知らない顔客のいなくなったホールは静かで寂しくどこか不気味な感じがする。まだこのキッチンの方が人の気配を感じられて安心する。もっとも隣の大男は相変わらず存在感が強すぎるが…
「あー…何で俺たちがキッチンもやんなきゃいけないんすかね〜」
「うるせぇさっさと手ぇ動かせ」
「へぇへぇ、てか、にーさんグラス拭くの上手っ」
「あ?こんなもんだろ」
俺が一個拭き終えるころには4個目に手を伸ばしていた
そのクセグラスには汚れ1つもない
さらっとこうゆうことできちゃうからこの人はもぉ〜…
料理も美味かったし、歌だって普通に上手だった。そういや絵も上手いってアニキが昔言ってた気がする…
俺は黒曜の弱点となるものをひとつも知らない。
強いてゆうなら不器用で鈍感なところだろうか、弱点と言うより欠点に近い気がするけど
「止まってんぞ、手」
「ぅえ、?あ、やべっ、」
パリン――――
急に声を掛けられてうっかりグラスを落としてしまう。
怒られるか……?
「あっちゃぁ〜すんませ………にーさん?」
「っ……………………はぁ……は、ァ」
しかめっ面で怒られると思っていた。
しかし目の前の黒曜の顔はどんどん青白くなっていて
呼吸が不規則になって過呼吸になりつつある。
黒曜の両手は首に残る大きな傷跡を強く抑えていた。
「え、ちょ大丈夫すか、?」
黒曜は首を押えたままずるずると床に座り込む
呼吸はどんどん浅く荒くなり、額には汗が滲んでいた。
「はぁ、うっ…はぁ、ッハ、ぁ、、はぁはぁはぁはぁ」
「あ、え…に、にーさん、、首……痛いんすか?気持ち悪いとか…あ、み、水とか…」
「う、ぁ、、ぃ、ゃ、、いゃ…だぁ…ぁ、あ、ゔッ、おぇ…」
「え、吐きっ!?ちょ、ホントどうしたんすか!?」
「「黒曜…!!!」」
キッチンの向こうから聞きなれた声が響いた。
「ぁ、アニ、キ、晶…、に、にーさんが…!!」
「黒曜大丈夫か?」
「ありゃ〜今回はグラスの音かぁ〜、」
晶は当然のように黒曜の横にしゃがみこみ、背中に手を回し優しく抱き寄せて、耳元で何か語りかけている。涙の膜をはった目を伏せなが黒曜は晶の肩に擦り寄っている。
兄貴は黒曜を晶に任せてその他のことをテキパキと進める。
その光景見て頭がかァっと熱くなる
(あ〜…クッソ…こんなこと考えてる場合じゃねーのに、2人が羨ましくてたまんね……)
「おーい大牙ー、ほーきとちりとり!持ってきて!」
「、、っ!わ、わかった!!」
遠くから兄貴の声が聞こえてきて、自分が嫉妬の感情1色だったことに気づき、走って掃除用具入れに行く。
兄貴がサラリと片付けた、小さく砕けたガラスたちを専用のゴミ箱へと持って行く。その間も心に広がる赤黒いもやが消えなかった。
キッチンに戻るとそこに3人はいなかった
「あぁ大牙2人は黒曜連れて事務室に行ったよ」
と優しい口調で教えてくれた。オレは礼を伝えてすぐに走って事務室へ向かう。
事務室のドアを開けようとした時中から2人の話し声が聞こえてきた
「最近は回数も減ってたし平気だと思ってたんだけどなぁ」
「ん〜どうなんだろうね、」
「てか、あれって治るもんなの?」
「さぁ、でも前よりマシになってはいると思うヨ」
「まぁ、前ならすぐに寝付けなかったけど今はもう寝てるしな」
「改善とは言えないけどいい方向に進んではいるんじゃない?」
「そう思うことにしとく」
ふとドアノブに伸ばしかけたままの自分の右手を見た。
震えていた。
それがどんな感情から来るものなのかは正直わからなかった。
スターレスに入ってチームWの1人として、黒曜になる前のにーさんを知っている人間として、彼を理解しているつもりだった。それなのに
俺の知らない話
俺の知らない顔
ドアの向こうで晶とアニキが俺を嘲笑っているように感じた
「「だれにもあげないよ」」