side:Phantom thief「イエローセラフと神辰J威弦Ⅲ世が裏切った」
とあるカジノのVIPルール。ディーラーの如くテーブルの前に立ったリコリスの台詞に、集められた四人の怪盗は各々顔を見合わせた。
「……いや、裏切るもなにも」
彼らを代表するように、長椅子に浅く腰掛けたブルームーンがリコリスに問う。
「そもそも俺たちは仲良しこよしの怪盗集団ってわけじゃない。あいつらが手を組もうが何を企もうが、口出しする筋合いはないんじゃあないか?」
「うん、僕もブルームーンに賛成かな」
入口の側に佇んで、スノーマンもそう口を挟む。バーカウンターのスツールに並んで座るドラスティック・フィーバーとストレイキャットも同じ意見のようで、四対の目がリコリスに向けられる。疑り深いその視線に応えるように、リコリスは「そうだね」と余裕を含んだ目を細めた。
「けれどそれは、彼らが手を組んだ相手に、探偵や刑事がいたとしても?」
「探偵? って、あの探偵?」
スノーマンが驚いたように声を上げ、リコリスが頷いたのを見て黙り込む。そんなスノーマンを横目に、「あの……」とストレイキャットがおずおず手を挙げた。
「それってイエローセラフと神辰さんが、俺たちを警察や探偵に売ったってこと? あの二人がそんなことするなんて、正直信じられないんだけど……。それにリコリスは、それを俺たちに教えてどうしたいの?」
「信じたくないというストレイキャットの気持ちもよく理解できるよ。君は彼らと、特に仲が良かったね」
労わるようなリコリスの声色に、ストレイキャットは唇を結んで目を逸らす。その様子を愛しげに眺めてリコリスは答えを続ける。
「彼らが何を目的としているのか、正確なところはわからない。けれど君が今言ったような可能性は十二分にあるんじゃないかな。そしてそれを君たちに伝える僕の意図だけれど……特には無いよ」
「えっ、」
「何、そんなに意外?」
頓狂な声で目を丸くしたストレイキャットを、「心外だなぁ」とリコリスがくすくす笑う。
「僕はね、ストレイキャット。こう見えて君たちのことが案外気に入っているんだ。だから彼らの思惑がどうであれ、君たちが簡単にしてやられるのは」
「面白くない、ですかぁ?」
楽しげに言葉を紡いだリコリスの、その最後を横から攫ったドラスティック・フィーバーはへらへらと手に持ったグラスを掲げた。
「好きですよねぇ、それ。じゃあ俺たちがどんな風にしてやられたら面白いんすか?」
「……意地が悪いね、ドラスティック・フィーバー。もちろん僕にそんな他意はないけれど、そう聞こえたなら申し訳ない」
「いえいえ、こちらこそすみませんね。ほらアレですよ。君ほど頭が良くない人間は、口が上手いヤツに騙されないようになんでも疑ってみないと」
「馬鹿のフリは品位を下げるよ」
「そんな、元々ないモノの話をされても」
ニコ、と言葉の内容とは裏腹な笑顔を見せたドラスティック・フィーバーに、リコリスもまた同じような表情を返して他の三人をぐるりと見回す。
「イエローセラフが始めたこの舞台は大きな波紋を呼ぶだろう。主演はきっと、あの探偵くんだ。今までになく危険な、ともすれば命懸けの演目になるかもしれない。この壇上に上がるも降りるも各々次第だけれど、ここが一つの分岐点だ。……さて、君たちはどうする、怪盗諸君?」
予言めいたそんな台詞に、まずはじめにスノーマンが口を開いた。
「……話はそれで終わりかい、リコリス? だとすれば僕はもう帰らせてもらうよ」
そう言ってスノーマンはリコリスの返事を待たず足早に部屋を出ていった。その背中を見送って、「あー、じゃあ俺も帰るが……」とブルームーンが面倒そうに立ち上がる。
「その、なんだ。一応、情報感謝とは言っておく。別にお前らがどこで誰と揉めようが俺には関係ないし、積極的に関わるつもりもないが……まぁ、手が必要なら呼んでくれ。同業のよしみで、少しくらいなら手伝ってやらんこともない」
じゃあな、と言い残してブルームーンもその場を去り、残されたストレイキャットが不安気にリコリスとドラスティック・フィーバーの顔を交互に見た。
「ね、ねぇ、ドラス……、」
「ドラスティック・フィーバー」
リコリスが不意に呼びかけた声に、ストレイキャットの視線がぴたりと止まる。呼ばれた当人は相変わらずの笑みを口元に浮かべて「まだ何か?」と問うた。
「君にはもうひとつ、忠告をしておこうと思って」
「今日はえらく大盤振舞いですねぇ。断捨離でも始めたんすか?」
「スノーマンには、気をつけたほうがいい」
「え、それってどういう……」
ドラスティック・フィーバーが何か言うより先に声を出したストレイキャットが「あ、ごめん」と手で口を塞ぐ。その反応にリコリスはきゅっと目を細めて「それはね、ストレイキャット」と向き直った。
「彼は『誰かが盗もうとしているもの』を狙う怪盗。他人の獲物に手をつける、なんて美学の欠片もないモットーを持つ、言ってしまえば生来の裏切者だ。そんな彼がこの状況で何を考えるか、君は想像できるかい?」
「ストレイキャット」
帰るよ、とドラスティック・フィーバーが軽く椅子から降りる。「えっ、あ、ちょっと待って……!」と慌てて立ち上がったストレイキャットが解けかけた靴紐を結びなおす間に一歩、リコリスに近寄ってドラスティック・フィーバーは低く囁いた。
「そうやって言葉だけで煽って人を操る、アンタの遣り口はわかってんだよ。怪盗より詐欺師のほうが向いてるんじゃない?」
「……それなら君は、詐欺に引っ掛かる人の特徴も知っている?」
「……? 自分は騙されないと思ってるヤツでしょ」
返す刀で唐突にそんなことを尋ねたリコリスは、怪訝な顔をしたドラスティック・フィーバーの答えを聞いて、その目を深く覗き込むように言った。
「それが嘘だと思っていても、ほんの僅かな可能性を無視できないほど、大事なものがある人、だよ」
「……」
「ごめん、お待たせ! ……ってあれ、ドラスティック・フィーバー?」
どうしたの、と顔色を窺ったストレイキャットにちらりと目を向けて、ドラスティック・フィーバーはそれに応えず険しい顔で踵を返した。
「え、ちょっと待ってよ……! 本当にどうしたの……」
そう言いながらストレイキャットは一度リコリスを見て、すぐにパタパタとドラスティック・フィーバーの後を追った。
「……さてと」
そうして誰もいなくなった部屋で、リコリスはテーブルに置かれたトランプを一枚手に取った。
「手札は既に配られた。ショーダウンまでもう少し、足掻いてみるとしようかな」