100日後にくっつくいちじろ14日目
「ねえ兄貴、俺のテレビ出演断ったってホント?」
三人揃っての夕食。献立は肉野菜炒めだ。
今日あったことを中心に楽しく雑談しながら食事をしていると「そういえば」というテンションで二郎が正面に座っている兄へ尋ねた。
テレビ出演?そんなのあったっけ。そもそも二郎本人に確認せずに勝手に断るようなことしないが。ピンときていない様子の一郎を見かねて二郎は補足を口にした。
「ほら、お得意さんのさァ。いるじゃん、気のいいおっちゃん。ダイナーのバイト斡旋してくれた人」
「ああ」
「あの人に帰り会ってさ、一緒にテレビ出演も相談したけど兄貴に断られたって話聞いて」
「………ああー…」
あれか。漸く合点のいった一郎。白米の上にキャベツを乗せて、ひと口で食べると答えを口にした。
「悪かったな、勝手に断って」
「いや、別にいいけど珍しいなと思ってさ」
「内容が内容だからな……お前にはちと早いだろ」
その言葉を口にした瞬間、リビングにピリついた空気が流れた。ア、と三郎が嫌な予感を感じながら横目で二郎を見やると案の定「は?」と眉間に皺を寄せていた。今に噛み付くぞ、と内心ため息をつく三郎。
「それってどういう意味だよ、兄貴」
「どういうって、そのまんまだろ」
そら見たことか。一兄はどうして二郎を煽るような言い回しをするんだ?こんなキッパリと「二郎には無理」だと言い切るなんて、珍しい。
三郎は不思議に思いつつこの口論に巻き込まれたくなくてダンマリを決め込んだ。
「俺には無理だって決めつけんの?」
「いや、だって無理だろお前」
「だから、それを兄貴が決めんのはおかしくね?」
ここで説明しよう。
一郎は事前の説明で『恋愛リアリティショー』だということは把握していた。しかし二郎はお得意さんから『テレビ出演』としか知らされていなかったのだ。ニュースで何かのコメントを求められるのか、ディビジョンの代表としてラップやチームに対しての話をするのか。はたまた食レポか。内容は分からないし、別にテレビに出たいミーハー心があるわけではない。そうではなく、誰よりも認めてもらいたい兄に「本人に確認するまでもなくハナからお前には無理」と判断されたことが悔しいのだ。
「……確かに俺は兄貴みたいにロンリ?リロン?立てて話したりするのは上手くないけどさ、俺にって指名でくれた話を兄貴の独断で断るのは変だと思う」
……ん、あれ?何か怒ってないか?
一郎はここで漸く気付いた。きちんと弟の顔を見ると不審者に威嚇する犬のように顔を顰めているではないか。
やっぱり恋愛だろうが何だろうが本人に確認すべきだっただろか。それにこの怒り様、もしかして恋愛リアリティショーに出たかったのかコイツ。一郎は動揺しつつ箸を置いて二郎を真っ直ぐ見つめた。
「悪かった、確かにお前の言うとおり一度お前に聞くべきだったな。勝手に断っちまって悪かった」
「……俺のこと、信用してないの?」
「してるに決まってる」
「でも断ったんでしょ、俺には無理だって」
「いや無理っつか、嫌かなと思って」
「嫌?」
「おう、恋愛リアリティショーなんてお前、絶対慣れてないし、嫌かなと」
悪かった、一郎が再度謝った瞬間。ブハッ、と三郎が吹き出した。二郎はといえば、ポカンと口を開けて固まっている。
「え……なに、何の番組だって?」
「だから恋愛リアリティショー。聞いたんだろ?お得意さんから」
「いや俺はテレビ番組としか…」
「え、あ、そうなのか」
「あっはは!そりゃ一兄も本人確認すっ飛ばして断るよ!お前絶対に無理だろ恋愛ショーなんて!」
むしろ断ってもらって良かったじゃないか、一兄に感謝しろよ、うははは、と至極楽しそうに笑う三郎。二郎は顔を真っ赤にしてぷるぷると震えながら箸を握り締めた。
「お前まだ高校生だし、何より女の子と恋愛トークしてカップルになる…ってまだ早ぇかなって…。まだ怒ってっか?ごめんな二郎」
「に、兄ちゃん…」
「ん?」
「せ、責めてごめん…ありがとう、断ってくれて」
「え…」
先ほどまでの勢いはどこへやら。
肩を内側に窄めて縮こまり兄に謝罪をする二郎。
「見てみたかったなー、今からでも出れば?」
「ダァー!うるせぇ三郎この野郎!そんな言うならお前が出ろ!」
「僕は中学生なので出られましぇーん」
「キーッ!」
目の前で繰り広げられる弟達の言い争い。
埃が立つからメシの最中はやめろ、なんて諌めて一郎はご飯のおかわりをよそうため立ち上がった。まだ後ろで小競り合いする声を聞きながらふと思う。
自分が断った時、二郎のためを思って断ったのは本当だが、果たしてそれだけだっただろうか。まだ早い、なんて言いつつ考えるより先に断り文句が口をついていた気がする。行かせてたまるか、なんてそう思ったのだ。……しかし、これは黙っておこう。そう決めて米を山盛り茶碗に盛った。
2024.11.6