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    𝕤 / 𝕔

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    ⇢ ひよジュン

    手渡されるそのぬくもりは、愛に似ている。 ✦ ✦ ✦

     音を吸収して、光を反射する。すべてを白い静謐に押し込めて、世界の温度を奪うもの。
     ──まあ要するに、いま外では雪が降り積もっているわけなのだけど。そうなるとぼくは布団から出るのがひどく億劫になる。
     だって寒いのはとっても、とっても嫌なのだもの。指の先から、身体の芯まで。端からだんだんと冷えていく感覚が嫌いだった。ひやんとした空気に触れていると、胸の内までその空気に撫ぜられている気がして。それがいちばん嫌いなのだけれど、そうと伝えたところであまり理解を得られたことがない。悪い日和。
     頭の先まで布団にくるまって、外出までの時間を脳内で逆算する。準備の時間を差し引いて、ギリギリまでこうしていたい。冷たいものにはできるだけ触れたくなかった。
     今日はタイミングが悪いことに、寮で同室のふたりがどちらとも不在だ。どちらかがいてくれたら室内の暖房を付けてくれていて、少しだけこの布団にくるまる時間も減るのに。
     うう。声には出さず、内心で唸る。まるでその様がぼくの相方そのものだったから、少し笑ってしまった。ふてくされて唸るあの子の姿を思い出して。
     あんなにかっこいい見目をしているのに、そうやって唸って拗ねている姿をしていると、あの子は途端にかわいらしくなる。ちいさな子どもが不器用に精一杯にぐずっているみたいで、胸がきゅう、と音を立てて顔が緩んでしまう。かわいいね、と伝えたらそれはそれで嫌な顔をされてしまうのだけど。事実なのにね。
     胸の内がほんの少しだけあたたかくなって、そのあたたかさに背中を押されてなんとか起き上がろうと試みる。けれど布団から出した指先に触れる空気が刺すような冷たさで、即座にぼくは手を引っ込めて丸くなった。いや。むり。さむい。
     ああ、はやく。あたたかいものに触れたい。願わくばそれが、ぼくがいちばんこころいとしく思っているものであれば、なおのこといい。
     ねえ、はやくきて。ぼくを待たせるなんて、わるい子。
     シーツに顔を埋めてくしゃりとシワを作っていれば、控えめにノックの音が響いた。コン、コン、コン。律儀に三回。そうして少し間が空いてから、解錠してドアを開ける音も。
     キン、と冷え込む空気が揺らぐ。かすかにあまい匂いがして、それと同じぐらいあまい声がぼくを呼んだ。抑えられた声量のおかげで、常より輪を掛けて端が吐息ににじむ、やわらかな声になっていた。

    「……おひいさん、」

     起きてます?
     継いで掛けられた言葉はなおさら低められた声色で、もはやくすぐったいくらい。頭の中がぼんやりと熱をもった気がして、おずおず、しぶしぶ。布団を掻き分けて顔を出した。
     その子はベッドのすぐ傍まできていて。手にした、飾り気のないシンプルなマグカップからあたたかな湯気を立ち上らせていた。あまい匂いはこのカップからしていて、最近のこの子の朝の匂いといったらこの匂いと言っても過言ではない。
     あ、起きてた。
     ぽつんと呟いて、じんわり、静謐に満ちる世界にぼやけるみたいに。ほのかに目元と口元をくつろげて、笑う。あまり見せてくれないこの子の、このやさしい笑い方が、ぼくはとても。すきだった。

    「おはようございます、おひいさん。今日は雪降ってるんで、絶対起きてねえなって思ってましたけど。起きてはいましたね」
    「……おはようジュンくん。朝から失礼だね。ぼくはいつだって、きちんと起きてるでしょ?」
    「布団から出ててくれればもっといいんすけどねぇ〜? まああんた寒がりだから、そこまでは言いませんけど」

     起きてるだけでも御の字ですよぉ。起こす手間が省けるんで。
     そう言いながらジュンくんはそっと身を屈めて、手にしていたカップを手渡そうとしてくる。あまりにもぐずって受け取らずにいると、そのまま自分で飲んでしまうと分かっているから、仕方なしに身体を起こした。布団を身体に巻き付けたまま。
     普段ジュンくんにお行儀! といって窘めている手前、この姿を晒すのは少し抵抗があるのだけど、ジュンくんはさして気にしていない。あんたでもそんなことするんすねぇ、といって静かに笑うだけだ。だからぼくも気にしないことにしている。

    「……あったかい」

     ジュンくんから受け取ったマグカップを両手でそっと包み込んで、視線を落とす。このシンプルなマグカップは、ジュンくんのものじゃない。これはぼくのもので、ジュンくんは色違いのものを持っている。
     だから、ジュンくんはわざわざぼくのマグカップを用意して、なかにたっぷりとあたたかなココアを淹れて毎朝持ってきてくれているのだ。寒い朝の空気の中、冷え込むだろうキッチンに立って。ぼくのためだけに。
     知っていたし、実感だってしているけれど。ジュンくんはとっても、忠実マメだと思う。
     口では素直じゃない言葉ばっかり(特にぼくには!)言うけれど、この子は一度心を許した相手には身を尽して接してくれる。──ほら、いまだってそう。
     クローゼットを開けて、最近のぼくお気に入りのざっくり編み込んだ厚手のカーディガンを取り出して、ジュンくんは布団の上からぼくの肩に掛けてくれる。それ飲んであったまったら着てくださいね。そう言い添えて。
     そしてぼくがココアを飲んでいる間、ジュンくんはぼくらのお姫様に構いに行くのがお決まりのパターンだ。メアリ用のベッドに敷かれたふわふわのブランケットは、ジュンくんが編んだもの。男の子らしい指の先と爪がちょっとだけ角ばった、あまり器用そうに見えないその手がくるくると動いて。身体の強くないメアリを想って、編み物を編みあげていくジュンくんの横顔を、ぼくはずっと隣で見守っていた。
     ううん、本当は。見惚れていた、と言った方が正しいのかも。
     ジュンくんは愛されることを知らない。愛することだって知らなかった。だから愛されるのも愛するのも、とことん下手で。ぼくが手ずから惜しみなく与えてあげても、受け取ることすらおっかなびっくりだった。
     けれど、ゆっくりとではあるけれど、ジュンくんは愛されることにも愛することにも慣れていった。そして、いまは。ささやかに表情をほどかせて、やさしい顔をして、ジュンくんは愛を表してくれる。
     ジュンくんが愛情を手渡すときの、やさしい笑顔がすきだった。控えめで、空気に触れるだけでほろほろと溶けていきそうな。やわらかなあまさに満ちたそれが。ぼくはずっと、だいすきで堪らない。
     きっといまメアリはそんなジュンくんの顔を見ているはずで、ぼくは冬の朝になると毎朝そんなジュンくんの顔を見ながら布団から這い出ている。
     ジュンくんが手渡してくれたこの、あたたかなぬくもりだって。愛の証左に他ならない。
     ぴょこんと跳ねた、ジュンくんの後ろ頭の髪の毛がいとおしい。暇になるとぼくが指先でぴょこぴょこといじっては怒られてしまうそれを横目で見遣って、ジュンくんからの愛情を残さず喉に流し込んだ。
     ほんのりとしたぬくもりで、身体の内からあたたまったからもう大丈夫。身を突き刺す寒さにだって耐えられるね。……少しなら。
     布団をそっと落としてカーディガンを羽織り直して、ベッドから下りて。そうっと抜き足差し足、忍び足。
     ジュンくん越しにメアリのかわいらしいブラックカラントのようなひとみと目が合って、ふふ、と微笑む。ジュンくんとメアリ。かわいいぼくの大事な子たち。ぼくのしあわせがここにある。
     しゃがみ込んでメアリを撫でていたジュンくんに背中から思いっきり抱き付いて、遠慮なしに首筋に頬を擦り付けた。そうすればくすぐったがりのこの子が情けない悲鳴を上げると知っていたけれど、ぼくが気にすることでもない。案の定ジュンくんは情けなくもかわいらしい悲鳴を上げて、おひいさん! とぼくを叱り付けた。
     振り向く、冬の朝の白い静謐な世界ですら隠すことのできないきんいろのひとみ。とろりととろけるあたたかなバターにも、舌をとろかせるハチミツにも似た、ジュンくんの透き通った純粋な光の色のひとみが、ぼくを捉える。ぼくだけを、捉える。
     それがあまりにも。あんまりにも、いとおしくって。
     溢れる愛に押しつぶされるみたいにして、小言を続けるはずだったのであろうジュンくんのくちびるにぼくのものを押し付けて、蓋をした。そうすればジュンくんは吐き出す言葉を飲み込んで、真っ赤になって、ひとみをうるうると潤ませて、とってもかわいくなると知っていたから。

    「ココアありがとう、ジュンくん。明日も明後日も、ずーっと。ぼくを起こしにきてね」

     くちびるがまだ触れ合う距離でそっと囁いた言葉に、ジュンくんのひとみがまた溶けていく。ぼくの愛情でもって溶けたその色がきれいだったから、ぼくはまたひとつ、ジュンくんのくちびるにキスを贈った。

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