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    ssuwwarru

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    gqED後シャリシャア(🟩→🟥)前提のモブとシャ〜
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    ※しれっとアム🦢
    ※シネタではない
    ※全部幻想

    星の行方(3):空虚な妄想「お隣、よろしいかな?」
    落ち着いた弦楽器のようなまろい響きのある声だった。見ると、長身の若い男がスーツケースを持って佇んでいる。白いスタンドカラーのシャツを纏い、質のよさそうな黒いコートを羽織った男からはまるで貴族か王族かといった気品を感じた。バケーションスタイルでよく見かけるような、ラフな印象のサングラスを掛けているのがなんだかアンバランスだ。人工的な白い光を反射して、肩ほどまである柔らかそうなブロンドが輝いている。
     ふと周りを見渡したが、確かに今日のターミナルは人が多く、待合の席もほとんど埋まっているようだった。人々の喧騒に混じってアナウンスが聞こえる。
    「ああ、はい。どうぞ」
    会釈の折にサングラスから覗いた瞳は澄み切った青で、信じられないほど美しい。その横顔から伺えるすっきりと通った鼻筋と艶やかで形の良い唇は、まるで名うての職人の赤い情念のもと彫り込まれた彫像かの様だった。
     座る際に揃えられた長い脚に思わず目をやると、曇りなく磨き上げられた革靴がピカピカに光っていた。なるほど、本当にやんごとなきお方のお忍びの姿なのかもしれないなどという絵空事のような妄想にふけった。妹が小さいころに好んで読んでいたきらきらしい表紙の児童書を思い出して心が和む。
     あまり社交的ではない僕だが、吸い込まれるように心を惹かれてしまい、自然と腕時計を確認していた彼に声をかけていた。
    「ご旅行ですか?」
    急に見ず知らずの男に声をかけられたはずの彼は、慣れた調子で人当たりの良い微笑を湛えて僕を見た。
    「ええ、そのようなものです」
    「長期ですか?立派なスーツケースだ」
    「いえ、地球に予定を残しているのであまり長くは」
    「ははあ、お仕事ですか?」
    この男が汗水を垂らして働く姿は想像できなかった。ならば、外交官や技術者だろうか?畑仕事や土木工事に従事する姿よりはよっぽど簡単に想像できた。
    「面倒を見ている娘の結婚式です。まあ……妹のようなものです」
    「へえ!妹さんの!」
    妹という言葉を発する際に、舌に乗せるのを躊躇うような複雑な空白があった。だがそれも、この美しい男が妹を持つ兄である、という自分との共通点を得て高揚している僕には気にならなかった。
    「僕にも妹がいるんです。今日は彼女が宇宙から帰ってくるので、迎えに来たんですよ」
    「そうでしたか。それは待ち遠しいことでしょう」
    祝福するように軽く頷く彼に、ますます拍車がかかり口が動く。
    「ええ!僕には似ていない活発でやさしい娘なんです。年が離れていてまだ学生だというのにマクダニエルでも働いたりして」
    「マクダニエル?」
    「バーガーショップですよ。ご存じない?」
    ええ、と返す彼は少し首をかしげていて、本当に心当たりがなさそうだ。言葉の端々から感じる知的で隙のない印象とは裏腹に、不思議そうに未知の言葉を咀嚼する様子はどこかイノセンスなあどけなささえ感じる。
     初めて彼を目にしたときのアンバランスな印象がリフレインして、身体のどこか深い部分が揺さぶられるような心地がした。
     茫漠とした感覚に蓋をするように、急かされるように口を開く。
    「それにしても妹の結婚式の為に急いで戻らなければならないなんて、学生の頃にライブラリで読んだ旧時代文学の主人公のようですよ」
    「ダザイ?」
    「そうです!よくご存じですね」
    地球の小さな東の島に伝わる古い文学だ。まさか通じるとは思わなかった。僕の祖母のルーツがかの地にあったことを知ってから、個人的な興味で読み漁っていたもののひとつだ。
     とても意外なことを言われたかのように、彼はサングラス越しに瞳を瞬かせている。そこで無礼を働いてしまった可能性に気が付く。
    「…私がメロス?」
    「すみません、彼は王城で捕縛されてしまったことを切っ掛けに妹の結婚式へと走ることになるわけですから、今のあなたには縁起のよくない話でしたね」
    少し焦って弁明する私の言葉を気にしていないのか、他に気になることがあるのか、彼はしばし思案するような素振りを見せた。小さく笑ったようにも見えた。
    「私はディオニスではないかな」
    「え?」
    ぽつりと落とされた言葉は、今隣にいる彼から受け取れるイメージとはあまりにもかけ離れている。
    「信実とは、決して空虚な妄想ではない」
    暴君の最後の台詞からの引用だと分かった。
     驚いてなんと返せばよいのかまごついていると、ターミナルの床が透けて宇宙が見えた。
     その宇宙は昏く、静かで、無数の命の瞬きがあった。音はなく、気が付けば僕の体は眩い多色の光の海に浚われて輝きの中に溶けていく。遠くの宇宙で、巨大な閃光が広がるのが見えた気がした。
     あたたかい。
     ターミナルのアナウンスを耳が拾って、はっとする。今、僕は寝ていたのか?不安になり慌てて隣を見ると、男は変わらぬ美しい姿勢のままでそこにいた。
    「お疲れかな?」
    「いえ、はは、昨日は物置のようになってしまっていた妹の部屋の片付けをしていたものだから、そのせいかもしれませんね」
    なかなかの肉体労働でしたよ、と僕が笑うと彼もそれはご苦労でしたね、妹御はよいお兄さんをお持ちだ、やさしく労わってくれた。僕の全てを肯定してくれるような落ち着いた声音に、先ほど感じた無用な不安は溶け消えていく。彼のような素晴らしいひとが、この世界に存在していたなんて!
     アナウンスと、行き交う人々の会話に耳を傾ける素振りをしながら、ふと疑問が過った。この輝くような美貌の男の、妹の存在を。きっと兄に似て、大層気品があり美しいに違いない。いいや、先ほど彼は妹のようなものと言っていたから、血のつながりはないのかもしれない。なんと、それはとても口惜しいことだ。
     この男に似た女であるのなら、輝くようなブロンドに澄み切った美しい青い瞳、そして見た者の心を離さない繊細な美貌をもっていたことだろう。そう、例えば…
     妄想が具体的な容姿に繋がり、最近ニュースで見た誰かを連想しそうになったところで隣の彼から声を掛けられた。
    「あちらで手を振っている方がいますが、彼女では?」
    彼の目線の先を追って見やると、たしかに少し離れたゲートの方からこちらに向かって手を振っている少女がいる。思わず笑みがこぼれ手を振り返す。
    「妹です!よかった、元気そうだ」
    「そのようだ。早く行ってあげるといい」
     温かな安堵とともに席を立つ。
     その瞬間、僕はこの美しい男に二度と出会うことはないのだろうという不思議な確信が降りてきた。指を引かれるような甘い未練。この素晴らしいひとと、もう一度会う機会を得られたなら。
     冷静な自分もいた。凡庸な男が美しいひとに魅せられて破滅する物語は、旧時代からの十八番である。ファム・ファタールだかオム・ファタールだか、人は美しいものや運命的なものへの執着を本能的に恐れているのだ。それを今、僕は実感を持って理解していた。
     惑う視線が、彼のピカピカに磨き上げられた革靴を捉えた。流れるように自分の足元に目をやると、そこには土埃に汚れてお世辞にも美しいとは言えないくたびれた運動靴があった。

    「ありがとう。あなたとお話が出来てよかった。良い旅を」
    「ええ、あなたも」
    そうだ、妹を久しぶりに故郷の近くのアイスクリームショップへ連れて行ってやらないと。新しいフレーバーが増えたんだ。きっとすごく喜ぶぞ。ああ、その前に一度母さんに連絡して安心させてやらなくちゃ。昨夜は結局片づけに追われてしまって、あまり会話する暇なく朝を迎えてしまった。そのまま時間に追われるようにターミナルへ出発したから、ひとつやふたつの文句は言われるかもしれない。
     なんだか夢を見ていたようだ。
     行き交う人々をよけて、妹の元へと辿り着く。
    「お兄ちゃん!」
    「元気そうで嬉しいよ!長旅で疲れたろう」
    ううん平気、と明るく笑う妹を抱きしめる。最後に会った時より、少し大人っぽくなった。兄としては誇らしいような、寂しいような、複雑な気持ちになる。
     ふと、淡い哀しみを帯びた視線を感じた気がした。
    「お母さんに連絡はした?」
    「いいや、これからだよ。とりあえずターミナルを出よう。ここは人が多いし、ふたりでじっとしていると邪魔になりそうだ」
    ちょっと遠いけどパーキングまで歩けるかい?と聞くと、妹はずっと座りっぱなしだったから丁度いいやと笑った。若さとは素晴らしいものだ。
     ターミナルからパーキングまでの道のりで、妹はスペースコロニーでの暮らしぶりを次から次へと報告してくれた。この宇宙全体に蔓延る停滞感や薄い観念とは無縁の生活が出来ていたようで、とりあえずは安堵した。3年前に新たな王を迎えてからのジオンの動向もはっきりとしない今、もっと早く地球に呼び戻すべきだったのではないかと家族で心配していたのだ。

     唐突に、火山が噴火したような、隕石が衝突したような、そんな破滅的な轟音が聞こえた。
     咄嗟に妹の肩を抱き振り返ると、今はもう遠くに見えるターミナルから炎と煙が上っているのが見えた。困惑する妹の声を聞きながら、僕の脳裏からは、別れ際に盗み見た澄み切った美しい青が離れなかった。
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