100日後にくっつくいちじろ7日目
「兄貴、ちょっといい?」
「おう、いいぞー」
16:00、自宅事務所。
17:00まで事務仕事してると言っていた兄を、二郎が訪れた。手にはマグカップ。
「お、ココアか」
「今日ちょい寒いからさ。この前貰った海外のやつ」
「箱が洒落てるやつな」
湯気の立つホットココアを兄の手元に置くと、近くのソファーの背もたれへ尻を乗せた二郎。ココアを持ってきてくれただけかしら、と兄は思ったが、その手に何か持っていることに気付く。どうやら帽子のようだ。
「それ、どうした?」
そう言えば、二郎は手に持っていた赤いニット帽を両手で広げて見せた。真っ赤、というよりは臙脂(えんじ)がかっており深みのあるカラーだった。右寄りにメーカーのロゴがワンポイントで入っていて洒落ている。見たことのないものだった。
「買ったのか?」
「今年の春先にセールになってたから思わず買ったんだ。そういえばあったなーと思って、さっき引っ張り出して被ってみたらさ、なーんか似合わないんだよね」
「帽子屋のマネキンより帽子の似合うお前が?」
「俺にも似合わない形ってあるんだよなー」
帽子が似合う自覚はあるらしい。うむ、と頷いて試しに被ってみせた二郎。ほらね、と二郎に問いかけられたらが、……別に、似合わなくはない。変でもない。だがまア、なんというか、確かにしっくりはこないかもしれない。普通に着こなしているが、ベストではないというところか。色が、二郎っぽくないのかもしれないな。赤が似合わないわけではないが、臙脂よりは鮮やかでハッキリした、原色っぽい赤の方が似合う。しかし、だから何度も言うが似合わないというほどでもない。俺の弟は基本、何でも似合う。一郎は心の中で色々と考えを巡らせた結果、シンプルに回答した。
「いや、別に全然変じゃねーよ」
「んー、しっくりこないんだよ。それに俺の持ってる服に合わせにくいし」
「そっかァ?黒いアウターならなんでも合うだろ」
「まあ黒いアウターは白米みたいなもんだからね…」
しかし、とにかくあんまり気に入っていないらしい。本人が乗り気じゃないのであれは無理に身につけても仕方がないことだ。三郎にでもやるのだろうか、そう思ったがしかし二郎は「そこでさ」と本題を切り出した。
「これ、兄貴どうかなって」
「え?俺?」
「うん、似合うと思って」
そう言って立ち上がると二郎は兄の元へ数歩、歩いてそのまま「被ってみてよ」と帽子を差し出した。
「三郎じゃなく、俺か?」
「うん、この色なら三郎より兄貴っしょ」
「そっか?」
言われるままに被ってみた。浅めに被って前髪を整え「どうだ?」と二郎を見上げると、ニッと白い歯を見せて笑う。
「やっぱ俺の予想通り、すっげぇ似合う!」
「まじ?」
「何でも似合うけどさ、兄貴ってあんまり帽子被らないからたまにはいいかなって」
「なんだ、くれンのか?」
「もちろん。良ければ貰ってよ」
「じゃあ、ありがたく貰っとくわ。サンキュな」
へへ、と鼻をかいて嬉しそうにする二郎。
昔から一郎の服やら鞄やらのお下がりを貰うことはあっても、二郎から繰り上がって一郎へいくことはない。二郎が着たものは自動的に三郎へ行く。だから一郎は妙に慣れない気持ちだった。二郎は嬉しそうだが。
「兄貴にあげる時って、お下がりって言わねえのかな?お上がり?」
「はは、何だろうな、まアでも誰かに、どこで買ったか聞かれたら “弟のお下がり” って答えるわ」
悪くないな、二人は同じことを思いながら笑い合った。
2024.10.30