ウェディング没案「お客様、どうされました?」
ロビー近くでの乱痴気騒ぎにスーツ姿の男性が駆け寄ってくる。ネームバッジがあることからホテルのスタッフだろう。自分が担当する晴れの日に問題が起きてはたまったものじゃない、と歪められた眉が語っていた。
「あの、」
今日の結婚式に参加しているんですけど、この男が急に襲ってきて。
そう言いかけようとした明智よりも先に、蓮は捩じっていた手を離し、羽交い締めのように後ろから両腕を抱え直してきた。
「挙式に参列してたんですけど、彼が体調を崩してしまって」
「え」
「もう足元も覚束ない状態なので、横にしてやりたいんですけど、どこか休める部屋はありませんか?」
「ちょっと」
何を言っているんだこいつと、目を見開くが彼は妙に演技めいた口調で続ける。
「本人は遠慮していいって言うんですけど、俺もう心配で」
「ねえったら」
怪訝な顔で明智と蓮の表情を交互に見比べるホテルマンに、とどめとばかりに蓮はその整った顔立ちを子どものようにくしゃくしゃにした。
「本当なら俺が無理してでも家で養生させるべきだったんですけど、恩義のある人の結婚式だからって、こいつ無理やり……でも、でも俺、もう……」
そうしてはらりと一筋の涙を零す。腹立たしいほどに顔が良い男の涙は、性別問わず相手をテクニカルダウンさせた。
もう絶句でしかない。
高巻杏。やっと女優業もはじめられたと最近ニュースになっていたな。憧れの女優は数個上の岳羽ゆかりだとか言っていたか。一番手本になる人物がこんなにも近くにいたぞ。
蓮の訴えが通じたのかホテルマンの目が滲む。嘘だろ。チョロすぎるだろ、高級ホテル。警戒心どうなってんだ。
「そうでしたか……そうしましたら、今空いている部屋を手配いたしますので暫くお待ちください」
「ありがとうございます! そうだ、料金は勿論払いますので可能でしたらそのまま一泊させてもらえないでしょうか」
「かしこまりました。そのようにお手配いたしますね」
唖然としてもう何も言えないでいる明智を置いてけぼりにして物事はハイスピードで展開していく。高級ホテルのスタッフらしく、スマホでどこかに連絡をするとすぐに「用意できましたのでこちらへ」と宿泊者用のエレベーターに通され、流石に高階層ではないがそこそこ上の階のボタンを押された。