当主×高専♀ 6「縁談…ですか?私に?」
夏油は、学長の夜蛾に尋ね返した。
「お前には必要ないとは思ったんだが、本人の意思を聞かないわけにはいかないからな…」
夜蛾は苦い顔をして言った。
その手元には若い男性の写真とプロフィールらしきものが書かれた紙があった。
プロフィールと夜蛾の説明によると、相手は夏油が一度一緒に仕事をしたことのある人物だった。家は一桁ほど続く呪術師家系であり、階級は3級、年齢は30歳。
夏油が話をした感じは特別悪い印象は抱かなかった。しかし夏油の圧倒的な強さを恐れ、帰り際には距離を置かれていた。
「断るのは…あまりよくないですよね?」
「言いたくないんだが、家のことを考えるとな…」
家柄だけ比べると、どうしても夏油の方が下の扱いになる。これを夏油が断るのはかなり失礼な行為にあたるらしい。
「まぁ、断ったら、また任務で一緒になったら気まずいですよね…。」
「すまないが、顔を合わせるだけでも引き受けてくれないか。古い呪術師のしきたり等にお前を巻き込みたくなったんだが…」
「大丈夫ですよ。雑談だけして帰ります」
後日、お見合いは小洒落たレストランで行われた。夏油は学生であるため、制服で出席した。
肝心の相手も、夏油と同じようなことを考えており、家が勝手に決めた縁談で、顔だけ合わせて断るつもりだったようだ。
夏油が宣言した通り、食事をしながら雑談をして、お見合いはお開きとなった。
帰りがけ、夏油はこの縁談の意味を考えた。
今日の彼は、悟と私のことを知らないようだ。
だが、縁談をセッティングした彼の「家」はどうだろうか。
表向きに悟と寝た、悟の愛人のような女を結婚相手にわざわざ選ぶのだろうか。
悟絡みでないのなら、私の術式が欲しいとかだろうか…。
でもタイミングを考えると、どうも悟との事が関係しているように思える。
悟に相談しようか…。
いや、でも、お見合いに参加したことを悟に知られたくない、なんとなく。
兎に角、今後どうなるかはまだわからない。
もう面倒事は勘弁だな…。
夏油の願い虚しく、お見合いが行われた1週間後、今度は別の家から縁談の話が来た。
いよいよ夜蛾の顔は苦虫を噛み潰した顔をしていた。
夏油は薄々予感はしていたが、二人ともこんなハイペースで話がくるとは思ってもいなかった。
頭を抱えている夜蛾をよそに、夏油は写真とプロフィールを眺めた。今度は会ったことのない人物だ。家は二桁ほど続く呪術師家系であり、階級は3級、年齢は22歳。
「前回より家柄が古いじゃないですか。ますます断りづらいといった感じですね」
「…こんなにも早く新しい話がくるとはな…。気をつけた方がいいぞ。個人間の話じゃなく、もっと大きな権力が関わっているかもしれん。」
「五条家ですか?」
「そうとは言いきれないが…。高専の方から断ることにするか?」
大きな権力と言われると、断ることで今度こそ高専に迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。ますます夏油は断る気になれなかった。
後日呼ばれた場所は、如何にもお見合いを行う場所であるような、高級料亭だった。夏油は相変わらず制服で出席した。
「はじめまして。本日はよろしくお願いします。
いやぁ、特級術師の方にお会いできるとは、光栄だなぁ」
相手は夏油より6歳だけ年上のはずだが、老けて見えた。会社員のような、社会で生きていく上での処世術に小慣れているような胡麻の擦り方が、より老けて見せるのかと夏油は考えた。
相手の男性と同じく笑顔を貼り付けた、彼の両親が退出すると、彼は当たり障りのない、夏油の高専の生活について尋ねてきた。
夏油は同じく当たり障りのない範囲で答えると、彼はうんうんと相槌を打った。表には出さないが、会話の内容に興味が無さそうだ。
ところで、と夏油は尋ねた。
「あなたは、妻になる女の方が階級が上であることは気にしないんですか?」
込み入った話題に彼は目を丸くしてから、考えた。
「うちは歴史のそこそこ長い家系ではあるんですが、数代前から呪術師としては、弱体化している一方なので、ここで強い術式の女性が入ることについては皆良いことだと思っていますよ」
それに、と付け加え、
「それで言ったら、特級の貴女はいつまでも結婚できないじゃないですか」
と笑い飛ばした。
「同じ特級なら一人いるじゃないですか」
夏油は感情を表に出さず呟いた。
男性はまた目を丸くし、一瞬なんのことかと考えた。
そして誰を指しているのかに気づいたのか、表面上は人の良さそうな雰囲気を一変させ、夏油を嘲笑った。
「それ本気で言ってるんですか?
まさか、五条家のご当主様と?」
「私とご当主の関係は知っているんでしょう?」
「…知っていますよ。
そうは言っても、おかしいじゃないですか。
あの方は雲の上の人だ。余程の家柄やら術式やら無ければ、本妻には収まれない。
貴女が本気かどうかはわかりませんが、あの方は諦めた方が良いですよ」
夏油はそれには返答せず再び尋ねた。
「私とご当主のことを知っていても、あなたはこの縁談には肯定的なんですか?」
男性はにっこり笑って、純粋な目で夏油をまっすぐ見つめた。
「僕は大歓迎ですよ。
妾が他人のものになるのなんか珍しくないですからね。
むしろ貴女のは箔が付いてるようなものだ。」
夏油は違う星に迷い込んだような気分になった。住んでいる世界が違いすぎた。
元から断るつもりだったが、破談は決定的だった。