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    リ殿誕生日おめでとう!!!

    “公爵”が生まれるきっかけになったお話です。
    大好きな人たちに囲まれて素敵な誕生日をすごしてね。

    公爵誕生計画“公爵様にステッカーを一番多く貼れるのは誰だ”

     その謎の遊びがメリュジーヌ達の間で流行した切っ掛けは、わりと昔まで遡らねばならない。刑期を終えたリオセスリが前任管理者へ決闘を申し込み、敵前逃亡した前任者へ代わりそのまま次期管理者の座へ着任した頃までだ。

    「ヌヴィレット様、失礼しますー。検律庭から報告書が……」
     パレ・メルモニア受付担当、セドナ。勤勉なメリュジーヌの一人である彼女がヌヴィレットの執務室を訪れると、中に主の姿はなかった。代わりに執務室の中へいたのは、同僚であるマレショーセ・ファントムのオティニエとキアラ。彼女達はセドナへ気が付くと静粛に、とジェスチャーで伝えてきた。
    「……え? なになに?」
     セドナは声を潜ませ極力足音を立てぬよう注意しながら、二人の元へと近付く。主が不在のデスク前、応接ソファの前へ彼女達はいた。いや、彼女達だけではない。ソファの上で誰かうたた寝しているらしい。
    「……ヌヴィレット様?」
     ソファから見える上着の色は、ヌヴィレットがいつも身に付けている服に間違いない。だが、違った。ソファの上でうたた寝していた人物は、メロピデ要塞管理者リオセスリ。水の下の公爵殿だ。気持ち良さそうに眠っているリオセスリを包み込むように、ヌヴィレットの上着が掛けられていたのだ。
    「うわ……めーずらし……」
    「でしょ? ふふ。疲れているみたいだから起こさないようにって。ヌヴィレット様が」
     リオセスリは月次報告の為に水の上へと来ていた。今日はヌヴィレットへの報告を終えたあとリフィー地区の視察へ行く予定であったはずだが、どうやら蓄積した疲労には勝てなかったらしい。
    「公爵様の代わりに視察へ行くって、ヌヴィレット様が。夕方には戻るって」
    「そっか。今日は公爵様の誕生日だもんね」
    「うんうん。夜はお食事に行くってヌヴィレット様、嬉しそうにソワソワしてたよー」
    「ふふっ! じゃあ、それまでに雑用は私たちが終わらせておいてあげないとね!」
     小声で話していたはずだが、人の気配があるのに気が付いたのだろう。リオセスリが「ん……」と小さく唸り寝返りを打ったので、メリュジーヌ達は慌てて自分の口を塞いだ。だが、よほど疲れているのか。それともヌヴィレットの濃厚な気配に包まれ安心しきっているのか。おそらく後者だ。穏やかな寝息が再び零れてきたのに安心し、メリュジーヌ達は胸を撫で下ろした。
    「ふぅ……あぶないあぶない……」
    「ふふ。公爵様、寝顔もかわいー」
    「うんうん。ちっちゃい子みたいな無垢なお顔だね」
    「さすがはヌヴィレット様が選んだ子だよねぇ。髪の毛ほわほわ、お胸むにむに。ほんと可愛い~」
     恵まれた体格を持つ三十代男性に対する評価とは思えない会話が流れているが、当の本人は知るよしもない。メリュジーヌ達のふわふわお手々がそっとリオセスリの髪を撫でつつ、頬へペタッと鮫のステッカーを貼り付けた。
    「あ、選んだと言えばさ」
    「ん? なになに?」
     なにかを思い出したのだろうか。リオセスリのお尻へペタッとラッコのステッカーを貼り付けたキアラが、口元へ手を当ててコテンと小首を傾げた。
    「選ばれたのは私の方だ。って、前にヌヴィレット様が言ってたよね? ここで」
    「ここで? うーん……私は知らないなぁ。セドナは?」
    「うーん……、あ? もしかして……叙爵の時?」
    「じょ……そうそう。公爵様がお話を受けた時だよ」
     ──私が選んだのではない。彼自身が自らの意志で、いまここへ立つ事を選んでくれた。とても喜ばしく光栄なことだ。
    「へー……知らなかった。そんなこと考えてたんだ、ヌヴィレット様」
    「キアラが覚えているの珍しいね」
    「へへ……うん。だってヌヴィレット様、すっごく嬉しそうだったから」

     そう、あれも丁度この季節だった。
     心地の良い秋は徐々に顔を隠し始め、頬をさす風に氷の薫りが混じり始めた、十一月の終わりだ。


    ◇◇◇


    「キアラ、すまない。この手紙を歌劇場へいるアイフェへ届けてもらえないだろうか」
     パレ・メルモニア二階、中央会議室。そこの扉が開き、中からは今日も書簡を手にしたヌヴィレットが顔を出した。キアラは疲れが隠しきれていないヌヴィレットから書簡を受け取り、こくりと深く頷く。
    「はーい、ヌヴィレット様。メロピデ要塞宛てだよね?」
    「ああ、そうだ。リオセスリ殿へ届けてくれと、アイフェへ」
    「リオ……ううん、覚えにくいお名前だなぁ。行ってきまーす」
    「うむ、頼む」
     無事に書簡を託し終えたヌヴィレットは、再び会議室へと戻ってしまった。
     ──癒着の嫌疑をかけられても仕方がない、横暴な行為ですよこれは。
     ──司法の公正性が喪失してしまう!
     ──ヌヴィレット様は、その責任をどうお取りになるおつもりで?
     ──彼の功績は確かに賞賛に値しますが、子爵辺りが妥当なのでは?
     会議室から漏れ聞こえる貴族達の声はどれも刺々しく、ここ数ヶ月の間途切れたことがない。どれもこれもヌヴィレットへ向けられたものだ。
     メロピデ要塞管理者へ就任したリオセスリへ、公爵の称号を与える。
     そう言い出したのが、数ヶ月前。唐突なヌヴィレットの提案へ案の定、貴族達は猛反対をした。つい先日まで囚人として収容されていた何処の馬の骨かも分からない、前科者。どれだけ上品な言い回しをしようと、貴族達がそう非難しているのは明らかだった。
     そう口幅ったい彼等の暴言を一手に引き受け、ヌヴィレットは毅然とした態度でこの叙爵を貫き通していたのだ。
    『ならば諸兄のうちから誰かが、彼の代わりにメロピデ要塞の管理を引き受けると?』
     ぐうの音も出ない、と言うのはあの様な状況を指すのだろう。フォンテーヌ中の罪を濯ぐ水の下の堅牢な要塞。日の光も届かない海の底で、荒くれ者や知能犯達を相手取り立ち回らねばならない。水の上の法は通用しない特別自治区で一生を棒に振る覚悟は、ドレスやタキシードに身を包んで過ごしてきた人間達は、持ち合わせていないだろう。
     リオセスリへ爵位を与える件については貴族達も渋々同意したものの、当の本人が断り続けているらしい。授与式に参加をしたくないから証書で済ませてくれ。それを聞いた貴族達が、叙爵の名誉へ泥を塗る気かと憤慨しているのだ。
    「難しいことはよく分かんないけどぉ……すっごく可愛い子だってシグウィンが言ってたし、わたしも見てみたいなぁ。リ……、なんとかちゃん」
     ポテポテとキアラは歌劇場へと向かい、無事にアイフェへ書簡を託し終えた。

     キアラはあまり記憶力が良くない。
     だから、ヌヴィレットにメロピデ要塞宛ての書簡を託された事が何回あったのかは覚えていない。だが少なくとも二日に一回、多いときは朝と晩の二回。遠目に見えるエスス山麓が青々しい夏の色からシックな秋色へ装いを変えるまで、それは続いた。

    「おはよ、アイフェお姉ちゃん。今日の分持って来たよー」
    「あ、おはよーキアラ。ご苦労様。ヌヴィレット様も今日は早いね」
    「うん。昨日のうちに書いておいたみたい」
     はい、と。ちょっとした書類くらいの厚みがあるヌヴィレットの手紙を、アイフェへ手渡す。今日も一段と分厚いねぇなんて、アイフェは少し困り顔だ。歌劇場の花壇の縁では、青カンムリガラと赤カンムリガラが可愛らしい声で鳴きながら仲良く並んでいる。キアラはそんな光景をぼんやり眺めつつ、ふとこの数ヶ月疑問に感じていた事を口に出してみた。
    「ね、アイフェお姉ちゃん」
    「ん?」
    「ヌヴィレット様はさ、どうしてリオ……なんとかちゃんに直接会いに行かないんだろう?」
     エピクレシス歌劇場にはヌヴィレット本人もよく訪れている。ここからメロピデ要塞の入り口は、すぐそこだ。ならば書簡ではなく、直接会いに行けば話が早いのではないだろうか。
    「それはダメでしょ。メロピデ要塞にはヌヴィレット様を逆恨みしている人も多いし」
    「あ、そか……でもリオなんとかちゃんは違うんだよね?」
    「あはは、それはないよ。寧ろ私たちと同じ。ヌヴィレット様の事を敬愛していると思うよ」
     メリュジーヌ達は特殊な視覚を持つ。ヌヴィレットからの書簡をリオセスリへ渡す係を務めているアイフェには、受け取る時の一瞬ホワッと緩む表情を見逃してはいなかった。
    「そっかぁ……ヌヴィレット様、早くお友達になれるといいね」
    「お友達かぁ……」
     すると、アイフェは何かを閃いたのだろう。目を輝かせてキアラの耳へ顔を寄せた。
    「キアラ。ヌヴィレット様、今夜の審判は出席されるんだよね?」
    「ん? うん、そうだね」
    「審判が終わったらさ、歌劇場の裏手に連れて来てよ」
    「裏手に?」
    「そ。今日は数万年に一度しか見られない流星群が降るんですよ、って」
    「え、ちょっと待って。メモしとく……りゅうせい、ぐん……」
     その夜。
     審判を終え控え室へ戻ったヌヴィレットの元へ、キアラがやって来た。時々メモをチラチラ見ながら話すキアラの言葉へ真摯に耳を傾け、ヌヴィレットは「ああ」と深く頷いてくれた。
    「分かった。君が見たいのならば、いくらでも付き合おう」
    「えへへ……ありがと」
     とても寒い夜だった。空気が澄み切った夜空では、砂粒にも負けないくらいの星々がキラキラと輝いていたのを覚えている。今にも空から零れ落ちてきそうだが、落ちた星はそのまま海へボチャンと落ちてしまうのではないだろうか。落ちてきた星がルエトワールになるのかなぁ、なんて暢気な事を考えていると、ふと先客があるのに気が付いた。
     メロピデ要塞への入り口付近。海へ面して座っているせいで、キアラ達からは背中しか見えない。キアラはリオなんとかちゃんの顔を知らない。だが、その人影に気が付いたヌヴィレットの表情だけで、あの背中がリオなんとかちゃんなのだと理解できた。
    「……ヌヴィレット様、がんばって」
     キアラは途中で足を止め、吸い寄せられるように人影へ向かうヌヴィレットの背中を見送る。ヌヴィレットがその背中へ声を掛け隣へ腰を下ろしたのを見届けて、キアラは歌劇場の控え室へと戻った。控え室にはアイフェとオティニエ、そしてシグウィンの姿がある。四人のレディ達は次々にハイタッチを交わし、ワッと歓喜の声を上げた。

     水の下の公爵。公爵リオセスリが正式に誕生したのは、それから数日後。
     リオセスリの希望通り大がかりな授与式は行われなかった。パレ・メルモニアにあるフォンテーヌ最高審判官の執務室でヌヴィレットと二人、ひっそりと叙爵が完了したのだ。パレ・メルモニアを後にする時の“公爵”の表情はどこか晴れやかで、凄く綺麗な人だな、とセドナは思わず見惚れたとか。
     その後のリオセスリの活躍は、今さら語るまでもない。
     水の上と水の下。フォンテーヌを縁の下から支える存在として、リオセスリは無くてはならない人物となった。
    「ヌヴィレット様が選んだ人、すごいねぇ。大活躍だ」
     それはある日、執務室でお茶をしている時にふとキアラが零した言葉だ。ティーテーブルに置かれていたスチームバード新聞で『公爵の謎に迫る!』なんて特集が組まれていたからだ。ヌヴィレットも目を通していたのだろう。キアラの素直な言葉へヌヴィレットはフッと口元を緩めた。
    「私が選んだのとは少し違う、キアラ」
    「えっ? でも……」
    「彼自身が自らの意志で、ここへ立つ事を選んでくれた」
    「ヌヴィレット様……」
    「それはとても喜ばしく、光栄なことだ」
     ヌヴィレットは、ただ与えただけ。
     償うべき罪へ名前を、“リオセスリ”として新しい人生を歩むチャンスを、公爵の称号を。与えられたそれらをどう活かすのかは、本人次第。そしてリオセスリが神の目を身に付けて今日ここへやって来たのが、全ての答えだ。ヌヴィレットにとってこれ以上に嬉しい出来事は、なかなか無いのだろう。
    「私はその幸運をしっかりと受け止め、今後も邁進せねばならない」
     そう柔らかく微笑んだヌヴィレットの表情は、とても綺麗で誇らしげだった。共に歩んでくれる宝を得た。その喜びが隠しきれない顔だ。
    「セドナ、キアラ」
    「はい」
    「はーい」
    「君たちの力も引き続き借りる事となるだろう。リオセスリ殿のフォローも含め、よろしく頼む」
    「はい!」

     そしてこれは、うたた寝していたリオセスリが見ていた、歌劇場裏で流星群を眺めたあの夜の夢である。

     メリュジーヌ達の策略で鉢合わせた二人は、ぎこちない挨拶を二言三言交わしただけで、その後はしばらく黙り込んで夜空を眺めていたそうだ。
     海縁へ腰を下ろしていたリオセスリの隣へ、ヌヴィレットも座った。あのヌヴィレットがだ。公正無私で品行方正を絵に描いたようなヌヴィレットが、服が汚れるのにもかまわず地べたへ腰を下ろしたのだ。
     冷たいコンクリートの感触、向こう岸へ浮かぶパレ・メルモニアの灯り、足下へ広がる真っ暗な海。
     ──このまま夜の海へ吸い込まれそうだな。
     落ちたところで溺れる訳ではない。ヌヴィレットにはまだ報せていないが、リオセスリは既に神の目を得ているのだから。すると、視界の端で夜空が煌めいた。流星群が始まったのだ。
     リオセスリは海縁に腰を下ろしたままゴロンと地面へ寝そべると、視界いっぱいに満天の星空広がった。すると驚いたことに、ヌヴィレットも同じ体勢で地面へ寝転んだ。外から見ているだけでは想像も付かないヌヴィレットの意外な一面へ初めて触れた気がして、リオセスリは目を丸くした。
     まるで、同年代の友人みたいに。ヌヴィレットは地面へ寝転び海へ吸い込まれて行く星々を、一緒に眺めてくれた。運命と言う名の底の見えぬ海へ飛び込む姿は、まるで自分たちみたいだと思えてしまう。
     そこにいたのはメロピデ要塞の管理者でもなく、フォンテーヌ最高審判官でもない、ただの良い年をした友人同士だった。いや、同じ未来を見据える同志か。
     ──なぁ、ヌヴィレットさ……。ああ、“様”?
     ──いや、君の好きな呼び方でかまわない。
     ──じゃあ、ヌヴィレットさん。
     ──ああ。
     ──三日後、十五時にパレ・メルモニアで会おう。
     そうしてリオセスリは、神の目を身に付けて水の上へと向かった。新しい名前と地位と爵位を背負い、自ら運命を掴み取ったのだ。
     メロピデ要塞管理者、公爵リオセスリ。後のフォンテーヌへ必要不可欠な存在となる彼が誕生した、瞬間だ。


    ◇◇◇


    「──懐かしい話だね。その時のこと覚えてるよ」
    「オティニエも?」
    「うん。あの時ね、たまたまシグウィンの所へ遊びに行ってたんだ」
     いつもの様にシグウィンとお茶をしていた所へ、アイフェがやって来た。公爵を歌劇場の裏手まで来るように誘導してほしい。唐突なアイフェの提案にシグウィンは待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、そうして『公爵誕生計画』は綿密な計画のもと実行されたそうだ。
    「あはは~! その名前考えたのシグウィンでしょ?」
     ぺた。
    「そうそう。お祝いしなきゃって張り切っていたのも覚えてるよ」
     ぺた、ぺた。
    「シグウィンお姉ちゃんは一番近くで公爵様のこと見守ってたもんね」
     ぺたぺたぺた。
    「そうそう。このステッカーもね」
    「公爵様も、はやくヌヴィレット様の眷属になれますように~って、願いを籠めるんだよね」
    「昨日もヌヴィレット様と交尾してるみたいだし、もうなってるんじゃないかなぁ」
     ぺたぺた、ぺたり……。
    「シーッ! 人間は恥ずかしがり屋が多いから指摘しちゃダメだって、シグウィンも言ってたでしょ」
    「うう……ごめん~オティニエお姉ちゃん……」
    「ほら、貼り終わったらヌヴィレット様が戻られる前に退散しましょ」
    「うん」
     ノンビリラッコのステッカーをリオセスリの頬へ貼り終えたところで、メリュジーヌたちは満足そうに笑い合った。寝返りのせいでずり落ちかけていたヌヴィレットの上着を掛け直してやり、そっと執務室を後にする。
    「おやすみ、公爵様」
    「ヌヴィレット様が戻られるまで、ゆっくりお休みください」
    「じゃあね~、公爵様。お誕生日おめでと」
     パタン。と執務室の扉が閉まる。
    「……ん、……ヌヴィレッ……さ、……それは飲料水じゃな……、ぃ……」
     執務室へ残されたのは、ムニャムニャと寝言を零しているステッカーまみれのリオセスリと、そんな彼を包み込む深い海の色をした上着。それと、床の上へ積み上げられたメリュジーヌ達からの贈り物の数々。リオセスリの誕生日を祝おうとヌヴィレットの特別許可を得て、みなが自主的に用意したものばかりだ。

     あなたが生まれた素敵な日が、最高の一日になりますように。
     生まれてきてくれてありがとう。そう祝福を籠めて。


    【了】
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