それでも好きとは言わねぇんすね/シン大✽2〈時は遡りシンのとある朝のこと〉
「今日の開店業務は大牙とメノウか」
店が開店して客の出入りが安定した頃に出勤すればいい。充分間に合うし今日は昼からのシフトになっている。まだ新調して履き慣れない黒の革靴でいそいそとシンは店に向かっていた。なぜなら今日、朝一番に厨房で行われる事をシンは知っているからだ。
『シン…おめでとう』
5/7に厨房ではなく事務室だったが誕生日に大牙がシンに珈琲を振る舞ってくれた。それから妙にシンの中で珈琲が居心地のいいものになっていたのだ。果実の爽やかな酸味の後にカカオのほろ苦さが追って来て余韻として甘さで満たされる感覚が忘れられない。きっとあいつの事だ業務前のルーティンとして珈琲を淹れているに違いないと容易に想像できた。特別に用意してもらうものではなく普段の味とやらにも興味が湧いてしまった。
「探究心が強いのも困りものだな」
と自分を責める割に困る様子は微塵もない。新調した革靴のようにひとつの傷も曇りもなく晴れやかだ。5月もあと数日を残す頃、午前8時とはいえ足早になる彼の白い肌には薄っすらと汗が滲んでいた。
「静かだな…」
流石に早く来すぎたかとエントランスの照明がまだ点いていないので思う。昼からのシフトだと言うのにこんな早く店にいる不自然さ冷静に考えると滑稽だ。公演が近いと言うことで原典を改めておこうというこじつけは頭の隅に置いてはある。そうこう考えを巡らせては厨房に向かった。暗がりの廊下に案の定厨房からの光が漏れていたのでシンの眉尻が下がる。
「ねぇ早く大牙の珈琲飲みたい」
てっきり大牙だけだと勝手に思っていたのでノブに伸びた手を咄嗟に止めた。そうだ、開店業務は大牙とメノウだった。なんらおかしくはないし別に気を使う事もない躊躇することはないのだ。そう思い直しシンは厨房の扉を開けて声を掛けようとしたが目の前の光景に扉を開けるだけに留まってしまった。
「寝癖ついてやすよ」
二人の距離が驚くほど近いのだ。それに会話は聞こえないが大牙がメノウの頭を撫でている。
(!!)
「そーゆー大牙も寝癖、ついてるよ」
「寝癖じゃねぇすわ、これは天然すわ」
心做しかメノウを見る大牙の目が穏やかと言うか…まるで兄と弟のような。
(いや、待て大牙近い。メノウお前も近い…ちょっと待て)
前言撤回。大牙の髪をくるくるとし始めたのを見てしまいシンは兄弟などと甘い喩えをしたことを後悔する。会話が聞こえないから過剰に目からの情報が過多になっていた。大牙を見上げるメノウの瞳が熱を帯びている様にも見えてくる始末。
「ははははっ」
メノウの高笑いがしてシンは厨房の扉をパタリと閉めるのだった。俺は…。
「何を見せられたのだ」
モヤモヤとしながらも昼からの業務にはまだ時間がある為こじつけとして頭の隅に置いていた『公演が近いので原典を改める』ことにした。