100日後にくっつくいちじろ24日目
昼に三人でペット探しの依頼を一件こなして、公園でサイファーをして、カレーを作って一家団欒。三郎お気に入りのボードゲームを囲んでその後。所謂、深夜枠のアニメ観賞会を決行した。オープニングで早々に飽きて「僕、部屋に戻りますね」と歯磨きをしてリビングを出て行った三郎。対して一郎と二郎はソファーで二人、肩を並べ炭酸のほぼ抜けたコーラを飲みながら、ああでもないこうでもないと話に花を咲かせながらアニメを見ていた。一本目のアニメが終わり、そういえばこの前、深夜帯のアニメで録画してそのままになっていたやつがあったっけ、とそのまま鑑賞会は続行となった。明日は日曜日でみんな休みだ。少しくらいの夜更かしは問題ない。これぞ至福の時間。
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「このハンカチ、絶対に伏線だよな。さっきからやたら強調して……って、じろう?」
暫くアニメに熱中していた二人だったが、さっきまで返ってきていた弟からの返答がなくなった。そして同時に肩にトン、と何かが当たる。ん?と横を向くと、二郎は寝落ちしていて、一郎の肩に凭れ掛かっていた。
「お前は急に寝るな……」
笑いながらアニメを一時停止する。時刻は既に日付を跨いで一時間経っていた。
さて、俺もそろそろ寝るか。そう思い、二郎を一旦起こそうとした。しかし、肩を揺すろうとしたその手は触れる直前、ピタリと止まった。すー、すー、と寝息を立ててすっかり安心しきった顔で寝ている二郎の顔を見たら手が止まったのだ。肩と胸を上下させて静かに寝ている。体重は遠慮なく一郎に全身だらんとかけていていて、少し開いている口に髪が入ってしまっている。仕方ねえな、と兄の心でもって苦笑いしながら、丸いおでこを撫でるようにして二郎の前髪を上げてやった。
「……あったけーな」
寝ているからなのか、平熱がそもそも高いからなのか、二郎と触れている部分はポカポカとあたたかい。髪を上げた手を持て余した一郎はそのまま自身の手を二郎の頬に滑らせた。さらりとした肌触り。緩やかなカーブを親指の腹で撫でた。寝ている表情はいつにも増して幼く見える。二郎はどちらかと言えば、落ち着きのある、大人っぽい顔をしていると一郎は思っていた。しかし中身は反対に明るく、よく笑い、よくはしゃぐ。外で絡んできた輩に向ける顔は険しく、口も態度も悪いのに、自分に向ける顔はいつだって弟そのもので、幼くなる。最近は随分と逞しくなったものだが、それでも一郎にとってはいつまでも可愛い弟のままなのだ。
「弟、だよな……」
“弟だから”こんなに可愛く思うのだ。唇を親指で撫でながら一郎は自身に言い聞かせるように、もしくは二郎に尋ねるように呟いた。その親指で、自身の唇をなぞる。その瞬間──……
ヴー、ヴー、ヴー。
びくっ、と一郎の肩が跳ねた。目の前のローテーブルに置いてあった一郎のスマホが鳴ったのだ。つられて二郎が目を覚ました。
「んア……俺、寝てた……今スマホ鳴った……?」
寝ぼけながら、くあ、と欠伸をする二郎。二郎の体が離れて触れていた部分の暖かさが消える。二郎は手を伸ばし、テーブルにあったスマホを取った。
「あれ、俺のじゃねえ……兄貴のか」
ぱ、と二郎が一郎のスマホを取って反射的に画面を見た。するとそこには『新着メッセージ1件』の表示。そのポップアップのみで、誰からのメッセージかはアプリの設定で見えなくしてあるらしい。それでも兄は何故か慌てたように目を見開いて、ばっと二郎からスマホを取った。
「あ、ああ……仕事の連絡かもな」
「こんな遅くに……?」
「ああー、なんか公式アカウントからの広告メッセージだったわ」
「こんな遅くに……?」
何故か言い訳をするように慌てて早口で聞いてもいない答えを口にする一郎。二郎はまだ寝ぼけているらしく、さほど興味がなさそうにまた欠伸をして、それからボス、と一郎の肩に頭を預けた。
「ねみい……」
「だ、からもう部屋戻ンぞ」
「アニメは?」
「止めたよ。明日また見よう」
「ん……」
寝るかあ、と今度はスッと立ち上がり、そのままコーラの入っていたグラスを持って歩いていった二郎。一郎はメッセージアプリを開くと、届いていた女からの連絡を一瞥するとそのまま返事をすることなく、立ち上がり二郎の後を追ったのだった。
2024.11.16