箱の中身はなんだろな 昼時、人口密度の高い学食では相席なんて当たり前だ。トレーを受け取って辺りを見渡すと視線の先に数個、空いてる席を見つけた。ラッキー。ざわざわと賑やかな人混みを避け、近くまで歩み寄る。
段々と埋まっていくが、席はまだひとつ空いていた。トレーを置くと、向かいに座っていた男が手をひらひらとさせて存在をアピールしてきた。指先から腕、腕から顔。目で追いかけるとすぐに視線が合う。派手髪とよく知った顔の彼は、気さくに声をかけてきた。
「よ、色男。また女の子振ったんだって?」
「開口一番に言うことがそれ?てか情報はっっや。待って、それ昨日の話でしょ」
「昨日の夜、その子に泣きつかれてさ。いい感じに絆されてくれて…パクッとつまみ食いってわけ」
「よりにもよって頼るのが乙夜くんって。人選ミスでしょ明らかに」
「ごち」
お礼なんて言われる謂れはないんだけれど。てか昨日の子、乙夜くんとこ行ったんだ。告白された時は結構真面目そうな印象をうけたが、どうやら俺の目は節穴だったらしい。断った自分がいうのもどうかと思うが、振られたそばから他の男と即合体するのは如何なもんか。俺が堅すぎるだけ?
「女の子って分かんねえ」
「…即物的にでもいいから、愛されたかったとか?」
インスタントラブは俺にお任せ〜。なんて、彼はそんなことを嘯く。俺は、キミが真面目に恋してる時のが好きだったけどな。
そう言葉にすると、食い気味に若気の至りは忘れろと諌められた。別に今も十分若いでしょ。少し擦れた感じはあるけど。
「ユッキーには分かんね〜よ」
「なにそれ。つれないこと言うじゃん」
「寂しいとさ、急激な寒さに見舞われんの」
「最近そこまでの冷え込みじゃないのに?」
「はー、分かってねえな。心が冷えると身体も寒いって錯覚しちゃうもんなの」
「…へえ」
冷めやすくも熱しやすい。されど真剣。そんな彼の高校時代の恋愛模様に思いを馳せる。
少し偏差値の合わない大学への受験を決めたのだって、当時付き合っていた年上の先輩の為だったっていうのに。今では地に足は付けず、色々な女の子の元をふわふわと渡り歩いている。
「…あーあ、大学は良くも悪くも人を変えちゃうね」
「は?何の話」
「んーん。何でもない」
「昨日の子ね、はじめはユッキーくんのタイプってどんな子!?って泣いててさ、彼女になりたい〜!って熱弁してたのに、数時間後には俺とベッドの中にいんの。…最高に可愛くね?」
嗚呼、歪だな。グニャングニャンにひん曲がってる。彼の言った最高に可愛いって言葉の有効期限も、きっと昨日で切れていて、今日は今日の最高を模索している。彼はそんな男である。
乙夜くんとは高校三年の秋からよく話すようになった。三年間、一度たりともクラスが同じだったことはない。
たまたま進路指導室で声をかけられ、進学先が一緒だったからなんて当たり障りのない理由でつるみ始めた。
進学する学部は違うけれど、二年になった今もこうして時間さえ合えば話す。そんな仲だ。
「はいはい。キミが楽しそうで何よりだよ」
「…反応つまんね」
「なんて返して欲しい?」
「別にぃ」
「だったらそのだる絡みそろそろやめようよ」
「へえ、ユッキーもだるいとか思うんだ」
「友達なくすよ?根は悪い子じゃないのに、勘違いされたら俺が悲しいんだけど」
最近ではどこから聞きつけてくるのか、彼は俺と関わりのある女の子周りで遊んでいるらしい。彼と過ごしてきた中でも素行が最高に最悪でもはや笑いさえ込み上げてくる。周囲から彼への評判もみるみるうち塗り変わりつつあって、座りの悪い思いをすることがあった。
乙夜くんの評判を聞きつけた男友達から、俺はユッキーの味方だせ!とか言われても。そもそも、俺と乙夜くんの間に敵も味方もないのに。
件の女の子の中に、俺の想い人がいる…というわけでもなければ、乙夜くんからしつこくされたという被害報告もない。遊ぶのは自由。そのため咎めることはしないが。
しかし彼女らが大切な同じ学部の友人であることには変わりない。傷付くのは本意ではないため、チャラいのに声かけられたら無視していいよと周知している。
「ユッキーは?」
「んー?」
「俺とオトモダチ、…やめなくていいの」
「…やめてほしい感じ?」
「質問返しは嫌われるよ」
怒らせてしまった。気まぐれにも思えるし、意思が強いともとれる。どっちともつかない目は、逸らされずかち合ったまま。
軽いのか重いのか。そもそも中身は詰まっているのか。この手で持ってみるまで分からない、そんな箱を目の前に置かれているような感覚に陥る。
「やめないよ。感性は人それぞれだろ?それに俺、乙夜くんのこと好きだし」
まあその箱、俺はまだ持ち上げないんだけどね。少し触れてゆすって、すぐ離す。するとあら不思議。足が生えて逃げ出してしまうではないか。
「〜〜もう、ほんっっとつまんない」
「つまんないから友達やめる?」
「やめない!」
「はは、やめないんだ。元気なお返事どうも」
「うざ!俺もういくから、じゃ」
「うん。またね」
空の器の乗ったトレーを乱雑に持ち上げて、彼はスタスタと去ってしまった。
「あー…あれ絶対俺のこと好きだよな〜…」
彼もそれなりにモテるだろうが、俺だってその類いではある。伊達にこの顔で二十年近く生きていない。人からの向けられる好意に関して、何となくだけれどベクトルが分かってしまう。
彼からの好意に気が付いたらとき、素直に嬉しかった。しかし厄介なのは、彼が彼自身の好意に気付いてないこと。感覚派はこれだから困る。
「俺さ、結構慎重派なんだよ」
「ダウト。お前はゴリゴリのゴリ押し派や」
自分から誰かを好きになったことがない。以前ならそう言い退けていたが、彼と出会ってまもない高三の冬。その日から今日に至るまで胸に居着いてふわふわゆれているこれがなんなのか。俺は今もはかりかねている。前例がないって怖いだろ。俺は、自身の箱の中身が、重さがまだ分からない。
「どう思う?烏くん」
「最高に趣味悪ぅてかなわん。友達やめてもええか?」
すぐ後にやってきた同じサークルの友人に相談したら、友人解消を打診されましたとさ。