たとえその本気が傷をつけるとしても「ねぇ、柰津緒。もし、さ……今日柰津緒のとこに飛んでたフライ、あれがファールじゃなくて、柰津緒がエラーしてたら、どう思った……」
自主練が終わり夕食の前に一度部屋に戻ったタイミングで、綾瀬川から非常に答えにくい質問が飛んできて、柰津緒は考え込むことになった。
先ほど瀬田が言っていた「エラーなかっただけマシ」という言葉が、柰津緒の頭の中を駆け巡る。もし、ノーノーを崩すエラーを自分の手で起こしていたらなんて、想像するだけでも恐ろしかった。
「……土下座する、かも」
点が取れなくて勝ちを逃すどころか、エラーで投手の名誉を崩すなど、たとえ投手がそこまで気にしていなくても、自分自身の気が済まないと柰津緒は思う。
「土下座……」
「……足りない?」
「ううん、そうじゃなくて……」
綾瀬川が言葉に迷いながら一度大きく息を吸う。
「エラーで落ち込んで、それで……野球、嫌いになったりは、しない?」
「それはない、と思う。どれだけ酷いエラーでも、野球は嫌いにならないよ。……自分のことは、イヤになるかもしれないけど」
「自分がイヤ?」
「……綾瀬川が頑張ってるのに自分はエラーでその頑張り潰すの、申し訳ないよ……。もっとうまくならなきゃって思う」
「そっか……だから桃吾……」
「桃吾? どうかした?」
「ううん、なんでもない。ありがと、柰津緒」
それだけ言うと、綾瀬川は部屋に用がなくなったように先に外へ出ていってしまう。
それ以上踏み込めなかった柰津緒だが、戻ってくるまでも自分の練習に集中していたため、自主練中の綾瀬川がたまに桃吾をじっと見ていたことはまったく気づいていなかった。
けれども、今部屋を出ていく際の綾瀬川の顔がどこかほっとしていたことには流石に気がつく。
酷く恐ろしい仮定の問いだったが、それに答えて綾瀬川に少し何か返せたのならよかったと、そんな風に思いながら柰津緒も部屋を出て、夕食に向かうため綾瀬川を追いかけはじめた。