決戦前夜①「しゅみしゅー!」
奪還作戦を翌朝に控えた夕方、スミスはルルと相も変わらず一緒にいた。自分が出撃することはよほどのことがない限りはないだろうとは内々に聞いていたスミスだが、入隊してから初めての大規模な作戦を前にして、緊張しないわけにはいかなかった。
「しゅみしゅ?」
「ああ、ルル、すまない。何でもない。大丈夫だ」
反応がなかった自分を不思議そうに見上げるルルに、スミスは安心させるように頭を撫でる。何者なのかはっきりしない少女を拾ってからまだ数日しか経ていないのに、もうすっかり慣れてしまった。
明日、朝日が昇る前に東京へ出発する。特にイサミとブレイバーンは先行するため、他の兵士よりも先の出発となる。話が出来るとすればこのタイミングしかないかもしれない、とスミスは彼に会いに行こうかどうしようか迷っていた。
「あ、ルルちゃーん! スミス少尉も!」
その時前方から見知った顔――日本のヒビキ・リオウ3尉とミユ・カトウ3曹がやってきた。ヒビキは同じく明日出発する兵士だ。最後の夜を親しい友人と過ごしているのだろう。2人はよく一緒にいたのを覚えている。
「やあ2人とも」
「ヒビキ! ミユ! ガガピー!」
ルルも今ではすっかり女性陣に慣れたようで、嬉しそうに2人に駆け寄る。そして不思議そうに2人に訊ねた。
「イサミ、いない?」
ルルがイサミを探すように周りを見渡す。ミユがルルの頭を撫でながら説明した。
「イサミさんはブレイバーンさんと一緒に、明日の最終確認をしてるんですよ」
「そうか。彼らが先陣を切るからな。重要な役目だ」
「ええ……」
ヒビキが表情を曇らせる。自分も出撃するが、それ以上に明日何が起こるか分からない不安から、イサミのことを案じずにはいられないのだ。それは同じ兵士のスミスも理解できる。
「ねえスミス。アンタにお願いがあるの」
ヒビキが小声でスミスに話しかけた。ルルに聞こえないようにとの配慮なのか、ミユがルルの気を引くように彼女に話しかけている。
「お願い? What?」
「イサミの様子を見てきてほしいの。平気そうな顔してるけど、アイツも今回みたいな大規模な作戦は初めてで、多分、いろいろ緊張してると思う」
それはここにいるすべての兵士が感じていることだが、ブレイバーンに乗って戦場に向かうイサミの心情は、恐らく誰も理解は出来ないとヒビキは感じている。
「アイツが他人に弱い所見せたがらないのは、アンタも分かってるでしょ? あの時あんな風にイサミの内心を吐き出させられたアンタなら、弱い所見せられるんじゃないかなって思うの」
少し前にかなり大掛かりにイサミの抱えてる気持ちを白日の下に曝け出させ、自分の気持ちも突き付けたスミスなら、とヒビキは頼む。
「アタシとミユでルルちゃんを見てるから……ねえルルちゃん、少しだけスミスをイサミに貸してあげてくれない?」
ヒビキは少し離れたところにいたルルの傍に寄る。
「ガガピー? イサミ、元気ない?」
「そう! イサミ、いまちょっと元気ないから、スミスが元気づければきっと大丈夫だから、どうかな?」
「しゅみしゅ?」
「ああ、行ってきていいかいルル?」
「……」
ルルは少し考えて、コクと小さく頷いた。だいぶ聞き分けが良くなってきていて、スミスも安堵する。
「ブレイバーンとまだ話してたから、あと15分くらい後ならきっと話せると思う。お願い」
「All right。行ってくるよ」
ルルを連れ立ってヒビキとミユは食堂へ向かっていった。その後ろ姿を見送りながら、スミスは頭の中で計算をする。恐らく自分が傍にいなくてルルがぐずり始めるまで、60分から90分が限界だろう。15分後に行けとのことだから、45分からおよそ1時間。
(……念のため、準備した方がいいかな……)
話だけでももちろんいいが、そういう雰囲気にならないとも限らない。明日、何が起こるのか全く分からないのだ。後悔はしたくない。
そうと決まれば、とスミスはイサミの部屋で待とうと、駆け足で向かうのだった。