ここはあなたのための部屋「なにここ…」
セバスチャンのあとに続いてその部屋に入った転入生は思わず顔をしかめた。
スリザリン寮のある地下牢と言われるエリアの中でも、ここの「牢獄」っぷりはとびきりだと思う。なんというか、シンプルに趣味が悪い。
けれど、嫌悪感丸出しの言葉を受けたセバスチャンはこともなげに答える。
「いい場所だろ? 静かで、広くて頑丈なテーブルがあって、何より誰にも邪魔されない」
何十年か何百年積み上げられたままだかわからない、大量の埃の積もった本の山に手を伸ばす彼は、こちらを見もしない。本当にここを気に入っているらしく、鼻歌でも歌いそうな上機嫌だ。
「場所が場所だから、ここを知ってるやつはスリザリン生にも多いんだ。でも誰も足を踏み入れたがらない。大抵の空き部屋はイチャつきたい奴らが忍び込んでるものだけど、ここだけは例外だ」
「それはそうだろうね…」
転入生は部屋中を見渡しながら、呻く。
積み上げられた蜘蛛の巣だらけの木箱。デスクや棚に当たり前のように鎮座する呪術用の頭蓋骨。壁際の巨大な鉄籠には白骨化したエミューだかの骨が収まっていて、天井を見れば頼りない蝋燭の照明の周りにも、同じような人間サイズの鉄籠がいくつも吊るされている。何を入れてたんだよ、その鉄籠に。恐怖を感じて視線を下げれば、部屋の隅には使い込まれた(!)晒し台まであって目を疑う。
「なにここ…」
二度目の質問に、セバスチャンはようやくこちらを見て、ニヤリとした。
「懲罰室さ」
昔はここで本当に生徒を拷問してたらしいぜ。真偽はわからないけど、信憑性はあるよな。
クスクス笑うセバスチャンの表情はいたずらっぽいと言い表すのには皮肉めいたところが強すぎる気がして、転入生は自分の眉がキリキリと寄るのを自覚する。
「ねえ、いくらなんでも悪趣味すぎるよ」
「どうして?」
「だって…」
「図書館は人が多すぎるし、ピーブスも喧しいだろ。談話室にはテーブルが足りない。僕はただ何も気にせず本を読める場所が欲しいだけさ」
すらすらと言葉を紡ぎながら肩を竦めるセバスチャン。
「それにしたって」
自分から懲罰室に籠もるなんて。それって。
「君が、僕がここに居るのが気に食わなくても構わないよ。放っておいてくれれば良い」
セバスチャンはこちらの思考を理解していても説得する気はないようで、本の中身を確認しながら涼しい顔だ。
「地下聖堂じゃ、ダメなの?」
「あそこには居られない」
本から顔を上げたセバスチャンに、わかるだろと視線を投げかけられる。
あの聖堂には、思い出や記憶が多すぎる。
それは、そうだろうと思った。
「僕はホグワーツにいるあいだに学べるだけのことを学びたい。誰にも邪魔はされたくない」
有無を言わせぬ言葉に、転入生は溜息を吐いて背を向けるしかなかった。
「オミニスには」
「別に。隠すことはない」
だとしても彼はここに足を踏み入れない気がする。自分も。
ここはセバスチャンだけの場所だ。
そう思いながら閉めた重い扉は、金輪際開かない気がして仕方がなかった。