呼び鈴が鳴る。アシをしてくれる友人が来る手筈だったので、もしかして二人で来てくれたのかな、なんて思いつつ玄関に迎えに行くと、友人そっくりの人物が立っていた――。
「来てやったぞ大先生。どこまで進んでんだ?」
「え、あ、うん……どうぞ」
促すと、知っている彼と何ら変わりない調子で中へ入る。
「今回はまだコロッケにはならない程度の余裕あるんだけどね、せっつかれてるのは変わんないからさ」
「わかったからできる分回せ、俺は焼かれたくない」
会話も普段の彼通り。盗み見た手元も淀みなく動いていて、原稿の手伝いも問題ない。でも……。
「シンジ?どうした?」
こちらが見ていることに気づかれて、どうかしたのかと聞く彼の顔は、やっぱり普段の彼とおんなじだ。こっそり彼へ出したRINEには返信が無い。もしかしたら大変な目に合ってるかもしれない。このまま手伝ってもらってもよかったけど、意を決して口にする。
「ねぇ、俺のミッキーはどこ?」
目の前の彼はきょとんとして、それからにこりと笑う。
「俺はここにいるだろ」
「違うよ、ミッキーだけどミッキーじゃない……」
だって、だって彼は。
「あ〜そっか、こっちのお前は半吸血鬼だったな……」
ばさばさと羽音を立てて、どこからともなく沸き立つ蝙蝠に反射的に目をつぶる。次に目を開いた時、目の前にいたのはいかにも吸血鬼らしいマントを纏い、真っ黒のスーツを着たミッキーのそっくりさんだ。その着替え方畏怖いね。
「何でか知らんが世界が交差したからには会っておこうと思ってな」
笑い方もそっくりなのに、根本的に違う。吸血鬼の気配。世界が交差したとはどういうことだろう。というか彼は何しにここへ来たんだ。ミッキーに電話かけた方がいいかな。もしかしなくてもこれ俺やばい?等々あれこれ考えを巡らせていると、ため息が聞こえた。
「というかお前、危機感無さすぎ。知らん吸血鬼を部屋に上げるな」
「すまし顔で押しかけてきた方がそれ言う?」
呆れたような心配しているような声色で言うミッキーのそっくりさん。やっぱり優しいんだな。
「……なんかよくわかんないけど、ミッキーはミッキー、でしょ?なら俺に何かする事ないだろうしって思って……」
「お前そういうとこだぞ。……どこのシンジくんも同じミキね」
どこの、ということはこの吸血鬼のミッキーのそばにも俺がいるってことか――じゃなくて、こっちのミッキーは大丈夫だろうか。電話を掛けるがコール音が続いてなかなか出てくれない。
「……まあ大丈夫だと思うがな。あいつが変な気起こさなければ」
✝
窓から急に吸血鬼が入り込んできて臨戦態勢をとったら、不法侵入してきたそいつがよく知る顔だったので面食らい、怯んだ隙にへばり付かれてはや数分。
自分の知るあいつより、やたらとべたべたスキンシップを取ってくる吸血鬼にうんざりしているところだ。
「抱き心地が同じ!人の姿でもミッキーはミッキーだねぇ」
すりすりと頬を寄せ、遠慮なく腰やら背中やらをまさぐる手がひんやりと冷たい。断りもなしに首元に顔を埋め匂いを嗅いでくるので慌てて顔を押しのける。
「くっつくな!嗅ぐな!」
「ん〜一口ならいいかなぁ……というか連れて帰りたい」
不穏な台詞を垂れ流し、全く聞いていない様子のシンジっぽい吸血鬼の脇腹を、何とか片手を動かして殴る。
「離せっつってんだろバカ!」
「あいた!優しく退治してぇ!」
大してダメージもないだろうに、大袈裟に引いてよよよ、と泣き真似までしてみせる。なんなのだろうこいつは。吸血鬼の擬態能力にしては神在月っぽさが強い。だが俺の知るシンジよりだいぶ、なんというか、うん、吸血鬼だな……?
「あーでも連れて帰ったらミッキーヤキモチ妬くかもなぁ……」
どうしてくれようか思案していると、聞き捨てならない単語が聞こえた。よせばいいのにうっかり訊いてしまう。
「……ヤキモチ妬くって何だ」
「え?だってミッキー俺の事大好きじゃ――あ、吸血鬼じゃないから人間のミッキーはあんまりそういうのなくて感覚わかんないのかな」
「ちょっと待てもっと初歩的なとこから確認させろ。そっちのお前と俺の関係どうなってんだ?」
「え?伴侶だけど」
「ハァ!?」
「えっ、こっちは違うの!?」
まてまてまていや確かに俺は勝手に長年邪な感情は抱いてるが。伴侶……伴侶!?恋人とかそういう単語じゃなく伴侶?なんだ、吸血鬼だからか?何もわからん。脳が理解を拒否している。
「……何でそんなことに?」
「えっ何でなんてことある?こっちだって俺とミッキーそういう仲じゃないの?」
「いやそんな関係じゃない」
「ええー!違うの!?――じゃあ俺が貰っていいってこと?」
「何言ってんだお前」
いくら吸血鬼ったって奔放過ぎやしませんかシンジくん。
いやそうだよね、人間のミッキーは人間……じゃない半吸血鬼か――の俺がいいよね、とか一人納得したように頷く吸血鬼をもう一度殴っておいた。
「いたぁ!人間のミッキー照れ隠し激しくない?」
「照れ隠しとかじゃねぇ。マジで退治すんぞ」
本気だとは受け取ってないだろう吸血鬼はえへへ、と笑みをこぼすだけだ。そして態とらしくもじもじ指先を弄ってみせる。
「ところで、ミッキーなのは百も承知で酷いこと頼みたいんだけどぉ」
「……なんだ」
嫌な予感がするが聞き返せば、ろくでもないお願いが降ってくる。
「一口だけ吸わせてくれませんか」
「……っ」
「ほんとにごめんね、でもこんな機会たぶん二度とないから……お願い、ね?」
ずるりと影が覆う。赤い光が捉えて離さない。仮にも退治人が吸血鬼に血を吸わせるなんてあっちゃいけない。のに。
「シン、ジ」
「首のとこ、いい?」
金縛りにあったみたいに動かない体。冷たい指先が首筋をなぞって息が詰まる。聞いてくるくせにこちらが断るなんて微塵も思ってない目が、よく知るそれとあんまり同じで。拒もうとしたはずの手は力無く添えられているだけで……
――デンワワワ
「!っ、離せ」
「あーあとちょっとだったのに」
意外にもあっさり離れた吸血鬼はへらりと笑って聞いてもいないのに、訝しげな視線に気づいてすぐさま説明を入れてくる。
「ちょっと興味あっただけだから。貰えるなら貰おうと思ったけど……やっぱ違うけど同じミッキーから血を吸うのはアレかなって」
「……そうかよ」
それ聞いて俺は何を思えばいいんだ。通話のボタンを押して電話に出る。
『やっと出た!!ミッキー大丈夫!?変なの来てない!?』
「まさかお前のところにも……」
『ってことはやっぱり?こっちになんか吸血鬼のミッキーが来ててぇ……』
「俺のとこには吸血鬼のお前が来てるな……そっち行くから、何とかしてその吸血鬼抑えてろ」
『無理だが?』
「大丈夫だ、貧弱でもそれが俺ならお前でも止めれる――そいつに向かってここにいてって駄々こねるだけでいい」
大変誠に遺憾ながら、吸血鬼の俺とシンジがそういう関係なら、まず間違いなく“俺”は“シンジ”の頼みを断れない。
『えっ何それ』
「いいからやっとけ」
『わかりました……なるべく早く来てね』
「わかってる。一回切るぞ」
終話のボタンを押して、吸血鬼を見やれば、何が面白いのか好奇心を抑えられない表情を浮かべていた。
「俺のとこ行くの?」
「お前も一緒にな」
この後の展開とか、こいつらの関係と俺たちの関係を思うとめんどくさい気しかしないが、別の俺らしい吸血鬼がいるなら行くしかないだろう。
ため息をついてから玄関の扉を開けた。
別に続かない