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    kariya_h8

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    kariya_h8

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    あとオチだけなんですけど、尻叩きのためにぽいぽいします。

    #主明
    lordMing

    知らない女の結婚式に行った明智の話 明智君、あなた明後日休みだったわよね?
     通話ボタンを押すや否や、電話口の相手は名前も名乗らず質問になっていない問いかけをした。
    「嫌です」
    『そう、良かった。朝10時に表参道に行ってちょうだい。詳細は後でチャットするわ。あと貴方スーツいくつか持っていたわよね。一番上等なもの着て行って』
    「人の話くらい聞きましょうよ、冴さん」
    『貴方に拒否権なんてあると思う?』
    「予定あるかもしれないじゃないですか」
    『貴方に? プライベートの? 予定?』
     電話の向こうで彼女が小さく笑う音が聞こえた。
    『あるわけないわね』
     いやなんで断言するんだ。可能性がないわけではないだろう。例えば映画行ったり、ボルダリングしたり、ジム行ったり、たまの休みだから家事をしたり……。
    『仮にあったとして、一人遊びみたいなものでしょう。リスケなさい。家事ならあとでハウスキーパーでも呼んであげるわ』
    「チッ」
    『頼んだわよ』
     判決を勝ち取ったときのような声を残し、スマホは沈黙する。自分の顔が写り込んだそれを睨みつけて明智は後頭部を乱雑に掻いた。最初の一言どころか彼女からの通話を取った時点で自分の敗北は決まっていたのだ、それに気づかなかったことが悔やまれる。
     断ったって自分に何か不利益があるわけではない。家を追い出されることも無ければ、仕事を失うこともないだろう。だが、物理が怖い。物理が。何せ相手はあの新島真の姉だ。パレスにあの怪物を飼っていたあの女だ。
    「クソが……」
     脱力して大の字でソファに沈み込み、天井を仰ぐ。たぶん今なら口から魂を出せると思う。それだけ長く重い息が漏れた。あの女、人をこき使いやがって。
     世の弟が姉に絶対服従せざるを得ない複雑怪奇な感情を、血も繋がっていない相手に持ちながら明智はただただソファに沈む。革張りのはずのそれは、今は人を駄目にするビーズクッションのような気分だ。
     一体僕が何をしたっていうんだ。過去はもうそれはそれは酷い有様だったけれど、今は品行方正に真面目に生きているじゃないか。それをどうだこれは、過重労働だ、人権侵害だ。訴えてやろうか。けれど住処も仕事も、ありとあらゆる手続き・事務処理、責を負ったのは誰でもない自分がかつて陥れようとした彼女であることを思い出し、明智はただ渋面を作る事しか出来ることは無かった。
     しばしの間自分の不運を嘆いていたが、それを張り倒すように再度スマホがけたたましく鳴る。先ほどとは違う一回切りの短い通知音。今度こそ無視を決め込んでも良かったが、そうできないのはやっぱり彼女の「弟」に位置しているのだろう、自分は。
     溶けていた身体をなんとか元の形に戻し、いやいやながらチャットを開く。案の定彼女からのトークに未読の通知マークが光っていた。
     さっき詳細を送るって言ってたな。そもそもなんだっけ、スーツを用意しろということは何かしらの懇親会かパーティか。上等と指定するからには仕事の打ち合わせではないのだろう。高校生の頃からそういった華やかな場には慣れてはいるが、好き好んで行くところではない。他人に媚びへつらわないといけないし、変な親父から変な目で見られるし、女たちからも変な目で見られるし、その中でも特定の相手から情報を取る、懐に潜り込むというミッションはあったわけだし、高級ホテルのはずなのに自分が口にする頃には冷めきっていて食事は美味しくないし……あの男はいるし。まったく、嫌な記憶しかない。
     つい、とチャットを開くと案の定そこに表示されていた場所は明智も何度か足を運んだことのある高級ホテルだった。だが、その上に記載された文字列を読んで、明智は「ハア!?」と思わず誰もいない部屋で声を出してしまった。




    「本日はおめでとうございます。新島冴の代理で参りました、明智吾郎です」
    「明智さん……はい、新婦から伺っております。本日はありがとうございます。こちらにご記帳を」
     男性用にしてはごてごてと盛られたご祝儀袋を手渡し、受付からペンを受け取る。
     仕立てたはいいものの袖を通してなかったブラックスーツ、同じくベストに、左胸には白いチーフ。ネクタイだけは適したものが無かったので昨日慌てて百貨店に白と黒のストライプのものを買いに走った。領収書はきっちり受け取って後日請求予定。勿論このご祝儀代も。額面は冴から聞いていたがそんな額の新札なんて持ち合わせていないのだから、こちらも慌てて銀行に駆けこんだ。おかげで一日丸つぶれだ。請求するとき手数料としていくらか上乗せしてやろう。
     ――どうしてもうちの事務所から一人出席させないといけなかったのよね。
     すでに何人もの名前が書かれた芳名帳に自分の名前を記帳しながら、昨夜のリマインド電話を思い出した。念押しとも言う。
     懇意にしている社長の娘だか姪だか孫だか従妹だか顔も名前も知らん女が結婚式を挙げる事となり、こちらから一名出席しなければならないとのことだった。んなもの知ったことかよ、とチャットの文面を睨みつけながら毒づいたが、この社長の機嫌を損ねるということは得策ではないことは理解した。顔が広い人物なので、どこで地雷になるか分かったものではない。冴のみを指定してこなかっただけまだ良い方か。
     記帳を終え、待合室代わりになっているロビー隅のソファに腰かける。流石一等地の高級ホテル。先日自室で沈み込んだものとは質が異なる。少なくともどんなに脱力しても人を駄目にはしなさそうだ。だがこの派手な花柄はいただけない。華美過ぎていっそ下品だな、と細かな刺繍を撫でつけた。
     ロビーの壁の一面はガラス窓になっており、そこから広い庭園が覗けた。イングリッシュガーデンを基調にしているのだろう、恐らく時期が良ければ一面薔薇が咲き誇っていたことだろうが、今は別の花々が陽の光を受けている。恐らく挙式が行われるチャペルだろう白い建物が、木々の間を縫った奥に見えた。結婚式を挙げる人口は減少傾向だと聞いたが、随分絢爛な景観をしている。
     通りがかりの会場スタッフにウェルカムドリンクを頼むと、新郎か新婦の友人たちでも到着したのだろう、途端ロビーが賑やかというよりも騒がしくなる。「よぉ、久しぶりだな」「そのワンピ綺麗だねー」「皆揃うの何年ぶりだろうな」「ねえちょっとさっきの人紹介してよ」「全然変わんないねー」高校の部室じゃねえんだよ。かつての友人に会うとテンションまで当時に戻るのは若者ならではか。高級ホテルのロビーには似つかわしくない喧しさに、明智は米神を抑えながらチャットを開く。
    『言いつけ通りちゃんと来ましたけど、くだらない有象無象ばかりで嫌になります。今度回らない寿司、連れてってくださいね』
     すると間も置かずに既読が付いた。
    『そのホテルにもお寿司屋さんがあるみたいよ。帰りに行ってみたら?』
     自分の金で寿司が食いたいわけじゃねえんだよ。
     さらりと流された可愛い年下からのおねだりだったが、明智はそれ以上返信もせずチャットを閉じる。これから重要な仕事が控えているというのに、冴も相変わらずなものだ。彼女はこういった華やかな場を嫌がる。あのシャドウを内に飼っていたのだから、堂々と決めて行けばいいものを。恐らく今日の結婚式と仕事の日程が被ったと判明したときには、内心ガッツポーズを決めていたに違いない。
     挙式まではまだ時間がある。まだ目を通していなかった電子版新聞を開くと、タイミングよくスタッフがドリンクとしてコーヒーを差し出した。良いところの豆を使っているんだろうが、どうにも個性の薄いコーヒーを口に含みながら明智はスマホの時計を睨みつける。
     本来ならば明智のような立場の人間は披露宴からの参加が一般的なのだろう。だが、当の社長が是非とも挙式に参加してほしいと直々に付箋してきたものだから断るわけにもいかず、親族や新郎新婦友人や賑やかに談笑する中、一人ロビーの隅に座っていることしか出来なかった。一人でいるのが苦痛なわけないが、どうにもこういった晴れの場は居心地が悪い。この場はプライベート過ぎる。さっさと招待してくれた新婦もとい社長への挨拶を済ませたいところではあるが、親族となれば今は忙しい最中だろう。やることはあるはずなのに、今、明智が出来ることは何一つなかった。新聞の隅に載っているクロスワードくらいしかやることくらいしか。
     新聞も読み終わり、クロスワードも何問解いた頃だろう、若いスタッフの一人が声を張り上げる。
    「挙式に参列される方は、どうぞこちらよりご移動ください」
     ようやっと始まるようだ。明智は大きく息を吐くと、冷え切ったコーヒーカップをソーサーに戻し、緩慢な動作で立ち上がるとスーツの裾を伸ばす。
     さっきの喧しい集団と一緒になるのはごめんだと、明智は蟻みたいな列の最後尾に付き、先ほどロビーから見えた庭園を抜けて挙式が行われるというホテルに隣接するチャペルへ足を踏み入れた。
     「きれい」とあちらこちらで声が上がる。
     そこは、壁どころか天井までが全面ガラス張りの場所だった。
     荘厳さでも美しさからでもなく、思わず明智は息を飲んだ。
     20mはあるだろうかという天井高。銀色に光る柱が天井で梁のようにクロスする。嵌められたガラスはどれも見事なまでに磨かれており、透明度が高い。外の緑がまるでガラスなんて無いかのように鮮やかに映る。最奥には一般的な教会にあるようなステンドグラスは無く、代わりにやはり大きなガラス窓と、上部に大きな銀のハートモチーフが陽光を受けて光っている。チャペル、とはいうものの宗教行事には使わない、承認欲求を満たす挙式にのみ特化したガラスの箱。
     まるで、

    (あの男のパレスみたいだ)

     この場においてその感想を抱くのはきっと明智ただ一人だ。
     パレス。冬。怪盗。探偵。押しつけがましい狂人の優しさ。ナイフのように鋭い、意志。熱を秘めた瞳。
     意識が、一瞬で高校三年の冬に戻される。
     あの冬の夜。一緒に元の現実へ帰ろうと誓った。あんな生ぬるい、自己満足の塊のような現実には生きる価値など一欠けらも無かったから。あの現実で生きていくことなど、明智にとっては耐え難いことだったから。生ぬるさに牙を抜かれ爪を剥がされた自分など、明智吾郎などではない。認めてほしくない。そんな一つの汚れもない腑抜けた人形を、あの鋭い魂を持つ男に選んでほしく等なかった。たとえ明智の命があの場所で終わろうとも、最期まで薄汚れていても罪に塗れていたとしても、「明智吾郎」としてあの男の目の前で生きていたかった。
     死を賭けた戦いだった。自分でも死んだと思っていた。だが現実はどうだ。
     明智は視線を降ろす。磨かれた爪先が目に映った。
     答えはご覧の通り、五体満足で息をしている。
     何がどうなったのか詳細なところは明智自身にも分からない。ただ気づいたら地方病院のベッドに寝かされており、そこから体力が回復するまで軟禁状態。なんとか東京に戻ると新島冴に捕まり、あれよあれよという間に彼女の助手という名目の奴隷をすることになっている。彼女がどんな手続きを取り、誰と取引をしたのか、詳細は教えてはくれないが、裏に獅童の手引きがあったのは確かなことだろう。
    (ジョーカー……)
     短く目を瞑る。瞼の裏に、服を翻す好敵手の影が映った。
     パレスの中を自在に飛び回る彼が好きだった。好きというと拡大解釈されそうだ。認めていた、ということにしておこう。
     騙し合っていたあの頃は、この手で殺したくて殺したくて仕方がなかったのに、シャドウとはいえアイツの頭を吹っ飛ばしたときには虚脱感すら訪れた。正直言えば、もうあの男には会えないのかという寂寞があった。その後、腹が立つことに生きていたあの男の隣で戦うことになったときの歓喜に似た高揚は、今なお鮮やかに蘇る。明智の人生のピークはきっとあの冬のひと月だ。自分が認めた男の隣に立ち、相手も自分を認め、求め、そして最後まで鋭い意志を貫いた。あれを幸福と言わずに何と言おう。
     だから今の人生など、あの冬の残りかすでしかない。
     小さく息を吐いて再度チャペル全体を見回す。招待客がはしゃぐ声が響くそこにはもう、パレスの面影は無い。
    (一応、撮って冴さんに送っておくか)
     スマホを取り出し、一枚だけ写真を撮る。構図もピントもなにもあったもんじゃない単なる事実を記したデータ。ちゃんと言われた通り会場に来ましたよ、という物的証拠を残しておかねば面倒なことにもなりかねない。後々感想とか聞かれるかもしれないし。
     他の若い招待客はまだはしゃいだように何枚も写真を撮り続けているが、それを尻目に明智は新婦側の席の後方、壁際に座る。通路側に座って何かしらの写真に残されてはたまったものじゃないし、名前も知らない花嫁になど興味は無い。探偵王子のように笑顔をばらまいてやる気などさらさらなかった。
     チャットを開いて早速冴に写真を送る。テキストは特にない。今度は既読のマークは付かなかった。
     まだ始まらない様子に辟易し、再び電子版の新聞を開く。ニュースはもう頭の中に入っているので、クロスワードの続きを開いた。「モーリス・ルブランの代表作」思わず眉間に皺が寄る。
     数問解いている間に開始時刻が迫って来たのだろう、明智の前どころか後ろまで席が埋まっていく。そうして高揚感のある忍び声がチャペルに響く頃、一人の男が慌てたようにヒールを鳴らして後ろの扉から入って来た。
    「悪い、遅れた」
    「セーフセーフ。まだ始まってないから大丈夫」
    「また寝坊か?」
    「いや……うん、まあそうかな」
    「相変わらず朝弱ぇなお前」
     若い男たちの声がチャペルに反響する。然程声量は大きくないものの、他の招待客がすでに席についていたものだから、彼らの声はやけに響いて聞こえた。
     うるせえな、黙って座っていられねえのかよ。
     耳障りのする騒がしい声に思わず視線を投げ、

    (は、)

     短く、しかし確かに息が止まった。
     埋まりかけた席の中、ただ一人立つ男。友人が空けておいてくれたのだろう席に無理やり上背のある体をねじ込ませている。
     緩い黒髪をサイドに流し、分け目を作ったアップバング。暗めのネイビーのジャケットにベスト、パステルレッドのネクタイ。胸元には珍しい赤のチーフ。小声のはずなのに妙に耳朶に響く声。もう幼さは残っていない精悍な顔つき。眼鏡は、掛けていない。そして肉食獣のように少々つり上がった、意志の強い、目。あの頃と変わらない、瞳。
    (なんで)
     スマホを持っていた手から力が抜ける。
     凝視してはいけないと頭では分かっているのに、目が離せない。
     呼吸が乱れて喉から細く空気が漏れた。
     心拍が大きく乱れるのが嫌でも分かる。
     身体が意図せず小さく震えた。
     遅れたことを友人に揶揄われ、眉根が下がり口元に笑みが浮かんだ。あの頃は余り見せることのなかった気の抜けたような笑みに、心臓が射抜かれたように大きく跳ねる。
    (そんな馬鹿な)
     いや違う。違わなければ困る。見間違いのはずだ。
     そう自身に言い聞かせたいのに、どうしたって明智の目の前、新郎側の席に座る男は「彼」に違いなかった。
     加齢していても、髪型を整えていたとしても、眼鏡が無かったとしても、あの頃よりも背が高くなって少し肩が厚くなっていたとしても、服装が違っていたとしても、あれは、あの男はかつて明智が憧れて並び立ちたくてどうしても手が届かなくて自身に失望して、だからこそ殺したくて堪らなかった男。
     雨宮蓮。
     ジョーカー。
     胸の高鳴りが、耳を劈く。
    「……あなた。ねえ、あなた、どうしたの?」
    「え」
     聞き慣れぬ声に、頭を思いっきり後方へ引っ張られたように急激に意識が現実に引き戻された。気付けば隣に座ったご婦人が怪訝な表情でこちらを窺うように覗き込んでいた。
     なんだ、どういう状況だ。
     さっと周囲に視線を走らせると婦人が白い二つ折りの用紙をこちらに差し出していた。ご婦人の向こう側から旦那がこちらも不審な瞳を向けてくる。彼らの戸惑いを孕んだ視線に、一体どれほど呆けていたのだろうか、と背中に一筋の汗が伝った。
    「ああ、すみません、寝不足だったみたいで。ありがとうございます」
     取り繕うように人好きのする笑みを載せたが、ご婦人の表情は怪訝なままだ。だが、用紙を受け取り小さく会釈をして視線を落とすと、彼女は何かを飲み込んだように少し目を伏せ、旦那のほうへ顔を向けた。
     密かに深く呼吸をする。幾度か繰り返すうちに心臓の鼓動は落ち着き、頭も冷えてくる。
     視線をこっそり前に向けると「彼」また同じように用紙に視線を落としていた。隣に座った友人が用紙を開いて彼に何事かを話している。
     ――大丈夫だ、落ち着け。
     最後に一つ息を吐き出すと手渡された用紙を開く。そこには讃美歌の楽譜と、歌詞が並んでいた。司会の女性が起立を促し、他の参列者にならって明智も立ち上がる。そうすると荘厳な音楽と共に扉が開き、新郎と思しき顔も名前も知らない若い男性が現れた。それを無表情に眺めながら拍手するも、頭では次の行動をどうするべきかを考えていた。
     何故だか知らないが、蓮がこの会場にいる。
     彼とはあの冬の2月に別れてそれきりだ。彼のあの夜の反応から窺うに、恐らく自分は死んだと思われているのだろう。生き延び、そのことを彼らに伝えてはいないと冴から聞いた時、好都合だと思った。自分のことなど忘れた方が良い。こんな裏切者で、殺人者で、身内を殺した人間が生き延びていたと知れば、きっと彼らは動揺するだろう。恨みを募らせることだろう。それでもその思いを押し殺して自分に接してくるのだ。馬鹿らしい。いや、一番の大馬鹿はあの男だ。何せこんな自分とやり直したいなどという下らぬ願いを抱くような男だ。生きていると知ればどんな手段を使って接触してくるかは分からない。
     ――彼に会いたくないはずがない。
     ちり、と心臓が痛む。
     あのひと月の間、彼となんの謀略も無く交流を持てたのは、楽しかった。彼と競い合うのが、彼と背中を合わせて戦うのが、楽しかった。悔しいことに幸福だった。彼は明智を理解し、明智は彼を理解し、互いに先読みし合い、結果息が合う。競い合った末に至る共闘は非常に心躍るものだった。
     だけど、今、彼に会うわけにはいかない。
     彼に会う資格が無いだとか、どんな顔をするべきかだとか、そんな女々しい考えではない。
     会っても、どうにもならないからだ。ただお互いにしこりを残すだけになってしまう。
     優しい彼のことだ、自分のことを気遣い、また交流を持とうとするだろう。他の仲間と同じように。それが、明智は苦しくて仕方がない。再会することで、彼の友人や仲間と同列になることなど、まっぴらだ。それなら死んだ者として、あの夜と同じくずっと彼の中で唯一の傷としてありたかった。それがあの夜の明智の望みだった。
     参列者は多い。しかも新婦側と新郎側だ。披露宴会場も恐らく広いだろうから、お酌に回る親族以外、各テーブルを覗き込もうなどという愚か者はいないだろう。普通ならば他の参列者に紛れて気づかれないはずだ。普通ならば。だが、披露宴のテーブルの名前に、冴の名前がある。そのことに気づかないあいつではない。妙に目ざといし、勘が良い。
     侮ってはいけない、油断してはいけない。何せ自分は一度あの男にしてやられたのだから。
     新郎が新婦のヴェールを持ち上げ、唇を軽く重ねる。わあ、と方々から声が上がり、二人を祝う拍手が反響した。
    (――逃げよう)
     それしかない。チャンスは一度、この挙式のあと、そこだけだ。この下らないエセ儀式が終わればチャペルの外でフラワーシャワーとブーケトスがあるから、参列者は全員外に追い出される。追い出される順番は後ろからだったはず。つまり蓮よりも明智が先に外に出られる。人ごみに紛れて外に出たらお手洗いだとスタッフに言付けて、会場の外へ逃げ切ろう。冴や社長には体調を崩したとかなんとか言っておけばいいだろう。ちゃんと会場には来たし、ご祝儀は渡したし、挙式には参加した。最低限の礼儀は尽くしたはずだ。
     そうと決まればあとは実行に移すのみ。何、あの頃も一人でどうにか切り抜けてきたんだ。今回だって出来るはず。出来なければ終わりである。
     一秒にも満たないほどの時間目を瞑り、開く。手を握り締めると、手袋などもうしていないため爪が少し手の平に食い込んだ。
     ショータイムだ。
     なんて、男の声が脳に響く。いやショーはしないよ。真逆だよ。隠密行動だよ。






    「すみません、お手洗い行きたくて……ホテルの中ですね、分かりました。あ、記念撮影は僕参加しないので、はい、皆さんで進めてください。では」
     滑らかに素早くチャペルの外にいたスタッフに告げ、明智よりも前方にいた参列者が出てくるよりも前に地面を蹴る。ここからはもう時間との勝負。恐らく蓮は友人と喋りながらのんびり外に出てくるだろう。花びらを受け取り、スタッフに従って列に並び、幸せそうな新郎新婦におめでとう、だなんて声を掛けながら花びらを投げつける。ブーケトスだかブロッコリートスだかで参加者がはしゃぐそのころには明智はもうホテルの外だ。
     大きな動作は目立つ。明智は極力小さな動きで、しかし歩む足は素早く、それこそかつての怪盗のような所作で庭を抜け、ホテルに駆けこんだ。扉の内側に滑るように入り込み、ガラス窓から外の様子を窺う。ますます怪盗らしい行動に、明智は小さく笑った。
     まだ新郎新婦は登場していないようで、チャペルの前では参列者がごちゃついている。
    (蓮はどこだ?)
     あの黒髪天パ男の姿は見えない。他の参列者に混ざってしまったか、奥にいるのか。目を凝らしてもそれらしい人物が見当たらないが、いつまでもここにいるほうが危ない。
    (最後に一目、)
     なんて女々しい考えは捨てる。急がないといつ彼らがこちらに来るとも分からない。あとは受付に用事が出来て帰る旨を告げておけばいい。一息つき先ほどまでいたロビーに戻ろうと踵を返した。
     いや、返そうとした。
     その瞬間、顔の後ろから見知らぬ腕が伸びてきて、明智の顔の横に手を付いた。

    「誰を探しているんだ?」

     聞き覚えのある声に、明智はパレスで不意打ちを喰らったように身体を硬直させる。
     嘘だ。嘘だろ。そんなはずは、だってあいつは、まだ向こうに。いや、そもそも明智がここにいることすら知らないはず。
     けれどこの声は、この気配は。
     明智が彼を間違えるはずもない。
     重要書類を紛失してしまったかのような焦燥を覚えながら頭だけ振り返ると、案の定、先ほどまで自分より前の席にいたはずの蓮が、目の前に、いた。
     ――やられた。
     チャペルでは横顔か後ろ姿しか捉えることが出来なかったが、久々に会った彼はあの頃と変わらず勝気で腹立たしいほどに整った顔立ちをしている。頬に残っていた幼さは消え、全身に薄く筋肉が乗った大人の色気を纏った彼はまさしく周囲の者を惹きつける魔性の男として成長を遂げていた。
    「蓮……」
     目が合うと彼は目を細めて口の端を持ち上げる。パレスでチャンスエンカウントを決めたような表情に、明智は唇を噛んだ。
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