エラン様に花束を(様グエ) 放課後になって、エラン・ケレスはとある場所に足を向けた。思えばここ――花屋——へ来るのは久しぶりだ。エランは何だか妙に緊張しながら店の入り口を開けた。カランカランという軽やかな鈴の音が響き、奥から男性の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいま……って、エラン、どうして」
胸当て付きの赤いエプロンを纏った店員は、エランの幼馴染のグエル・ジェタークだ。客が自分の知り合いだと気づいたグエルは、不思議そうにエランに問いかけた。
「よぉ。どうしてって、ちょっと様子を見に来ただけだよ」
答えながらエランはグエルの格好を上から下まで観察する。いつもは上げている前髪を下ろし、後ろ髪は作業の邪魔にならないようにバレッタで一括りにまとめられている。立派な『花屋の店員』だった。エランは頷きながら、グエルに言った。
「ふぅん、ちゃんと仕事してるようで何よりだ」
エランの言葉を聞きいたグエルは、フッと自嘲気味に苦笑を浮かべ、エランの言葉をやんわりと否定した。
「そうでもない」
グエルのその表情はエランがあまり見たことがない大人びたものだったので、エランは意外に感じた。
グエルの家は、この町内では知らぬものはいないほど地域に根差した花屋である。今の店主はグエルの父であるのだが、先日、荷を運ぼうとして不運にも腰を痛めてしまい、しばらくは店に出ることを医師から禁じられたため、グエルと彼の弟のラウダが交代で学校が終わった夕方から夜の間だけでもと店を手伝うことにしたのだ。
グエルは作業台の上を片付けながら呟いた。
「こんなに大変だなんて、俺、知らなかった」
夜だけとはいえ、客が来ないわけではない。接客を始めとして、花の手入れや花瓶やバケツといった道具の手入れ、店舗の掃除、夜しかできない配達など、やることは多岐に渡っている。しかもそこそこに力が必要であるので、これは確かに腰を痛めた父には辛いとグエルは実感した。
エランは手近にある作業用の椅子を持ってきて、グエルの作業している場所の傍に腰を下ろした。グエルは今までずっと花屋なんて継がないと言っていたが、その実、彼が父親のことを尊敬していることをエランは感づいている。優しいグエルが父親のことを気遣う素振りを見せているのはエランにとっては至極当然なことだ。
「今日はもう仕事は終わりか?」
「ああ」
「それにしちゃ、ここ、片付いてなかったが」
グエルが片づけようとしていたのは、ビニールや綺麗な包装紙だ。察するに、ちょっと前の客用に花束でも作ったのだろう。
エランが指摘すると、グエルは憮然とした。
「よく分かったな」
「ふふん、オレの洞察力を舐めるな。花束を作るなんて、やったことないからうまくいかなくて練習してたんだろう」
「くっ……なんで分かるんだよおまえ」
グエルの言葉はエランの推察を肯定していた。得意げなエランに向かってグエルは言い訳をする。
「しかたないだろう! 作ったことなかったんだぞ俺は!」
「結局どうしたんだよ?」
「……適当になんとなく……上手くできなかったから申し訳なくて」
どういう用途で使われるかは分からないが、グエルからすれば全くダメな出来だったそれを、受け取った客は満面の笑顔で礼を言って帰って行った。その出来事があって、グエルはせめて少しでも上手になりたい、と人のいないタイミングで廃棄間際の花を使って花束を作る練習をしているのだという。
エランは他人へ無意識に気遣いをするグエルらしい話を聞いて納得した。エランはそれを聞いて身を乗り出した。
「なら、1つ、花束を作ってみろよ」
「はあ?」
エランの提案を聞き、グエルは聞き返した。
「オレに花束をプレゼントすると思ってさ」
「今ここでか?」
「そう! 練習だと思って、ホラ、作ってみな」
エランに促され、グエルは釈然としないと思いつつ、店の中から花を3本持って来た。それぞれ、黄色、オレンジ、ピンクの花だ。グエルは作業台に戻って来て、準備を始めた。
「じゃあ作ってみるけど……下手だからって笑うなよ?」
「もちろん」
エランは椅子から立ち作業台から少し離れた。見られていると作業しづらいと思って、他の花を見ながら待つことにした。そういえばグエルは何の花を選んだんだろうかと、先程グエルが花を選んだ場所に来てその名前を見ると、「ガーベラ」とあった。エランも名前は知らなくてもよく見るメジャーな花だ。
花の名前を確認した後、エランは離れた場所からグエルの作業を盗み見ていた。上手くできなかったという割には手際に迷いが感じられない。スムーズな手付きで花束を作り上げていっている。グエルは器用にラッピングをして、リボンをつけ、花束を完成させた。グエルはエランに花束を差し出した。
「ほら、できたぞ」
エランはそれを受け取り、仕上がり具合を見る。素人目だが、3本での花のバランスも悪くないように思える。エランは頷いた。
「上手いもんじゃないか」
エランの感想を聞き、グエルは安堵し礼を述べた。練習だからお代はいらない、とグエルが言うので、エランはその花束を貰い受けた。理由はどうあれ彼が自分のために作ってくれたものだ。エランは内心上機嫌だった。
そろそろ店じまいする、とのことだったので、エランは店を後にした。
***
「どうしたの、それ?」
「花束じゃん! 誰かから貰ったのかよ?」
帰宅したエランが持っていた花束を見て、弟達が口々にエランに質問してきた。エランは上機嫌だったので簡単に事情を説明すると、弟2人はやっぱり、と顔を見合わせた。
「兄さんは彼のことが大好きだからプレゼントされてご機嫌なんだね」
「練習にかこつけてプレゼントしてもらうなんて策士だよねぇ」
「おまえらうるさいな! いいだろう別に! これはグエルが! オレに! 作ってくれた花束なんだからな!」
花瓶があればいいのか? でもラッピングはまだはずしたくねぇなぁ…とブツブツ言いながら歩き回るエランを見送り、弟たちは後を追う。
「それ、ガーベラだね」
大人しい方の弟(4号)が目敏く指摘すると、エランは花束を見せて弟に自慢した。
「いいだろ」
すると4号はそれを見て言った。
「黄色は『太陽の光』、オレンジは『あなたはわたしの輝く太陽』、ピンクは『感謝』」
「??? なんて?」
横にいた快活なもう一人の弟(5号)が訳が分からず質問する。4号は「花言葉だよ」というと、5号は3つの言葉の意味を反芻して、エランを揶揄う。
「グエル・ジェタークが兄さんにねぇ。なんかそれってちょっと意味深じゃない?」
エランは揶揄われていることを察して、慌てて声を荒げる。
「そ、そんな意味あるわけないだろ!」
「へえ、そんな意味ってどんな意味を想像したのさ?」
「ううううううるさい!」
じゃれ合う2人に向かって、4号がさらに追い打ちをかける。
「ガーベラって本数にも意味があるんだ」
「「え?」」
「3本のガーベラの花束の意味は…『あなたを愛しています』」
聞いた瞬間、エランの身体が止まった。確認するように4号に小声で問い掛ける。
「……マジか……」
「マジ」
4号はいつものテンションで肯定したが、
「でもグエル・ジェタークがそれを知っていてその花束を作ったとは思えない」
すぐに全否定をした。5号も笑いながら同意する。
「だよな~! 残念だったな兄よ!」
「なんだよ! アイツのオレへの想いが無意識にそうさせたかもしれないじゃないか!」
エランは否定されて涙目で反論するが、2対1では勝ち目はない。
「そんなわけない」
「そんなわけねえよ」
「だ———! おまえらホントにオレに厳しいよな!」
いつものように、エランの弟たちへの罵倒の声がケレス家に響くのだった。
***
翌日。同じように夜に店を訪れたエランは、率直にグエルに問いかけた。
「で? オレの弟たちの意見はこうだったんだが、本当の所はどうなんだ、グエル?」
「……」
グエルは何も答えずあからさまに目を反らした。その沈黙と、何より彼の赤くなった顔を見て、エランは自分の考えが正しかったことを確信するのだった。