青年五条Ωが事故で小○生女児夏油αを襲う(襲われる?)話視界がぐらりと揺れた。体温が急速に上がり呼吸が苦しくなる。ヒートだ。
それ自体は周期的に訪れるものだが、いつもとは違う。突発的で、激しい症状だ。
珍しく一人で出掛けることを許されたというのに。五条は歯噛みした。
立っているのも限界の中、なんとか目の前の公園のトイレに入り、洗面台の前にうずくまった。
「大丈夫ですか?」
子ども特有の甲高い声が聞こえた。
いつの間にか少女が目の前に立っていた。
肩につくくらいの黒髪に整った顔は、ランドセルが似合わないくらい大人びていた。
五条はその声に全身が震えた。
運命の相手だ。自分の番だ。
直感がそう告げた。
五条はそれだけしか考えられず、這い寄り少女に縋った。
少女はビクッと震えると
「な、なに、これ…」
頬を紅潮させ、五条同様に息を荒くしてその場に崩れ落ちた。
初めてのラットの症状に困惑しているようだった。
強いアルファの匂いに五条は理性を失い、少女をきつく抱き締めた。
少女は五条の、強いオメガの匂いにあてられ、目の焦点が定まっていない。
しかし少女は昂ぶりをどうすればよいのかわからなかった。
番が自分に手を出してくれず、五条は悶えた。
「噛んで…」
五条は本能に従うままに、シャツの後ろ側を引っ張ってうなじを、少女にさらけ出した。
少女は言われるがまま、そこに噛みついた。少女といえど本気の咬合力は、五条の首を真っ赤にした。
オメガの本能が喜び五条は絶頂を迎え、そのまま気を失ってしまった。
目を覚ますと視界は、五条がよく見知った自室の天井だった。
何やら部屋の外が騒がしい。大切に、隠されてきた箱入り息子が外で一人、ヒートで倒れてしまったのだから、家中てんてこ舞いであろうと想像がつく。
喧騒の中で唯一、鮮明に聞こえる声があった。少女が泣いていた。自分の大切な番だ。
慌てて自室を出て、声と匂いを頼りに客間へ行くと、部屋に居たのは五条の両親と、青褪め申し訳無さそうに平謝りする、見知らぬ男女と、そして、左頬を腫らして泣いている、運命の番の少女だった。
咄嗟に少女に駆け寄った。そこでまだ彼女の名前も知らないことに気づいた。
ただ自分の番が傷つけられたことに憤慨していた。
夏油は下校途中に、今にも倒れてしまいそうなくらい、具合の悪そうな男がトイレに入るところを見かけた。
男子トイレに入るのは気が引けたが、心配が勝ち、トイレに入り声をかけた。
男と目があった途端に、強烈な甘い匂いがして、クラクラと目眩がした。彼が自分に近づいて追いすがると、余計に匂いは強くなり、立っていられなくなった。思わずその場に崩れ落ちると、男は抱きついてきた。
どうすれば自分たちの症状は収まるのか、夏油にはわからなかった。
ふいに男がうなじを差し出し、本能のまま噛みついた。男は震えると夏油に覆いかぶさり意識を失ってしまった。
男が倒れた拍子にスマホが床に落ち、途端に着信が鳴った。男の下敷きになり身動きがとれないまま、夏油はなんとかスマホを取った。
そこから五条の家人につながり、居場所を伝えるとしばらくして使用人たちが駆けつけ、彼らの判断によって夏油も五条家に連れていかれた。
抑制剤で2人が落ち着くと、五条家の人々に呼ばれ、夏油の両親が迎えにきた。
話を聞いていた母は夏油を見るなり引っぱたいて泣き出してしまった。
「こんなに迷惑かけて」「卑しい」「恥ずかしい子」
罵詈雑言の意味は夏油にはわからなかったが、漠然と自分がとんでもなく悪いことをして両親を悲しませていることや、生まれて初めて手を上げられたことが悲しくて泣き出してしまった。
もう自分の居場所が自宅に無くなってしまうのではないかと不安だった。
ふいにいい匂いがしたかと思うと、男に抱き締められていた。
結果として五条家は夏油を受け入れたがっていた。
アルファ揃いの家系の中、五条は異質な存在だった。幸い昔からオメガらしからぬ体格と才覚を持っており、アルファを装って生活してきた。
しかし結婚相手にはそうもいかない。成人した五条には多くのオメガの女性との縁談が持ち込まれたが、色々と理由をつけて断ってきた。
名家の、唯一の跡継ぎである五条は、最終的にアルファの男性の種によって子を生む話が持ち上がっていたが、五条は否定し続けていた。自分の相手が務まる者がいるとは思えなかったのだ。
かといって女性のアルファはプライドが高い者が多く、いくら眉目秀麗である五条といえど、彼がオメガと聞いた途端に離れていってしまうのではと懸念されていた。彼がオメガであることは最重要機密であり、そう易易と他人に打ち明けられるものでもなかった。
そこに現れた夏油は、年齢に目を瞑れば都合が良すぎる存在だった。
五条がオメガであることは白日の下であり、お互いを本能で求め合った、運命の番である。
また年齢といっても、幼い分操りやすそうだという打算もあり寧ろ好都合だった。
そういった理由から五条家は、五条の両親を始めとして夏油を歓迎した。
番が離れていては色々不都合だからと、夏油を預かりたいと申し出たのだ。
代々ベータ家系であった夏油の両親は、娘が名家の跡継ぎを傷物にしたことに申し訳無さを感じており、また突然アルファ性を発現させ番を作った娘に畏怖の念を感じており、娘の返事を聞かず了承した。
五条家も前者につけこんで示談の条件としたのだろう。
夏油は突然の決定にどう反応すればよいかわからなかった。ただ両親には捨てられた気がした。
対する五条は無邪気に喜んでいた。すっかり夏油を運命の相手だと受け入れており、夏油の発するアルファの香りにすっかりあてられていたのだ。
五条が夏油を後ろから抱き締めた。夏油の脳内なはこれからの不安や疑問が次々と浮かんでくるが、五条の甘い香りによってどんどんかき消されていってしまう。其れと五条の嬉しそうな様子には、きっと幸せな未来が待っているだろうと楽観的に思わされてしまう。
五条は耳元で囁いた。
「ずっと一緒だよ」