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    gqED後のシャリシャア(🟩→🟥)シリーズの最後
    ※しれっとアム🦢
    ※全部幻想
    12話を受けての情動を一旦煎じ切りました

    星の行方(4):月面のダンス「やっと見つけましたよ」
     秘書らしき女性に案内された部屋の扉を開けると、そこには私が追い求め続けていた星の輝きがあった。それは、広々とした空間で大きな窓を背に、重厚感のある机に備えられたシックな椅子に腰かけている。絞られた明かりの中、目を凝らすと、手元の端末に何かを打ち込んでいるように見えた。
     開け放たれた窓は道路に面しているのか、夜の街を行き交う人々の声やエンジン音が微かに聞こえてくる。
    「大佐」
    「私はタイサなどという名前ではない」
     直ぐに応答があるとは思わなかったので、少し驚いた。ずいぶん久しぶりに彼の声を聞いたはずなのだが、記憶と寸分の違いなく、甘く響く、それでいてどこか感情の読みづらい声だった。遠い過去となった、彼と共に宇宙を駆け抜けたあの日々を思い出す。
    「では、なんとお呼びすれば」
     扉から慎重に彼の元へと近づく。まだ彼は顔を上げずに手元の端末を見ている。私は警戒を解かないまま、机の数歩前で立ち止まった。
     近づくにつれ、この部屋の落ち着いた照明の中でも彼の姿かたちがはっきりと見てとれるようになった。意外なことに、その特徴的な目の色を隠す仮面もバイザーも長い前髪もなかった。したがって、その美しいかんばせが晒されていることに今更ながら動揺する。
    「メロスだ」
    「は?」
    「あるいはディオニス」
    「はあ。ダザイですか」
    「知っていたか」
    「ええ、まあ。木星船団には娯楽が少なかったものですから」
     何故急にダザイの話をするのだこの男はと思ったが、マチュくんから聞いた結婚式の話を思い出した。なるほど、メロス。
    「大佐は…メロスではないですね」
     しかしディオニスかと言われると、それもまた納得に値しないような気がした。
    「ふうん。ま、なんでもいい。好きに呼べばいいさ。ララァの運営する孤児院の子どもたちにはシローと呼ばれていた」
     そこでやっと彼は私に顔を向けた。ああ、本当に、気が狂いそうなほど美しい。この容姿から発せられる甘言で、数多の人間たちが惑わされてきたであろうことは想像に難くない。正直、怒りさえある。
     私の感情の波を知ってか知らずか、軽く眉をひそめた彼は手元の端末をジャケットの内ポケットに仕舞い、優雅に椅子を引いて立ち上がった。動きに合わせてさらり、と流れた金糸を耳にかける仕草に思わず目を奪われる。
    「そのバイザー、似合ってないな」
    「貴方は……髪が、伸びましたね」
    「ふん、時間が経てば人は変わる。そんなことも知らんのか」
     声色は相変わらず平坦だが、私の上官であった当時とは違った、歯に衣着せぬ物言いだった。
    「と、思っていたがあなたは9年前から変わらないようだな。難儀なことだ」
     立ち上がった彼はそのまま大きな窓の前に立ち、仰々しく腕を組んで私を私を見た。彼の背後では人工的な夜景が瞬いている。もしも彼が舞台で踊ることがあるのならば、このくらいささやかな装飾で十分だ。その方がより、美しさが際立つ。
    「なんとか言いたまえよ。大体あなたはいくつになったのだ。38?おいおい」
    「…貴方は29ですか。しかし…」
     つま先から頭の先まで余すことなく見る。不躾なまでのその視線を、まったく歯牙にもかけないその姿。気のせいであってほしいのだが、9年前からの身体的変化が、髪くらいしかないようにも見える。
    「一体どういうことで?」
    「さあ。薔薇の少女が残した影響かもしれないが、今となっては知る由もない」
    「やはり貴方は…」
    「案外もう5年もすれば、ぱっと分かりやすく年をとりだすのかもしれん。あまり重く捉えすぎるなよ」
     彼は軽く顎をしゃくって、私が背後に隠している右手を指した。やはり、見透かされている。
     だが、これだけは聞いておかなければならない。
    「貴方が地球を出て、1年。一体何をされていたのですか」
     私の低く、重さを増した言葉を聞いてもなお、彼は飄々とした態度を崩さない。
    「なんだ?やはり貴様のお眼鏡に叶わなければ、ここで殺そうというわけか」
    「その覚悟があります」
     思わず、右手に力が入る。そうだ、私にはニュータイプの未来を脅かすものはなんであれ、排除する覚悟がある。敬愛する上官を裏切ってでも殺してでも己が命を落としてでもこれだけは譲れない。譲ることは許されない。空虚な私に指し示されたただ一つの使命なのだ。そう、赤く輝く光に誓ったのだから。
    「貴様に私が止められるとは思えない」
     そう、当然のように告げられた言葉に、あの日私の元を離れていった青い光の尾を思い出した。視界がぶれて赤くなり、思わず数歩、重く踏みしめるように彼に近づく。静かに私の様子を眺める彼の瞳には、白く輝く光が見える。その光に、今まで感じたことの無い強烈な感情を覚えた。
     私を見ろ!許すものか、その白い光を追うのはおやめなさい!
    「が、アルテイシアだ」
     目を伏せた彼からは、先ほどの白い光の気配を感じない。漸く、自然と呼吸が出来た気がした。
    「あれが、そうあれと願うのであれば、今回くらいは聞いてやってもよいかと思ったのだ」
    「…めちゃめちゃに暴れてやろうかと思っていたそうですが」
    「いまからでも遅くないのであれば、やろう」
    「冗談じゃありませんよ」
    「そうだ、冗談ではない」
     ふ、と笑った彼からは気安さすら感じる。本当に、命のやり取りをしようという意思は無いようだった。少なくとも今は。
     右手の力みが取れる。私は銃をジャケットの中のホルダーに仕舞った。力が入りすぎていた為か、ガングリップに少し血がついていた。
     その様子を見て、彼は軽く両手を上げて星々に語り掛けるように朗々と語りだした。

    「ターミナルテロに巻き込まれてな。アルテイシアが何者かを宇宙に引き上げる為の根回しをしているらしいと情報を掴んだ反アルテイシア派の勢力が、私をアルテイシア王政の要人らしいと勘違いしたようだ。見せしめに爆殺するつもりだったらしいが、まあ運良く逃げおおせた。予定が狂ったが、そのあと別のターミナルから地球を出た。すると今度はシャトル内でクーデターを企む元地球連邦の軍人くずれどもに鉢合わせてな。コロニーに着いてから奴らの拠点に殴り込んで適当に縛り上げて軍警に引き渡したのだが、私の身分に深入りしようとするものだから、面倒になって軍警も伸して逃げた」
     本当に何をしていたんだこの男は。
    「…頭が痛いですよ。その後は?」
     促すと一呼吸おいて、ぽつりと語りだす。先ほどの語りとは違って、明日の天気を話をするような、独り言のような淡い声色だった。
    「母の命日にようやくあの場所へたどり着き、アルテイシアの望み通り花を供えることができた。…いざ供えてしまえば、あっけないものだな」
     窓の外を眺める彼の横顔は憂いを含んで美しかった。ズムシティの公王庁舎から、人々を眺めるアルテイシア様を思い出す。この兄妹は、憂い顔が一番よく似ている。
    「…大佐」
    「そこで、アルテイシアにも会った」
    「アルテイシア様よりご報告いただいた時は驚きました。まさか大佐を宇宙に連れ出し、お会いすることが目的だったとは」
    「ズムシティを抜け出してくるとは、我が妹ながら豪胆な娘だよ」
    「…叱られましたか?」
    「ふん、貴様には関係のないことだ」
     私に向けられた言葉は鋭かった。当然だ。私はその妹御を、今後一切普通の娘として生きられないように仕向け策略したもののひとりである。結局、ジオンはダイクンを都合よく利用し、神輿にしているのだと謗りを受けても仕方がなかった。スペースノイドの自立には程遠い。
     一方で、彼の瞳は、言葉とは裏腹に凪いでいる。やわらかい光が灯っているふうにも見えた。きっと今、アルテイシア様を想っている。長い邂逅にはならなかったはずだ。しかしお母君の墓前で漸く交わすことのできた言葉と愛情が、彼本来のやさしさをまたひとつ思い出させたに違いなかった。
     窓の外から通行人の賑やかな声がしたところで、彼は私に目を向けた。
    「ターミナルの一件もそうだが、貴様もずいぶん振り回されたのではないか?アルテイシアとの連携もまったく上手くいっていないし、よほど素晴らしい部下がいると見える」
    「耳が痛いですね」
    「ネズミが入り込みすぎだ。よく洗っておけよ」
    「はい」
     素直に返事が出た。この男が私の上官だった頃を思い出させた。
    「問題はアルテイシアに会ったその後だ」
     まだあるのか。いや、アルテイシア様からは、大佐とお会いになったことしか知らされていない。1年という空白の月日を、彼がどこで何をしていたのか、私はほとんど掴めずにここまで来た。
    「貴様もよおく知っての通り、ジオンは一枚岩ではない。地球に戻ろうとしていた道すがら、今度はミネバ擁立を企むザビ家派と、ジオンの赤い彗星は実は生きていてキャスバル・レム・ダイクンその人であるのだと声高々に叫ぶ過激な思想家どもの抗争に巻き込まれてな。流石の私も危ういかと思ったのだが、運よく転がってきたバズーカ砲に間一髪助けられ、手荷物を全て失うだけで済んだ」
    「なぜ貴方の前にはいつも都合よくバズーカ砲が転がってくるのですか」
     予想していなかったことだが、その件は私の耳にも入っていた。2つの派閥の争いによって、市民の身柄を人質にした立てこもり事件まで発生していたそうだが、謎の爆発が軍警が突入する突破口になったという。この男の仕業だったのか。この男、本当に平穏には生きられない星のもとに生まれてしまったのだろうか。ひっ掴んで逆さに振ったら、まだまだ白状していない事件やトラブルがわんさか降ってきそうである。
     マチュくん、この男どう思いますか?私の頭の中のイマジナリーマチュくんが、仕方ないよと頭を振っていた。さらには、私もニャアンもやっちゃうときはやっちゃうしね!と笑う。ほどほどにしてください。
    「それで地球に戻る資金を失って、どうしたものかなと思っていたら、バーで出会った親切な紳士が月までで良ければとプライベートシャトルに同乗させてくれたのだ」
    「だからといって、今の貴方の立場でグラナダで会社を興すやつがありますかっ!」
     そうだ、ここはグラナダ。月の裏側の月面都市。ジオン軍の拠点のひとつだ。しかも今聞き捨てならないことを言わなかったか?バーで出会った親切な紳士?また年上を誑かしたのかこの男。
    「旅費を稼ぐだけのつもりだったのだが、なんか上手くいってしまったのだ。見逃せよキケロガマン」
    「1年間、地球から宇宙コロニーの端から端まで駆けずり回って、ずっと追いかけていた相手が、また月でなんかごちゃごちゃやっているらしいと知った時の私の気持ちが分かりますか!?」
     ヒートアップする私を横目に、どこ吹く風といった様子で彼は答える。少し面倒くさそうですらある。
    「企み事のように言われるのは心外だな。わが社はいたってまともな全宇宙の食糧危機を憂う、フード・テクノロジー研究機関だ」
    「本当にまともだったので余計に困惑しているのですよ…」
     そこは、乗り込んでくる前に徹底的に調べ上げている。本当に、曇り一つないまっとうな企業であった。まっとう過ぎて困惑した挙句、普通に社長へ面会のアポイントメントを取った。そして普通に社長室に通されたので、こんなことになっている。
    「部下に恵まれたおかげか、かなり良い研究成果を出せた。この成果を地球のキャンプに持ち帰るために、少し長居しすぎた自覚はある」
    「ララァ嬢の活動のため…ですか」
    「私が善しとした私の意思だ」
     思わず彼の顔を見る。美しい青い瞳の輝きが、あの星に似ていることに9年越しに気が付いた。
    「あなたにそう構えられずとも私はもう地球に戻る。3日前に漸く後続の責任者への全権限譲渡が完了したのだ。結婚式には間に合わなかったが、いい加減に戻らなければララァとアムロくんに今度こそ愛想をつかされてしまう」
    「…本当ですか」
     本当に、今度こそ彼は地球での穏やかな暮らしを続けてくれるのだろうか。自然に年を重ね、人を殺めず、周りを助け、妹を憂いながら、ささやかな幸せにために生きてくれるのだろうか。
     愛する人を見つけるのだろうか。
    「あまり人の心を覗きすぎるのは良くない」
     懐かしい台詞だ。口にした彼はどこか皮肉気に口元を歪めている。
    「あの時はわざわざ言ってやらなかったが、一方的に相手の心を覗いて理解した気になっているのは傲慢だぞ。私の中にばかり答えを求めるな」
    「…マチュくんにも似たことを言われました」
    「ほう?アマテが」
     彼女の名前を聞いた彼は皮肉気な態度から一転、楽しそうな、笑いだしそうなそんな顔になった。地球に配備した監視員からの報告を聞く度になんとなく察しはついていたのだが、年下の面倒を見たり突飛な行動に振り回されるのが案外好きなのだろう。
    「やはり我々はニュータイプのなりそこないだよ。これからの時代を作るのは我々旧世代の人間ではなく、新世代を生きる若者なのだ。我々が選んでこなかった選択を選べる、それをアマテは分かってる」
    「貴方から、そんな言葉を聞ける日が来るとは」
    「意外か?月日が経つというのはこういうことだ」
     意外ではないのかもしれない。この男が纏う虚無は、ある種の何色にも染まる純粋さでもあった。絶望の果てに破滅を往くこともあれば、希望を持って次代へと託す道も選ぶこともあるのだろう。
     私は、隣でその道を見守ることは出来なかった。
    「アマテはきっと、私たちの思いもつかないような方法でシュウジと再会するのだろうな。ふふ、楽しみだ」
    「案外、もう再会を果たしているかもしれませんね」
     彼女は恋と愛を知っているらしい。シュウジ・イトウに恋をした少女は、道を失い、勇気を携え、走り抜けた先で愛に辿り着いた。それならきっと、結末に相応しいのはハッピーエンドだ。それを信じさせる力が彼女にはあった。
    「アマテに倣って念の為に言い含めておくが」
     軽い調子で話しながら、彼が私の元へと近づいてくる。私たちが警戒のもと一定に保っていた距離感が崩れた。…手を伸ばせば触れられそうだ。
     私の求めるもの、見たい景色、それは何だったのだろう。
    「あれは強い女だから弱音を吐かないだろうが、もしもがあれば、私は貴様もジオンもまとめてぐちゃぐちゃにしてやるのだぞということを知っておけよ」
    アルテイシア様のことだと直ぐに分かった。変わらず、軽い調子の語気であったが、その青い瞳には底が見えず、冗談を許さない凄味があった。本当にぐちゃぐちゃにされるのだと思った。
    「…肝に銘じておきましょう」
    「うん」
     言いたいことは言ったとばかりに納得した様子で彼は平坦に声を上げた。最初にこの部屋に入って来た時と変わらない、甘く響く、それでいてどこか感情の読みづらい声だ。
     私はどうだろうか。少し視線を落とし思案する。彼に言いたいこと、伝えたいことがたくさんあったはずなのに、何も分からなくなっていた。9年間、彼のことをずっと考えていた。それは憧憬であり、同調であり、親愛であり、落胆であり、亡念であった。私が、私こそが彼を諫め、殺すものだと思っていた。彼が目指した世界のために。
     …やはり、言葉にはならない。私の心に棲みついた赤い光も、あの日見上げた青い尾を引く輝きも、なにひとつ私のものにはならないことが、私がこの道を選んだことへの対価なのだと分かっていた。
     項垂れる私に、一歩、また一歩と近づく彼の気配に息が詰まりそうだ。顔が見れない。見る資格もない。このまま時を止めてほしい。
    「あなたのその洞察に満ちた優しさは、この先も正しく未来のために使うといい、シャリア・ブル」
    ひっそりと囁くような穏やかな声音だった。彼に名を呼ばれたのは4年振りだった。
     仄かに、上品な花の香りがした。
    「…ッシャア大佐!」
     抱きしめたかった。それだけでよかった。それだけでいい!
     しかし衝動的に伸ばされた私の手を彼はひらりと躱し、長い脚で驚くほど俊敏に窓枠に乗り上げた。
    「ではな、妖怪赤靴下キケロガマン。もう会わないことを祈るぞっ!」
    「なっ」
     まるでスパイ映画か怪盗のように窓から身を投げ逃走する姿に呆気にとられる。
    「くそ、相変わらず逃げ足の早い!」
     慌てて窓枠に手を掛け見下ろすが、すでにそこに姿はない。どうやら下の階のベランダに降りてまた室内に逃げ込んだようだった。逃亡者の行方を教えるようにカーテンが揺れている。
     こうなってしまってはお手上げだった。きっと彼は言葉を違えず、この後地球に戻ってこの会社で得た富と技術を人々のために使うだろう。なんと平和で美しいことか。つまり、シャリア・ブルはまたお役御免になってしまったという訳だ。星を追いかけ続けたこの1年の生活に別れを告げ、地球から一番遠いあのコロニーに戻り、彼によく似た面差しの女王を傍で支えなければいけないのだ。
     時折部下から知らされる彼の日々を、ひっそりと聞きながら。
    「…マチュくんにお願いすれば、写真くらいは送ってもらえますかね」
     私の頭の中のイマジナリーマチュくんが、ヒゲマン、振られたの~?と笑っていた。

    「おかえりなさい」
    「ただいま。すまない、約束をやぶってしまったな」
    「結婚式は来月だ」
    「…なに?」
    「ララァが、あなたが間に合わないようだからって延期してもらったんだ」
    「ララァ」
    「無事にお戻りになってよかった、シロー」
    「……やはり私はメロスではなかったようだな」
    「何の話だよ」

    星の行方 おわり
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