100日後にくっつくいちじろ5日目
「え、なに?ケーキ?」
「……違う。話しかけるなバカ」
「シンラツすぎだろ」
下校時刻。本日、特段用事も掃除当番もなかった二郎は真っ直ぐ帰路についていた。もうすぐ自宅が見えてくる、というところで、角から同じく下校途中と思われる弟が出てきて、目が合う。その手には今朝は持っていなかった大きめの紙袋。駅ナカにあるケーキ屋のショッパーだ。なんだそれ、と覗き込むと、中身はケーキの箱ではなく、木で出来た何かが入っていた。
「ん?まじで何これ」
「……うるさいなあ」
「あ、何か作ってきたんだろ。図工で」
「図工は小学生だろ。技術だバカ」
「ああ、それそれ。んで?何作ったんだよ?
「見せたくない」
「分かった、ラジオだろ!俺も中学ン時作ったけど音鳴らなかったわ」
「違う」
「じゃあ何だよ」
「……」
三郎は無言で紙袋を兄に押し付けた。見てもいいということらしい。素直に袋の口を大きく開けて、中のものを確認した。すると、どうやら小さな本棚のようだ。棚、と言っても一段で、辞書を5冊くらい立て掛けておけるくらいのサイズであった。ああー、確かにこんなの自分も作った覚えあるなあ。ニスを塗るのが臭かった。しかし、三郎の完成品は、ちょっとおかしかった。
……コイツこういう寸法を測って作るようなものは、苦手ではないタイプの筈なのに(こだわりすぎて、また細かすぎて時間はかかるが)。
二郎はそう思った。何故なら、この本棚は、側面の板がパックリと二つに割れていて、底板と完全に外れてしまって釘が出ているからだ。
「え、作り途中?」
そう尋ねたが、途中というよりは一度、完成させたものを壊したように見えた。
三郎は少し無言の時間を過ごすと、首を左右に振る。
「違う」
その否定を聞いた瞬間、二郎は背中がひんやりした。……もしかして、学校で虐められていたりするのだろうか。ドクドクと心臓が変な音を立てる。だって、こんな壊れ方するだろうか?もし、そういう、嫌がらせ的なものだとしたら、今すぐ学校に乗り込んでやって、その相手をボコボコにしてやる。
しかし、衝動的に行動して全ての物事が好転するわけではないことを二郎は知っていた。特にこういう問題は三郎本人としっかり話をすることが最重要である。意外と二郎は冷静であった。ごくり、変な汗をかきながら平然を装って次の言葉を懇々と待つ。しかし、二郎の嫌な想像とは異なる答えが三郎から返ってきた。
「……ちゃんと出来上がったんだよ。授業時間内で」
「おう……」
「なのに、帰りがけに、階段を駆け上がってきたクラスメイトの奴がぶつかってきて、その拍子に階段から落ちた」
「は!?お前が!?怪我は!?」
「違う、僕じゃなくて、コレが」
「あ、ああ……」
よくはないが、よかった。
いや、しかし本当か?本当は虐められていて、言えないだけなのではないか?そう思ってしまう。ぐるぐると思考を巡らせていると、その様子に気付いた三郎が溜息をつく。
「あのさ、お前が心配するようなことはない。本当にぶつかっただけだ」
「……」
「ぶつかってきた奴は謝ってたけど、そもそも階段で走って人にぶつかるなんてあり得ないって、暫くその場で説教してやったし。ジローに心配されるようなことは少しもない」
「説教って、何分くらい?」
「その場で10分くらい」
「ふは、長え」
小さい頃のイメージがどうしても拭えないのは兄の特性なのだろう。
未だにランドセルを背負っている小さな弟に見える時がたまにある。……こいつも強くなっているのだった。二郎はそう思いつつも、やはり兄の気持ちで口を開く。
「まあ、分かった。けど、まじで何かあったらすぐ、兄貴でも俺でもいいから言えよ」
「……うっさい。兄貴面すんな」
「ヅラじゃねえわ!兄貴なんだわ!」
”……まあでも分かってるよ”
小さく呟いた弟の声はしっかりと二郎の耳に届いていた。
「それにしても結構ハデに割れてんなァ」
「授業で作らされただけだし、別にそんな気にしてないし」
「あ、でもこんだけ綺麗に割れてるなら逆にボンドでくっつけやすいんじゃね。兄貴今日は夕方まで依頼つってたし、夕飯は簡単なもんにして、兄貴が帰ってくるまでに修繕しちまおうぜ」
本棚には、一郎が好きなロボットアニメのロゴが描かれていた。
確かこの前、そのコミカライズ本を立て掛けておく専用の棚がほしいなんてことを言っていた気がする。それ用に作ったのだろうと二郎はすぐに合点がいった。三郎は少し考えて頷いた。
「別に、やってもいいけど……このままじゃゴミになるだけだし」
「カーッ、素直じゃねーなー!ま、とりあえず工具はあるし、車庫でやろうぜ」
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「い、一兄。ちょっといいですか?」
「ん?どうした?」
「これ、技術の授業で作って……一兄に」
「え?うわ、すげえ!ロゴ入ってんじゃん!」
夕食後、一郎へ完璧に仕上がった本棚を差し出す三郎の姿がリビングにあった。
二つに割れていた側面は綺麗にボンドで接着されており、釘も曲がってしまっていたものを一度抜き、新しいものを打ち直した。正規の手順と違うので三郎はそれが気に食わなかったが、二郎と車庫で工具を駆使してどうにか綺麗に修復したのだ。金槌で釘を打ち直したのも、接着も三郎がやって、二郎は板を支えてやったり、アドバイスをしただけだ。「三郎の作品だからお前が最後までやれよ」と言いつつも完成まで付きっきりで手伝った。おかげで夕飯は少々手抜きになったが、無事に渡すことができて三郎も嬉しそうだし、受け取った一郎物凄く嬉しそうなので結果オーライだ。二郎はそんなやり取りを背中で聞きながら、そう思い、頬を緩める。
「ほら、二郎、見てみろよ。三郎、器用だよな」
「あー、はは、本当じゃん」
兄は相当嬉しかったのか、キッチンまでそれを持ってきて、皿を洗っている二郎に見せた。さっきまでずっといじっていたので、見せてもらわなくとも知っているのだが、二郎はテンションの高い兄が思わずおかしくなって笑いながら初見の演技をしてやった。
「ちょうどコミカ本、収納したかったんだよな」
「言ってたもんね」
「なー、三郎。本当に俺が貰っちまっていいのか?」
「ええ、もちろん。そのために作ったので……」
「そっか」
ふくふくと頬を持ち上げて、嬉しそうに笑う一郎。「ありがとな。兄ちゃん嬉しいわ」と三郎の丸い頭をわしゃわしゃと撫で回した。照れくさそうにしつつも、やはり嬉しそうに笑った三郎は「ちゃんと全巻入るか試したいので一兄の部屋から漫画本、持ってきてもいいですか?」と兄へ尋ねて許可を貰うとバタバタとリビングから出て一郎の部屋へ向かった。
シャー、とシャワーがグラスの泡を洗い流す音がキッチンに残る。
「……二郎も、ありがとな」
「えっ」
急に、一郎が二郎の頭も撫でた。
驚いて顔を上げ、兄を見るとその表情は驚くくらい優しく、面を喰らう。
「お、俺は何もしてないよ……」
「はは、そっか」
そうか、と言いつつ「お前、いい兄ちゃんだな」と嬉しそうに白い歯を見せ、ニッと笑って、また頭を撫でたのだった。……見ていたのだろうか、車庫で俺達が作業していたところ。そう思ったが、まあ、いいか。二郎は照れくさそうに笑って、残りの食器に手を伸ばしたのだった。
2024.10.28