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    ※春夏秋冬で書く4部作の夏部分だけです※
    ※尻叩き用※
    ※ガウェラモ、第三者視点※
    完成したら支部にupします。

    ラディへ捧ぐ(仮)「おい! ラモラック!」
    「なにー? 魔物でもいて怖くなっちゃった?」
    「違う! お前が急にいなくなるから、探しに来てやったんだ。感謝しろ」
    「ごめーん。ちょっと気になっちゃってさ」
    「気になる? なにがだ」
    「うん、ちょっとこっち来て」
    「……はぁ?」
     吾輩と彼等が出会ったのは、ジリジリと肌を焦がす日差しが眩しい、そんな真夏の出来事だった。


    ラディへ捧ぐ(夏)


     吾輩は猟犬である。名前はまだない。
     生まれた所はふかふかの牧草の上。二匹、いや三匹だったか。たくさんの兄弟達と共に産声を上げた。母の温もりに包まれつつ、まだ見えぬ世界の香りを胸いっぱいに吸い込んでいたのだ。
     なにやら様子がおかしいと気が付いたのは、この世界に生を受け幾日経過した頃だろうか。目を覚ますと、兄弟達の賑やかな声も、母の温もりも側にはなく、冷たい木箱の中に吾輩はいた。
     矢鱈と強い風、初めて嗅ぐ外の空気、忙しない音。後にそれは大地の香りと川のせせらぎだと知るのだが、当時の吾輩にそれを知る術は無かった。
     ここは、何処だ。
     ついつい切なげな声が漏れてしまう。兄弟達よ、母よ、吾輩はここだ。そう声を上げてみるものの、返事はない。ぼんやりと見えるようになってきた視界には、薄茶色の壁と頭上に広がる青い空が映り込んだのを覚えている。
     必死に声を上げ兄弟達や母を呼び続けたが、そのうちに喉がかれてしまった。喉が渇いた、腹が減った。疲れ果てて眠り再び目を開いてみても、やはり誰もいない。それを何度繰り返した頃だろうか。頭上に黒い影が広がり、吾輩は初めて見る生物と対峙した。
     それは、大きな鳥。後からご主人にあれは鷲だと教わった。青い空から急降下してきた鷲は、鋭い鉤爪を吾輩へ向けている。明確な殺意を感じたのは、この時が初めてだった。弱肉強食、食物連鎖、狩人と獲物。猟犬として生まれた自分が初めて体験する、大自然の掟。
     その後は、よく覚えていない。
     幸運であったのは、自分が入れられていた木箱は案外小さく深く、鉤爪が底まで届かなかったこと。諦めの悪い大鷲は爪が駄目ならくちばしだと、執拗な攻撃をしてきた。そのうちに青い空が暗くなり始め、雷の音と共に大粒の雨が降り注ぎだしたのだ。
     厳しい大自然の理と、生と死。まだ生まれて数日しか経っておらぬ若輩者には厳しすぎる現実が、吾輩の前へと立ちはだかる。
     激しい夕立のお陰で捕食者は飛び去ってくれたが、くちばしで痛めつけられた身体中が痛い。もう限界が近いのかもしれない。
     母よ、兄弟達よ。ああ叶うならば、もう一度あの温かい場所へ戻りたかったのに。
     すると、遠のきかけた意識を引き戻すかの様に、何かが聞こえてきたのだ。
    「ほら! あそこ」
    「……ああ、何かいるな?」
    「うん、そうなんだ。子犬……かな?」
     吾輩は朦朧とする意識の中で『ニンゲン』の声を聞く。
     母から教わった事がある。日に何度か吾輩達の元を訪れ飯や水を供給する、毛のないつるつるとした生物。あれは、ニンゲンと言う生き物なのだと。
    「歩いている途中に気配を感じてさ。そうしたら、いたんだ」
    「ああ……お前がよく言っている勘ってヤツか?」
    「うん、そう。助けて、痛いよ~って言ってた」
    「ううん……? よく分からんが……お前の勘は妙に当たるからな」
     ニンゲン達の声が徐々に近付いてくる。母の元で聞いたニンゲンの声ではない。もう少し柔らかい、吾輩達で例えれば子犬みたいな声だった。
    「でも、ここからだと降りられないし……どうしよう」
    「……夜からはまた雨が降りそうだしな。川の水が増えたら、流されてしまうだろう」
    「…………」
     ああそうか。いま吾輩は川とやらの側にいるのか。
     母や兄弟達と過ごしていた場所でも、川のせせらぎが聞こえていた。ならば案外近くにいるのかもしれない。最後の力を振り絞り鳴いてみたが、やはり駄目だ。掠れた声しか出せない。
     だがその力無き声は、ニンゲン達の耳へ届いたらしい。
    「ガウェイン?」
    「俺が助ける。お前はここで受け取ってくれ」
    「へ? ちょ……下まで三メートルはある……、っ!」
     ザバン!
     迷いの無い力強い声と、何かを脱ぎ捨てる軽い衣擦れの音。その次の瞬間、川の中へ何かが飛び込む音が聞こえてきた。激しく波打つ音を響かせ、やがて吾輩の体が木箱ごと宙へ浮き上がる。
     恐る恐ると顔を持ち上げてみた。すると、木箱を持ち上げたのは鷲ではない。きらきらとした何かが自分を見下ろしていたのだ。それは先ほどまで上にいた筈の、小さなニンゲンだった。
     母の主だと言っていたニンゲンよりも小さく毛並みも違うが、この生物もニンゲンなのだろう。きらきらぴかぴかとしていたのは、干し草みたいな毛色のせいか。
     小さなニンゲンのことを子供と呼ぶらしい。その子供は吾輩の体をそっと箱から持ち上げ、ホッと小さく安堵の息を零す。温かい。まるで兄弟達と寄り添って眠っている時みたいだ。
     子供の腕に抱えられたまま移動し陸へ上がると、そこにはもう一匹のニンゲンがいた。ぼんやりとしか分からないが、吾輩を抱えている子供とはまた毛色も匂いも違うニンゲンだ。
     ぴかぴかのニンゲンが、もう一人の子供へ吾輩の身体を託す。ぴかぴかのニンゲンはつるつるだったが、もう一人の子供はふかふかすべすべして柔らかい。それは、服を着ているのと裸の違いだと知ったのは、もう少し後になってからだ。
    「よかった~! まだ暖かいよ」
    「深手を負っているらしいな。ラモラック、家へ戻ろう」
    「うん。よしよし、大丈夫だよ~。もう少しだけ頑張ってね」
     よしよし、とふかふかの子供が吾輩の身体を撫でてくる。ミルクを飲み終えたあとに毛繕いしてくれる兄弟猫の感触を思い出したせいか、安堵したせいなのか。そこで吾輩の意識は途切れてしまった。
     まったく、後に国一番の猟犬となる身にしては情けない話だ。
     だがこの話は、ご主人達との出逢いを語る上では欠かせない始まりでもある。そこは諸賢、お手柔らかに願いたい。





     生まれたばかりの吾輩達へ、母が言い聞かせてくれた教えがある。
     仕えるべき良いご主人を見付けなさい。そうして人間とパートナー関係を結ぶ事により、我々は安全な寝床や安定した食事を得るのだと。
     成る程、それは非常に合理的だ。ならば吾輩は、この国で一番強き方の猟犬となろう。

    「……耳は治してあげられなかったね。ごめん」
     ふかふかの子供が、吾輩の額を撫でつつそう小さく呟いた。
     気にするな。オスの猟犬にとって、このくらいの傷は男の勲章みたいなものだ。そう語りかけるように鳴き返し、子供の小さな手をペロペロと毛繕いしてやった。すると、ふかふか子供の顔が嬉しそうに綻んで行く。
    「……アハハッ! 君は強い子だねぇ。もうご主人に似てきたのかな?」
     ふかふかの子供とぴかぴかの子供。二人に拾われてから、ニンゲンの時間で言えば一ヶ月が経過していた。
     吾輩を助けてくれたこの子供の名前は、ラモラック。ご主人の友人だ。いつもふかふかの服を着ていて、サラサラの長い毛を見ているとじゃれつきたくてウズウズしてしまう。
     すると、忙しない足音が廊下から響いてきた。その音を聞きつい短い尻尾が揺れてしまう。予想通りだ。忙しない足音と共にひょっこり現れたのは、吾輩のご主人である。
    「おい、ラモラック」
    「あ、ガウェイン。なにー?」
    「なに、じゃない。フロレンスが探していたぞ」
     忙しない足音の主は、吾輩のご主人であるガウェイン殿のものだ。
     お帰りなさい、ご主人。今日の鍛錬は終わりですか。そう語りかけながら近寄ると、ラモラック殿とは違うやや乱暴な手付きで吾輩の頭を撫でつつ、抱き上げてくれた。
    「聞いたぞ。ラディにかまってばかりで、訓練に身が入っていないそうだな」
    「ええ~?そんな事ないよ。ガウェインだって、今日宿題忘れてたでしょ?」
    「……うっ……と、とにかくだ! さっさとフロレンスの所へ行って来い」
    「はいはい、あとちょっとしたらね。もう少しラディと遊んでから」
     ラディとは、ご主人が与えてくれた吾輩の名前だ。
     〝親愛なる小さな友人〟そんな意味がある古い方言なのだと、ご主人の母であるモルゴース殿が教えてくれた。吾輩の母も優しくて美しい猟犬だったが、モルゴース殿も負けてはいない。ご主人の姉上であるフロレンス殿も大層可愛らしく優しげな方で、吾輩はこの家が大好きだ。
     ラモラック殿は、まだ何か気にかかる事があるのだろう。ううんと小さく唸りつつ、吾輩の右耳へそっと遠慮がちに触れてきた。
    「ラディの耳がさ、やっぱ治らないなー……って」
    「耳? 確かに、最初から少し欠けているな」
    「うん。鷲に襲われたんじゃないかって、フロレンスが」
    「ああ……人間の赤ん坊でも襲われる時があるからな。そうかもしれん」
     そう、木箱に入れられ川辺へ捨てられた吾輩は、鷲に襲われ瀕死に陥った。怪我だらけの体で豪雨に襲われ、あのままであったら朝を迎えることなく命を落としていたであろう。そんな所を、この二人に拾われたのだ。
     これは幸運であったと言わざるを得ないのは、ラモラック殿やご主人のご家族もみな魔法とやらが使えた事。彼等はその不思議な力で、吾輩の怪我を綺麗に治してくれた。
     ご主人はぐりぐりと吾輩の頭を撫で、そのまま右の目をじっと覗き込んでくる。ご主人、ガウェイン殿は毛色がきらきらぴかぴかとしていて眩しいが、残念ながら吾輩の右目にはその光が届かなかった。
    「──右目は生まれつきらしいな」
    「うん……それはモルゴースでも治してあげられないって。たぶん元の飼い主は、それが原因で手放したんじゃないかって」
    「ああ……確かにな。猟犬としては致命的だ」
     吾輩には名前だけでなく、生まれつき右目が無かった。母はそれを酷く気にしていたが、産声を上げたときから左目だけで世界を見続けてきたのだ。吾輩にはそれが当たり前で、なにも不自由は感じていない。
     光の届かぬ右目の辺りを、今度はご主人の手がそっと撫でる。いつもの粗暴さからは想像しがたい優しく、とても温かい手で。
    「──だがな、」
    「うん」
    「こいつはオスだ。右目が見えずとも立派に歩いている」
    「うん、そうだね」
    「それは生まれた時から、コイツが戦っている証だ。この欠けた耳も右目も、勇敢に戦った証はどんな勲章にも勝るさ」
     ああ、そうですねご主人。吾輩もそう思います。
    「……はは! えーなにそれ。それはガウェインの話でしょ?」
    「そんな事はない。全力を尽くしたからコイツは生き残れた。その勇敢さを称えられた、戦神からの勲章だ」
    「……ふふ……! そっか。そうだよね~強い子だもん」
    「ああ、コイツが本気になったら鷲なんざ一捻りだ。右目はハンデをくれてやっただけだ」
    「うん! その時は僕も加勢するよ、ラディ」
     ラモラック殿は優しく体を撫でてくれつつ、うんうんと何度も頷いていた。
    「でも、もう大丈夫だよ。安心して。君はもうこのお家の子なんだから」
     このお家の子供、ですか?
     吾輩の母も猟犬である。この家にはニンゲンしかいない筈なのだが、吾輩は猟犬ではなくニンゲンなのだろうか。ああ、駄目だ。ニンゲンの言葉はまだ少し難しくて、分かりにくい。
    「フロレンスがお姉さんで、僕が君のお兄ちゃんだよ」
    「は? 俺が兄だろうが」
    「僕の方が誕生日早いでしょ。ガウェインは末っ子ね」
    「納得いかん! そもそもだな、どうしてお前が兄弟のカウントに入ってるんだ」
    「ラモラック様はすっかりダルモアの子ですね~って、魔導師団の人達にもよく言われるし。ねー、ラディ?」
     む? 吾輩ですか。
     やはり、ニンゲンの言葉はまだ難しくて理解できない事も多いですが、兄弟の定義ならば分かります。ふわふわで温かくて、遊んでくれたり一緒に眠ったりする相手の事ですよね? なら、お二人は吾輩の兄弟なのでしょう。
     ワン! と元気よく返事をすると、二人は同時に目を丸くし、楽しそうに笑い始めた。
    「うんうん、いーこいーこ。今日は僕と一緒に寝ようね~、ラディ」
    「昨日も泊まったばかりだろ。今日もウチに泊まる気か?」
    「ラディ~、ガウェインがまた僕に意地悪するんだ。叱って~」
    「していない」
    「ちょっとー、ガウェイン! 早くラモラック呼んできてって言ったじゃない」
    「げ、ヤバ。フロレンスだ……逃げろ逃げろ~!」
    「おい!逃げるな ぁ、痛っ!フロレンスおま……頭を叩くんじゃない」
     庭に面した窓をヒラリと飛び越えたラモラック殿を追って、吾輩も勢いよく窓枠へしがみついた。だが、まだまだ体が小さすぎて届かない。ああ、情けない。短い手足をバタバタさせている吾輩を見て、怒っていたフロレンス殿が笑って和んでくれたのが、何よりだ。

    (〝秋〟へ続く)

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