【空蝉日記 短編】秘密の週末人は誰しも、秘密の一つや二つ持っているものだ。
ウワサの芸能人?
流行りのアーティスト?
一見優しいご近所さん?
それとも……クラスの気になるあの子?
皆、言わなくてもいいことを言わないだけ。皆、後ろめたいことばかり、見られたくない所ばかりだ。
でもだからこそ、そういった密か事は非常に甘美なもので。故に人々はスキャンダルやゴシップに食らいつく。まるで、無味乾燥した日々に突然甘ったるい餌が投げ込まれたみたいに。
秘密を秘密のままにしておくのは勿体無い。せっかくこんなに面白い玩具なのに。せっかくこんなに……美味しいのに。
だから私は"秘密"で遊ぶのが好き。誰かが鍵をかけた背徳的な情報を、裏でひっそりと、されど公にばら蒔いて弄ぶのが好き。
学校の裏サイト、SNSの鍵垢……手段は数多ある。
勿論、優秀な新聞部長として、表向きには日頃そんなことしないけれど。
そしてそんな私自身にもまた、"秘密"がある。
そう、人は誰だって秘密の一つや二つ持っているものだ。
別に私は、言わなくてもいいことだから誰にも言ってないだけ。
ここ最近、週一ペースで────
「ワンワン!わっふ……!」
「何々、遊んでほしいの〜?わざわざボール咥えてきて……可愛い〜!」
この犬カフェに通い詰めているということを───!!
この店の存在を知ったのは先月。校内新聞のネタ集めの為に"学生の間で流行っている駅前のスポット"をテーマにした取材を通して、此処へ辿り着いた。最初はあくまで取材の下見の為に……いや、そう自分に言い聞かせて入ったこの店は、まさに天国だった。
右を見ても、左を見ても、後ろを見ても、前を見ても、動くモフモフの群れ。
今、私がボール遊びに付き合っているのは黒のチワックスだ。まだ子供で、小さな身体と反比例した有り余る元気さが見ていて微笑ましい。
チワワ特有の顔の小ささとダックス特有の丸い瞳は、一目見た瞬間に私を虜にした。
うん、今日のMVPはこの仔ね。
「あらレオくん、美人なお姉さんに遊んでもらって嬉しいね〜♪」
「あっ、男の子なんですね。」
いつも私に話しかけてくれる店員さん曰く、この仔の名はレオ。
……そういえば、似た名前の友人がクラスに居たと、ふっと笑みが零れる。
響きは似ていてもこの仔は彼が1ミリも持ち合わせていない"愛嬌"を宿している。
正反対な筈なのに、どうしても名前の印象がチラついて、脳内で彼の顔とこの仔の顔が重なり合う。
「ふふ……レオ、レオくん〜。ふっふふ……。」
名を呼ぶ度に吹き出しそうになる。発音だけならまんま彼と一緒だ。
色も黒いし……だんだん同じに見え、てはこないが。
「キャンキャンッッ!」
「あっこら、吠えないの。」
──突如、近くに居たトイプードルに威嚇したレオ。どうやら先のボールを盗られそうになったらしい。店員さんが諭しながらレオをひょいっと抱え上げる。
見た目に反して、意外と喧嘩っ早いらしい。……ますますあの子みたい。
と思いきや、今度は背後で遊んでいたポメラニアンにそっと近づき、その子が咥えていた縄の玩具の端を引っ張って奪い取ろうとしていた。
自分の物は盗られたくない癖に、他人の物は盗るらしい。……やっぱりあの子みたい。
「ふふっ……こらこらレオくん、遊んであげるから喧嘩しないの。ほらっ、ボールならこっちにもあるわよ。」
入店と共に購入した飲み物には殆ど口を付けず、私は終始目の前の可愛らしい毛玉と戯れ続けた───。
後日。私は、クラスの端で眠そうに頭を搔く友人「天王寺 怜音」に朝の挨拶を告げた。
「あらおはよう、今日は珍しく遅刻してないのね。怜音く……ふふっ……。」
「何笑ってんだ気持ち悪ぃ。」