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    kariya_h8

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    kariya_h8

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    #主明
    lordMing

    セックススターターセット 渋谷セントラル街。賑やかな通りの奥にそびえる渋谷の雑多と煩雑を煮詰めて煮凝りにしたようなディスカウントストア『ロシナンテ』。耳にこびり付いて離れない店名を連呼するテーマソングをBGMに、朝の通勤通学電車にも似た通路と呼ぶには難しい陳列棚と陳列棚の間をかき分けたその先で、蓮は眼鏡もかけずにひとり小さく唸っていた。
     近くで人の声がするたびにその場からそれとなく離れ、人が去ると素早く元の場所に陣取り棚の商品を眇める。人がいなくなったのを前後左右確認してから、一つ小箱を手に取り説明文に目を走らせ、もう一つ別の商品も取り同じように説明文に目を落とす。しばし左右の箱に目を配らせた後、二つとも元の場所に戻しまた別の箱を手に取った。そして一人納得したように頷く。
     ――なるほど、わからん。
     表情はいっそ晴ればれとしていた。
     あれでもないこれでもない。あれがいいのかこれがいいのか。
     この商品とあちらの商品では何がどう違うのか。
     とっかえひっかえ片っ端から手に取ってみるもさっぱりだ。何が決定打になるのかすらも分からない。一応小さく品名が書かれているが、ほとんどの商品は派手な蝶が書かれていたり、商品名と思われるものが金の箔押しされていたり、ミリ数がでかでかと書かれていたりするだけである。そういえばぶち丸君のパッケージもあった。見たら真が卒倒しそうなので、このことは黙っていよう。0.01ミリと0.03ミリでは何が違うのか。薄いほうがいいのかと思いきや0.09ミリなんてものもある。薄いことによるメリットとデメリットは何があるのか。本当にこんなもので人生が変わるのか。詳細な説明は確かに記載されているはずなのに、どうしてか求めている答えはなかった。更に説明文を読み込んでいると何やら素材にも違いがあるらしく、それをウリにしている商品すらある。なんなんだ。素材が違うと何がどう違うんだ。秋葉原の電気店のようにでかい比較表を掲示してくれ。
     ロシナンテ日用消耗品フロアの一角。化粧品や美容用品などスキンケア用品と並んではいるが、それらと同列にされるにはやや違和感のある陳列棚。スキン、所謂コンドームやローションが並ぶ棚の前で雨宮蓮はかれこれ二十分は頭を悩ませていた。
     ――わからん。なにひとつわからん。
     両手にそれぞれ持っていた『ホットタイプ』と書かれている商品と、ヒアルロン酸が配合されているらしい商品を元の棚に戻し、首の後ろをこすった。
     ホットなコンドームって一体なんなんだ。温められるということなんだろうか。湯煎か? レンチンすればいいのか? ちんこ火傷しないか? ヒアルロン酸が配合されているとどんな効果があるんだ? ちんこがトゥルットゥルになるのか? 
     携帯でそれとなく調べてみたが全く要領を得ない。彼女とのセックス事情なんて聞いちゃいない。盛り上がって一晩で全部使ったのか、良かったな。なのに種類だけは馬鹿みたいに豊富なものだから余計に混乱する。これが東京ってやつか。流石だな東京。いっそ近くのコンビニに行ったほうが種類が少ないから選択が楽……いや渋屋さんがいる、駄目だ。知人の勤めている店でゴムを買うとかどんな罰ゲームだ。ライオンハートでもやれることとやれないことはある。
     色々試して自分とパートナーにあったものを探そう! なんて投げやりのように書かれているポップを一瞥して、少し眉根を寄せた。それが出来たら苦労はしない。一個百二十円のジャムパンや奮発して二百円の秋じんパンで昼をしのいでいる高校生の懐なんてたかが知れている。しかし金が無いのを理由にナマでするのは論外だ。愛が無い、相手を思いやっていない証拠だ。というかゴムくらい常識だろう。そりゃあいつかはナマで……と思わないでもないが、初っ端からゴム無しとかそんな体たらくでは明智に体目当てだったのかと思われてしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。愛は確かにここにある。違うんだ、疑わないでくれ!
     明智と出会って早数か月。所謂お付き合いを始めることができたのはつい先週のこと。決して容易とは言えない過程を経て掴みとった関係だ。だからこそ一層関係を深め、大切にしたいと思うのは当然だろう。
     付き合って一週間でこんな場所にこんなものを買いに来ているのはどうかと思う人もいるだろう。だが、声を大にして言いたい。男子高校生の健全な体で! 怪盗行為だなんて非現実的でスリリングな日々を送っていて! いつ何が起きてもおかしくはない!! 正直戦闘を終えると体が興奮で賦活してたまらないことだってある!! 正直に申して限界でございます!!!
     怪盗行為同様、来るべきその時に「準備していませんでした」では済まされないのだ。
     しかしこの惨状はどうだ。まず準備の難易度が高すぎやしないか。眉間に皺を寄せつつ、再度カラフルな陳列棚を睨みつける。様々な敵と対峙してきたが、ここまで攻略に難航することはなかった。
     こんなにも品数を増やすならいっそ必要なものを全て詰め込んだ『これさえあれば初夜も完璧★ドキドキ! セックススターターセット★』なる商品を発売してくれたっていいではないか。……いやまて童貞丸出しだなそれ。絶対パッケージに若葉マークがついている。それ持ってレジ行くのも嫌だし、明智に見られるのも嫌だ。笑われるならまだいい。哀れまれてフォローされてしまったら立ち直れないかもしれない。
     ――仕方ない。諦めよう。
     きっと今日は買うような日ではなかったのだ。コンドームが俺を呼んでいなかった。じゃあな、コンドーム。情報収集ののち再度繰り出そう。惣治郎に訊くのは気恥ずかしいが、ララちゃんならば真摯に相談に乗ってくれるだろう。もしかしたら男同士のセックスについてだって相談できるかもしれない。
     小さく息を吐き、知らずに張っていた肩の力を抜く。そして、最後に手に持っていた0.01の箱を棚に戻した瞬間、だった。

     不意に、肩をぽんと叩かれた。
    「――ッ!?」
     突然のことに、電気を浴びたみたいに大きく体が跳ね、息が詰まった。
     ざあっと、ロール式のカーテンを一気に降ろしたみたいに血の気が下がる音が聞こえ、口の端が引き攣る。

     誰かが、自分の肩をたたいた。
     スキンコーナーにいる自分の、肩を。

     絶望に視界が染まりながらも、ぎちぎちとぎこちない動作で首を後ろへ向けていく。
     ――どうか知人でなく、店員であれと願いながら。

    「えっと……驚かせたみたいで、ごめん」

     だが対価のない願いは叶う筈もなく。
     赤茶の目をまん丸に見開いて、一番出会いたくなかった明智が目の前に立ち尽くしていた。
     ああ、なんてことだ。神は俺を見放した。
     喉の奥から声にもならない引きつった音が漏れた。
    「あ、明智……なんで……」
     なんで、よりにもよってここに、このフロアに、この場所に。
     氷結属性の攻撃を受けたように背筋が冷たい。だというのに血潮が沸騰しているんじゃないかと思えるほど身体が暑くてたまらない。手の平に汗が滲んでぬめって気持ち悪い。
     対照的に、この男はこの雑多な中に居ながらも清涼な空気を纏ってこのフロアに立っていた。
    「ああ。この辺りでさっきまで仕事があったんだ。ついでだからスキンケア用品買いに。君は?」
     そう性なんて何も感じず、朗らかに笑う。
     よりにもよって触れられたく内容に踏み入れながら。
    「俺は……その、」
     視線を明智の右肩辺りに落とし、何度も手を開き握りしめを繰り返しながら辛うじて口を開いてみるも、何を言えばいいのか分からない。
     喉がからからに乾いて、反射的に唾を飲み込む。喉仏が上下する音がやけに大きく聞こえた気がした。明智に聞こえてしまっていないだろうか。
     何でも見透かしてしまいそうな観察眼から逃れたくて、振り向くように背後の棚へ視線を逃がす。悪手であったと気付いたのは数瞬後だ。視線の先にその答えがあると答えたのも同然で、
    「結構悩んでたみたいだよね。何買おうとして……」
     それを見逃す明智ではなかった。
    「あっ、いや、その! 明智!」
     遠慮も躊躇も無しに蓮の背後を視線をやってその正体を目に留めると、「えっ」と彼は口を半開きにしたまま固まってしまった。明智の目の前にはメタリックカラーの蝶々や、1ミリ以下の数字がでかでかと書かれた多種多様の小さな箱が陳列されている。それがなんなのか分からない高校生なんていやしない。
     ぶわりと汗がこめかみに浮かび上がった。
    「いや、あの、違うんだ! そんなすぐ使おうとか! そういうんじゃなくて! 準備だけしておこうかなって! いやしたいけど! ああいやそうじゃない。あの、俺、こういうの何も持ってなくて、あの、なんかあったときに準備してないのも……ああいや違う、そうじゃなくて……だから……」
     内蔵が焼けるような焦燥に駆られ、何とか言い訳をしようとするも声も唇も震えて上手く言葉を紡げない。言い訳の言葉は尻すぼみに消えていく。何も紡げなくなると、焦りの代わりに今度は谷底に落とされたような絶望が蓮の心にじわりと広がった。
     付き合って一週間しか経ってないのにゴムなんて買おうとしていたら引くよな。がっつきすぎだよな。セックスがしたいと宣言しているも同然だ。その欲求に嘘偽りはないけれど、まだデートと呼べるものもしていないし、キスだって告白のときの一回きり。だというのにもうセックスのことを考えるだなんて、盛りの付いた猿も同然ではないか。セックスしたいがために付き合ったと思われてもしょうがない。
     そうじゃない。セックスしたいから付き合ったとかそういうんじゃない。明智の心も想いの先も全部自分がいいと、彼の隣に立つのは自分だけが良いと欲したから、付き合った。だけど、これじゃあ。
     呼吸が落ち着くほどに水を浴びせられたように頭が冷え、自分の情けなさに泣きそうになってきた。
     何が愛はある、だ。大切にしたい、だ。肉欲に支配されているただの愚か者じゃないか。鴨志田を諭す資格なんて何処にもありはしない。
    「……………………ごめん」
     喉がひりついて痛い。鼻の奥がつんと痛い。涙が出そうになるのをぐっと奥歯を強く噛んで辛うじて堪えた。明智の顔を見れなくて視線を落とすと、自分の靴の先と陳列棚下段に並ぶ大容量コンドームがあり、ますます情けなさがこみ上げた。
     数分前の自分が恨めしい。何がいざという時のため、だ。告白を受けてもらえて、付き合えて、キスだって出来て、デートの約束を取り付けて。夏休み前の子供みたいに浮かれてしまった。もう明智は自分のものだと、好き勝手に扱っていいのだと侮ってしまった部分があるのではないか。
    「……なんで謝るの?」
    「……体目当てだって思われたくなくて」
     彼の視線から隠れるように前髪に手を伸ばす。こんなことならせめて眼鏡はかけてくるんだった。ガラスも通さずに見つめられてしまったら、薄汚い胸のうちすら暴かれてしまいそうで、怖い。
     あざ笑うように明るいテーマソングが二人の間を駆け抜ける。
     フロアの遠くで女性客が楽しそうに会話している声が聞こえる。
     店内の室温は適温のはずなのに、背筋が寒くて仕方ない。
     明智の顔は未だ見れそうにない。失望、されてしまっただろうか。
     暫しの後、ふぅと明智が息を吐き、そして「馬鹿みたい」と小さく零す。

    「……体目当てなんだったら、そもそもこういうの真剣に悩んだりしないだろ」

     えっ。
     思わず反射的に顔を上げると、彼は少し迷うように視線を泳がせたあと、らしくもなく自分から視線を逸らした。視線の先にはさっきまで蓮が散々悩んでいた例の陳列棚。
     口を開きかけては閉じをしばらく繰り返した後、彼は意を決したようにひとつの箱を取り、「ん」とそのまま蓮の胸に押し付ける。その顔がわずかに赤いのは、多分室温のせいじゃない。
    「……これ、でいいんじゃないかな」
     呆気に取られて視線を落とすと、先ほどまで悩んでいた商品、コンドームの箱が一つぐいぐいと押しつけられていた。
     これでいい、とはどういうことだ。
     限界まで目を瞠って明智を見つめると、彼は悔しそうに、恥ずかしそうに口回りを手で隠して顔ごと視線を逸らしていた。手袋と袖の間から覗く手首がうっすらと赤い。
     だってこの商品はセックスするときに使用するものだ。保健体育の授業で貰ったゴムで水風船して遊ぶのとは訳が違う。ちんこに装着させて、相手の中に挿入するためのものだ。
     いいや落ち着け雨宮蓮。ゴムの箱を押しつけられたからって明智もセックスに乗り気だという確証はない。変に自惚れて痛い目を見るのは自分だけじゃない。そう分かってはいても、彼もこの関係を深めることに前向きであるという希望に、頭が沸騰してしまいそうだ。ああ猿になんてならないと思ったばかりなのに、今すぐにでも狂ってしまいたい。
    「使ったことはないけど……あの、前……学校で配られたことあるやつだから……一番ノーマルなのかなって……」
     蚊の鳴くような声でそう言うと、彼は真っ赤な顔を腕で隠してしまった。
    「――――ッ!!!!!!!」

     天の鐘が盛大に鳴り響く。
     HOT LIMITなエンジェルが舞い降り、マーラ様がギュルギュルと音を立てて車輪を回しアップをはじめた。

     ありがとう俺の神様!!!!
     保健の授業お墨付きのゴムを胸元できつく抱きしめて、蓮は心の中でただただ涙を滂沱した。
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