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    mirin_oosaji_1

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    mirin_oosaji_1

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    寂雷が幻太郎の家を借りて注射嫌いの乱数に注射を打つ話です。ムビ後世界線です。
    ※あくまでメインはペアフレですが、幻太郎と帝統がそれなりに出てきてそれなりに喋ります。

    針の向く先「……乱数。あなたまた病院に行かなかったんですね」
     事務所のソファで寝転がりながらスマートフォンを眺める乱数を見て、呆れたように幻太郎は言った。
     つい1週間前まで、ジリジリと身体の芯まで焼き尽くすような陽射しに辟易していたのが嘘のようだ。身震いするような大きさの入道雲を浮かべた目を刺すような青空は、いつの間にか淡い水色へと衣替えし、その上を小ぶりな雲の群れが流れている。夏と冬の狭間の僅かな休息である。
     この時期は、冬に備えて流行病のワクチン接種が始まるタイミングでもある。乱数の命を繋ぐ飴の作り方こそ分かった今であるが、だからといって彼の身体が丈夫になったわけではない。ここ最近の乱数は、どこからか病原菌をもらってきては、体調を崩すことが増えつつある。つい最近も、熱を出して寝込んでいたことがあった。
    「神宮寺さんから電話がありました。あなたが予定の時間に来院しなかった、と」
     幻太郎と帝統は、かつての乱数のチームメイトである神宮寺寂雷と協力し、乱数の健康維持、ひいては生命維持のためにあらゆる方策を練っている。ワクチンの接種もそのひとつだ。しかし、当の本人はなんだかんだと理由をつけては、病院に行くことを拒んでいた。
    「今日は大事なお客さんとの打ち合わせが入っちゃったんだもーん。今日じゃないとダメって言うからさ?仕方ないよね」
     SNSを開いているスマートフォンの画面を徒らにスワイプし続けながら、乱数はそう言った。背もたれの方に顔を向けているため、表情は見えない。しかし乱数が気まずいときにこの行動を取ることを、幻太郎は知っている。嘘だな、と彼は察した。
     乱数の過去を思うに、きっと病院やら注射やらに関してろくな思い出がないのであろう。そんな彼のことを思うと、無理に病院に連れて行くのは可哀想な気もしてくる。しかしワクチン接種以外の感染症重篤化予防策が存在しない今、万が一乱数が感染症にかかったときのことを考えると、やはり打ってもらうほかない。それが3人で出した結論であった。
    「そうですか。では、別日に伺いましょう。いつなら都合がいいですか」
    「んー、まだわかんない。分かったら言うねん」
    「分かりました。待っていますからね」
     去年ワクチンを打つよう促したときも似たような返事で、結局そのまま打たずに終わってしまった。今年もおそらく乱数からこの件で連絡がくることはないだろう。幻太郎はそう感じたものの、今あれこれと言って下手に刺激するのも後々のことを考えるとよくないと考え、深入りはせずそのまま事務所を去った。
     案の定、幻太郎の予想は的中した。

     ワクチンの件で幻太郎が乱数の事務所を訪問してから、約1ヶ月が経過した。
     夏と冬との間を行き来するかのような気温変化の激しい日々。健康な人間でも体調を崩すほどの世界の揺さぶりに乱数の身体がついていくのはやはり大変なようだ。乱数は病院に行けと言われるのが嫌なのかそのことを隠しているつもりのようだが、幻太郎と帝統、そして"彼"には、すべて見透かされていた。
    「……もしもし。神宮寺さん、先日お電話をいただいた日ぶりですね。改めて、その節はすみませんでした」
     幻太郎のもとに、再び神宮寺寂雷から電話がかかってきた。彼から電話があるのは、乱数に関連する何かがあったときだけだ。
    「そうですね。こちらこそ、度々申し訳ない。先日チームリーダーが集められたときに、乱数くんの調子が少し悪そうに見えたのが気になって。実際、夢野先生から見てどうですか」
     現役の医師であり元チームメイトの慧眼には流石に目を見張るものがある。頑張って体調不良を隠しているつもりの乱数がこの電話の内容を知ったら、きっと相当怒るだろう。幻太郎はそんなことを思いつつ、乱数の体調が現に悪そうなこと、本人はそのことを言わず隠そうとしている様子があることを伝えた。
    「やはりそうですか。ふむ……。彼のことだから、きっと今頃ワクチンは打たないと意地になっているんでしょうが、その様子だと心配だな」
     まさにその通り。何もかも見透かされているのが、愉快ですらある。しかし寂雷にはこの件について乱数を見透かしてやろうという気は一切なく、ただ純粋に乱数の健康状態を憂慮しているだけなのだろうと幻太郎には感じられた。
    「詳細な情報提供をありがとうございます。状況も分かったところで、夢野先生に折り入って頼みたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。少々後面倒をおかけすることにはなってしまうのですが」
     改まってそう言う寂雷に少し身構えつつも、幻太郎は返事を返した。
    「ええ。なんでしょう」
    「乱数くんにワクチンを打つのに、夢野先生のご自宅をお借りすることは可能でしょうか」
    「小生の自宅を?」
    「ええ。このまま病院で待ち続けても、彼は来ないだろうと思ってね。先生や有栖川くんに連れてきていただくにしたって、きっとたくさん抵抗するでしょう。なので、先生の家に何らかの理由をつけて乱数くんを呼び出して、そこで待機していた私がワクチンを打つ。それが一番いいのではと考えたんです」
     騙し討ちにも程がある。そうは思うが、意固地になった乱数は押しても引いても動かないというのは、幻太郎にもよく分かっていた。
    「最終手段、というところですね。分かりました、お貸ししましょう。都合のつく日を何日か教えてください。神宮寺さんの方がご多忙だと思いますので。あとはこちらで調整します」
    「無理を言って申し訳ない。助かります。では、また改めて連絡します」
     電話口の寂雷の声の様子からは、安堵が感じられた。
     あの神宮寺寂雷も、不安になることがあるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、幻太郎は電話を切った。

     電話から数日後。何も知らない乱数は、幻太郎からグループチャットに送られた「頂き物のフルーツがたくさんあってひとりでは食べきれないので、フルーツパーティーをしましょう」というメッセージに、仕掛け人の帝統とともにまんまと食いついた。
     乱数はフルーツも好きだが、それ以上に幻太郎が一人では処理しきれない量の差し入れをもらったときに開催される、幻太郎宅での3人でのささやかなパーティーと、その後に行われることが恒例となっているお泊まり会が大好きなのである。この日も、フルーツに合いそうな飲み物や軽食と大きなお泊まり用のトランクを携え、家のチャイムを押した。
    「ラムダちゃんがきったよーん!」
    「おう!入れよ」
     扉を開けて乱数を迎え入れたのは、帝統であった。
    「ダイスじゃん!今日は珍しく早いね〜」
    「俺もさっき着いたところだ!」
     嘘である。帝統はこの日、乱数にワクチンを打つまで決して家から出さないようにするという大役を務めることになっており、万が一にでも乱数の到着に間に合わないということが起こらないよう、賭場に行くことを禁止されていたのだ。乱数に伝えたパーティーの開始時刻が夕方だったことから、当初は文句こそ言っていた帝統であったが、寂雷と幻太郎から両手に余るくらいの報酬が出るということが決まると、大人しく前泊をして待機することを受け入れた。
    「ふーん。おっじゃまっしまーす!」
     いつものように玄関へと上がり、靴を脱ぐ。下駄箱の下に隠された寂雷の靴が、乱数に見つかることはなかった。
    「ゲンタローはどこにいるの?」
    「なんか、まだちょっと仕事が残ってるーとかで、向こうの部屋にいるぜ。すぐ来んだろ」
    「そっかぁ。じゃあダイス、これ冷やしといて!僕手洗ってくる」
     乱数は荷物を帝統に託して洗面所へ向かった。乱数の影が洗面所に消えるやいなや、帝統は居間で控えている幻太郎と寂雷の様子を伺った。居間の準備は万端なようだ。ワクチンを準備して座っている寂雷と、部屋を整えている幻太郎が、扉の隙間から覗き込む帝統に向かってグーサインを出している。帝統はそれを確認すると、急いで台所に向かい、乱数の持参した食品類を冷蔵庫に詰めていった。
    「ダイスありがとー。盗み食いしてないよね?」
     手を洗った乱数が、台所を覗き込んだ。
    「してねーよ!これで全部か?」
    「うん!ダイジョーブだよん」
     いよいよ、戦いが始まる。そんな緊張感が家中に漂っていることも露知らず、乱数はひとりパーティーに胸を躍らせていた。

    「……は?なんで?」
     居間の扉を開いた乱数の第一声は、それだった。
    「やぁ。乱数くん。ここにかけてください」
     寂雷は、普段患者に声をかけるときのように乱数に言った。
     黙って踵を返そうとする乱数を、後ろに立っていた帝統が制止する。幻太郎はその隙に背後に回り、さっと扉を閉めた。
    「ヤダ!無理!帰る!離して!」
    「ごめんなー、そりゃ無理なんだ」
     大暴れしていたにも関わらずヒョイと帝統に抱えられてしまった乱数は、その後も出せる力の限りを尽くして抵抗したが、帝統のフィジカルに敵うわけがなく、そのまま寂雷の前に置かれた椅子に座らされてしまった。座った後も、後ろから帝統が腕を乱数の脇の下に通して抱え込むようにしているため、抜け出すことはできない。それでも諦めない乱数は、寂雷の方に目一杯足を伸ばして寂雷を蹴る真似をするが、その足もあっけなく寂雷に掴まれ、床へと下ろされてしまった。
    「ムカつく!ムカつくムカつく!ジジイのバカ!アホ!きらい!だいっきらい!」
    「単語選びが幼稚すぎて少しも響きませんね。easy Rの名が聞いて呆れます」
     身体を張って抵抗しても勝てないことを悟った乱数は、言葉で攻める道を選んだが、そちらも寂雷にあっけなく潰されてしまった。どうにもしようがなくなった乱数の瞳には、悔しさと虚しさの結晶が浮かんでいた。
    「注射なんて打っても無駄だ。なんにもならないんだ」
     少し時間の沈黙の後、なす術もなくなった乱数は、瞳を潤ませながらそう言った。
    「研究所にいたときは、ケンコーカンリとか言って、よく分かんない液体をたくさん注入された。熱も出た、身体は痛くなった、もう最悪だった!ケンコーのためなのに熱が出るって、意味分かんない。きっと嘘ついてたんだ」
     乱数の話を聞いた寂雷は、うんうんと穏やかに頷きながら話を聞きつつも、話を聞くなかで感じたことを返した。
    「乱数くん。それは、確かに健康管理の一環だと思われますよ」
    「ハ!?お前まであいつらの味方するのかよ」
     予想外の言葉に、乱数の反発はさらに強まる。立ち上がりそうなくらいの勢いに帝統もつられそうになりながらも、なんとか椅子の上に乱数を留めた。
    「いいえ、違います。今伺った症状が、ワクチンの副反応と似ているんです。つまり、当時の乱数くんに打たれていた怪しい液体は、何らかの感染症のワクチンだったのではないかと思われます」
     寂雷は落ち着いた様子を崩さずに答えたのち、ワクチンとはどのようなものなのか、ワクチンを打った後に生じる場合のある副反応とは何か、ワクチンを打つリスクと打たないリスクにはどんなものがあるのかなどについて、乱数に説明した。乱数は面倒くさそうにしつつも耳を傾けていた。
    「……と、いうことです。分かりましたか」
    「……確かに、俺が打たれていたのはワクチンだったっぽいな。効果があったのかはよく分かんないけど。でもそういうこと以前に、そもそも俺は痛いのと怖いのが大嫌いなんだ。だから打ちたくない」
     ワクチンの問題は解決したものの、それで注射嫌いが治るわけではない。乱数は足で床を蹴りながら、拗ねた子どものように寂雷にそう訴えかけた。
    「痛いのと怖いのが嫌、ですか。それなら安心してください。私は赤ちゃんをも泣かせない注射の腕を持っていることで有名なんですよ。ほら、これを見て」
     そう言うと、寂雷は過去に自分が赤ちゃんの気づかぬ間に注射を打ち終えたときに保護者が撮影していたという動画を見せた。寂雷の巧みな技にかかった赤ちゃんは、己が何をされたのかにも気づいていないような様子で、きょとんとしている。その姿を見た保護者が、微笑ましそうに笑う声が入った動画だった。
    「これ、SNSで有名になったらしいんだ。一二三くんと独歩くんが教えてくれてね」
    「あっ、これ見たことある!寂雷だーと思って流しちゃったけど。アハハ、すごい、本当に泣いてない」
    「流したんですか。まぁそれはいい。今見ていただいたとおり、私の注射の腕は確かです。大丈夫。私を信じてください」
     まっすぐな瞳で乱数を見つめ、寂雷はそう言った。
    「……うん、いいよ。ポッセのために頑張る」
     覚悟を決めた乱数がそう言った。和やかな様子の動画は、乱数のワクチンへの恐怖心を紛らわせてくれたようだ。これまで固唾を飲んで見守っていた幻太郎が、ホッとしたようにため息をついた。ずっと乱数の腕を抱え込み続けていた帝統も、安心した顔でそっと腕を解いた。

    「では、早速これから打ちますね。左腕の上腕に打つので、服は……半分脱いでしまいましょうか。家なので問題ないでしょう」
     準備をした乱数は、左腕を晒して寂雷に向けた。覚悟を決めたはいいものの、やはり緊張するようだ。後ろに座って乱数が動かないように押さえている帝統の胸元に顔を押しつけて、小さな声でぶつぶつとなにかを唱えていた。
    「こわくない、こわくない、こわくない、こわくない」
    「おー、大丈夫大丈夫」
    「小生たちがついていますよ」
    「乱数くん、安心してください。気づかぬ間に終わらせます」
     三者三様の声かけに、安心感と少しの恥ずかしさを覚えながら、乱数は注射を待った。
     チョン、チョンと肌になにかが触れている。痛いといえば痛いが、泣くほどではない。どちらかといえばくすぐったい気もする。乱数はクスクスと笑いながら動かないように耐えていると、それまでとは違うチクリとした感覚が突然やってきた。流石に身構えはしたものの、想像していたそれよりも痛くない。乱数がそんなことを考えているうちに、肌に何かが貼られた。
    「はい、終わりましたよ」
    「……え?もう終わったの?」
     上手いと聞いてはいたものの、本当に騒ぐほど痛くなかったことに乱数は驚いた。
    「ええ、終わりました。よく頑張りましたね。服はもう着ていいですよ」
     呆気に取られつつも、乱数は服を着直した。注射を打ったところが何となく動かしにくい気はして、手つきが少しぎこちなくなる。
    「お風呂に入るとき、注射を打ったところは擦らないでね。湯船には浸かっていいですよ。君は面倒くさがってそういうのはあまりやらないだろうけど。そろそろ身体が冷えやすい時期になるから、たまには湯船に浸かるようにしてください」
     ワクチン接種後の定型文に含まれた、乱数仕様のチクリとしたエッセンス。先ほどまでの優しい医師モードが嘘であるようで、乱数は若干の苛立ちを覚えた。
    「出た出た、湯船浸かれ!そういうの、毎回言わなくても覚えてるけど?忘れんぼうのジジイじゃあるまいし」
    「おや、そうですか。それはなによりです」
     調子を取り戻した乱数の口からも、嫌味がポンポンと出てくる。幻太郎と帝統は呆れつつも、それ以上に寂雷と対峙したときのいつもの乱数が戻ってきた安心感を覚えていた。

     恒例の小競り合いをひとしきり済ませ、経過観察で乱数の身体に重大な問題が起きていないことを確認した後、寂雷は支度を済ませて玄関へと向かった。どうやら、また病院へ戻らないといけないらしい。
    「それでは乱数くん、お大事に。夢野先生、突然ご自宅にお邪魔してしまってすみません。フルーツパーティー、楽しんで」
     とっくに忘れていたが、乱数はフルーツパーティーを口実に自分が呼び出されていたのだということを寂雷のこの言葉で思い出した。どうやらあれは嘘ではなかったようだ。
    「いえいえ、こちらこそ助かりました。フルーツも想像以上にたくさんいただいてしまい、ありがとうございます。気をつけてお帰りください」
     乱数は、寂雷のくれたフルーツでパーティーをするのは顔がよぎるからムカつくかもなどと考えつつも、彼がこのような場で選ぶフルーツが最高級品でないわけがないことも知っていたため、許してやることにした。
    「ありがとう。……それと、乱数くん」
     扉に手をかけた寂雷が、最後に振り返って言った。
    「これからも友人に、あまり心配をかけないようにね。じゃあ、また」
     乱数の返事を待たずに、カチャンと扉がしまった。幻太郎の家には似つかわしくない若干の消毒液っぽい香りが漂う玄関で、全身の力が抜けた乱数は大きく寝転がった。
    「はぁ〜……。ボク、もうクタクタ。ゲンタローもダイスも、寂雷をここに呼びつけてまでボクに注射を打たせたいなんて、ボクのこと大事すぎるでしょ。あいつも忙しいのによくやるよね〜」
     乱数は足をパタパタさせながらそう言った。今回の件は、2人が乱数のことを思ってやったこと。どうやら彼はそう思っていたようだった。乱数の勘違いに気づいた幻太郎と帝統はニヤリと笑い、乱数に今回の作戦を持ちかけたのが寂雷であることを伝えた。
    「……あいつ、やっぱり性格悪すぎ!ほんと大っ嫌い!」
     幻太郎と帝統がやったことと思っていたときにはそれほど抱いていなかった怒りが、寂雷が仕組んだという真実を知った途端に沸々と湧いてくる。今回の件に関する寂雷への感謝の気持ちもなくはないが、それ以上にまた上から目線で優位に立たれたことに対する苛立ちが乱数にはあった。
    「騙すような手口を使ってしまったことは小生たちからも謝ります。こうでもしないと、あなたにワクチンを打ってもらうことは不可能と思い、作戦に乗らせていただきました」
    「悪りぃな、乱数。ただ、今夜のパーティーはマジだからよ!こっからは嫌なことは忘れて、パーティーを楽しもうぜ!」
     正直、乱数は別に2人に対して怒ってはいなかった。いつかこうしないといけないこと、自分の体調が芳しくないことは、ちゃんと自分の中でも理解していて、そのうえで目を逸らしていた罪悪感も抱いていたからである。むしろ、自分を思ってここまでしてくれる人がいるという事実は、乱数を喜ばせた。
     しかし乱数には、寂雷が絡むと、他の人との間では固く締められている感情のネジがどこか緩んでしまうような、そんな感覚が昔からあった。彼が決して乱数を馬鹿にしているわけではないこと、彼なりに乱数のことを思っていることは、理屈では理解していた。しかしどうにも、幻太郎や帝統に対する態度を寂雷に対しても見せるということは、もう小っ恥ずかしい感じがしてしまい、できないように思った。
     悔しさと、怒りと、少しの嬉しさと。そんなえもいわれぬ感情を胸に抱きつつも、既に本人がいない以上どうすることもできない。そのことにも腹を立てつつ、乱数は気持ちをパーティーへと切り替えることにした。

     パーティーの支度は幻太郎と帝統が進めてくれるとのことだったため、乱数はその時間にお風呂に入ることにした。
     ワクチンを打った箇所を擦ってはいけないと言われたことはしっかり覚えていたものの、患部は既に若干腫れつつある。肌の上を小さな何かが這うようなかゆみが絶妙に耐えがたく、乱数は腕を洗うときに気持ち力を込めて患部を擦ってしまった。するとその拍子にシールが剥がれ、床へと落ちた。
     つけていたことも忘れていた、と思いながら、乱数はシールに目をやった。真四角で中央にガーゼがついている、一般的なシール。しかし落ちたそれには、何かの模様がついていた。乱数はすぐにシールを拾い上げ、浴室のもやの向こうにそれを見た。
     そこには、近頃特別流行っているというわけでもないが、長年愛されているという国民的キャラクターが「おだいじに」と言っているイラストがついていた。特徴は捉えているものの、絶妙に味のある絵。乱数には、この絵を描いた人物が誰なのかすぐに分かった。
    「子ども扱いしやがって……」
     今度会ったときにはどんな文句を言ってやろうか。そんなことを考えながら、乱数は熱を持った患部を優しく撫でるように洗った。
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