無題〇魔法舎 談話室 午前
フィガロ「賢者様、ファウスト。悪いね、呼び出しちゃって」
レノックス「おふたりともすみません、お時間をいただいてしまって」
晶「私は大丈夫ですよ。ふたり揃ってどうしたんですか?」
ファウスト「手短に頼む。どうせ大した用じゃないんだろ、フィガロ」
フィガロ「まあ確かに、大した用じゃないかな……。レノ、やっぱりやめない?」
レノックス「フィガロ先生。散々話し合ったじゃないですか。俺はおふたりにはご報告するべきだと思います」
フィガロ「じゃあ君が言ってよ、レノ」
レノックス「……。(深呼吸)」
レノックス「賢者様、ファウスト様。この度結婚することになりましたので、今日はそのご報告です」
晶「レノックス、結婚するんですか! わあ、おめでとうございます! 前に、家庭のことは落ち着いたら考えるって言っていましたもんね」
ファウスト「結婚って。君、結婚するほど良い人がいたの。僕にかまっている場合じゃなかったじゃないか。……ん? 待て、結婚するのはレノなのに、なぜフィガロが一緒にいるんだ?」
フィガロ「ええと、その、レノの”良い人”っていうのが、俺だから……?」
ファウスト「は?」
フィガロ「待って、怒らないで。冗談を言っているわけじゃないんだ」
ネロ「……。」
ネロ(厄介な話してるところに居合わせちまったな。気づかれる前にずらかるか)
ファウスト「ネロ、なにをコソコソしてるの」
ネロ「あっ、えぇと、昼飯の準備でもしに行こうかなって……」
ファウスト「昼食の支度をするにはまだ早いよ。こっちに来て、僕の隣に座って」
ネロ「え、なんで?」
ファウスト「いいから」
ネロ「……先生、もしかして緊張してる?」
ファウスト「やかましいよ。にやにやしない。ほら、早く」
ネロ「わかったから、エプロン引っ張るなって」
晶(ネロ、ファウストに頼られて嬉しそうだな)
晶「あの、フィガロ、レノックス。聞いてもいいですか?」
フィガロ「なあに、賢者様」
晶「おふたりはいつからお付き合いされていたんですか?」
フィガロ「つきあってはいないよ。ねえ、レノ」
レノックス「そうですね。恋人ではありませんでしたので」
ネロ「えっ?」
ファウスト「うわ、びっくりした。なんで君が驚いてるの」
ネロ「いやだって。魔法舎に居る奴らの半分以上は驚くと思うぜ。なあ、賢者さん」
晶「はい、私も驚きました。てっきりふたりは恋人なんだと思ってたので」
フィガロ「俺たちってどう見られてるの……?」
ネロ「あんたら距離が近すぎるし、しょっちゅう羊飼い君の部屋から朝帰りしてたからさ」
フィガロ「ああ、そういえば君はレノと部屋が隣だったね。まあ、君とブラッドリーには言われたくないけど」
ファウスト「……。」
レノックス「……ファウスト様? どうされました?」
ファウスト「つ、つまり、君たちの関係って、セ……」
晶「セ?」
ネロ「セフレってことだな」
フィガロ「身もふたもない言い方をすればそうだね」
ファウスト「はあ?」
晶「まあまあ、落ち着いてくださいファウスト」
ネロ「魔法使いの付き合って割とそんなもんだって、先生。俺たちは約束ができないからさ。ただ、羊飼い君もそうだったのは意外だったけど」
ファウスト「不実じゃないか?」
晶「でも、ふたりは結婚することにしたんですよね。どうしてですか? 魔法使いにとって結婚って、すごく勇気の要ることだと思いますけど」
レノックス「けじめ、と言ったらいいでしょうか。産まれてくる子のために、関係をはっきりさせておいた方がいいと思ったので」
晶・ファウスト・ネロ「子!?」
フィガロ「レノ、一足飛びに話しすぎ」
晶「つまり、デキ婚ってことですか!?」
フィガロ「賢者様、俺は男だからデキ婚はありえないよ」
晶「私の世界にはオメガバースという概念があって、もしかしたらこの世界でなら男性でも……、え、今なんて言いました?」
フィガロ「あっ」
晶「フィガロが右なんですか……?」
ファウスト「賢者、その、オメガなんとかとか、右とかってなんだ?」
晶「えーと、つまり、フィガロが受けなんですか?」
ファウスト「受け……?」
ネロ「賢者さんが言いたいのって『ネコ』ってことか?」
晶「そう、それです、ネコ」
ファウスト「おい、さっきからなんの話をしているんだ? フィガロは猫じゃなくて人間だろ」
晶「ファウスト、流石に清純派すぎます」
フィガロ「つまり、俺が受け入れる側ってことだよ、ファウスト」
ファウスト「どうやって?」
フィガロ「え、そこまで言わせる!?」
ネロ「あとで教えるよ、先生」
晶「それで、あの、フィガロ。本当に子どもを産むつもりなんですか?」
フィガロ「うん」
レノックス「フィガロ先生にそのことを相談されて、俺でよければ父親になりますと申し出ました」
ファウスト「恋人ではなかったのに、そこまでするのか?」
レノックス「そうですね、恋人ではありませんでしたが、長年、俺もフィガロ様も他に相手はいませんでしたから」
ネロ「え?」
ファウスト「フィガロ……?」
晶「女性好きっぽい発言をよくしていましたけど……」
フィガロ「レノと寝てから、女性と寝ても満足できなくなったなんて、言えるわけない……!」
晶(あ、顔を隠しちゃった。でも耳まで真っ赤だ……)
フィガロ「ああもう、こんなことまで言うことになるとは思わなかった!」
ネロ「いや、こっちもこんな踏み込んだ話し、聞くとは思わなかったよ」
ファウスト「それで、どうして、子どもを産もうと思い立ったんだ」
晶「自分の子どもを産むことで、何かが変わるかもしれないと思った、とかでしょうか?」
フィガロ「まさか。もし子どもが産まれただけで何かが変わるなら、この世に虐待も捨て子も存在しないさ」
ネロ「なら、なんでだ?」
フィガロ「もう一度与えられた命をどう使おうか考えた時に、これまでの人生で子どもを産んだことはなかったから。この世界の哺乳類で魔法使いだけが、性別を変えて、男でも出産をすることができる。ある意味、最も魔法使いらしい行為だと思うったんだ」
ファウスト「お前の思い付きで産み落とされる子どもが気の毒だな」
フィガロ「そうだね。だからこそ、いい環境で育ててあげたいと思っているよ」
晶「子どもは、やっぱり南の国で育てるんですか?」
レノックス「はい。南の国は、子どもが育つのにいい場所ですから」
晶「生まれたら遊びに行きますね!」
ファウスト「はあ、話しを聞いただけなのに、なんだか疲れた。ともあれ、祝福するよ。おめでとう」
ネロ「おめでとさん」
晶「おめでとうございます」
レノックス「ありがとうございます」
フィガロ「ありがとう」
晶「ルチルとミチルには話したんですか?」
レノックス「はい。ふたりには今朝、食事に行く前に話しをしました」
ネロ「ああ、だからあのふたり、嬉しそうにしてたのか」
晶「スノウとホワイト、それにオズには?」
フィガロ「うーん、あの三人には言わなくてもいいかなあ……」
ファウスト「どうして。彼らもあなたの家族だろう。喜ばれると思うが」
レノックス「俺もそう思います。それに、きちんと挨拶をしておきたいですし」
晶「というか、私たちより先に、ご両親に報告をしてくるべきだったと思いますよ」
ファウスト「僕も賢者と同じ意見だ」
レノックス「行きましょう、フィガロ先生」
フィガロ「うわ、ちょっとレノ、持ち上げないで! 下ろして、君背が高いんだから、すごく怖い!」
レノックス「ちょっと、暴れないでください。こうでもしないとあなた、行かないでしょう」
ネロ「うわ、フィガロを俵担ぎで連行して行った……」
晶「さすがレノックスですね」
ネロ「あいつらのやり取り、何度見ても冷や冷やするよ」
ファウスト「……」
晶「あれ、ファウスト。どうしたんですか、帽子で顔を隠して。……泣いてるんですか?」
ネロ「あ、もしかして嬉しいんだ、先生。よかったな」
ファウスト「ふふっ、やかましいよ」
ネロ「痛っ、スネを蹴るなって」