アとマの模擬戦「んー、俺お前とやり合って何分持つっすかね」
気負わず平然とマンドリカルドはアキレウスに尋ねた。マンドリカルド自身もどれくらい持つのかの大体の目安はついているが、アキレウスがどう思うのかを尋ねる。
「あーー」
言いにくそうにアキレウスが時間を告げる。絶対にマンドリカルドがアキレウスに勝てないことを理解し、それを当然とばかりに思っている男が言い淀むのは、マンドリカルドを気に入って懐に入れている証でアキレウスという男の甘さだった。別段、マンドリカルドはそれが不快ではないが、下手に「言いにくそうにすること」自体が嫌な奴もいるだろうなぁと思った。良いヤツなんだが、そういうところが大英雄としての傲慢さである。
「じゃあ、その時間……あー、プラス5分越えたら俺の勝ち。それ以下ならお前の勝ちで。えっと、一応しっかりルール決めとくっすか?戦闘不能、敗北宣言、とかは言わずもがなだろーが」
「ざっくりでいいだろ」
「そうっすね、じゃあ、先述の通りで」
シミュレーターを操作してマンドリカルドはタイマーを設置する。
「あー、カウントするっす」
ある程度距離を取り、対峙する。マンドリカルドは木刀を握り、アキレウスは槍を構えた。
「カウント3、2、1」
ゼロのタイミングで、機械音が響いた。走り出したのはマンドリカルドで、アキレウスは悠然と立っている。アキレウスはマンドリカルドを舐めている訳ではない。当然として、マンドリカルドがアキレウスに勝てないことを知っているからである。無論、それが[[rb:マンドリカルド>・・・・・・・]]自身も理解していることで当然と思っていることを、アキレウスは理解していないのだろう。
マンドリカルドの目的をアキレウスが理解していない。ただそれだけが、マンドリカルドの勝機である。
アキレウス相手に距離を取っても仕方ない。どんなに距離を取ったとしても一瞬で詰められ叩きのめされる。だからマンドリカルドは勢いよく、アキレウスに向かって走る。
サーヴァントとしての脚力を活かし、マンドリカルドは高く跳んだ。マンドリカルドの方が筋力も体重も低いから、威力を出す為と思ったのだろう。
「甘い!」
槍がこちらを狙う。鋭い刃がマンドリカルドの首を狙う。
速く、重たい一撃をマンドリカルドは木刀で受けた。──そしてアキレウスの攻撃の勢いを活かし、そのまま一回転、くるりと空中で前転をした。
アキレウスの頭上を超え、着地までにはまだ数秒ある。マンドリカルドは用意していた石ころを投げる。不安定な体勢とはいえ、それぐらいなら問題ない。1つは顔面、1つはもちろん踵狙いだ。無論当たるとは思ってないが。着地しようとした瞬間、槍が追ってくるのを見越して、マンドリカルドは木刀で受ける。そのまま槍の勢いを利用して、マンドリカルドは吹き飛び、距離を取る。そして地面に足がついた瞬間、アキレウスの方に駆け出した。
「お前とまともに打ち合ったら、手が痺れてどうにもならないだろーが」
アキレウスの顔を見ずともわかる。苛立っている。打ち合いになると思ったんだろうし、それを望んでいたのだろう。
「ああ、さっきまではそうだった。今は違う」
手合わせ。剣と槍をぶつけあい、マンドリカルドが負けるまで競い合うのかとアキレウスは思っていたのだろう。マンドリカルドから「勝てる」や「勝とう」という気概を感じなかったからだ。
だが、マンドリカルドは逃げ切るつもりだとアキレウスは理解した。
「面白い」
苛立ちは全て高揚に変わり、アキレウスは駆ける。
「チッ」
マンドリカルドは舌打ちをした。マンドリカルドの予想より、アキレウスが短気だった。
幾度となく打ち合う。離れたって一瞬で詰められるのなら、近くで打ち合う方がマシである。剣で槍を受け止めようが、風圧で皮膚が切れる。時折、隙を見て石を投げるぐらいがマンドリカルドの細やかな抵抗である。最も、当たることはないしマンドリカルドに神性がない以上、当たっても意味がない。だが──アキレウスを苛立たせるぐらいの効果はある。
マンドリカルドは防衛戦は嫌いではないとはいえ、アキレウスとマンドリカルドなど、台風と蟻みたいなものだ。防衛なんぞ、まともに出来やしない。しかし嵐の中、強風に吹かれて折れるのは立ち尽くす樹木であり、草原の草ではないことをマンドリカルドは知っている。殺し合いで勝つことはどうにもならないが、受け流すことぐらいはマンドリカルドにも可能である。
「[[rb:不帯剣の誓い>セルマン・デ・デュランダル]]」
宝具の破壊力を守りとしてぶつけ、その勢いを利用して後ろに飛び体制を立て直し、また突っ込んでいく。本来なら宝具というのは切り札であるというのに、躊躇いもなく使い捨てるために放たれる。マンドリカルドの宝具は燃費が悪くないと聞くが、それでも何度も放てば魔力は削れる。だが、使わねば防げない。だから、マンドリカルドはアキレウスの斬撃を防ぐために幾度となく宝具を使用した。挙句の果てには宝具に付随して木刀から立ち上る魔力の光を目眩しにすると言った様子だ。
「ちょこまかとっ!」
「まだお前の宝具どころか、ライダーらしい戦いもしてねぇのに負けるわけにはいかぬぇーでしょ」
「よく言ったッ!ならば、見せてやろう!」
「望むところっすよ」
マンドリカルドが口角を上げて、煽る。アキレウスはそれを受け止めた。距離をとって2人は対峙した。
「クサントス!バリオス!ペーダソス!」
躊躇いもなくマンドリカルドは戦車に向かって駆ける。
「止めれると思ったかッ」
「いいや、俺じゃあ無理っすよ」
マンドリカルドは音速以上の速さで駆ける戦車に向かって突っ込む。ブリリアドーロも名馬ではあるが、神代の名馬と比べれば遅い。だが、向こうが突っ込んでくるのだ。タイミングを合わせるだけだ。失敗したら、死ぬ。成功してもボロッボロになるだろうという確信を無視してマンドリカルドは駆ける。
ぶつかる瞬間、マンドリカルドは戦車に手を伸ばし、ブリリアドーロを霊体に戻し跳ね上がる。アキレウスがそれをマンドリカルドの回避行動だと思ったのがチャンスだった。とはいえ、アキレウスも英雄としての第六感が働いた。嫌な予感はしたのだろう。轢き潰すために加速した。空中に浮いたマンドリカルドを迎え撃つため戦車は空を駆ける。
「[[rb:不帯剣の誓い>セルマン・デ・デュランダル]]」
マンドリカルドの宝具が炸裂した。
しかし、その光はアキレウスの戦車に当たっていない。アキレウスはすんでのところで戦車の速度を緩めたからだ。魔力を暴走させ、宝具をマンドリカルドは爆発させたようだった。当然、そんなことをすればマンドリカルドの方にもダメージが入る。
アキレウスの方に重力を受けてマンドリカルドは落下する。アキレウスが槍を振るえば、その命は終わるだろう。戦車を扱いながら槍を振るうぐらい、アキレウスにとっては造作もない。
「終わりだ」
──しかし、それは単なる目眩しであった。
マンドリカルドは狙い通り、ペーダソスに触れた。手綱をしっかり握れているわけではない。だが、マンドリカルドにはそれで十分だった。
肩を槍が突き抜け、大きく切り裂いた。
──だが、霊核には至っていない。
アキレウスの戦車を引く馬は3頭である。そのうち、クサントスとバリオスは神馬であり不死であるが、ペーダソスはエーエティオーンの町を攻撃した際に手に入れた馬である。ペーダソスは大英雄アキレウスの馬であり神代の名馬ではあるが──それでも馬であることには変わらなかった。
ならば──マンドリカルドのスキルの範囲内である。魔獣であろうとCランク以下であれば強奪、乗りこなすことも可能だ。ただの馬であるなら、もちろんギリシャの大英雄の馬であろうが関係ない。
現状、ペーダソスはマンドリカルドの足であった。
速度を緩めたとはいえ、元々光の速さで駆ける宝具である。それでもかなりの速さであった。それがペーダソスが欠けたことで、狂う。とはいえ、アキレウスの騎乗スキルな伊達ではない。即座に持ち直した。
──それでもほんの僅か、数秒以下の間戦車は体勢を崩した。
そのチャンスをマンドリカルドは見逃さなかった。ペーダソスの速度を生かし、マンドリカルドはアキレウスの槍に向かって突っ込んだ。
木刀を手にしていなかった男は、拳を握りしめ殴りかかったように見えた。しかし、アキレウスも迎え撃つ。槍が迫った瞬間、マンドリカルドはアキレウスの槍に手を伸ばした。元よりボロボロになっていた片方の手がアキレウスの槍に貫かれる。
──その瞬間、ニィッとマンドリカルドは笑った。
「[[rb:不帯剣の誓い>セルマン・デ・デュランダル]]」
アキレウスの槍から、魔力の光が迸る。マンドリカルドはアキレウスの槍を己が宝具として使用した。しかし、神性のないマンドリカルドの攻撃はアキレウスにダメージを与えない。弾かれそうにはなるが、それでもアキレウスが手を離さねば良いだけである。
「吹き飛べっ」
しかし、同時にマンドリカルドはアキレウスの槍に向かって、ペーダソスを突っ込ませていた。無論マンドリカルドの腕は槍に押し込まれ、──ペーダソスに撥ねられ、アキレウスの槍も吹き飛んだ。
とはいえ、サーヴァントの武具など魔力を編んで作ったものである。壊されたのでなければ、編み直せば良い。しかし、アキレウスの手に槍は戻らず、遠くの地面に刺さったままである。マンドリカルドが宝具を放ったことで一時的に所有権が曖昧になっているようだった。
「ステゴロ、は……嫌いじゃ、ねぇでしょ?」
「あぁ」
かたや、無傷の男。
かたや、右肩は深さ10cm程切り裂かれ、槍に向かって拳を突っ込んだため右手の肘までが縦に裂け、身体中至る所に大小様々な切り傷のある男。
他人が見れば、満身創痍の男のボロ負けである。
だが、プライドが刺激されていたのは無傷の男の方だった。
マスターからの魔力供給が互いにない状態である。アキレウスの戦車は使用するだけでサーヴァント1人分の魔力を喰らう。長時間は使えない。アキレウスは戦車を霊体化させた。──がしかし、ペーダソスは戻らない。
「行くぞ」
アキレウスが、その足を活かし突っ込む。マンドリカルドはペーダソスと駆ける。アキレウスの拳がマンドリカルドに当たる瞬間、左手で手綱を掴みマンドリカルドは馬の速度を利用して、跳んだ。マンドリカルドは日頃から曲芸のように馬を乗りこなす男だ。サーカスの空中ブランコのように、手綱を起点としてマンドリカルドはくるりと宙返りした。そのままの速度で変わらず走っていた馬の上に落下し難なく跨り、駆ける。
「あっ、ぶねぇ」
槍がなかろうとアキレウスの強さは変わらない。マンドリカルドが少し聞き齧ったところによればアキレウスとヘクトールの一騎打ちの最後はステゴロだったらしい。マンドリカルドにアキレウスの長い手足が縦横無尽に襲い掛かる。
幾度となくアキレウスの攻めとマンドリカルドの守りが行われて、マンドリカルドの魔力がギリギリになったのだろう。ペーダソスからマンドリカルドは飛び降り、駆ける。
手負いの男である。アキレウスの速度に足無しで叶うはずがない。
マンドリカルドの胸にアキレウスの腕が1寸刺さり、あとコンマ1秒あれば霊格がぶち抜かれる──その時だった。
爆発的な音量の機械音が響く。アキレウスは流石というか、貫かんばかりの手刀の勢いを静止した。1寸だけマンドリカルドの胸を貫いているが、霊核には傷がない。アキレウスの手刀が霊格を貫くのを蹴り上げることで避けようとしたマンドリカルドの膝がアキレウスの手まで1cmほどを残して停止している。
そして、マンドリカルドは立っている。
敗北宣言は行われていない。倒れてもいない。
──まだ、マンドリカルドは戦闘不能ではない。アキレウスの手刀を蹴り上げ、胸から肩まで切り裂かれる致命傷を負う寸前だったが、マンドリカルドには戦う意志があった。
「あー、引き分けっすかね」
「いいや、俺の負けでいい。お前はルールに従うなら敗北を宣言せず、倒れることなく、制限時間は過ぎている」
アキレウスはマンドリカルドの胸から手を抜いた。血が滴り落ちるがマンドリカルドはそれを気にする様子はない。むしろ何故か居た堪れない顔をしている。
「ペーダソス」
マンドリカルドが呼ぶとアキレウスの賢い馬は理解したかのようにアキレウスとマンドリカルドの側に来た。
「すまない、ペーダソス。お前、アキレウスのこと好きなのに悪かったっすね」
マンドリカルドが心から謝りペーダソスを撫でると、ペーダソスはマンドリカルドの頬を舐めた。怒っていないわけではないが、許してやろうと言わんばかりに嘶く。
「アキレウス」
マンドリカルドがアキレウスに手綱を渡すとスキルの効果が解けたらしい。アキレウスは少し拗ねたままのペーダソスの頬を擽る。それで許してやろうとペーダソスは思ったのか、霊体化した。
マンドリカルドはボロボロの癖にアキレウスの槍を拾いに行ったようだった。アキレウスもゆっくりと着いていく。地面に刺さったままの槍をマンドリカルドが引き抜く。
「この槍は、アキレウスの槍」
独り言のようなその言葉に意味は恐らくない。アキレウスはもう自分が己が槍を魔力に解き、回収できることを理解している。マンドリカルドもそうだろう。だが、これは必要な儀式であった。
「アキレウス」
血塗れの男が槍を差し出した。アキレウスは無言で受け取った。
一瞬静寂が場を支配し、そして緩んだ。アキレウスがマンドリカルドを許したことに──否、別段アキレウスは苛ついたのは本当だが怒っていたわけではないのだが──気付いたのだろう。
マンドリカルドは倒れ込んだ。
「あー大丈夫か?」
「シミュレーターなんで、出たら綺麗さっぱり治るんで大丈夫っす。あーでも、出口まで歩いて行けねぇ治療システム……」
マンドリカルドがシュミレーターのシステムを呼び出す。治療システムを起動する。じんわりとマンドリカルドの傷が癒えていく。
シュミレーターを弄っていたマンドリカルドが独り言を呟いた。
「うわっ、録画モードになってた。削除……」
「待て、ならログを取り出せるな?こっちに送れ」
「いいっすけど……?」
マンドリカルドはアキレウスが何故欲しがったのか全く理解してないようだった。
「お前は要らないのか?」
「お前が良いなら、貰っても大丈夫っすか?」
「ああ」
マンドリカルドはシミュレーターを操作して、ログをアキレウスと自分の端末へ送信した。そこでマンドリカルドは本当に力尽きたらしい。とはいえ意識が飛んでいるわけでもなく、会話ぐらいはできそうなのでアキレウスはマンドリカルドの横に腰掛ける。
「あーー!!二度とやりたくぬぇーー!!!」
マンドリカルドは馬鹿ではないので、その後の言葉を言わなかった。
──曰く、ヘクトールはアキレウスと10年やり合ったらしいがコイツと10年!!ヘクトール、やっぱすげぇ、流石は俺と全人類が尊敬する大英雄、と。
アキレウスと実際にやり合ったマンドリカルドのヘクトールへの尊敬は天井知らずに上がっていく。
だが、先程、マンドリカルドと戦ったのはアキレウスである。マンドリカルドのうちなる叫びはアキレウスに失礼である。マンドリカルドは賢明にも口を噤んだ。
マンドリカルドが突然叫んだのでアキレウスは一瞬、びくりと振るえた。それはただの独り言であり、先頭の高揚を吐き出して整理するためのものであったのだろう。聞き流すべき言葉だ。己と戦い生き延びた奴がいたのであれば、二度とやりたくないと思うのは当然であろうとアキレウスも理解している。
だが、アキレウスは聞き流さなかった。
「俺はお前さんとまた手合わせしたいんだが」
「ご冗談を。二度目とかしたって、こっちがボロ負けして終わりっすよ。面白くないと思うっすよ。お前に二度もあんな手が通用するか。こっちの引き出しは以上っす」
マンドリカルドは呻きながら答える。
「じゃあ、普通に組手ならどうだ?」
「……?」
マンドリカルドは訝しげにアキレウスを見上げた。どこか熱を感じる──というより、面白いおもちゃを見つけた肉食獣の顔である。
「あーーー、気が向いたら」
マンドリカルドはへらりと笑った。まあ気が向くことはないだろうという心は隠して。