Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    fuyukichi

    @fuyu_ha361

    腐った絵を描き貯めとく

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 108

    fuyukichi

    ☆quiet follow

    100日後にくっつくいちじろ9日目

    「二郎、ちょっと俺の部屋こい」

     居残り補習、パーカーを裏返したまま洗濯機に突っ込んだ、依頼で何かやらかした、兄貴の分のコーラ気づかず半分飲んだ、弁当箱を出し忘れた、他校の奴と喧嘩した。

     二郎は一体自分が何をやらかしたのか、心当たりのあることをバババーッと思い浮かべた。しかしこれと言って兄をガチギレされるほどやらかした記憶はない。普段なら普通に、三郎のいる前で叱られ、三郎にも茶任される(からの喧嘩からのゲンコツ)までがワンセットなのだが、本気で何かやらかして説教をされる時、三郎のいない場に呼び出されるシステムとなっていた。三郎がガチ説教される時も同様だ。

     社会人では有能な上司がそうするように、山田一郎も、兄弟とは言え、人の前で個人の問題を叱りつけたりはしない。だからこそ、やばいと。二郎はダラダラと滝のような汗をかきながらソファーから立ち上がり、兄の後をついていく。三郎が『うわー…』という憐れみの表情を浮かべながら「何したんだよ、お前」と二郎に小声で問いかけた。しかし当の二郎も首を横に振り、「分からねえ…」としか答えられなかった。

     兄と一列縦並びでリビングを出て、部屋へ向かう。その間、無言。やべぇ、殺される。俺は一体何をやらかしたんだ。二郎の汗は止まらない。

    「そこ座れ」
    「はい…」

     兄の部屋へ到着すると、ベッドの前に座るよう指定される。ちゃん、とそこへ正座で腰を下ろす二郎。
     きっとこの後はこうだ。「何で呼ばれたか分かるか?」と聞かれ、それに答える。しかし、まずい。非常にまずい。何か答えなくてはならないのに、細かい心当たりはあれど、正解が分からない。もしくは細かいもの全て【ちりつも】案件なのだろうか。

     ブルブルと震える二郎を他所に、兄は何やら机の上に置いてあった大きめの紙袋を手に取った。そしてそれを二郎に差し出す。紙袋はファンシーな薄ピンクイ色。マカロンのイラストが描かれている。こんなプリティーな紙袋、男だらけの山田家にご縁はない。マカロンをくれるのか…?とおずおずと受け取り、中身を覗き込むと、そこに入っていたものはマカロンでも他のスイーツでもなく。

    「あ、これ…」

     中に入っていたのは綺麗に折り畳まれた二郎の学校指定ジャージだった。それに心当たりのあった二郎は、ぱっと顔を上げる。すると兄は優しく微笑んでいた。

    「お前が帰ってくる前に、返しに来てくれたんだ」
    「あー…わざわざうちまで…」
    「ああ、学校じゃ返しにくかったんだと。二郎君いますかって聞かれたけど、まだお前帰ってなかったからさ。預かった」
    「そっか…ちょっと貸してたんだよ」
    「…お前、洗濯にジャージの下しか出してなかったから、どうせまた上は学校に置いてきたとかだと思ってたわ」



     昨日、二郎は授業と授業の合間、理科室に移動しなくてはいけないのに、持ってきた筈の教科書が見つからず友人には置いていかれ、教室でひとり机の中やロッカーを漁っていた。もうあと数分で次の授業が始まる。みんな既に教室移動していて、もうそろそろ諦めて隣の奴に見せてもらうか。そう踏ん切りをつけたとき、まだひとり教室に残っているクラスメイトがいることに気付いた。

     “彼女”は、教室移動だというのに、まだ席に座っていて、鞄の中を漁っていた。自分と同じく教科書を探しているのかと思ったが、彼女は非常に真面目な優等生タイプで、絵に描いたような模範生であった。大人しくて、よく本を読んだり、ひとりで音楽を聴いたり、同じタイプの女子と静かにお喋りして過ごしている。そんな彼女が珍しく、焦った様子で鞄を漁っていた。二郎は不思議に思って声をかけた。

    「そろそろ移動しないと間に合わねえけど、なんかあった?」

     びくっ、と彼女の華奢な肩が跳ねる。
    ア、ごめん。反射的に謝りながらも机の傍に行くと、彼女は小さな声を机に落とすように、おずおずと答えた。

    「ちょっと、色々、あって」
    「?うん」
    「……」
    「……」

     え、行かないの?理科室。
    二郎は意味がわからずフリーズした。確か学期末に、無遅刻無欠席の皆勤賞で先生に褒められていた筈なのに。サボりか?まァ、そんな日もあるか。でもサボるなら一時間目からの方が良くないか?さっきまで授業に出ていたのに。そこでピンと思いつく。

    「あ、もしかして体調悪い?保健室行く?」
    「………立てなくて」
    「えっ!」

     そんなに具合が悪いのか!
    二郎は顔面蒼白し、大慌てでノートやペンケースをその辺の机に置いて手をワタワタと彷徨わせる。

    「肩貸す!あ、おぶった方がいいか…え、あ、でもセクハラになる…のか?」
    「ち、違うの!体調は悪くなくて、その…」

     彼女は遂に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
    ヤバい、どうしたものか。二郎は途方に暮れる。

     一方で彼女の心境的にはこうだった。
    大丈夫だから先に行けとこの男に言ったところで、聞いてはもらえなさそうだし、自分も本当なら授業に出たい。それにこのまま無断で遅刻して、後から教室に遅れて入り、理由をクラスメイト全員の前で言うことも憚られる。途方に暮れていた。しかし、もうほぼヤケで、口を開いた。恥ずかしいことじゃない、と言い聞かせて。

    「せっ、生理……急にきて、ス、スカート、汚しちゃって、立てないの」

     だから放っといて、先生には後から行くって適当に言っておいてほしい。
    そう言おうとした。しかし彼女はそれを口にしてすぐ、後悔した。どうして言ってしまったのだろう。きっと大騒ぎされる。山田二郎はいつもクラスの中心にいるし、賑やかな男子達の間で噂をされるのだ。恥ずかしさと悔しさで少し涙が出てきて、彼女は鼻の付け根に皺が寄るくらい、ギュッと目を瞑った。しかし、予想に反して二郎は落ち着いた声で話かけてきた。

    「あー、その、持ってたの?つけるやつ。なんだっけ、あのシート。生理用品」
    「え、あ……うん。それは、さっきつけた」
    「じゃあスカートが汚れてるだけ?」
    「う、うん…」
    「体育着は?」
    「今日は体育ないから、持ってなくて…」
    「あっ!オッケー!タイムタイム!」

     いいことを思いついた!とばかりに二郎は笑うと、ロッカーに走り、色んなものが詰まってギチギチの、世辞にも綺麗とは言えないロッカーから自身のジャージの上着を引っ張り出してきた。その時に何かがいくつかバサバサ落ちたが、それは放置してまた戻ってくる。

    「これ!腰に巻けばいいんじゃね!」
    「え…」
    「あ、ごめん洗いたてとかではない…普通に汗臭かったら悪ぃ…」
    「え、いや、汚れるかもだから…」
    「いや!元から汚ねえから!」

    それはどうなんだ、と思うも遠慮しようとするが、二郎に体調を尋ねられ、それは大丈夫だと首を横に振った。

    「腹痛いとかねえなら、このままこれ腰に巻いて、んでさっさと理科室行こうぜ」

     俺もよくシャツ腰に巻くし、女子もセーター巻いたりしてるし変じゃねえだろ。
    ほら、と催促され、彼女はおずおずと立ち上がると二郎のジャージを腰に巻いた。そしてその瞬間にチャイムが鳴り響く。

    「やべ!行こうぜ!」
    「う、うん」


     どうしても、彼女は学校で目立つ二郎に、学校でこれを返すことが出来なかった。理由を聞かれても、言いづらいし、二郎も変な噂をされたら困るかもしれない。そう思うとどうしても無理だった。そこで考えた。二郎の家が自宅で萬屋業をしていることはイケブクロに住む者であれば誰もが周知の事実。営業時間中なら自宅を訪れても迷惑ではないだろう。放課後、二郎が鞄を持って教室を出て行ったのも見ていたので、きっと少し時間を置いて行けば会えるだろう。そう思ったのだが、二郎は友人達とゲーセンに寄り道をしていたため、対応したのは一郎になった。



    「すっごい言いづらそうだったけど、何で二郎が貸してくれたのか教えてくれてさ。凄い助かったって言ってたぞ」
    「えっ、理由言ってたの?兄貴に?」
    「おう、聞いたわけじゃないんだが…」
    「そっか…」

     三兄弟がいた施設には女の子もいた。
    だからこそ、初潮を迎えた子もいたし、生活していればトイレにも生理用品が置いてあった。凄く理解が出来ているわけではないけれど、それで茶化したりするような男ではなかった。

    「逆に洗濯してもらって悪かったなー。体育で着て、持って帰ってくるの忘れてそのままだったからさあ」
    「汚ねえな!そんなもん女の子に貸すな…と言いたいところだが、ジロー」
    「うん?…うおっ、な、なに?」

     わしゃわしゃ、と弟の頭を撫でた一郎。
    二郎は突然、久しぶりに撫でられて驚いていると、兄はニッと目を細めて笑った。

    「よくやったと思うぞ」

     俺も女の子じゃねえから正解かは分かんねえけど、彼女、助かったってよ。
    そう言うと一郎はすっくと立ち上がり二郎に手を差し出した。

    「さ、戻ってアニメでも見ようぜ」

     二郎は少し呆けたが、同じように、ニッと笑い、兄の手をパシンと掴むと立ち上がって二人でリビングへ戻ったのだった。

    「あー、まじでビビったぁ。説教されんだと思ったわ」
    「説教されるようなことしたのか?」
    「いえ、何も!」
    「なら、よし」

     結局その後、弁当箱を出していない件について普通に怒られた。


    2024.11.1
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💯💯💯💯💯💯💯💯❤💙💯💙💯👍👏💯💯❤💙👏😭👏😭💯💯👍💯😭👏❤💙
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works