You're Bunny.「いや……これは、キツいだろ」
さすがに、とドクターTETSUこと真田徹郎は独り言ちてそこらへんに置いていたカーディガンを羽織った。誰も見てないとはいえ、さすがにいたたまれない。特注品のバカみたいに大きな衣装一式が自分の体にぴったり沿うように作られているのもいたたまれない。衣装一式の入っていた箱に同封されたパンフレットの中で凄艶に笑うバニースーツを纏った美青年の姿が目に入って、もっといたたまれなくなる。
(今より30若ければ、とは思いはしねぇが……)
海千山千、天下の闇医者ドクターテツは危ない橋を渡りもしたし、死にかけたこともある。人生における大概の苦難と規格外の苦難を大方乗り越え、もう並大抵のことでは動じることも無い。
それが、唸っている。らしくもなく唸っている。部屋の外から扉をノックと一緒にやたら弾んだ同居人の「入っていいですか?」が聞こえてくると重くため息をついた。
ことの発端はよく分からないがとにかく「バニースーツを着ないと出られない部屋」に入ってしまったことにある。黒須一也と宮坂詩織まで巻き込みつつも無事部屋からは出られたが、恋人をかばうように自らセクシーな衣装に袖を通した和久井譲介は「今度はあなたに着てもらいますから!」と宣言した。
これは和久井譲介という男を知る者はなんとなく察しつつ明言しないことなのだが、彼はこうと決めたら頑として譲らない意志の強さというものがある。そしてそういう部分が、時折、日常の何気ないシーンで覗いた。
今がそれだ。
扉の前で「入りますね」「いやちょっと待て」のやり取りを3度ほど繰り返した時、和久井譲介の元養い親は元養い子が再会時に見せたある種の強情さを思い出し、大人しく扉を開いた。
らしくもなく満面の笑みだった譲介は肩にカーディガンを引っかけた同棲相手を見ると、ベッドのサイドボードに置かれていたリモコンを手に取った。
「温度上げましょうか?」
「いや」
大丈夫だ、と言う闇医者の声は震えていた。否、もう彼は闇医者としての仕事などほとんどしていないのだが。
とにもかくにも恋人の挙動がおかしいと、譲介は半ば唖然としながらベッドの傍に屈みこんで、その端に腰かけた徹郎の顔をのぞき込んだ。
「……恥ずかしい、ですか?」
「当り前だろ」
唸るような声が返ってきたが、譲介は頬に朱がさしてうさぎの黒い耳が垂れ下がっているのが色っぽいなぁなどとのんびり思いつつ手を握ってやる。
「僕は嬉しいです」
「……好き者め」
「否定はしませんが」
「こんなジジイに欲情しやがって」
「いやでもあなたに破壊された性癖ですから……!」
責任取ってください、と握った手に力を込める。くそうアンタってば出会ったころから妙に色っぽかったって言うかアンタで色気の何たるかを思い知らされたって言うか10代には刺激が強かった、とぶつくさ言う譲介を眺めながら、ふとドクターTETSUは昔のことを思い出す。
まだ先代Kが生きていて、あちこちを駆けまわってハリウッド映画ばりの体験もしたあの頃、妙な具合で纏わりついてくる者もそれなりにいた。ヤクザにもギャングにも国王にもひるまない闇医者から何か美味しい餌でも貰おうとしている、とそう思っていた。何せ自分はそれなりに強面だからどれだけ肢体がよくても性愛の対象にはならないだろうと思っていたし、今でも思う。
「徹郎さん、何考えてるんですか?」
「……いや、ただ、あの頃、もしかしたら」
目をそらして口をつぐむ。じわじわと体温が上がっていく。
そう、もしかしたら。
(もしかしたら、違うのかもしれない)
白い襟を飾った首筋が赤くなっていく。ね、と31も年下の甘えた様な声がした。
「僕のほう見て、こっち集中して」
クイと顎を持ち上げられ、カーディガンが肩から落ちる。黒いストッキングを履いた脚を膝で割り開いて、譲介が笑う。
「あなたに何もできなかった輩より、僕の方がもっとずっとよくできますから」
勝ち誇ったように。