100日後にくっつくいちじろ16日目
「いらっしゃい!ああ、待ってたよ」
金曜日、夜。本日の晩御飯は外食である。
以前、依頼で改装を手伝った釜飯屋。改装の手伝いに加え、ついでに駅前でビラ配りを三人で行ったところ『バスターブロスのオススメ』として話題になったのだ。そのお礼に三人で食べにきてくれ、席は予約しとくから。と店主から誘われたという流れだ。
予約席と書かれたプレートが置かれた四人がけの席に通され、玄米茶を出された。
「何にしようか、メニューはコレなんだけど」
「俺、鶏肉系がいい!何かおっちゃんのオススメある?」
「こら!お前お客様に向かっておっちゃんてお前!」
わっはっは、と笑って二郎の背中をバンバン叩く店主。この男はすっかり三兄弟を気に入っている。そんなことを気にするな、と笑いながら鳥釜飯のオススメを教えてくれた。
「じゃあ俺はこの鳥三昧釜飯で……三郎は?何にすんだよ?」
「うーん……五目がいいかな」
「うわ、美味そう。五口くれ」
「厚かましすぎだろ」
「兄貴は?」
「んー、一番人気なのってどれっすか?」
「五目に次いで人気なのはエビとかが入ってる海鮮系の五目釜飯かなあ」
「ああ、いいっすね!じゃあ俺はそれにさせてもらいます」
「鳥釜、五目、海鮮五目ね!あいよー」
オーダーが通ると温かいおしぼりで手を拭き、玄米茶を啜る三人。学校終わりの腹ペコが二人、仕事終わりで同じく腹ペコがもう一人。釜飯ひとつで足りなければファミレスでも寄って帰るか、なんて事前に話をしていた。食べ盛りなのだ。しかしそんなことはお見通しの店主が気を利かせていた。釜飯が出来上がるより早く、テーブルにフライドポテト、唐揚げ、茶碗蒸しが届いたのだ。えっ、と三人で声を漏らすと、それを持ってきてくれた奥さんがくしゃりと笑いながら玄米茶を注ぎ足してくれた。
「釜飯だけじゃ足りないでしょ、食べ盛りなんだから。うちの孫だって大学生だけど驚くくらい食べるもの。サービスね」
「いや!そんなわけには…!」
「いいからいいから。三人のおかげで、エスエムエス……?でバズって?お客さん前より増えたんだから」
「ありがとうございます…」
こういうときは素直にいただくに限る。
三人はよくお礼を言うと、いただきますと手を合わせて有り難く箸を持った。
▼
「釜飯おまち!」
「うおー、きたー!」
ポテトやらをつまみながら暫く家族の団欒を楽しんでいると、店主が釜飯を運んできた。ひとつずつお盆に乗っていて、木の蓋がされた釜飯、味噌汁、漬物が添えられている。ぱか、と蓋を取ってみると中からは美味しそうな炊き立てご飯と味付けされた食材の匂い。美味そう、と二郎がいの一番に手を合わせ箸で鶏肉と米を口に運んだ。
「ん!んめー!」
「おっ、良かった!」
店主は満足そうに笑って、ごゆっくり、と厨房へ戻っていった。他のお客さんもだんだんと入ってきて、店内は賑わってきた。そんなとき、ふと二郎はあることに気付いた。兄の釜飯に、椎茸が乗っているではないか。エビ、帆立、イクラ、鮭、さやえんどう、そして椎茸。椎茸と言っても小さく刻まれているやつではない。『私が椎茸です』という堂々とした存在感のものがそのままひとつ、どんと我が物顔で具材のワンスペースを陣取っている。兄は美味そう、と言いつつ椎茸をガン見していた。三人がよく行くファミレスだのファストフード店だのはメニューに写真を載せているが、この店はメニュー名だけで写真はなかったのである。乗っている具材は小さく書いてあったが見落としていたらしい。
兄は辛抱強い男なので、小さく刻んである、ごく僅かな椎茸くらいなら鼻呼吸をやめて食べることが可能だ。しかしこのサイズ感。オマケに肉厚ときている。食べたらきっと、ふわ、もきゅ、じゅわ、と独特の噛みごたえと風味が口の中で広がるだろう。どうしたものか、と固まる兄。
二郎は店主や奥さんが他のお客さんの接客をしていることを確認すると兄の釜へ箸を伸ばした。そして、ひょい、と椎茸および、椎茸エキスが染みているであろうその下の米をすくい、自身の口に入れた。あ、と兄が顔を上げて二郎を見る。すると店主がそのタイミングで三人のテーブルへ声をかけてきた。
「どうだー、足りなければおかわりもあるぞ」
「めっちゃ美味いっす!しかも茶碗蒸しとかもらったし足りてるよ!」
「ええ、この五目釜飯、具材が沢山で美味しいです」
「そうかそうか、良かった。最後お茶漬けに出来るように出汁あるからな」
はっはっは、と店主がまた奥へ戻っていく。
ぽん、と二郎の肩に一郎の手が置かれた。ん?と兄を見る。
「お前、イケメンやめろよ……今のなに……?」
「ふっ……惚れても、いいんだぜ……?」
「キャーッ」
キメ顔でウィンクをする二郎、乙女よろしく黄色い声を上げてはしゃぐ一郎。またはじまった、と兄達のしょうもないじゃれ合いを溜め息混じりに冷えた目で見る三郎。一郎はいたく感動していた。弟はいい男に育っている。兄が恥をかかないようにさりげなく嫌いな食べ物を食べてくれるなんて。
「キュン……キュンすぎる……二郎君になら抱かれてもいい……」
「優しくするぜ……?」
「惚れちまう……こんなの世間様が放っておくわけない……」
ありがとう……と素直にお礼を言った一郎。二郎は椎茸は嫌いではないしむしろ美味しいな、くらいなので取り立てて礼を言ってもらうほどではないのだが。それに梅干しが出たら兄か三郎に押し付けるところだし。
「いつでも頼ってよ」
「イケメンかよー……」
どん、と二郎が胸を叩いて見せると乙女のように口を両手で覆った一郎。そんな中、三郎が「あ」と何かに気付いたような声を上げた。
「じゃあイケメンの二郎お兄ちゃーん、これよろしく」
「は?アッ、てめっ、俺もコレあんまりなんだけど!」
「いつでも頼っていいんでしょー?」
「ぐっ……」
ついてきた小皿はセロリの漬物だった。
三郎は小皿ごと二郎のお盆に移した。そう、いつだって末っ子は最強なのだ。
「兄貴もこのくらい図々しくなった方がいいよ……図太すぎるだろこの末っ子」
「そらさぶちゃんは甘え上手だからな」
「なっ、甘えてません!二郎なんかに!」
「そしてこのツンデレ……俺の弟どっちも少女漫画の爆モテメンズすぎる」
尊いわー、などと何かを噛み締めながら一郎は好きなものしかなくなった釜飯をガツガツと食べ始めたのだった。
2024.11.8