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    洋三
    お題「意気地なし」
    よく喋るタイプの洋三が洋の家で駄弁っているだけ。
    三が大学生&モブの名前がいっぱい出るので注意。

    #洋三
    theOcean

    覚悟を決めたらどうなんだ「あーさみ!すげーさみぃ。おい水戸、はやく暖房付けろ!」
    「はいはい。あ、ミッチーそのまま入んないでよ。ちゃんと外で雪落として」
    「んな冷たいもん触れっか。ほら、部屋んなかビショビショにされたくなくば早く落とせぃ」

     なんて横暴な。この雪の中、『駅にいるから来い』と呼び出した挙げ句のこれである。
     寒さで顔を赤くした2個上の先輩を外に押し出してパタパタと叩いてやる。ん、と両腕を開く姿は世話をされ慣れている。癪だがしょうがない。手袋を忘れたらしいこの人の手が、しもやけでも起こしたら大変だ。なんせ親友の花道の、元チームメイトなので。

    「ミッチー、ほら後ろも」
    「……」

     何だその不服そうな顔は。ジトッとした目つきでにらまれ、仕方なく自分から三井の後ろに回り込む。肩が遠い。正直しゃがんで欲しい。ぱ、ぱ、と雪を払って、別に雪のついてないところも払ってやる。ほら、埃が付いてたから。

    「はい。いいよ」
    「ありがと。ところで俺、両手がふさがってるんだが」

     ぶら下がったスーパーのレジ袋を見て、玄関を開けてやる。当たり前のように入ってくる。脱いだコートも押し付けられる。そうだ、脱がせてから払えばよかったな。思いついても言わなかったろうけど。
     スタスタと歩く背中についていくと、短い廊下を超えて狭い部屋に入った三井が振り返った。

    「水戸!まだ暖房付いてねえじゃねえか!」
    「ええ?それくらい自分でやってよ……」

     ぴ、とスイッチを付けてやると、満足そうにこたつに入っていく。袋をガサゴソいじって、中からみかんを取り出している。……どういうつもりなんだろうか、この人は。
     三井のコートをハンガーに丁寧にかけて、自分もコートを脱いだ。適当なハンガーが見当たらなかったのでぞんざいに下に放り投げる。と、こたつからにゅっと手が伸びてきて四角く畳まれた。

    「なあ、こないださぁ、ユキコに教えてもらったんだけど、鶏肉って煮込んだあと1時間位置いたらめっちゃうまくなるらしいぜ」
    「ユキコ?」
    「ああ、ほら、近所の肉屋の奥さん。90歳。すげえよなあ、ケンタロウと18で結婚して、だから72年だぜ?ずーっと支えてやってさあ。料理もするし店も手伝うし、家事だって完璧なんだと。元気でしかもラブラブ。憧れるよなぁ。ん、ほら」

     そりゃすごいね、と相づちを入れながら、こたつに鍋とまな板を置いて食材を切っていく。ここでいう『近所』とは水戸の近所の話だ。三井の家からは電車を乗り継いで2時間。
     ふとしたタイミングでみかんが差し出されるので、パカリと口を開けたら遠くから放り投げられた。多分この人、俺の口をゴールネットだと勘違いしている。わは、スリー〜!と上機嫌に笑っている。

    「でさあ、あそこの通りの銭湯あるじゃん?そこの路地裏にすげえかわいい猫が、ってあ!水戸、きのこ!何で切ってんだよ!俺買ってねえのに」
    「そうだろうと思って。好き嫌いせずに食べないと。スポーツマンなんだから」
    「え〜!別にきのこそんな栄養ねえと思うぜ?食べなくても変わんねえだろ。だってほら、タケルも嫌いで全然食べてないらしいし。それで御年100歳!奥さんがきのこを使わない栄養満点の料理作ってくれるからってさ。もうこれきのこなくてもいいってこったろ」
    「それで、猫がどうしたの」
    「そう!そこに猫がいると思ったら、ビニール袋でさあ、とんだ勘違いだよな。俺、毎日声かけてたのに!」

     みかんはもう4つ目だ。ご飯の前にあんまり食べないでほしいんだけど。意外と少食なんだから。
     鍋に切った食材をドバッと放り込むと、菜箸で位置を直される。器用なものだ。なんか、旅館の写真で出てくるような見栄えになった。
    ビールを置いて、具材が煮込まれるのを待つ。BGMは三井のどうでもいい話だ。

    「あ、三井さん、手出して」
    「ん。つまり俺が思うのはやっぱり人を信用するのが大切だなってことでよお。一度裏切られたからって諦めちゃいけねえよな。あっ、こんな時まで安西先生の言葉が役に立つ……!流石だぜ」
    「ミッチー、爪伸びたんじゃない?」

     爪の間のみかんの皮を全部取って綺麗にして、そのまま滑らかな手を観察する。すべすべと感触を楽しんで見れば、そこはもうすっかり温かくなっていた。水戸なら気にしないレベルの伸び加減だがこの人の手は違う。三井の手で遊びながら、鍋ができ頃になるのを待った。

    「な、切らねえと。そんでさっきの話なんだけど、その花屋の看板娘のアリサ、ずっと彼氏ができないできないって言ってたんだけど、こないだやっとできたらしくて。もう行くたびすげえの。彼氏と撮った写真とか、彼氏と行ったなんちゃらとか言っていろいろ見せてくんだよ」
    「へえ、花屋とか行くんだ、三井さん」
    「ああ、大学の先輩、就職が決まったから。祝いの花束買わねーといけねーの。そうそう、その先輩もさ、相手年下なんだけど、その子が大学出たら結婚するんだって。いや、幸せそうで、」
    「好きだよ」
    「、めでてえことだよな。やっぱ女の子が居ると場も華やぐしさ。あ、鍋もういんじゃね?よそってやるよ」

     する、と手が逃げていき、鍋奉行を始める。三井が鶏肉は1時間置けとか言うから待ってたのに。皿によそわれた小さな鍋は、惚れ惚れするほど美しい出来だった。いただきます、と律儀に手が合わされる。
     
    「まあ人生いろいろあるけどさ、結局は、ッあつ゛っ!?やべえ水戸!これ熱いぞ!気をつけろよ」
    「うん、鍋だからね」
    「だはは、たしかに!んでよお、やっぱなんだかんだ言って安西先生なんだよな。諦めちゃいけねえよな。妥協していいことはないし、それで幸せになれるわけがねえんだよなあ。あ、これ経験談」
    「今日何で来たの」
    「ん?電車だよ電車。あー、満員のに当たっちまってよお。ギュウギュウで死ぬかと思ったわ。二時間もそんな状態だぜ?俺、今でも圧迫感が残っていやがる」
    「こないだ好きって言ったよね?」
    「、圧迫感といえばさあ、あれよな、胸のでかい女にぎゅってだきしめられるとちょっと苦しいよな。あ、でもあれは幸せな圧迫感っていうかよ、男の夢?ロマンだよなあ」

     喋りながら器用に鍋が減っていく。口のなかに食べ物を入れたまま喋らない人なのに、一体どういう魔法を使っているんだろうか。水戸の器が空になると間髪いれずによそわれて、その姿はまるでわんこそばだ。

    「あー、ある一定の層の男の夢ね。ところで、好きって伝えた相手が家に押しかけてきたんだけど、襲っていいと思う?」
    「お!?、なんだお前貧乳派か?いや、貧乳も貧乳でいいもんだよな。そこにしかない魅力があって、な!まあ俺は巨乳派だからよくわからんけど。わははは!あ、ごちそうさまでした」

     パチ、と終わりの挨拶。あー、やべ、今度は暑くなってきたと言いながらこたつから出て、ハンガーを手に取る。雪に濡れたコートを羽織って、とたとたと玄関の方に歩いていく。ついていく。
     しゃがみこんで靴を履いて、扉を開ける。いまや大雪の冷風がせっかく温まった体を冷やす。
    振り向いて、いい笑顔。


    「じゃ!!!!」

    「逃がすかよ」


     そんなんでどうして逃げれると思った。扉に手をついて、行く手を阻む。往生際悪くかがんで逃げようとする。胸ぐらをつかんで部屋に引き戻す。一応、スポーツマンだからと手荒な真似はしないでおいたのに。
     玄関に尻もちを吐いた三井に、しゃがみこんで目線を合わせる。もう逃げられないようにと、三井の両手を地面に縫い止めた。三井の視線がうろうろとうろめく。

    「あ、あー、あー、あれだよな、やっぱあれでああだよな、結局はさあ、」
    「うん、結局逃げられないから安心してね」
    「えーと、えー、そう、諦めたらそこで試合終了だな。やっぱ。安西先生が、」
    「別に俺、女を諦めたり手酷いフラレ方したからアンタに血迷ったとかじゃないから。高校時代から好きって伝えたよね、前も」
    「あ、うーん、えーと、ユキコがさあ、えーと、アリサもさあ」
    「他の女の名前出さないでよ。鶏肉ならたっぷり煮込んでやるし、そのなんちゃらにだって行ってあげるから」
    「いや、うんと、あの、先輩が、あとケンタロウとタケルが」
    「男でもダメ。海外に行けば式だって挙げられるよ。栄養満点の料理、作ってやってるでしょ、さっきも。一応爪の長さまで支えてるつもりなんだけど」
    「あの、そだな、俺、かえんなきゃ、」
    「電車、止まってるってよ。大雪警報」
    「え、うそ、あの、」
    「三井さん、俺のこと好きでしょ」

     三井の真っ赤な顔が、もっと真っ赤になる。これ以上の真っ赤ってあるのかな。あるのなら見てみたい。

    「満員電車2時間乗り継いで大雪のなか俺に会いに来ちゃうくらいには好きでしょ。俺に好きだって言われて、まずいと思ったのに、来るのやめられなかったんだ。俺のうちの近所の人たち覚えて仲良くなって。アリサちゃんだっけ?三井さん、2時間かかる花屋にわざわざ行くわけ。道端で摘んだとか言って花持ってきたことあったよね。コデマリだっけ知らないかもしれないけど、花束って道端に生えてないから。あれどういう意味だったの。全く気がなくてやってるのなら大したもんだよね」

     あ、真っ赤の上。
    あう、だかうう、だか言葉にならない音を発している。
    心が満たされていくのを感じる。どんなわがままでも可愛いと思えてしまうんだから、もうこちらも手遅れなんだ。見ないふりをするのはもうやめた。だから、三井さんも。
     にこり、と笑いかけてやる。


    「ミッチー、好きな人に振り向かれた途端逃げるなんて、アンタも大概意気地無しだね」


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