あさがきた/グルアオ夢の中で、ぼくはスノーボードで自由に滑っている。
トップスピードで駆け抜けたり、技を決めたりと目の前に広がる雪原を縦横無尽に。
本当に楽しくて、今自分は生きているのだという実感を強く持つことができた。
このままずっと続けばいいのに――
だけどいつだってそんな望みはいとも簡単に打ち砕かれ、朝が来ると耐え難い現実を目の当たりにする。
数年前から増えないトロフィー。
サムさで痛む古傷。
もう二度と滑ることができない体。
ああ、ぼくはもうスノーボーダーじゃなくて、ただの人間になったんだと自覚する。
毎晩幸せな夢を見ては、朝になると絶望する毎日。
いっそのこと もう二度と目覚めなくていいと、睡眠薬を多めに飲んだことだってある。
……そうしたところで、目覚める場所が自室から病室に変わっただけで、誰も永遠に眠らせてくれなかったけれど。
それならと ぼくはもう取り戻せない幸せな夢を見なくて済む方法を考えた。
電源が切れたみたいに朝まで眠れる睡眠薬は病院からはもう出してくれなくなったし、今度は限界まで起きることにしてみた。
そうすれば体の限界が来て気を失ったようにベッドの上に倒れるから、夢を見ることもない。
夢を見なければ、この気持ちも少しは楽になるのかと思ったけれど、朝を迎える度に気分が落ち込むことに変わりはなかった。
それがわかってからもあえて止めることはせず、放っておいた。
もし体調を崩してそのまま……となっても問題ない。
欠陥品となった自分自身がどうなっても構わないと思っていたから。
だけど…――
いつからか、朝が来ることに嫌だと感じることはなくなった。
「――シャさん、グルーシャさん!
起きてください。朝ですよー」
明るい声と一緒に体を揺さぶられて、意識が覚醒する。
誰が呼びかけているかなんて 見なくてもわかってる。
ぼくの大好きな女の子。
暗く 冷たい世界から引き上げてくれた子。
今日はどうやって起こしてくれるんだろう。
いつもみたいに頬にキスをして目覚めさせてくれるといいな。
前にした上に跨って起こしてくれるのも捨てがたい。
そんなことを考えながら寝たふりを続けていれば、アオイから もうと可愛らしい声が聞こえる。
柄にもなく何が起こるかとワクワクしながら待っているぼくをよそに、なかなか起きようとしないから呆れているんだろう。
そんな顔も見てみたいけど、瞼を上げたら全て台無しだ。
だからもう少し、このまま様子を見させてほしい。
「仕方ないな……。
アルクジラ、グルーシャさんのお腹の上で とびはねる!」
「わかった。もう起きるからそれは止めて!」
とんでもない指示が聞こえたから慌てて起き上がれば、彼女は腰に手をあてながら仁王立ちしていて、その隣でアルクジラが不思議そうにぼくを見ていた。
「もー、目が覚めてるなら早く起きてください!
朝ご飯が冷めますし、遅刻しちゃいますよ!」
怒った顔も可愛いと、昔のぼくならサム過ぎとドン引きしているだろう言葉が瞬時に浮かぶ。
そのまま口にすれば、アオイはますます膨れて先に朝食を食べてしまうだろうから言わないけれど。
それだけは嫌だ。
だってできる限り、アオイと一緒に食事は取りたいから。
「ん。今から顔を洗ってくるから少し待ってて。
あと……」
ベッドから出る前に改めてアオイの顔を見れば、彼女は不思議そうな表情で見つめてくる。
「おはよう、アオイ」
「はい、おはようございます」
弾けるような笑顔と一緒に元気よく返してくれて、ぼくは微笑む。
眠ることも目覚めることも拒否していた毎日が嘘みたいだ。
毎晩アオイを抱いて寝て、毎朝こうして挨拶を交わす日々。
本当にちょっとしたことだけど、かけがえがなくて愛おしいんだ。
あの雪山で小さな太陽と出会って恋をしてから、過去の幸せを追いかけるような夢を見ることも、朝目覚めることで感じていた絶望も なくなった。
たぶん、前のようになることもないと思う。
アオイがぼくのそばにいてくれるから…。
終わり