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    iduha_dkz

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    瀬田ちゃん円と椿の国内合宿初日夜。
    桃吾と綾をいじって人の輪の中に入れる7話の瀬田ちゃんもまた円とは違う形のムードメーカーだと思っています。

    立場の違いでできること昼食時に起こった正捕手がエースを殴るという大事件によって張り詰めた雰囲気になっていた夕食は、パトカーが通る度に瀬田が殴った加害者をイジることで多少はマシな空気が吸えるようになった。意見は正しくても行動がダメだった人は、その行動を咎めながら話題の中心に引き込めば孤立させずにすむ。そうしたかったから、瀬田はそうしただけだったのだが。
    「桃吾のこと、ありがとな」
    夕食の終わり際、桃吾がトイレに行ったタイミングで円にそっと呼ばれて、そして誰もいない廊下で瀬田は突然お礼を言われていた。
    「え? 何が?」
    心当たりがなくて思わず尋ねてしまう。さっき最後の一個の唐揚げを譲ったやつかなでもあれすぐ補充されるあったかいできたて食べたくて譲っただけなんだよななどと考えてしまうが、それへのお礼ならわざわざ食堂を出る必要はない。
    「警察が探しとるって桃吾イジってみんなの輪の中に戻してくれたじゃろー。身内のわしじゃあれはできん」
    円が語った理由は確かに人目を避けてこっそり話した方がいいものだったが、瀬田の頭には別の疑問が浮かぶ。
    「え? なんで円がお礼言うの?」
    本人が言ってくるならわかるものの、円は事件の時に隣にいても殴ってはいない。むしろ殴りかかろうとする桃吾を抑えていた側だと聞いている。同じチームとは知っているものの、それはこっそりお礼を言う理由にはならない。問われた円は円で、そんなことを尋ねられると思っていなかったのか、少し固まっている。
    「……わしがあそこにおらんかったら、桃吾も殴るまではしてへんかったやろうし」
    少し考えて語られた理由は、瀬田にはあまりわからなかった。円がいなければ殴っていなかったとしても、それでも殴ったのは桃吾なのだ。円に責任はない。とはいえ、そこにこだわって尋ね続けるようなことでもないので、瀬田はお礼に対する返事に切り替える。
    「そっか。気にしなくていーよ。オレが桃吾浮くのヤだって思っただけだし。試合中まで引きずったら最悪じゃん」
    「せやの。でも助かったわ。後は綾瀬川なんじゃが」
    桃吾からそちらにまで話が及んで、今度は瀬田が少し言葉を失う番だった。正面からあの許せない言葉の数々をぶつけられて、それでも綾瀬川もみんなの輪の中に入れようと思う、そんな円が更に何もわからなくなる。
    「……まだみんな、綾瀬川許す雰囲気じゃないでしょ」
    「瀬田から見てもそおか」
    「来たくて来てない、なんて言うやつ許せないでしょ。みんな自分のチームで落ちたやつ見てるのに。殴ったのにはそこまでしなくてもって思ってても、綾瀬川が言ったこと水に流してるのは……今円だけだと思う」
    意見は正しくても行動がダメだったなら、その行動を咎めればいい。けれど、意見自体が合わない存在は、異端であり馴染めないのだ。許そうとする円もまた浮きかねない。
    「言うた時のあいつ、だいぶ様子おかしかったんじゃ」
    選考会の時のあいつはあんなこと言うやつやなかったと言われても、その判断材料を瀬田は持っていない。
    「まぁ、言われた円が許すならオレはいいけど」
    ただ、酷い言葉を向けられた円がしっかりした理由の上で許そうとするなら、直接聞いていない瀬田が怒り続けるのは違うなとも思う。
    「雰囲気が綾瀬川許す方に傾いたら、あいつのことも桃吾みたいに輪の中に引き込んでくれんか」
    「傾くかなぁ」
    全員が今の瀬田みたいな気持ちになれば、内心許していなくてもイジって人の輪の中に入れるくらいはできるようになるだろうが、空気ごと変えるには全員が同じ認識を持っていないとはじまらない。
    とはいえ瀬田も空気は重苦しくない方がいい。もしそんな時がきたら、当事者の円にはできないことをして最悪の雰囲気をなんとかしてみようか。そんな考えを持てるくらいには、円との内緒話は瀬田にとって意味のあるものになった。


    大好きなチームメイトとは一緒の部屋になれなかったが、訪ねることを止められているわけではない。だから瀬田は椿の部屋を訪ねて、ベッドに座って彼の名を呼ぶこともできる。
    「つ·ば·き」
    でも敢えて、そう呼んで欲しいと頼まれた苗字を思いっきり不満をのせた声で呼ぶと、資料に目を向けていた椿も顔を上げて瀬田の方を見た。同室の花房はバスルームに行っていて二人きりの部屋で、椿は困ったような笑顔を浮かべる。
    「そんなに不満?」
    キャプテンだから宗ちゃんは止めて欲しいと言われた時は瀬田も納得していた。けれども、チームメイトの身内として行動していた円を見た後だと、その分別で少し淋しくなるのは仕方のないことで。チームのキャプテンとしてがんばる椿を身内として助けることさえ封じられるのは、生じた距離感がなくなればいいのにと思ってしまう。
    「オレ絶対いつか宗ちゃんって呼んじゃうと思う」
    そもそも馴染んだ呼び方だ。わざとでなくても忘れた瞬間とっさに飛び出てしまう可能性はつきまとう。
    「その時は仕方ないよ。隠してみんな平等にしようとしてるってことが大事だから」
    「キャプテンが誰か一人特別にしたら他の選手が迷う、だっけ」
    監督の言葉も間違ってはいない。よく世代代表のキャプテンを任されるポジションの桃吾がもしキャプテンだったなら、身内の円が特別であることが一目瞭然で投手への空気は変わっただろうし、なにより殴った後がもっと大変なことになっていたはずだ。司令塔というポジションで決めるのではなくちゃんと適正を見て決めていることがわかると、椿が選ばれたことは誇らしい。でも、背番号は八でも投手もやる自分と距離をとる判断ができるそういう椿だからこそキャプテンに選ばれたとはわかっていても、せっかく一緒に選ばれたのに普段の距離感で勝利を喜べないのは淋しいと感じてしまうことを瀬田は止められない。
    「うん。勝ちに来てるんだし、チームの雰囲気悪くしたくないから」
    「……もう最悪になってると思う」
    「……そうだよなぁ」
    チームの雰囲気なんて初日から最悪で、ここから気を使うべきものかは正直だいぶ怪しい。綾瀬川の言葉は、直接聞いていない瀬田にまで伝わるほどチーム全員の心に突き刺さっている。
    「来たくて来てないは、誰だって怒るよ。殴ったのはよくないけど」
    「数馬、本音は?」
    「桃吾よくやったって思ってる」
    いくら息がしにくい空気だからといっても、その行動に拒否感を覚えるなら瀬田は空気をなんとかしようなんて思わない。このチームに選ばれるためにどれだけの努力をしてきたか。そしてたった十八人しか選ばれない以上、多くの選手を蹴落としてみんなここにいる。ここに来るなら蹴落とした責任があって、来たくないならその席を譲るべきなのだ。
    日本代表のユニフォームも着たくないと言ったエースなんて士気に関わる。そこまで考えて、瀬田は綾瀬川がいたせいでエースという席に届かなかった円は、そこまで綾瀬川に否定的ではなかったことを思い出した。
    「でも、さっき円と話して、なんか円は綾瀬川どうにかしたそうだった」
    「円が?」
    「うん、言った時の綾瀬川の様子、だいぶおかしかったんだってさ」
    様子がおかしくても言っていい言葉ではないと思うが、瀬田だって虫の居所が悪かった時につい強い言葉が出た経験はある。ここまで酷い言葉ではなくても、喧嘩して言う気のなかったことまで言ってしまった経験ならだいたい誰にでもあるはずだ。
    「綾瀬川が本心で言ってないなら、本人が言ったの後悔してるってみんなが知ったらなんとかなるかもしれないな」
    「それ個別で知っても、相手も同じ情報持ってるかわからなくて様子見入るから時間かかる。全員一緒に知るとかじゃないと」
    全員そろっているところでみんなが綾瀬川がうっかり言っただけで今は悔やんでいると知ることになれば空気も変わるだろうが、この事件と関係のない瀬田に直接できることはない。
    「それもそうか。特に桃吾が怒ってるのとかみんな知ってるしなぁ」
    殴っておいて反省ゼロの顔をしている桃吾がいる以上、綾瀬川を許容する空気に持っていくのは難しいだろう。選ばれた栄誉も選ばれなかった悔しさも全部侮辱したエースを殴ったのは正捕手で、しかもその正捕手と同じチームから二番手の投手が代表にきている。立場がなくても酷い言葉なのに、桃吾が余計に許せなくなることは想像できた。だからこそ。
    「円と桃吾がああだし、やっぱりオレらは仲良くしないほうがいいかぁ」
    しぶしぶだが、瀬田は椿と距離をとる意味を改めて認める。ここから更にキャプテン贔屓の投手なんて存在が出てきたら、チームの混乱は酷いものになるだろう。だから、不満はあるものの宗ちゃんとは呼ばないことを受け入れた。そんなタイミングで、
    「数馬、俺はキャプテンだからみんなの前では言えないだけで、数馬がエースだったら嬉しいよ」
    日本代表のキャプテンではなく、戸田ワイルドキャッツの椿宗一郎としての言葉をもらえる。その瞬間から次々と溢れ出てくる気持ちは、とても全部言葉にできそうになくて。
    「……がんばる」
    そうありたいと、たった一言に瀬田は気持ちを全てこめた。椿は笑って受け止めて、でもまずはこのチームで勝つことだけどと言う。それは確かにそうで、今は一朝一夕ではうまくならない上手さを磨く時ではなく、今まで培ってきた能力を発揮するタイミングだ。
    とはいえ、雰囲気が最悪のままでは全員が実力を出し切って勝ちを狙いにいけるかは微妙で。やっぱりオレがどうにかできる雰囲気になったら空気軽くなるように動こう。瀬田はぼんやりそうしてもいいかなと思っていたくらいのことを、それができる時がきたら動こうと心に決めた。

    円が当事者だからとれる方法で綾瀬川の反省を全員に伝え、そこで空気が変わったあと円の呼びかけに乗って集められたテーブルに移動し、救急車に合わせて綾瀬川をイジり瀬田が空気を和らげたのは、翌朝のことである。

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    iduha_dkz

    DONE綾と桃吾の高校での卒業式の話です。
    前半は1年時、後半は3年時。
    3年一緒に過ごすうちに色々理解して仲良くなり情も湧いたけど、それでも桃吾の一番は円なので綾の一番にはなれないことを最後に突きつける、一番のために他の大事なもの切る痛みを伴う別れが100通り見たくて書きました。
    最後の日を迎えて卒業式で久しぶりに会った二つ上の先輩は、綾瀬川と桃吾が二人で花束を持ってきたのを見て、はじめは落第点しか取れていなかった学生が百点満点を取った時の教師のような顔で微笑んだ。
    「二人一緒に来るとは思ってなかった」
    「元主将を心配させるなって、二年の先輩たちが二人で行けゆうてくれはったんです」
    「桃吾、それ言っちゃったら不安にさせるやつじゃない?」
    「大丈夫だよ綾瀬川。雛がどうしても俺に渡したかったって言えない照れ隠しなのはわかってるから」
    「主将ぉ!」
    「あ、ならよかったです」
    抗議の声を出した桃吾を綾瀬川はまったく気遣わず「ほら渡すんでしょ」と花束を差し出すように促す。長持ちすることを考慮してドライフラワーで作られた花束を二人から受け取り、鮮やかな花束に一度視線を落とした後、彼は自分より身長の高い後輩二人を見上げた。
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