窓の月 連日に渡る寝苦しい熱帯夜が、少しずつ遠ざかり始めた九月。特に飲み歩く用事もなく、リビングへ顔を出せば、出窓に見慣れないものを見つけた。
「ん……?」
近寄って見ると、出窓の床板に置かれた平皿の上へ、白玉団子が積み上げられていた。きっちりと三角錐に積まれた、その団子。俺は窓の外へ目を遣った。澄んだ夜空に浮かんでいたのは、目の前にある団子のような、真っ白で真ん丸な月だった。そうか。今夜は中秋の名月だったか。月明かりが眩しく思え、俺は思わず目を細めた――。
もともと、月は好きじゃなかった。見る時間と形によっては、まるで血のように紅く染まる。自分の身体まで紅く染められているようで、ガキの頃は紅い月が不気味でしょうがなかった。それだけじゃない。鬱蒼としたジャングルに身を潜め、いくら隠れようとしても、月は俺を照らそうとする。もちろん、月影ができるぐらい辺りを煌々と照らす満月は、一番嫌いだった。今でも、路地を行くときは、月から逃げるように影を選んで歩く。俺にとっちゃ、暗いほうが居心地がよかったんだ。
そんな俺が、月を見上げてぼんやりとするようになったのは、香が俺の家に住み始めた頃からだ。香はよく、自分の部屋でもある客間の窓から、月を見ていた。香が何を思って月を見ていたのか、未だに知らない。
ある日の夜、トラブルに巻き込まれた俺は、突如始まった銃撃戦で身を潜めていた。ふと見上げた空には、丸い月が浮かんでいた。そこに月を見つめる香の姿が重なった。
『あいつ、何してるかな……』
あいつも同じように、今この瞬間、同じ月を見ているのだろうか。物憂げな香の顔が脳裏を過ぎる。だが、それも突如聞こえた銃声に、一瞬で掻き消されてしまった。月は、俺をどこまでもとことん惑わすらしい。だから、月を好きになれなかった。
俺は三角に積まれた一番天辺の団子をつまみ上げた。そのまま口にぽいと放り込む。もちもちとした団子は、噛みしめるたびに潰れていく。何にも味はついていないが、ほのかに甘い。一個で十分だな。俺は、再び窓の月を見上げた。今はリビングにいない香も、そのうち月を見るために、ここへやってくるだろう。
「今夜は窓の月を楽しむか……」
俺はシャワーを浴びるため、リビングを後にした。
了