お題
(待ち合わせ)
未来捏造
同棲済み
「デートしたい」
いつも朝は重い瞼を開けるのがやっとな癖に、今日は珍しくパチリと開いた瞳が俺を見つめて来ていて、寝起きでぼんやりとする俺に向けられた唐突な言葉に思わず低く声が漏れる。
こいつの唐突すぎる提案はいつものことで、思い付いたらやってみたいと言わんばかりに目を輝かせるクサオに毎回押し負ける。
今日も何を思ったのか、デートなんて言葉をはしゃいだように口にする恋人に、また面倒な事になったと内心でぐったりとする。
きっとろくな事が無い。
そう思いながらも、隣で俺が頷くまで粘るだろう男の視線が向けられていれば、押し問答するより振り回された方が良いと学んできた頭は無意識のうちに舌打ちとため息を吐き出す。
「おいクサオ!お前から言い出したんだろッさっさと準備しやがれ」
ベッドで今日のログインを完遂して一息付いていれば髪の毛を上げて眉を怒らせた馬狼が怒鳴りながら寝室に戻ってくる。
あ、今日いつもと違うかも、なんて呑気に思いながらずんずんと近寄ってくる馬狼に手を伸ばして手が触れる距離になったところでベッドに引き寄せる。
「ッ、おい!?」
「服、いつもと違うね…デートだから?」
体勢が崩れて慌ててベッドに手をついた馬狼の顔を覗き込めば、俺の言葉に驚いたように目を丸めた後かぁっと顔を紅く染めた馬狼の表情に息を呑む。
恥ずかしそうなそれにきゅっと心臓が締め付けられて喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
「自惚れんなっ、っ、一緒に行くんじゃねえのかよ」
「それじゃつまんないじゃん、待ち合わせしよ」
照れ隠しのように俺の手を引き剥がした馬狼が不満げに睨んできて、馬狼をデートに誘う前なら決めていた言葉を口にする。
案の定、俺の提案に意味がわからないとばかりに首を傾げて嫌そうにする馬狼を何とか説得して玄関まで見送りに行く事に成功する。
「クソが…っ、あんま待たせんじゃねぇぞ」
俺の我儘に本当に渋々といった態度で小さく呟いた馬狼の背中を見送って、玄関の扉が閉まった瞬間にその場に座り込む。
「はぁ…、反則でしょ…」
いつもと違う服着たり、ちゃんと髪の毛セットしたり、全部俺とデートするためなんだと思ってしまえば不器用な恋人が愛おしくて仕方がない。
"恋人とデートといえば待ち合わせ"なんて、深夜番組で特集をやっていたのを見てしまえば、実際にやってみたくなって、らしくもなく朝早くに目が覚めた。
馬狼の反則級の攻撃から息を深く吐いて持ち直し、出かける準備をして、あまり時間を置かずに馬狼との待ち合わせ場所へと向かう。
待ち合わせをするという目的とは別に、待ってる馬狼を見てみたいという目的もあって、指定した公園へ向かいながらわくわくする気持ちを抑えながら歩く。
そんなに遠くない公園に着けば直ぐに馬狼を見付けて、向こうからは見つからないように隠れる。
律儀に待ってくれている馬狼を眺めながらずっとふわふわと浮き足だっている。
馬狼が苛立ってるのが遠目でも分かる。
腕を組んで時計を見ながら今にも舌打ちが聞こえてきそう…。
もうちょっとだけ、俺の事を待ってて欲しいなと思って出るタイミングを測っていると馬狼の足元にサッカーボールが転がって行く。
転がってきたボールを当たり前のように爪先で蹴り上げて何度かリフティングして走り寄ってきた子供へふわっとしたパスでボールを返す。
荒々しいプレイをする馬狼に似合わない繊細なボールの扱いを見るたびに綺麗だな、と思う。
ボールを受け取り寄ってきた子供の笑顔に馬狼が若干たじろぐのが見えて笑ってしまう。
さっきまで浮かべていた眉間の皺がなくなって子供に目線を合わせる。
俺に対して見せる表情とは違ったそれに素直にずるいと思ってしまった。
俺の知らない表情を浮かべる馬狼にこっちを向いて欲しくなって早足に馬狼の元へと向かう。
「ねぇ!もっと見せて!」
キラキラと目を輝かせて俺を見上げてくる子供が誰かに似ている気がして無碍にもできず、ヘタクソなリフティングをするそいつからボールを受け取る。
リフティングが下手くそだとは思っては無いけれど、どうしても俺よりも上手い奴の顔がチラついて、そいつをわざわざ待ってやってる現状に舌打ちが溢れる。
「仕方ねぇな…、よく見とけヘタク…ソっ、!?」
「俺の方が上手いよ」
ボールを手から離そうとした瞬間に後ろからどんっと衝撃が走り聞き慣れた生意気な声が聞こえる。
後ろから重みが加わったかと思えば手の中のボールをあっさりと奪われて、気付けばクサオの足がふわりとボールを蹴りあげる。
いつ見ても相変わらずなボール捌きに目を奪われていれば俺と同じようにクサオに目を奪われた子供の表情が楽しそうで、やっぱり似ているなと思う。
技を披露して満足したのかクサオが子供にボールを返せば興奮気味の子供とはそこで別れる。
「ね、やっぱり帰ろ」
「は?」
グッと手首を掴まれたかと思えばデートしたいとのたまった口から今度は帰りたいなんてぬかしやがる。
流石にムカついて今度こそはちゃんと反論してやろうとクサオを睨みつければ、いつも退屈そうな瞳に熱が篭って見えて、見据えられる視線に思わず息を呑む。
「俺のためのお前を誰にも見せたくなくなった」
「な、んだそれ…」
「分かんないけど、帰ろ」
引かれる腕の強さに困惑しながら止まることも出来ず、朝から何を考えているのか分からないクサオに呆気に取られる。
結局家までずるずると引っ張られて黙ってしまったクサオに呆れながら、ついさっき出てきたばかりの玄関へとまた押し戻される。
「おい、クサオ」
「ずるい」
「は!?」
玄関の扉が閉まった瞬間に背中を壁へと押し付けられて、不服だと訴えるようにクサオが文句を言ってくる。ますます意味が分からず問いただそうと口を開けた瞬間に、クサオの唇に覆われる。
荒々しいそれに抵抗しようと服を引っ張り、クサオの身体を押す。
そうこうしている間にも深くなるキスに息苦しさを感じてクサオの胸を強く叩く。
「っ、おまえっ」
「俺以外に見せたくない、お前の目も表情も全部。まぁ、でも仕方ないからサッカーは良いよ」
まるでぐずる子供のように言いたいことだけ言ったクサオがまた俺の手を引く。
手も洗ってない、うがいも出来てない状況で寝室に足を進めるクサオに嫌な予感がして慌てて抵抗を強める。
「クサオ!ふざけんな!」
「俺だけの照英が見たい」
「ッ、、」
デートだなんて響きに少しでも浮かれた俺が馬鹿だった。結局、なし崩しにベッドに引き込まれて服装が違う事を嬉しそうに言われて、名前を呼ばれ、恥ずかしさで死にそうな思いをする羽目になった。
「ね、馬狼も名前呼んで」
「ッ〜、お前はクサオで十分だ!」
「けち、昨日はあんなにいっぱい呼んでくれたのに」
「こンの、いっぺん死ね!」
end.