100日後にくっつくいちじろ1日目
「兄貴ー、兄ちゃーん、お兄様ー」
兄コールお徳用3点セットで、風呂場にいた二郎が一郎を呼びつけた。洗濯機前で脱水の終わった洗濯物を広げていた一郎は何事かと風呂場へ向かう。
「何だよ、どした」
「ちょっと、濡れるから腰のシャツ持っててほしい!」
浴槽に入り、腰を曲げている二郎だが、入浴中ではない。いつもの服を着て、風呂掃除中だ。両手はスポンジと泡だらけ。浴槽底の角を洗いたいらしいが、腰に巻いたトレードマークのネルシャツが床について濡れてしまうと思い、兄を呼びつけたのだ。
「ほら、いいぞ」
「サンキュー」
一郎は言われるまま、浴槽を覗き込むように前屈みになり、二郎のシャツ裾の両端を両手でつまんで持ち上げてやる。それを確認すると二郎はしゃがんだ。わっしゃわっしゃと角を力強く擦ると風呂用洗剤の匂いが強まる。
さて、両手が塞がっている一郎。
シャツを持ち上げること以外、やることがなく、ぼんやりと弟が浴槽を擦る光景を見下ろしながら話しかけた。
「女の子が階段降りる時、こんな感じでスカート持ち上げてるのよく見るよな」
「ああ、プリンセスがやるやつ」
「アレなんか可愛いよなー」
「分かる。お上品に見える」
「お前、実質プリンセスだぞ、今」
「風呂掃除するプリンセス偉すぎだろー」
「シンデレラなんでしょ、知らないけど」
「適当に喋んないで」
残念ながら二郎はプリンセスではないので、シャツをクイッと上へ持ち上げると、はしたなく下にはジーンズが見える。
浴槽を擦る腕の動きに合わせて二郎の尻が揺れている。自分より随分と小さい気がする、一郎はそう思った。
「いてっ」
「あー、浴槽掃除してるとあちこちぶつけるよな。狭いから」
「そうなの。さっきから肘と膝を5億回くらいぶつけてる」
「それは風呂が壊れる」
「ごめん、俺の手足が長いばっかりに」
中身のない会話。その間も兄の視線はずっと弟の尻だった。右側を擦り終えた二郎が方向を変えて左側を向く。それに合わせて腕を動かすと、シャツを持ち上げすぎたのか、ジーンズとシャツの間からチラリと地肌が見えた。薄らと背骨が浮き出て見える。……こいつ筋肉ついてるくせに細いよな。腰とかも。夏で焼けたと思ったけど服の下は白いな、とか。そんなことを一郎は、ぼうっと考えた。
「……き、……ちょい、兄貴!」
「え、あ、どした」
「ぼーっとしてたっしょ。反対向きたい」
「あ、ああ…」
ハッと意識が戻る。
すみません、と慌てて、二郎の動きに合わせて自分も体を動かした。今度はなんとなく後ろめたくなって、シャツを少し低めに持って、尻が見えないように隠した。そこでふと、一郎が思う。
「………なあ、ジロー」
「ん?」
「これ、俺が持ってやらなくても、腰からこのシャツ外したらいいんじゃねえか?」
「………」
「………」
「………え、そうじゃん」
どっ、風呂場が沸く。湯ではなく、笑いで。
二人して気が抜けていたのだった。リビングから「ご飯できたよー」と末っ子が二人を呼ぶ声がした。
2024.10.24