささに思わず眉を顰めた。それでも集中力を切らさずに冷静に対応しようと再度口を開く。
     
     立ち直りかけていたところを、白い巨体が水を纏いながら勢いよく突っ込んできて、それをモロにくらったエクスレッグはそのまま力尽きた。
     
     また一気に湧く歓声を聞かながら挑戦者の方を見れば、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。……それもそうだろう。自分宛ではない応援の声は大きく、完全にアウェイな状況。ぼくも他地方でスノーボードの大会に出場した際には何度も何度も経験し、散々苦しんできたからこそ相手の心境がわかる。……だからといってここから手加減だなんてサムいことはしないけど、あんたはどうする?
     
     そんな心の中で行った問いかけに対し、挑戦者は戦闘不能になったエクスレッグをボールに戻すと、別のモンスターボールを取り出し祈りを捧げるように目を瞑った。次に瞼が上がった時には、あの泣きそうに歪んでいた瞳はどこにもない。双眸から負けてたまるかという強い意志を感じ、ぼくは安堵のため息をついた。
     
     あんたの心がまだ負けていないのなら、ぼくはジムリーダーとしてきちんと応えてあげる。そんな、全てに対して無気力だった頃の自分が聞けばサムいと吐き捨てそうな言葉を心の中で呟いた。
     そして微かに聞こえる観戦者から挑戦者へ向けたエールを背に、次に出てくるポケモンに備えて再度集中した。
     
     
    「ありがとうございました!」
    「うん、また挑戦しに来てよ。あと、気をつけながら下山してね」
     敗れた挑戦者は涙を浮かべながらもしっかりとした口調で感謝の言葉を告げると、飛び出すようにバトルコート出て行った。今回の戦いをレポートに残すためぼくもジムに戻ろうとしたが、瞬く間にバトルコートの出入り口はファンによって塞がれてしまった。
    「グルーシャさん、お疲れ様でした!」
    「挑戦者を圧倒してましたね! 本当にすごいですー」
    「あの、あの! ポケモン勝負が強くなる秘訣を教えてください」
     イキリンコみたいに勢いよくぼくに話しかけてくるファン達をスルーしながら、なんとか前へ進もうと動けば近くでよく知る女の子の悲鳴が聞こえたような気がする。
     
     もしかして、アオイが来ているのか?
    「……ちょっと道開けて。通れないから」
     ポケモン勝負をしによくナッペ山までやってくる彼女の姿を一目でも見たくて、群衆の波をかき分けながらアオイを探した。けれど――
    「さっきも転んでたよね? 怪我してない?」
    「大丈夫です!」
     アオイは知らない男にもたれかかっていて、頬を赤らめながらそいつと会話をしていた。彼女の小さな肩に触れる男の大きな手を見て、心臓から焦げつくような痛みを感じる。そして痛みの度合いが増していることに気づいたぼくは、すぐさま進行方向を変え必死で目を逸らした。
     
     あんな顔、初めて見た。
     
    『グルーシャさん、ポケモン勝負をしましょう!』
     
     アオイがぼくに見せてくれるのは、いつだって太陽のように明るく眩しい笑顔だったから。
     
     
     
     
    「ジム戦、お疲れ様でした。よろしければモンスターボールを預かりますよ?」
     いきなり話しかけられたことに驚いて正面を向けば、目の前にナッペ山ジムのスタッフが立っていた。……いつの間にぼくは建物の中にいたんだ? あたりを見渡すとジム職員達が集まる執務エリアを歩いていたようだ。
    「あ、あぁ……うん。ありがとう」
     大切なポケモン達が入ったボールをスタッフに渡し、回復装置にセットしているところをぼんやりと眺めていれば、彼はまた話し始める。
    「そういえば、今年のバレンタインデーではプレゼントの回収ボックスを設置しないことになりましたよ」
    「まあ……うん、去年あんなことがあったしね」
     バレンタインデーという言葉を聞いて、反射的に肌が粟立つ。
     毎年、その時期になると各ジムにはジムリーダー向けのプレゼント回収ボックスが受付に設置されている。受付は既製品のみという制限がありながらも、その日になると普段から熱心に応援してくれるファン達がこぞって届けてくれていた。こんなぼくのところにもファンレターやら、チョコレートのお菓子だとかが大量に届くが、全て目を通して感謝の気持ちを持ちながらジムスタッフ達と分け合って食べていたんだけど……。
     
     ほぼ流れ作業になっていたところでクッキーを齧れると中から髪の毛が出てきた。どうやら、プレゼントは既製品のみというルールを破った誰かが、手作りのものを忍ばせていたようだった。
     
     この一件によって、今年から回収ボックスは廃止になったんだろうな……。
    「念のため、二月十四日当日はジム戦の受付は停止しましょうか。どさくさに紛れて手渡しされる可能性もありますしね」
    「わかった。その日は溜まってるデスクワークでも片付けようかな」
     今日の熱狂ぶりをみたらありえないこともない。もみくちゃにされながら、プレゼントを渡される様を想像しただけで頭が痛くなってきた。
    「ちょっと疲れたし、控室で少し休んでくる。起きた時に、モンスターボールを自分で取りに来るから」
     苦笑いを浮かべながら手を振るスタッフに背を向け、ぼくはジムリーダー専用の控室へと向かった。防寒具や上着を脱いでソファに寝転ぶと、ぼんやりと考える。
     バレンタインデーの日に、アオイは何か持ってきてくれるんだろうか……と。
    「そんなわけないか」
     思わずこぼれ出た否定の言葉は、天井へと消えた。そうだ、あの子がそんなことをするわけがない。アオイはただ、ぼくとポケモン勝負をしたくてわざわざここまで来ているだけなんだから。
     
     アオイはよくナッペ山ジムに足を運んでくれるけど、他の女の子達とは違って用事が終わるとさっさと帰ってしまう。何度か引き止めようとするが勝率はかなり低く、ほぼ負けっぱなし。気づいた時にはライドポケモンに乗っていて別れの挨拶をしてくるもんだから、あの子の動くスピードには舌を巻くしかなかった。
     
     もっとあの子と仲を深めたいだなんて、ぼくの胸の内が知られてしまったらどうなるんだろうか。けれどこんな下心を知られて、あの子からがっかりされるのだけはどうしても避けたかった。
     
    『グルーシャさんは私の憧れなんです! 強くて優しくて、私はあなたのようなトレーナーになりたい』
     
     ポケモン勝負の後珍しく引き留めることに成功し、雪がちらつく中二人っきりでココアを飲みながらそう無邪気に笑うアオイの姿が焼きついている。……ぼくは、あんたに憧れを抱いてもらえるような人間じゃないよ。
     
     アオイがほしくてほしくてたまらない。でもそれを口にして、彼女に拒否されるんじゃないかと考えるとどうしても動けなかった。
    「はぁ……、サムい……」
     それでいて彼女のことを諦めきれない自分自身に、ぼくはなんとも言い難い痛みに苦しんでいた。
     
     
     ***
     
    「ジムの外がすごいことになっていますので、グルーシャさんは絶対に出ないでくださいね」
     夕方から天気が急変し猛吹雪となったため昨日は自宅に帰らずにジムで一晩過ごしていたぼくは、朝一でジムスタッフから外に出ないよう言い渡された。まさか本当にこんなことになるとは思わないだろ……。
    「手分けして一人一人にジムは臨時休業と伝えてきますから」
    「……ごめん」
     リーグからのプレゼント不可の通告を無視したファン達が、ナッペ山ジムに朝から殺到しているらしい。自分が原因で変な仕事を増やしてしまっている状況に謝罪をすれば、ある程度の覚悟はしていたと爽やかに返された。
     
     手持ち達にボール越しに今日はポケモン勝負はなく大人しく中で過ごしているように伝えると、インスタントコーヒーを片手にデスクワークに取り組んだ。まあまあ溜まっていたけど、今日中になんとかなるだろ。
     
     
    「疲れた」
     座ったまま後ろへのけぞる様に伸びをすると、肩の筋肉がガチガチに固まっていることに気づく。普段はそんなに触らないパソコンを長時間使用していたせいで、こったんだろうな。休憩がてら椅子から立ち上がり、全身のストレッチを行っているとモンスターボールを置いている装置からホエーという鳴き声が聞こえた。後ろを振り向けば、アルクジラが立っていた。
    「……また勝手に出てきたな」
     このアルクジラはマイペースなのか、自力でボールから出ては一人で散歩に出かけてしまう。いつもなら気分転換がてら付き合ってあげるんだけど――
    「今日はどこにも行けないよ。大人しくここにいて」
     なんてことを言ってみるけどすんなり聞いてくれるわけもなく、そのまま部屋から出て行ってしまった。……まあ、それなりに強いから大丈夫だろう。
     
     本当に自由だなと呆れつつも、脱走自体日常茶飯事なので気にせずストレッチを再開した。そして三十分間の休憩も済ませ、残りの分も終わらせようとモニターと向き合うと、外から女の子の大声が聞こえてきた。
    「え、え? 何!? どこ行くの? ごめん! 今日はもう帰るから! グルーシャさんには会わないよ!」
     椅子を倒す勢いで立ち上がると、ぼくは窓へと走る。
    「え、アオイ……? そんなところで何してるの?」
    「グルーシャさん……」
     そこにはアルクジラと、密かに会いたいと願っていた相手――アオイがジムの裏側に立っていた。ぼくの名前を呟いた後に固まる彼女の腕の中には、何かが大事そうに抱えられている。
     もしかしてバレンタインの贈り物なんじゃないかと考えたぼくは、思わず声をかけてしまった。
    「それ、何? 何か持ってきたの?」
    「な、なにも! たまたま近くにいただけで……」
     途端に赤面しながら慌て始めた彼女が何か喋っているけれど、距離があるせいで聞き取れない。
    「ちょっと待って。今からそっちに行くから」
     窓を閉めると、上着だけを掴んで駆け出した。
     まさか、アオイがプレゼントを持って来てくれるだなんて。今年もないだろうと諦めていたからこそ、みっともなくはしゃぐ心が止まらない。こんなの、滑っていた頃以来の高揚感だ。
     
     最短でアオイと会うため勢いよく階段を駆け降り、裏口のドアを力一杯押し開けた。
    「アオイ!?」
     しかし、そこには不思議そうに体を揺らすアルクジラしかおらず、アオイの姿はどこにも見当たらない。白い息を吐きながらゆっくりと彼女がいた地点まで歩くと、あの子は相当慌てていたのか、地面に積もった雪は穴ぼこだらけでぐちゃぐちゃになっていた。そこからジムの正面入り口に向かって足跡が残っていたので、どうやら帰ってしまったらしい。
    「なんで……」
     アオイがぼくを待たずに帰ってしまった理由がわからず、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできない。一瞬追いかけようかとも思ったが、ジムの正面入り口付近から話し声が聞こえたため足を動かせない。
     
     ひとまず部屋に戻ろうかと踵を返したところで、上着の裾を真っ白な手によって掴まれる。アルクジラの方へ視線を向けると、固まった雪を指さし落ちている物を取る様に求められた。
     
     しゃがんで手袋もつけていない手で拾い上げれば、チルットの包装紙に包まれた瓶詰めの飴玉だった。
     
     
     
    「リーグから書類が届きました。来週中には提出が必要とのことです」
    「ありがとう。一緒に片付けるから」
     これで会話は終了かと思いきや、じっと何かを見つめながら動かないスタッフに視線を向ける。
    「他にも何か用事があるの?」
    「いえ、あの……すごく可愛らしいものがあるなと思いまして。外のファンからですか?」
    「違う。さっきアオイからもらったんだ。中身は飴だった」
     若干事実とは異なる内容だけど、間違ってはないはずだ。まさかナッペ山まで来ておいて、ぼく宛じゃないなんてことはないだろ。
     今日だけは、そう思わせてほしかった。
    「それはそれは……熱い気持ちの入った贈り物ですね」
    「……どういう意味?」
    「いやー、私もそこまで詳しくないのですが、娘が好きな異性にバレンタインに何を贈ろうか迷ってましてね。無難にチョコを渡せばいいんじゃないかとアドバイスすれば、それだと曖昧な意味で伝わらないから嫌だと猛反発されまして……」
     いきなりほんわかした雰囲気で話し始めたスタッフ曰く、バレンタインデーだとかで贈るお菓子にはそれぞれ意味が込められているらしい。なにそれ? と詳しく聞こうとしたけれど、ネットで調べてほしいと言われてしまい説明をやんわり断られた。
     
     そそくさと出ていきながら最後に投げられたのは、お返しは意味を理解した上で慎重に渡すようアドバイスされる。……力をこめながらも、堪えきれずにだらしなく緩んでいる口元に少しイラついた。
     
     スタッフが完全に退室した直後、ぼくはスマホロトムを呼び出してさっきの話題について検索する。
     
    「……なんだよ、もう」
     あの日、フラエッテの持つ花のように頬を赤らめていたアオイ。雪の中に埋もれていたたくさんの飴が入った、バレンタインデーの贈り物。わざわざそれを選んだ理由。
     
     導き出された答えに、顔に熱が籠っていく。
    「ちゃんと言葉で伝えてよ……」
     アオイらしからぬ遠回しな伝え方に愚痴をこぼしつつも、ぼくはお返しで渡すお菓子を決めた。二つあれば意味は混ざるでいいのかな? まあ、もし伝わらなくってもはっきりと言うつもりだ。
     
     
     本当は今すぐにでもアオイのところに行きたい。でも、彼女がわざわざバレンタインデーという日に想いを伝えてくれたのだから、ぼくもそれに則ろうか。
    「早く言いたい……」
     ホワイトデーまであと一ヶ月。基本イベントごとには関心のないぼくだけど、これだけは指折りしながらその日が来るのを待ち侘びた。
     
     
     ***
     
     
     待ちに待った三月十四日の午後、ぼくは学生達で賑わうテーブルシティに来ていた。アオイと会うため、ジムリーダーとしての仕事を早めに切り上げてここにいるんだけど、問題はどうやってこの広い街で彼女を探せばいいのかだ。
     当てずっぽうに歩いても疲れるだけだし、一旦学校の方に行ってみるか……?
     
     どう動くべきか考えていると、明るく溌剌とした声で名前を呼ばれた。
    「わー、お久しぶりです! グルーシャさんがここにいるだなんて珍しいですねー」
    「あんたは……」
     長い黒髪を靡かせながら走って来たのは、アオイと同じチャンピオンランクであるネモという女の子。確かこの子とはよく一緒にいるって言ってたな。
    「アオイに会いに来たんだ。どこにいるか知らない?」
    「アオイですか? 彼女なら……」
     あの子の居場所を言いかけたところで、チャンピオン ネモはにんまりと笑う。……嫌な予感しかしない。
    「お会いしたのも随分久しぶりですし、ポケモン勝負をしましょう!」
    「え、嫌なんだけど」
    「そう言わずに! アオイとはよく勝負しているんですよねー!? 毎回彼女から話を聞いてましたし、最強ジムリーダーと何度も挑めるのが羨ましくって」
     ハイテンションで捲し立てるように話す彼女の勢いに押され、たじろぐ。この子は相変わらずの熱量だな。
     
     確かに、アオイとはよくポケモン勝負をしていた。ただ最後に戦ったのは随分前だし、あのバレンタインデー以降一度も彼女の姿は見ていない。体調でも悪いのか心配だから早く会いたいんだけど、この様子だと勝負をしない限り逃してくれないんだろうな。
     
     そんな確信にも似た予感にため息をつくと、ぼく渋々頷く。
    「……わかった。でも一回限りだから。ぼくがあんたに勝ったらアオイの居場所を教えて」
    「ありがとうございます! バトルコートはこっちです」
     にこやかな笑みを浮かべながら案内してくれるチャンピオン・ネモについていきながら、面倒なことになってしまったと心の中でため息をついた。
     
     
    「……ぼくの勝ちだ」
     向こうのテラスタルジュエルが砕け散り、力尽きたポケモンがモンスターボールの中へと戻っていくのを見届けると、ぼくは頑張ってくれたチルタリスの頭を労わるように撫でた。
    「わー、前よりずっとずっと強くなってますねー! それなら次はこのメンバーで……」
    「むむ、一回だけって約束したでしょ。戦うのはまた今度にして」
     チルタリスをボールの中に戻しながら呆れたように言うと、彼女はそういえばそうでしたねーと呑気に笑っていた。もしネモと戦う機会があれば、ポケモン勝負は一度だけだと念入りに約束させてからの方がいいと、以前アオイから聞いていた話は本当だったみたい。彼女のアドバイスのおかげで、何度も繰り返し戦うはめになるのを無事阻止することができた。
     
     そしてらやたら長い街から校舎へ繋がる階段を休憩しながら登っていると、ネモはおもむろに口を開いた。
    「アオイは多分寮の自室にいると思います。ここ最近は授業以外は全く出てこないので」
    「え、何かあったの? 風邪でも引いた?」
    「体調は大丈夫そうでしたけど、なんだか元気はないですね」
     まさかの近状に驚いて言葉が出ない。普段からいろんなところをライドポケモンと共に駆け回っているらしいアオイが、一ヶ月も引きこもっているとか本当に何があったんだ? もう少し早めに訪れてもよかったのかもしれない。
    「あ、でもグルーシャさんの顔を見たらアオイも元気になるかもしれないですね。しょっちゅう話題に出てきますし」
    「そう、なんだ……」
    「あ、でもアオイのライバルはわ・た・しなんでー。ここはグルーシャさんでもぜーったいに譲りませんから!」
     謎の牽制に妙に張り合いたい気分になったけど、いくらなんでも大人気ないかと思い口を閉ざしたまま、目的地に向けて足を進めた。そして寮の入り口付近でアオイを呼んでもらえるのを待とうとしたが、ネモによって建物の中へと入るよう促される。
    「部外者のぼくが入っちゃダメだろ」
    「えー、トップもよくアオイの部屋を訪れますしきっと大丈夫ですよ」
     いや、それはあの人がここの理事長だから許されてるんじゃ……という指摘もスルーされ、彼女に背中を押されながら辿り着いたのは、アオイの部屋の前。意を決してノックをしようと拳をドアに近づけようとしたが、ほくより先に隣に立つネモが素早く音を鳴らし彼女の名前を呼びかける。
     
     奥から微かに足音が聞こえたかと思えばドアがゆっくりと開き、中から女の子が外を伺うように顔を覗かせた。
    「え、グルーシャさん!? なんでここに……!」
    「アオイに会いに来たんだってー。たまたまテーブルシティで見かけたから、わたしが案内したよ。それじゃあ、これから授業があるしまったねー。元気になったらたくさん勝負しよ!」
    「え、え、ネモ!? ちょっと待って……」
     矢継ぎ早に言いたいことを言い残しこの場から去ろうとするネモに対して、アオイは焦ったように引き止めようと手を伸ばした。けれど虚しく空振りとなり、そのまま彼女を見送ることになってしまった。掴みどころのない強風のような女の子だったけど、アオイのところまで連れて来てくれたことには感謝しないとな。
     
     未だに状況が上手く飲み込めずにあたふたしているアオイに視線を向けると、静かに話しかける。
    「いきなり来てごめん。……でも、あんたに伝えたいことがあるんだ」
     先月の返事をするためにぼくはここに来た。アオイに、きちんと自分の気持ちを伝えたい。その思いが通じたのか、彼女はぼくを中へと招き入れてくれた。室内は意外と物は少なく、すっきりと整頓された部屋だった。
    「あの……椅子は一つしかないので、あそこに座ってください」
     か細い声で指を指した場所は、ベッドの上。言われた通りにすると彼女も隣に座り始め、一瞬胸が高鳴ったが頭を左右に揺らして気を取り直した。
     今は変に意識している場合じゃないだろ。
    「先月もらったお菓子のことだけど……」
     妙な静けさに心を乱されつつも、ぼくは意を決して本題に入ろうとした、が――
    「な、なんのことですか。私は知らないです!」
    「何って、これをぼくに渡そうと来てくれたんでしょ?」
     リュックからあの飴玉が詰められた瓶を取り出すと、アオイは一瞬固まった後しどろもどろになりながら話し始める。
    「あ、ああーそれはえっと……グルーシャさん宛じゃなくて」
    「チルットの包装がされてたから、ぼく向けだよね?」
    「あ、アオキさんに渡そうと思ってて……」
    「じゃあなんでナッペ山ジムに来たんだよ。普段あの人がいる場所でもないし」
    「えっと、えっと」
    「それにあんたがアオキさんとよく会ってるだなんて話は聞かないのに、〈好き〉って意味が込められた贈り物を、バレンタインの日に渡したりする?」
     あなたが好き――それはシンプルながらも熱い意味が込められたものだった。きっとこじつけだろうけど、飴は長い時間味わえることから〈あなたとずっと一緒にいたい〉という気持ちを伝えるのにぴったりな贈り物の一つだと、ネットには書かれていたのを思い出す。
     
     それを知った際、なんで口で伝えてくれないんだと思ったけど、アオイと両想いだったことがたまらなく嬉しかった。
    「そ、そうですよ。実は私はずっとずっと年上の人が大好きで……」
    「アオイ、ちゃんとぼくを見て話して。これは、ぼく宛のプレゼントだよね?」
     まだ嘘をつこうとする彼女に対して詰め寄るとアオイは顔をくしゃりと歪ませ、肩を震わせながら消え入りそうな声でごめんなさいと呟いた。
    「あなたと会うためにジムに行ってて、ごめんなさい。特別扱いをされてることを嬉しいと思ってしまって、ごめんなさい。
     
     こんなの良くないって、グルーシャさんの迷惑になるってわかってたのに! 少しでもあなたを独り占めにしたくて、少しでもあなたと会話をしたくて……ずっとずっと騙してました」
     大粒の涙を流しながら雪崩のように謝り続ける彼女に、驚いて言葉が出ない。なんでそんなに自分を責めているんだ? そう思っていてくれていたことが、こんなにも嬉しいのに――
    「もう、グルーシャさんのところには行きませんから……」
    「ちょっと待ってよ。なんでそんな話になるんだよ」
    「だって、ポケモン勝負以外の理由でジムには来てほしくないって言ってたじゃないですか!」
     え、そんこと言ったっけ? と溢れそうになったのをぐっと堪える。正直覚えてないけど、もしかしたら、ぼくのファンからいろいろ過激な贈り物が届いて疲れ切っていた時期に、ぼろっとアオイに愚痴っていたのかもしれない。
     そうなると、ここまで彼女を追い詰めたのはぼくなんじゃないか?
    「……ごめんなさい。グルーシャさんは、何も悪くないのに。周りの人達と同じで幻滅、しましたよね?
     私も、迷惑な思いを抱えた人間なんです。だから……」
    「まだ返事はしてないんだから、勝手に決めないでよ。ちょっと待って」
     一人先走るアオイに待ったをかけると、ぼくはもう一度リュックの中に手を入れラッピングされた小箱を取り出した。青色のリボンを緩め上箱を開けて中身を見せながら、彼女に差し出す。
    「マカロン……?」
    「正確にはチョコレートマカロンだけど、これがぼくからの返事」
     さっきまで泣いていたアオイは、何もわかっていないようでぽかんとした表情を浮かべながらマカロンを凝視している。いや、うん。やっぱりちゃんと言わないと伝わらないか。
    「ぼくも〈同じ気持ち〉だし、あんたはぼくの〈特別な存在〉なんだ。アオイのことが好きでずっと一緒にいたいと思ってる。だからその……もう会わないとか、そんなこと言わないでほしい」
     チョコレート色の大きな瞳がこぼれ落ちそうなほど、大きく見開かれる。
    「ねぇ、アオイは? アオイはぼくのことをどう思ってるの? ……ちゃんと、言葉で教えて」
     濡れる彼女の頬に触れると、アオイはまた泣き出しそうな表情を浮かべた。そしてゆっくりゆっくり息を吸うと、吐く息と共に私も同じだと言ってくれた。
    「好き、ですグルーシャさん。私も、あなたのことが好き……」
    「うん、嬉しい」
    「また会いに行ってもいいですか?」
    「もちろん。でも仕事が立て込んでたりすると、少ししか時間取れないかもだけど……」
    「いい、です。一目でもあなたに会えるなら」
     どこまでも健気なことを言うアオイに、ぼくは思わず抱きしめた。小さな悲鳴をあげる彼女を腕の中に閉じこめながら、こめかみにキスをする。
     想いを伝え合った直後にこんなことをするのは良くないんだろうけど、今日くらいは許してほしい。やっとほしいものが手に入ったんだから――
     
     
     
     
     あれから数日経った後、アオイがナッペ山ジムへやってきた。幸いなことに付近にはぼくら以外誰もいない。今日から外でゆっくり話せるかなって思いきや、彼女からポケモン勝負を仕掛けられる。
     
     
     ギリギリのところで負け、次はどう対策をしようか考えているとアオイが近づいてきた。そして忙しなく自身の両手を絡ませながら、恐る恐る聞いてくる。
    「あの、グルーシャさん……。ポケモン勝負が終わりましたけど、もっと一緒にいてもいいですか?」
    「もちろん、最近挑戦者も少ないから大丈夫だよ。あそこのベンチで温かい飲み物を飲みながら話そうか」
    「……! はい!」
     太陽のように明るい笑顔をぼくに向けながら、アオイは大声で返事をした。この日以降、ポケモン勝負をした後はベンチに座りながらお互いのことを話し合うことが、ぼくらの習慣となった。
     
     そしてその際、彼女は自分の本心を包み隠さずに話してくれて、ぼくは一つづつ応じていった。お互いの気持ちを、しっかり伝え合うために。
     

    終わり
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